こんにちは、女神エリスです。
珍しく仕事が少ないです。暇です。
ーー魔王が討伐されてからというものも。
めっきり戦闘で命を落とす冒険者が少なくなってきた。
もちろん、モンスターとの戦いでここにくるものは未だにいるが。
以前と比べると、確実に人数は少なくなっている。嬉しいものだ。
なので、残っている仕事はあとはこの書類を片付けるだけで……。
……ふむ。暇だ。
今からどうしようか。これが終わったら久々にアクセルへ行って、少しブラブラしようかな。
それとも、たまには女の子らしくお洋服を見たり、カフェに新しいスイーツを食べに行ったりーー!
「エリスー! エリスってばいるー? ちょっと相談したいことがあるんですけどー!」
「そうですよねそうですよね! やっぱりこんなときに限ってセンパイが来るんですよね! それで今度はどんな面倒ごとですか!」
前言撤回。今日は仕事日和になりそうだ。
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ーー水の女神アクア。
その名は世界中で知られており、私と同じ女神だ。
以前は、どうも悪い方向でその名はとらえられているような気がしていたが、カズマさんが魔王を倒してからというものも、冒険者としてもその名は広まってきたように思える。
そんな彼女は、先日魔王を討伐してから、天界にいつでもこれるようになった。なので今はここによく遊びにくる。
……まあそれは嬉しいのだが。
「それで? 今日はどうしたんですかセンパイ。先に言っておきますが、夕食のおかず争いでカズマさんに勝つために『ブレッシング』をかけにきてもらったとかはダメですよ」
「そ、それはもう反省してるから許してよ……。今回は真面目な相談だから……」
先日、私の仕事部屋に突然現れたセンパイ。
慌てた顔で『早くブレッシングをかけてエリス! 一大事なの!』と言われた時は何事かと思った。あのあとすぐに馬鹿なことだと分かって、げんこつしたが。
「だいたいあの時カズマさんには結局勝てなかったんですけど。私のから揚げが一個奪われて、すごい悲しかったんですけど。ねえねえエリスってばほんとに幸運の女神様なのよね?」
……失礼な。
確かに、自分は本当に幸運を司っている女神なのか、一時期悩んだことはあるけど。
でも、いくら自分でもゼロはイチに出来ないものだと分かった。そういうものだ。
……センパイに言ったら泣くから言わないが。
「それで? 今日はいったいどうしたんですか? センパイが真面目な相談なんて珍しいですし、今日はゆっくり付き合いますよ」
辺りにあった適当な椅子を引っ張ってきて、腰かけるようにセンパイにすすめる。
そのままいつものようにお茶を淹れてあげて、そしてチラッと顔を見る。
頬を赤くし、少しうつ向いているセンパイ。
どうやら表情を見る限り、長くなりそうだ。
センパイからの相談か……。思い出せるのはせいぜい仕事を任される時か、さっきみたいな無茶を言われる時ぐらいだ。わざわざ『真面目な』と言ったのは初めてかもしれない。
なので、なのでもし、センパイが今困っているのなら、全力でお手伝いしてあげよう! それぐらいは後輩としてしてあげたい!
それにまだ魔王を討伐してもらってから、何のお礼も出来ていないわけで!
「さあどうぞセンパイ! 何でも相談に乗りますよ!」
意気揚々と声をあげたあと。
二人の間で一瞬の沈黙が流れる。
そして、顔を赤くしたセンパイが、口を開いてーー。
「あのね。最近、気になる人が出来たの」
「………………えっ」
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セ、セ、センパイが!? まさかセ、セ……!?
「だからね、最近ちょっと気になる人が出来たって……エリス? ねえエリスってば聞いてる? 目がうつろになってるわよ?」
センパイに肩を揺さぶられながら、なすがままにされ。
どうやらセンパイの言葉を受け止められず、放心してしまっているようで……。
…………よし。
いったん落ち着こう。だいたいこういう時は勘違いというのがいつものことで……。
「そ、それで気になるとはどんな感じで……?」
「んー。そうねぇ……。自分で言っといて私もよく分からないんだけど……。後ろ姿を見ていたら隣にいたくなったりとか、他の女の子と喋ってたらちょっと不安になったり。……とか」
…………あれ?
「他にも一緒に喋ってたら楽しいから、……もっと喋ってたいって思っちゃったり。あとは……」
「良いです! その辺りで大丈夫ですセンパイ! 分かりました、分かりましたからそれ以上はダメです! 主に私が恥ずかしくなってくるので!」
ダメだ。顔が熱い。自分のことじゃないのに、なんで……。
いったん落ち着くために顔を手で隠し、指の隙間からちらっとセンパイを見る。
あれだけ赤裸々に思いを語っておきながら、いつも通りのように見えるセンパイ。もしかして自覚が薄いのだろうか。
しかし……。これは要するに……。
ーーいわゆる『恋』というやつなのでは……。
いやいやいや! まさかセンパイが、センパイに好きな人が出来るだなんてまさか!
「ちなみにその気になる人というのは……」
「やっぱり気になる? 昨日、酒場で『おいおいなんだよこれは! せっかく勇者の俺が来たって言うのにえらく静かだなぁ! ここはひとつ……おいお前ら! 今日は俺が全部持ってやるから何でも頼めぇー!』って言って胴上げされてた人よ」
カズマさんはいったい何をやって……。
いやいや、そういうことじゃなくて。
しかし、なるほど……。相手はカズマさんか。ちょっと意外だ。
けど、カズマさんならセンパイが好きになるのもあり得る……かもしれない。二人とも仲が良いし。
それに、魔王城でテレポートをしたあとも、二人で最後何か話していたみたいだ。あのあとカズマさんがセンパイを見るたびに顔を赤くしてたから、もしかして……と思っていたふしもある。
しかし、少し確信が持てずにいるので、センパイにいくつか質問をしようと。
「ちなみにその気持ちに気づいたのはいつからですか?」
「うーん、そうねぇ……。カズマさんがあの悪いプリーストから私を守ってくれた時からかも。あの時からこれからもやっぱり一緒にいてほしいなって思ったりしてね。でも正確にはちょっと分からないの。ごめんね」
……なるほど。
「それではカズマさんと一緒にいるときはどんな気持ちになりますか?」
「どんな気持ちって言われても……。よく分かんないけど、でも楽しいわ。二人でいると笑ったり、泣いたり、いろんなことがあって本当に楽しいわ。それこそ、ここにいたら味わえなかった気持ちなのかも」
な、なるほど……。
「……じゃあもし今カズマさんと会えなくなるってなったら、どんな気持ちになりそうですか」
「……分かんない。ずっと一緒にいたから想像したこともなかったわ。あっ、でも魔剣の人と魔王退治に行ってた時はそんな感じだったかも。あの時は……。カズマと離ればなれなのが退屈で怖くて……側にいて欲しくて……。もしそんなことになっちゃったら泣いちゃう……かも?」
胸の前で左右の指を絡ませながら、ぽつぽつとそんなことを言うセンパイ。
……どうやら想像以上らしい。ちょっと信じられなかったが、これは本当だ。ウソをついている感じではない。
「ちなみに……。センパイはその気持ちがなんなのか自分で分かりますか?」
「ううん。思い当たらないわ。最近特にこう思うようになってきて……。自分で回復魔法をかけても全然治らないの。ねえ、もしかしてエリスはこれがなんなのか知ってるのかしら?」
そうかーーっ! 自覚なしかーーっ!
もしやと思っていたが、自分ではまだ恋ごころに気づいていないらしい。センパイが乙女で可愛い。
いやでも……。当たり前と言ったら当たり前なのかもしれない。
なんせ昔、恋愛なんて一回もしたことがないって言ってたし。少女漫画を見てもなぜか笑ってたし。
しかし、これは……。どうしてあげるのが正解なんだろうか。
この気持ちを正直に教えてあげるのが良いのか、教えないほうが良いのか。
「ちなみにセンパイは、私以外にも誰かにその話をしましたか?」
「したわよ。エリスの前にダクネスとめぐみんに」
よりによってその二人かーー! そうかーー!
「ダクネスに相談したらね。一通り真剣に聞いてもらったあと『分かったアクア。今はその気持ちに蓋をしないまま、一緒に考えよう。いつかアクアが自分で気づいた時が来たら、可笑しな話だが、私に力を貸させてくれ。アクアのことが大好きだからな。とりあえずその前にあのハーレム男に何をしたのか問い詰めてくる』って言ってそのままカズマさんを探しに行ったわ。なんだったのかしら」
たぶんそのあと質問攻めにされたんだろうなぁ……カズマさん……。
「それでね、よく分からなかったからめぐみんにも話したの。こういう時はどうしたら良いのって。そしたら『分かりました。正直アクアがこうなるとは思はなかったですが、そうとなっては一蓮托生です。一緒に考えて。一緒に悩んで。その気持ちに名前がついた時はーーダクネスの言う通り変な話ですが、私も応援させてください。アクアのことが私も大好きですから。でもまずはその前に、今度は何をしたのか、あのタラシ男を探して締め上げて言わせてきます』って言って、またカズマさんのところに向かったわ。みんなそんなに急用があったのかしら」
……どうかカズマさんが無事でいますように……。今も生きていますように……。
二人が何をしに行ったのか、想像するのをやめて、いったん落ち着くためにお茶を飲む。
しかし、どうやら話を聞いているとーー二人ともまだ何もセンパイには言っていないらしい。
一緒に考えようと。一緒に悩もうと。センパイが自分で気づくのを待っているのだろう。
なら、なら私も。センパイが自分で気づくまで。
細やかながらお手伝いしてあげよう。
そして自分でその気持ちの名前に気づいたあと。
背中を押してあげるのだ。後輩としてこれぐらいはしてあげたい。
さて、まずはさしあたって何をするかだが……。
「今、センパイがカズマさんとしたいことで何かありますか?」
何よりもまず本人の気持ちが大切だ。応援するにしても、初めにセンパイの気持ちを聞いておかなければ。
何の前触れもない質問に、少し驚いたセンパイは。
そのまま髪を指で触りながら、ぽつぽつと。
「わ、分かんない……。自分でも何をしたいのかよく分からないの……。で、でも、カズマさんと一緒にいるだけで今は嬉しくて……これからも隣にいれたら良いな……なんて」
……っ、……かわいい…………。
思わぬセンパイの表情にやられてしまったせいで、こっちが恥ずかしくて顔を見ることが出来ない。
どうやら想像以上にセンパイは乙女らしい。しかも可愛いとまで来た。
でも……でもっ!
このままではたぶんダメだ! 私がセンパイの背中を押してあげないと!
「聞いてくださいセンパイ! これは私の勘ですがこのままではダメです! もっとぐいっと行きましょう!」
「きゅ、急にどうしたのよ!? お、落ち着いて! いったん座って!」
どうやら勢い余って、いつのまにか立っていたらしい。
「落ち着いた? とりあえず落ち着いたわよね……? それで何をするの?」
それはもちろん。
「まずはお互いの距離を縮めましょう! 離れたままでは異性として意識してもらえることもありません! なのでまずは手を繋いだりとかですね……!」
そう。まずはこういうことから始めるべきだ。
いきなり『好き』と言うのは、ずいぶんハードルが高いものだ。すべきではない。互いの距離を縮めることが最優先だ。
しかし、そんな私の提案にセンパイは……。
「そ、そりゃ私も何回かカズマと手を繋いだりしたことはあるけど……。あれは怖くて自然と手を握ってたり、モンスターから逃げる時にはぐれないように手を繋いでだけであって……。そ、そういうことって、改めて意識してやると恥ずかしくないかしら……」
そうだった。センパイが純情乙女だと言うことを忘れていた。
確かにセンパイの言うことには一理ある。自分がすると考えたら恥ずかしくなってきた。
でも何かしなければ前には進まない訳で……。
「それではこうしましょう! 今日は確か天気が悪くて雷が鳴っていますよね! なのでカズマさんがソファーに座っているときに、それとなく横に座って手を握りましょう! カズマさんに何をしてるのかと聞かれても、雷が怖いからと答えたら大丈夫です!」
「な、なるほど! エリスってば賢いじゃない! どうして私がカズマさんと手を繋ぐことになっているのか、よく分からないけど、とりあえずやってみるわ! ありがとねエリス!」
そう言うとうきうきした声色で、帰る準備をするセンパイ。
そうして魔法を少し唱えたあと、すぐに下界へと帰っていった。
まったく……。本当にセンパイは可愛いなぁ……。
昔の私に、センパイに好きな人が出来るだなんて言っても信じなかっただろう。絶対にあの時では考えられない。
センパイに好きな人が出来て。私に相談してきて、それを応援してあげる。今はセンパイにそういう人が出来たことがただただ嬉しい。
あの人にはライバルは多いけど。
あの人はすぐ他の女の子に鼻を伸ばすけど。
私は今のセンパイを応援しよう。
センパイがこれからどうなるか、カズマさんが誰を選ぶのか。
分からないことばかりだが、それで良いのだ。
センパイが困っていたら背中を押してあげよう。
自分の中で決意を固くした私は、近くにあった水晶に目をやる。
ここからでも下界を見ることの出来る、特別な魔道具。
少し気になって魔力を込めると、アクセルでの天気が悪いことに気づいた。
せっかく、センパイが一歩踏み出した日なのだ。なるべくなら明るい日が良い。
だから、だから。
私に出来ることはほんの少ししかないけれど。
せめて晴れるようにと祈ることだけは出来る。
これからの二人の未来も晴れるようにと一緒に祈りながら。
「ーー祝福を!」
そんな独り言を呟いた。
「ねえちょっとエリス! 雷が怖いからって言って手を繋ごうとしたら急に晴れてきたんですけど!おかげでカズマさんにすっごい怪しまれただけだったんですけど!」
「ごめんなさいセンパイ! 私のせいか分からないけど私のせいなような気がするのでとりあえず謝っておきますっ!!」