「カーズマさんっ! 欲しいものがあるんだけど……」
「却下」
もうすぐ本格的な冬が訪れるそんなころ。
ソファーでごろごろしていると、猫なで声のアクアがおもむろに近づいてきて。
「そ、そうとは言わずに、お話だけでも……」
「却下だ却下。だいたい、お前が俺を『さん』付けで呼ぶときと、敬語になってるときは、いつもろくでもない頼みごとだろ」
「ひ、ひどい! そりゃ、商店街の人から貰った安酒をすっごい高くて美味しいお酒って言って、この前カズマさんの持ってる高級なお酒と飲み比べをお願いしたときはそうだったかもしれないけど! けど、今回はそんなのじゃないの!」
「おいお前。ナチュラルに悪行を告白してんじゃねえよ!くっそ、やっぱりあんときおかしいと思ったんだよ! お前が『やっぱり美味しいでしょ? これの美味しさが分からない人はお馬鹿な舌の持ち主ね!』って言ってたから、何も言えなかったけど!」
ついこの前、微妙な味だなあと思っていたお酒はそういうことだったらしい。
仕返しにアクアの頬をつねってやろうとすると、アクアは華麗に身をかわし。
「今回はそういうことじゃないって言ってるじゃない。ちゃんと人の話は聞きましょうって小学校で習わなかったの?」
「お前は人を騙したらダメって小学校で習わなかったの?」
「…………女神は小学校なんて通ってないから習ってません。でも謝るからその手をワキワキするのはやめて。カズマさんのスティールは洒落にならないから」
一発こらしめてやろうと考えていると、そんな俺の考えを感じ取ったのか、すぐさま謝ってくるアクア。
さすがのこいつでも、真冬に服をひんむかれるのは避けたいらしい。
華麗な謝罪を見せるアクアに、いいから早く言えと目でジェスチャーすると、改めてかしこまったアクアが。
「その……。カズマは『キングしゅわしゅわ』って知ってるかしら?」
「……いや。聞いたことはないけど。『キングしゅわしゅわ』ってえらい安直な名前だな」
「名前なんてどうでも良いの。そういえばカズマはこの世界のことをまだまだ知らないあんぽんたんだったわね。しょうがないわねー! 何も知らないカズマのために、このアクア様が教えてあげるわ!」
「とりあえずそのドヤ顔やめろ。すごい腹立つから」
急に腕を組み始め、得意気な顔をするアクア。
すぐにでも頬っぺたをつねってやりたいが、話が進まないので我慢することにする。
「『キングしゅわしゅわ』は、一年に一度だけ販売される限定品でね。それはもう普通のしゅわしゅわとは違うの。その喉ごしの良さや、飲んだ時のしゅわしゅわ感。そして何より、普通のしゅわしゅわよりもはるかに美味と言われてるの」
「ほ、ほう……」
聞いたことはないが、話を聞くだけでは旨そうだ。
「それでね、今年の『キングしゅわしゅわ』は例年とは違うらしいの。なんてったって『ここ数年で最高の出来』『50年に一度の出来栄え』『ここ近年では最も素晴らしい出来、100年に一度の代物』ってなんだ言われてるのよ」
「なんでそんなボジョレーヌーボーみたいな褒め方なんだよ。せめて50年か100年ぐらい統一しとけよ」
急に胡散臭くなってきたけど、大丈夫か?
またどっかの悪いやつに騙されてたりしてたりしないよな?
「私も最初は怪しいって思ったわよ。この前も、ものすごい高いお酒が格安で売られていたから、飛び付いて買ったら、一文字違いのただの偽物の安酒だったりしたもの。伊達に騙され慣れたりしないわ」
「また騙されてたのかお前……」
こいつ、この前も怪しい露店商に、『これはすっごい美味しいやつなんだ! 喉ごしもそれはもう水のようで! あんただけに特別に売ってやるよ』って言われて、中身がただの水のボトルを買ってたような。
結局あの後は、俺に泣いてすがり付いてきて、しょうがないからお酒をわけてやったんだっけな。
「もう私は騙されないわ。ええもう、きっと。たぶん。その証拠に、今回は中身が水じゃないかどうか味見もしたもの」
少しは学習能力があるらしい。
またもや、水を騙されて売り付けられ、涙声で『こ、これは美味しいって言ってたお酒で……! 水みたいに軽く、飲めて……。ひぐっ、えぐっ……! かずまあぁぁ!』ってすがり付いてこないから、進化だろう。
アクアの成長に少し感動していると、当の本人はその時の味を思い出したのか、幸せそうな顔で……。
「それはもう評判通りの味だったわ! いえ、評判以上ね! この毎日お酒を嗜んでるアクア様が言うんだから間違いないわよ!」
「へ、へぇー……」
ほっぺに手を当て、じゅるりとよだれを垂らしているアクアを見ていると、俺もどんどん興味が湧いてきて……。
「ほほう。その顔を見るとカズマも心惹かれてきたようね。美味しそうでしょ? 飲みたいでしょ?」
「まあ確かに……。最近安酒ばっか飲んでるから、たまにはそういうのを飲みたいって気はするが……」
冬になり、モンスターの討伐に行くことも少なくなってきたので、ここ最近は特に金がない。
なので、飲む酒は安酒ばかりだが、やっぱりたまには美味しいやつも飲みたいわけで……。
「…………ちなみに、おいくら万円?」
「五万エリスよ! 今のカズマさんなら、何とか頑張ったら出せるんじゃないかしら! 今の時期しか売ってないのよ? ここは買うしかないんじゃないかしら? 買った時は私にもちゃんと分けてね!」
「…………どれぐらい?」
「そうねー! やっぱり『キングしゅわしゅわ』の情報を仕入れてきたのは私だし、私もちょこっとはお金出してあげるから、カズマさんと私で4対6で……。あっ、うそうそ。冗談よ。冗談だからそんな怖い顔をしないでちょうだい。もちろん二人で半々よ」
強ばっていく俺の顔を見て、慌てて訂正するアクア。
そんなアクアの提案を受け、出来るだけ俺はにこやかに。
「却下」
…………。
「なんで!? ねえなんでよカズマさん!? 今のは明らかにうんって言ってくれる顔だったじゃない! そんなニコニコしながら断るだなんて酷すぎるわよ! 鬼! けちんぼ! カズマ!」
「ええい、うるさい! だいたい、俺が金出すのになんで半分だけしか……。いや待て、カズマってなんだよ。それっていつから悪口になったんだ?」
自分の名前が悪口ってけっこう悲しいんだけど。
しかし、そんなことはどうでも良いのか、アクアは俺の腰にすがり付いてきて……。
「ねえ考え直さない? 限定品でもう手に入るか分からないものなのよ? 分かったわ、半分は言い過ぎたわね。じゃあ、私とカズマで4対6で…………。いや、やっぱり3対7でどうかしら」
呆れた目で見続けていると、どんどん弱気になっていくアクア。
「言っとくが、どれだけ譲歩しても買ってやらないからな。そもそもなんで俺が金出すのに、譲ってやらないといけないんだよ。俺だってあんまり余裕がないんだよ」
「なんでよ! この前ギルドにいた女の子に『カズマくんのカッコいい冒険話を聞かせて欲しいなあー』って密着しながら言われたら、デレデレしながらしゅわしゅわを奢ってたじゃない! ねえカズマさん。最近ギルド内で『もてはやしたら自分からお酒を奢ってくれるカズマさん』ってあだ名になってるけど大丈夫なの?」
「おい待て、全然大丈夫じゃない。俺けっこう本気で信じてたんだけど、えっ? ほんとに?」
あ、あれーっ?
つまり、アクアの話によると、ここ最近、やたらと俺に冒険談をせがむ女の子が多くなってきたのは、モテ期が来たわけでもなんでもなく、その噂のせいで……。
「私はカズマのお話なんてだいたい聞いてるから、話を聞く代わりにとっておきの芸を見せてあげるわよ? だからそんな娘に奢るなら私にも……。ねえカズマ? カズマったら泣いてるの?」
「…………落ち込んでるだけだよ。なあ知ってるかアクア。世の中には、言っていい嘘と言ってはいけない真実ってもんがあるってことを……」
ようやく俺の時代が来たかと思ってた時を返せ。
異世界に来て、ようやく冒険らしい冒険もいくつか経験し、女の子とも喋れるようになっていたと思っていたのに……。
異世界に来てまで、どうして俺は女神にお酒をねだられているのだろう。
もっとこう、可愛いヒロインといちゃいちゃしたり、色んな冒険者にキャーキャー言われたりしてもいいんじゃないだろうか。
それが、どうして俺は、女神にお酒をせがまれて……。
「分かったわ。確かにお金はほとんどカズマさんが出すものね。私も後でちゃんと返すから、せめておちょこ一つだけでも……。ねえカズマさんはどうしてそんな可哀想な目で私を見るの? 『もうこいつはダメだな……』みたいな顔になってるんですけど。ねえカズマさん? ちょっとこっちを見てよカズマさん!」
──────────────────────
めんどくさいアクアを適当にあしらった次の日。
相変わらずやることもなく、手持ちぶさたな俺は、ぶらぶらと町を歩くことに。
ここまでくる途中に買った屋台の焼き鳥を食べながら、適当にうろつき回る。
祭りでもなんでもないのに、年中屋台があるってのは不思議な感覚だが、けっこう嬉しいもんだ。
すると、そんな中、聞き覚えのある声が遠くの方から聞こえて来て……。
「さあー、いらっしゃい、いらっしゃい! よってらっしゃっい見てらっしゃっい! 今ならなんと! このメロンがこのお値段で……! あら、カズマじゃない。ちょっとその手に持ってるやつ頂戴よ」
「…………何やってんの」
そこにはいつもの装いに、エプロンと鉢巻きをつけたアクアの姿が。
いや、なにやってんだこいつ。
屋台をチラッと見る限り、果物やそれを絞ったジュースを売っているらしいが……。
「はふっ、はふっ、そりゃもちろんアルバイトよ! 『キングしゅわしゅわ』を買うにはお金がないもの。二日や三日働けば稼げない額じゃないから、こうやって働いてるの。んんーっ!これ美味しいわねーっ!」
「お前って一応は女神様なんだよな?」
鉢巻きをつけて、すっかり屋台を出してる連中に馴染んでいる元なんとか様に餌付けしながら、一応尋ねておく。
「失礼ね。今でもちゃんと女神様よ。でもありがとね、美味しかったわ。私はカワが好きだから次もお願いね」
「なんで俺がまた買ってやらなきゃいけないんだよ」
自分で買え、自分で。
いやまあ……しかし……。
「ちゃんと働いてるようで安心したよ。今度は客寄せに、バナナとか消したらダメだからな?」
「そんなこと分かってるわよ! あのときはこっぴどく怒られたもの。だから今度はもっと違う方法でお客さんを集めてるの!」
ほーん。
「さっきから何度もやってるけど大好評なのよ? これのおかげで色んな人が買ってくれてね。そうよ! カズマも焼き鳥をくれたお礼に見せてあげるわ!」
そう言って、ごそごそと売り物から何かを取り出すアクア。
そうして手に持ったのは、これまた高そうなまるまる一つのメロンで……。
「カズマのために特別に今回はこれでやってあげるわ。ほら、ここをこうやって、こう削ってね……!」
おもむろに取り出した包丁でメロンを剥いていくアクア。
フルーツカービングとかそんなやつなんだろうか。
そうやって、しばらくぼーっとアクアの手元を眺めていると、みるみるうちにメロンは姿を変えていき……。
「あ、あれ? お前これどうなって……」
「ふふん、まだ驚くのは早いわよカズマ。もっと細部をこう、こだわって……」
アクアが細かく手を動かすたびに、メロンがだんだんと花の形になっていき……。
そうして、満足げに額の汗を拭ったアクアが、出来上がったメロンを俺に渡してきて。
「ほらほら! どうどう? ちゃんとお花の形になったでしょ? まあ、私に任せればこんなもんよねー!」
「おおっ、おお……! こういう無駄なことにかけては、ほんとすごいなお前……」
手元にあるのは、本物の花と見間違えるのではないかと言うほど、精巧に彫られたメロンが。
皮と中の色の違いも活かして、彫る深さ等も変えており、もはや芸術品レベルである。
まあ、確かにすごいっちゃ、すごいのだが。
「……で、このメロンは誰が買うんだ?」
「…………えっ」
何気ない疑問に、先程まで褒められてどや顔だったアクアが凍りつく。
「あ、あれ? そりゃ、カズマさんが買ってくれたりとか……」
「いやいや待て。そもそも俺は、お前に焼き鳥をあげただけで、そのお礼としてお前がこれをやったってだけなんだろ? それに始めから買うだなんて一言も言ってないし……」
「そ、そういえばそんな気がしてきたようなー……」
ちらりと値札を見ながら、どんどんと青ざめていくアクア。
そしてあたふたと、どうにかして証拠を隠滅しようとするアクアに、どこへいっていたのか、出かけていた店主が帰ってきて……。
「…………クビ」
「そ、そんなー!!!」
──────────────────────
「いらっしゃいませー! お食事の方はこちらへどうぞー!」
「…………何やってんのお前」
買い取らされたメロンを、なんとかめぐみんやダクネスに売ろうとするも相手にされず、アクアが俺に泣きついてきた次の日。
ふと訪れた喫茶店には、メイド服っぽい服を身にまとうアクアがそこに。
「昨日も言ったじゃない。アルバイトよアルバイト。ついさっきね、お試し期間ということで雇って貰ったばかりなのよ。ほらほら、そんなとこで立ち止まってないで、こっちこっち」
怪訝な顔でアクアを見ていると、後ろから奥の方の席へと押しやられる。
そして、席に座らされたあと、アクアが水とおしぼりを持ってきて……。
「てか、なにその服。いつもの服はどうしたんだよ? とうとう売りにでも出したか?」
「女神の神器を売ろうとしないで。これは制服よ制服。どうどう? なんだかメイドさんっぽくて可愛いでしょー?」
フリフリなスカートの裾を掴みながら、目の前でくるりとターンするアクア。
服は確かに可愛いし、まあ、アクアも様にはなってるとは思う。
「で、ここって何が頼めるんだ? オムライスでも頼んだら『ご注文ありがとにゃん! お礼にケチャップをかけてあげるにゃん!』とか言ってくれんのか? それならめぐみんとダクネスも連れてきてやるぞ」
「さらっと嫌がらせしようとしないでちょうだい。それにカズマさんの中のメイド観はどうなってるのよ。普通のお店だから、さっさとメニューを決めてちょうだい」
呆れた顔で、素っ気なくメニューを渡してくるアクア。
メイド喫茶みたいなもんじゃなくても、異世界なんだからそういうもんがあってもいいと思うが。
視線でアクアに急かされながらも、一つ一つメニューを見ていると……。
「…………なあ。このネロイドサンドって何なんだ? ネロイドってあれだよな、飲むとしゃわしゃわするやつだよな?」
「そうよ。そしてよく路地裏にいて、捕まえたらにゃーってなくやつよ。ネロイドサンドは食べたら、口の中で少ししゃわしゃわしてね。この店の看板メニューなのよ? 美味しいからそれにしたら?」
「……よく分からんけど、もうそれでいいや。それとカフェラテ一つ頼む」
「かしこまりましたー!」
ネロイドとはなんなのか。
飲むとしゃわしゃわするものが、なぜサンドイッチの具材になるのか。
この世界に来てから、未だに良く分からないままのネロイドのことを考えながら、もの思いにふける。
すると、思ったよりも早く、飲みものを持ったアクアがやってきて……。
「はいどうぞ。頼んでたカフェラテよ。この店はラテアートが有名だから『トラクターに耕されそうになるカズマさん』を描いてみたんだけど、どうかしら?」
「どうかしらじゃねーよ。喧嘩売ってんのかお前は」
アクアの無駄にある才能によって、そこには精巧にトラクターに轢かれる寸前の俺の姿が、ラテアートになっていた。
昨日のメロンの時も思ったが、こういう才能はもっと別のことに活かして欲しい。
「ちなみに失禁してる姿まで書くのは可哀相だから、やめておいたわ。でもカズマさんの面白可笑しい表情は書けたからよしとしましょう。……ああっ! 混ぜないでよ! 自信策だったのに!」
得意気なアクアの顔がイラッと来たので、腹いせに混ぜてやる。
ぶつぶつと文句を言いながら、厨房へ行くアクアを見ながら、カフェラテを飲む。
まあ、何だかんだ腹立つ言動も多いが、昨日のように、余計なことをしない限りはクビにはならないだろう。
それに、こうやってすぐにラテアートが出来るぐらいには、技術もあることだし……。
「『コーヒーを頼んだのに水が来た』? 何言ってんの? 私はちゃんと持っていって……。あら、ごめんなさいね。浄化しちゃってたわ。な、舐めてなんかないわよ! ごめんってば! もう一回持ってくるから!」
「まっ、待って! 二番テーブルにネロイドサンドが二つで、五番テーブルにコーヒーとパンケーキを一つずつなのよね!? えっ、違う!? 五番テーブルはパンケーキじゃなくて、チョコレートパフェなの? ちょっとそんなに一気に言われても覚えられないってばっ!」
「三番テーブルにオーダー!? ちょっと私も今運んでる際中で……。今度はこれを七番テーブルに持ってくの? あっ、じゃあ次はどっちに……。ああっ!浄化しちゃった! こ、これどうしよう……! カ、カズマあぁぁぁ……!!」
「ええい、いちいちうるさいお前は! とりあえず泣き止め! 手伝ってやるから! それでこれはどこへ持っていってらいいんだよ!」
──────────────────────
「あれね、冒険者の私にはアルバイトは向いてないってことが分かったわ。やっぱり冒険者らしく、ここはクエストに行って稼ぎましょう!」
「お前ってほんと元気だよなあ……」
てんてこ舞いになっていたアクアを、俺が手伝ってあげたあと。
結局、自分からアルバイトを辞退したアクアは、そのあとふて寝し、一日経ったらご覧のようにすっかり元気になっていた。
この元気が、冒険のために装備を整えるお金を用意するためのものとかだったら良いのだが……。
「でもそう言ったって、この前見た通り、ろくなクエストがなかっただろ。冬だからモンスターも強いやつばっかだし」
「まあまあそんなこと言ってないで見に行ってみましょうよ! もしかしたら変わってるかもしれないし!」
アクアに腕をひかれるがまま、クエストボードの目の前まで連れていかれる。
しょうがないのでざっと貼り出されたクエストを見ると、やはりあるのは高難易度のクエストばかりで。
『冬眠から目覚めてしまい、狂暴になっている一撃熊の討伐』とか『人里におりてきた白狼の駆除』などの、どう考えても無理ゲーみたいなものしか残ってない。
四人ならまだしも、俺とアクアだけでなんて自殺しにいくのにも等しい。
俺は平凡な一般人だし、この女神はカエルに食われて足止めしたり、ワニに襲われながら水を浄化するとかそれぐらいしか……。
そんな中、ふと隣の方を見ると、そこには一枚の張り紙があり。
何となく手に取り、読み進めていくと……。
「おいアクア。お前にとっておきの良いクエストがあったぞ」
──────────────────────
「つ、冷たいっ! ねえ冷たいんですけど! 風邪引いちゃうんですけど! ねえカズマさん知ってる? 私って女神なのよ? それにちゃんと女の子なの。普通の人は寒空の中、女の子に噴水の水の中に手を入れろだなんだ言わないと思うの」
「いいから早く浄化しろ。浄化魔法唱えた方が、早く終わるんだろ?」
強い風が吹き荒れ、思わず身体を震わせてしまうそんな真冬の中。
町の中央に陣どっている噴水の濁った水の中に、アクアは手を入れて浄化魔法を唱えていた。
別に俺がアクアを苛めたいからだとか、アクアの頭がおかしくなっただとかそういうわけではない。
ギルドのクエスト掲示板にあった依頼は、こうだ。
『町のオブジェの噴水が壊れて、汚れた水が出てきたので、浄化して欲しい』と。
この噴水自体は、ギルドが管理しているものらしく、人通りの多い場所に位置しており。
そのため、多くの人目に触れるので、早く修理したいらしいが、専用の業者がくるまで時間がかかるので、町のプリーストに一時的であるが、クエスト扱いにしていたらしい。
なので、ここはうちのプリーストの出番だろうということで引き受けたのだ。
「ねえカズマ。ちょっとこっちに来てくれないかしら。そうそう、そこに座って、こっち向いてちょうだい」
噴水に腰かけているアクアの側に立っていると、ちょいちょいと手招きされた。
何がしたいのか分からんが、とりあえず言われた通りに、隣に座った瞬間。
「つ、冷たっ! お前いきなり何してくんだよ! 頬に手を当ててくんじゃねえ!」
「あはははは! か、顔……っ! カズマさんの顔ってば、ふふっ!」
いったい何をするのかと思ったら、突然冷たくなった手を頬っぺたに当てられた。
急に当てられたため、絶対変な声が出てる気が……。
いたずらが成功したことで、大笑いしていたアクアは、気が済んだのか、再び浄化を続け。
動機が動機だが、こいつも真面目にクエストやってるんだよなあ……。
思ったよりもアクアの手が冷たかったから、クエストを進めた身としてはなんだか申し訳ない気がしてきた。
別に俺が無理矢理やらしてるわけじゃないんだけど、ほら、まあ、……なんだ。
「…………ほら。手冷たいんだろ? さっき買った魔力カイロやるから、浄化頑張れよ」
ポケットから魔力カイロを取り出して、アクアに渡してやる。
ぱちぱちと目を瞬かせながら、意外そうに俺の顔を見てきて。
「……あ、ありがと。ねえカズマさんってば急にどしたの? とうとうデレ期が来たの? もうっ! それなら最初からデレてくれても構わないのにー! カズマさんってば素直じゃないんだからっ!」
「…………やっぱそれ返せ。気が変わった。寒がってるお前の前で、それみよがしに使ってやるから」
「冗談よね? なんだか顔が本気になってるような気がするけど、冗談よね?」
うざったく絡んでくるアクアから、カイロを取り上げようとすると、途端におろおろし始めた。
別に寒がってるアクアを見たからとかそういうことじゃなくて、寒いから早く帰りたいだけだし。
アクアに渡すなら、もう一つ余分に買っておけば良かったなとか思っていると、再びアクアが浄化魔法を唱えて。
「『ピュリフィケーション!』『ピュリフィケーション!』ねえ、私思ったんだけど、いくら水を浄化しても、大元をなんとかしないとしょうがないんじゃないかしら。噴水の中になんか詰まってて、それが汚れの原因なんでしょ? なんとかできないの?」
ふむ、なるほど。
「でも、俺たちじゃどうしようも出来ないしなあ……。とりあえず水を浄化しといて、また汚れるまでに業者が来るのを待つしかないんじゃないか?」
大元を直せるのがベストなのだが、あいにくそういったスキルは持ち合わせていない。
ギルドの人にも、とりあえず浄化だけしてくれと言われただけなので、おとなしくその通りにしとけばよく……。
「そうよ! 中に汚れがこびりついてて、それが原因でこんなことになってるのよね! だったらその汚れを水で洗い流したら良いんじゃないかしら!」
「…………は? いや、ちょっ、待」
アクアが馬鹿なことを言い始めたので、止めさせようと手を掴もうとするも。
アクアの方が詠唱が早く、周りからおびただしい魔力が集まってきて……!
「『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』!!!」
噴水が壊れました。
──────────────────────
屋敷に帰ってきたあと。
「……あれだろ。お前って、何かやらかさないと死ぬ病気なんだろ。なあ、なんでクエストを受けたのに、俺たちが金を払うはめになってるんだ?」
「…………その、はい。ごめんなさい……」
俺はうなだれている借金女神に、説教をしていた。
アクアの魔法によって噴水は壊れ、ギルドのお姉さんによると、結局新しい噴水と取り替えることになったらしい。
元々汚れがひどく詰まっていて、取り替えざるを得なかったため、噴水の費用自体は負担することはなかった。
ただ、アクアが壊した噴水の破片などを掃除するため、それ専用の業者を呼ぶことになり、何故か俺がその代金を引き受けることになった。
最初はアクアがアルバイトをしていただけなのに、最後はどうして俺が金を払うはめになっているんだろう。
もしかしてこの女神は水の女神なんかじゃなく、貧乏神なんじゃないだろうか。
ベルディアの時の借金も結局はこの女神様のせいだった気がする。
「も、もう余計なことはしないって約束するから……。だからカズマも落ち込んでないで元気出して! お風呂掃除の担当を一回変わってあげるから!」
「…………あとトイレ掃除と、食事当番も一回ずつな」
「あ、あれ? ちょっと多くないかしら? 私としてはお風呂掃除だけのつもりで……いや、やっぱりやります。やらせてくださいカズマ様」
反論しようとするアクアをじとっと睨むと、押し黙るアクア。
今の調子なら、買い物当番も変わってくれそうだから頼んでやろうか。
「はぁー……。なんだか結局『キングしゅわしゅわ』を買うお金は貯まらなかったし、アルバイトもあんまり上手くいかなかったわねー……。私って、最近ダメになってるような気がするわ」
「お前は元々出会った時からダメだったよ」
ソファーで寝転んで落ち込むアクアに、そんなことを言う。
女神としての力を見せてあげるわ!と言ってカエルに突っ込むも、すぐに食べられ。
手先は器用でなんでも出来るが、その反面厄介事をとにかく持ってきて。
面白可笑しい女神だとは思うが、もっとちゃんとしてくれないと、俺の借金が膨らむばかりだ。
せめてこれから、俺がなんとかしてやれたら良いのだが。
……てかあれ? アクアがやたらと静かじゃないか?
いつもならここで反論してきて、取っくみあいになったあと、俺が泣かすってのがいつものパターンなんだが。
チラッとアクアの方を見ると、アクアはソファーに寝転んだまま、何も言わずにうつ伏せのままで。
珍しく落ち込んでるのか?
ていうか、もしかして言いすぎたか?
いくら借金をすぐこさえてくる女神だとは言っても、何だかんだ言って役にたつときは役にたつし。
ま、まあ、今回は頑張ったことだし、多少なら……。
「その、今日は珍しくお前も頑張ってたし、後で返すってんなら、『キングしゅわしゅわ』を別に買ってきても」
「ねえ見て見てカズマ! さっきから盛り上がってるところが気になってて探ってみたら、こんなところにお金があったわ! ちょうど五万エリスあることだし、今から買いに行ってくるわね!」
落ち込んでたんじゃねえのかよ。
落ち込んでいたように見えたのは、ソファーの隙間をいそいそ探っていたらしい。
でも確か、あの五万エリスは、万が一の時に備えて、蓄えていた緊急用のお金で……。
「こんなところに隠されてたけど、どうせ隠した人も忘れてるから、別に使っちゃっても大丈夫よね? カズマは家でおつまみを用意しててね! 今から急いで買ってきてあげるから!」
「…………えっ、おい待て! それは万が一の為の備えで……! その金がないと、もしもの時にパンの耳を食うハメに……。おいこら待てって言ってんだろ! 逃げようとすんじゃねえ!!」
『キングしゅわしゅわ』─オリジナル設定。通い慣れたお酒屋さんで味見させてもらったら、想像以上に美味しくて、女神がおねだりするほど。このあと保護者も味見して、結局買った。