ここは仮想世界にある、東京とよく似た繁華街。
電脳世界という現実ではできないことが可能な世界に来てなお、人類は建築物や道路などのテクスチャを製作し、そこで現実とあまり変わらない営みをおくっていた。
そんな繁華街の一角にあるビルの屋上の端に、橙色のセミロングの髪が目をひく10歳前後の少女が座っていた。
「ふんふんふふ〜ん」
彼女は陽気に鼻歌を口ずさみ、時々脚をばたつかせながら目の前の電子画面に表示されているリストを見ていた。
リストに載っている人物は男女問わず。しかしどれも10代から20代辺りの若い人物が大半で、その全員がガンプラバトルの経験者だった。
「う〜ん……うん? おぉ!」
スクロールの手が止まる。どうやらお気に召す人物が見つかったらしい。
「能力も申し分なし。今回はこの子かな」
リストを閉じ、立ち上がる。
子供らしくない言葉を発しながら、その目は外見年齢相応の期待に満ちた少女の目をしていた。
「じゃ、行きますか」
軽く跳躍し、躊躇なくビルから飛び降りる。
少女が地面にぶつかることはなく、そのまま消えた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ここはこうして……と。よし、できた」
ノートパソコンから目を離し、深月は思い切り体を伸ばす。
ずっと同じ姿勢でいたからか、関節の鳴る音が聞こえた。
深月はパソコンを閉じると、横にあるガンプラスキャナーから先程完成させたばかりの機体を取り出す。
その機体は、インパルスガンダムをベースに両肩やリアアーマーにスラスターが追加され、更に腕部にビームソードやビームシールドの固定武装を装備し、日本刀のように反りのある大型の実体剣を左腰に付けていた。シルエットは背負っていない。
深月の新作、インパルスチェイサーだ。
「……もうこんな時間か。テストに付き合ってもらおうと思ってたけど、輝はもう寝てるかな……」
壁の時計を確認する。既に零時を回っており、誰かに連絡をするには迷惑な時間帯だった。
「仕方ない。輝と戦う前に、まずは他で腕試しでもしますか」
インパルスチェイサーを机の上に置く。
そしてネックバンドに似た装置のスイッチを入れ首に付けると、そのまま机の横にある布団に横になり楽な姿勢をとった。
「没入(ダイブ)」
目を閉じ、音声認識を行う。
深月の意識は吸い込まれるように遠のき、ネットの世界へと送り出された。
体感時間で数秒。
地に足がつく感覚を感じ、深月は目を開ける。
目の前に広がる景色は夜の花畑。この広場はログインポイントの1つだ。
深月は軽いストレッチをし、自身の感覚に異常がないか確かめる。
「ラグもなし、感度良好!」
何も問題がないことがわかると、すぐにメニュー画面を開きバトルシステムを起動させた。
視界が暗転し、深月の目の前から花畑が消える。
〈…………〉
そんな深月の様子を物陰から見ている人物がいたことを、彼女は知らなかった。
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視界が晴れ、目の前には計器が広がる。
ここはもう見慣れたコクピットの中だ。
深月はフォースインパルスガンダムが表示されているモニターに触れ機体選択画面を開くと、先程スキャンしたばかりのインパルスチェイサーを選択した。
数秒の間をおき、機体の立体図がチェイサーのものに切り替わる。機体状態はオールグリーン。
そこから機体の細かい調整を終え、いよいよ対戦者リストを表示させようとしたところ、ポコンという景気の良い音と共に対戦が申し込まれてきた。
どうやら深月が相手を探すよりも先に相手が彼女を見つけたらしい。
ポップに触れ、申請の詳細を表示させる。
「……!」
表示された情報を一瞥するやいなや、深月の目が見開かれた。
まさかそんなことがあるのか。と何度も見返す。
「ID……‘unknown’……!」
しかし、表示されているIDはunknownのまま変わらない。現実だ。
深月に対戦を申し込んできたのは、彼女の知るゴーストの特徴とよく似ていた。
「機体名は……ロスト……フリーダム? プレイヤー名も同じなのね」
機体名とプレイヤー名が全く同じなのは珍しいなと彼女は思ったが、そんなことは些細な問題だった。
話題のゴーストと思われる人物が、自らに勝負を挑んできている。
胸が高鳴り、つばを飲み込む。
そして承認ボタンに手を伸ばし、押した。
「さて、何が出てくるのかしら……」
機体を起動させ、操縦桿を握る。
武者震いか緊張か、その手は少し震えていた。
「千鳥深月、インパルスチェイサー。行きます!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
カタパルトから射出されたチェイサーがコンクリートの地面に降り立つ。
天井にも建物が見えることからステージはコロニー内部だと伺えた。
「っ、上!」
機体接近のアラートが鳴る。
慌ててビームライフルを捨て、腰のブレードを抜きつつ振り返る。
上空から振り下ろされる二本のビームサーベルとブレードがぶつかり合い、火花を散らした。
「……いきなりご挨拶ね」
ブレードを傾けてビームサーベルの軌道をそらしながら、地面を蹴り上げ離脱する。
機体同士が離れ正面から対峙することで、深月は初めてロストフリーダムの姿をしっかりと見た。
両手にビームサーベルを持つその機体は、カラーリング以外は特に変化の見られないただ黒いだけのフリーダムガンダムだった。
だが、見た目の変化がないからといって彼女が油断することはない。
目の前の機体が本当にゴーストならば、ID不明という不気味さを除いたとしてもその実力は噂になる程度には高いからだ。
「ふっ……!」
次に仕掛けたのは深月だ。
ブレードを再度腰にマウントすると、リアスカートにシュバルツリッターから移植し装備していたグフのヒートサーベルのような形状記憶型の実体剣__ヴィントドルヒを二本とも抜き、ロストフリーダムに急速接近する。
〈双剣対決……か〉
ロストフリーダムも、ビームサーベルを構えたまま動き出した。
両機がぶつかり合う。
互いの獲物をぶつけ合い、そらし、踏み込んではまたぶつけ合う。
しばらく続いた一進一退の攻防を崩したのはロストフリーダムの方だった。
ヴィントドルヒの届かない距離まで一気に跳躍し、チェイサーが空振りをしたタイミングで突進を仕掛けてきた。
体制が崩れたところを狙われ、チェイサーが大きく弾かれる。
「ぐっ……うぶっ?!」
強い衝撃が深月を襲い、正面に展開したエアバッグに叩きつけられる。
エアバッグが萎み、彼女が正面のモニターを見た時には既にロストフリーダムは次の行動にうつっており、チェイサーを斬り裂かんと接近していた。
「こんの、やらせない!」
彼女は咄嗟の判断で左腕のビームシールドを展開すると、そのままビームサーベルを受け止め、弾いた。
ロストフリーダムの右腕が跳ね上がり、胴体がガラ空きになった。
〈……!〉
「せぇい!」
当然深月がその隙を見逃すはずはなく、膝に格納されていたビームサーベルを格納状態のまま起動させ、蹴り上げる。
しかしロストフリーダムは腰を捻り左脚を曲げ、代わりに犠牲にすることで胴体への直撃を避けた。
「っ……!今の攻撃で決まらないなんて……」
上空へと退避したロストフリーダムを睨みながら深月はぼやいた。
ビームシールドはエネルギー消費の激しい装備だ。
これまで実体装備で戦闘を行うことでエネルギーの消耗を抑えていたが、振り下ろされるビームサーベルを防ぐため最大に近い出力で展開してしまったため、エネルギーを一気に持ってかれていた。
深月は横目でバッテリーの残量を見て驚愕する。
「こんなに減るなんて……。もしかしてバッテリーの最大容量が減ってる?」
残量は彼女の予想よりも少なく、レッドに近いイエローゾーンを指していた。
「これ以上の戦闘は厳しいかな……。でも、最後まで諦めないわよ」
スラスターを吹かし、相手の待つ上空へと飛翔するチェイサー。
ロストフリーダムは接近するチェイサーに対し、ビームサーベルをビームライフルに持ち替え放った。
「当たらない!」
肩のスラスターなどを使いビームライフルを避け、手に持っていたヴィントドルヒを投げつける。
投擲は外れたがロストフリーダムの攻撃を止めることには成功し、その間に膝からビームサーベルを抜いて更に接近した。
サーベルを振るい、ビームライフルを破壊する。
ロストフリーダムは半分ほどになったビームライフルを手放すと、機体を回転させビームライフルのお返しとばかりに、右脚でチェイサーの横っ腹に蹴りをお見舞いした。
衝撃でビームサーベルが手から離れ、コクピットにも横から激しい衝撃がかかる。
しかし深月は唇を噛み堪え、機体を操作し相手の脚を左腕で抱えるように掴んだ。
〈……なに〉
「つか……まえ……たぁ!」
相手の両手はガラ空きだ。
相手が武器を構えるよりもチェイサーがトドメを刺す方が早い。
チェイサーは右腕のビームソードを展開すると、ロストフリーダムに向かって突き出す。
「……あっ」
だがその一撃がロストフリーダムを貫くことはなく、ビームソードを失ったチェイサーの拳だけがロストフリーダムの胴体に届いた。
ビームソードの出力を維持するだけのバッテリーが残っていなかったのだ。
コクピット内が薄暗くなり、最低限の明かりだけが残る。
そして機体に電力が供給されなくなったことにより、ロストフリーダムの右脚を抱えていた左腕から力が抜け、チェイサーが落下した。
真下にあるビルを砕き、瓦礫の中にチェイサーが横たわる。
フェイズシフトダウンを起こしたチェイサーの中で、深月は少しの間呆然としていた。
建物がクッションの代わりを果たしたことで、高所から落下したものの機体のコンディションとしてはまだ戦える状態ではあった。しかし、ここにはエネルギーを供給する母艦もなければ分けてくれる僚機もいない。
手詰まり、深月の敗北だった。
「勝てなかった……か。でも、満足かな」
結局ゴーストかどうかの確証は得られないまま敗北をしたものの、深月はどこか満足気な表情をしていた。
「……あれ?」
だが、その表情はすぐに曇る。
いつもの動作で手を振るうが、メニュー画面が開かないのだ。
画面が開けなければ、投降ができない。
相手がトドメの一撃を加えたのならすぐさま敗北判定となり自動的にバトルが終了するのだが、その気配すらなかった。
深月の頬に嫌な汗が伝う。
「なに、これ……バグ?」
もう一度メニューを開こうとする。だが開かない。
試しに機体側のコンソールを触ってみる。しかしなにも反応しない。
完全にコクピットに閉じ込められていた。
「もう、なんなのよ!」
ヤケになってコンソールを両手で思い切り叩いた。
その衝撃か、それとも偶然か、目の前のモニターに光がともる。
全体的に暗くてよく見えないが、女性が写っていた。
《さっきの……》
「……?」
頬に汗がつたう。モニターの女性が何を口にするのかと身構える。
《さっきの戦い、とても良かった。貴女、強いのね》
どうやらモニターに映っている女性は、先程まで深月が戦っていた機体の操縦者らしい。
深月は記憶を掘り起こし、彼女の名前を思い出す。
機体名とプレイヤー名が同一なのは珍しかったのですぐに思い出すことができた。
「……もしかして、貴女が‘ロストフリーダム’なの?」
〈……〉
表情に変化は見られない。しかし、確かに頷いたように見えた。
社交的な彼女の姿勢に、深月の心配は杞憂に終わる。
「どうもありがとう。私も色々と勉強になったわ」
「それでお願いなんだけど、トドメを刺してくれないかしら。私から投降ができないのよ」
《“トドメ”……か。わかった》
モニターの光が切れる。その直前、ニタリと嫌な笑顔をされた気がしたが、深月は見間違いだと判断した。
〈……ふふ、貴女からは良いデータが取れそう〉
しかし残念なことにその笑顔は見間違いなどではなかった。
ロストフリーダムは機体を動かし、動けなくなったチェイサーの胴体を両手で鷲掴みにする。
軽い衝撃でコクピット内が揺れ……そして、凹んだ。
「ヒッ……なんなの?!」
ロストフリーダムが両腕に力を込めたことで、フェイズシフトを失った装甲は軋み、コアスプレンダーが潰れ始めたのだ。
金属の軋む嫌な音と共に、凹みは徐々に大きくなる。
「いや…やめて。何が、何が起こってるの?!」
機体の揺れや衝撃、旋回時などにかかる重力などを再現するバトルシステムだが、本来ならばコクピットが潰れる、焼かれるなどの内部にまで及ぶ直接的なダメージは再現されない。
徐々に潰れてゆく操縦席に挟まれながら、深月は必死で脱出の手段を探していた。
「ログアウト。強制切断。なんで?!なんでなにも反応しないの!」
メニューを開こうと手を振るう。潰れてヒビの入ったコンソールに触る。
しかし深月の必死の行動は虚しく、コクピットはゆっくりと、まるでいたぶるように潰れてゆく。
「いや、やめて……助けて、狭い、怖い……」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
恐怖が深月の心を支配し、判断力を奪っていく。
次第に「嫌だ」と叫び続けるだけとなり、そして__
……クシャリ、とコクピットが潰された。
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「っ______!」
意識が覚醒すると同時に、深月は寝転がっていたベッドから飛び起きた。
動悸が止まらず、上手く息が吸えない。
「っはぁ……はぁ……はぁ……」
壁掛け時計の下に置いてある姿鏡に深月の姿がうつる。
とび起きた勢いで髪は所々はねており、目覚めが悪かったので顔色も悪い。
よく見るとシーツも尋常じゃない量の汗で濡れていた。
「生きてる……?私、生きてる?」
震える両手を見る。握ったり閉じたりする。
手汗のベタつく生々しい感触があった。
そして、倒れるようにベッドに身体を預けた。
「生きてる……」
全身が弛緩し、ようやく緊張から解き放たれる。
つい先程まで死ぬかもしれない恐怖を味わっていた深月は、ただひたすらに安堵した。
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戦闘の終わったコロニー内部。
そこには、胴体が潰れて悲惨な状態となったインパルスチェイサーを抱えたままのロストフリーダムが佇んでいた。
〈……【起動】。アップデートプログラム〉
ロストフリーダムの姿が、持っているチェイサーの残骸ごと影となって地面に溶けた。
しばらく重量に引かれて円盤状になっていた‘影’だったが、徐々に形状を変化させ、MSの姿を取る。
〈【シフト】。ストライクロストフリーダム〉
影が晴れる。しかし、その姿は先程までとは違っていた。
右腕にはビームソードのユニット、左腕にはビームシールド、リアアーマーにはスラスター。そして、腰には禍々しいデザインの大型ブレード。
全体的な姿こそストライクフリーダムの姿を弄ったモノだったが、こまかな意匠はチェイサーに酷似している。
更にフリーダム系では特徴的な翼が無くなっており、代わりにストライカーパックのコネクタに変化していた。
左目のカメラアイと右目の2つのモノアイが光り、機体が起動する。
〈ふふ……ふふふ……。うん、悪くないわ〉
ストライクロストフリーダムの中の‘彼女’は、満足そうに呟いた。
___そんなロストフリーダムの姿を、橙色の髪を持つ少女は遠くの建物の屋上から見ていた。
「あーあ、変わっちゃったか」
彼女は少しだけ残念そうに呟き、まるで品定めをするかのようにストライクロストフリーダムを観察する。
「もう少し遅くても良かったのだけど……まあ、いいか。これはこれで面白そうだし」
やがて満足したのか、屋上から飛び降りる。
だが、やはり彼女が地面にぶつかる事はなく、繁華街の時と同じくそのままエリアから消えた。