Infinite Stratos~蒼騎士の軌跡~ 作:ミリオンゴッド
時刻は午前零時。既に鈴は部屋から去り、室内は嵐の後のように静まり返っている。
セシリアは気持ち良さそうに寝息をたてており、穏やかな表情で眠りについていた。
「さて、と……イイ夢見ろよ、お嬢」
眠っているセシリアに一言告げ、部屋を抜け出す。そしてそのまま屋外へ向かった。目指すのはあの時と同じ場所。
既に校内の照明は消えており、夜道を照らす明かりはない。周囲から音も聞こえない。ただ視線のみ背中に感じる。敢えて気配を消さずに歩く。その視線に向け付いて来いと背中で語るように。
あの日からずっと視線は感じていた。監視していたのか、タイミングを図っていたのか、或いはその両方か。
そして何度か試しに夜間外に出て揺さぶりをかけると必ずその視線は俺についてきていた。それは今日も例外じゃない――
「――さて、少しお話しようぜ。更識楯無生徒会長殿?」
「……あら、気付かれてたなんて。おねーさんショックー」
「ハッ、どうせ気付かれてることにも気付いてた癖に、よく言うぜ」
彼女は大げさな様子で落胆しているが、十中八九フェイクだろう。食えない女だぜ。
現在の場所はこの女と初めて会った日と同じ校舎裏。状況はあの時の再現だ。違うとすれば、俺が初めからヤツに気付いているという点。そして俺が、交渉に来ているという点だ。
「それで?こんな場所に誘い出すってことは、話してくれる気になったってことかしら?」
「交渉次第だ、全て話すとは断言できねえがな。だが少なくとも、これからこの場所で起こりうる可能性については有意義な話が出来ると思うぜ」
「ふーん、そう……」
彼女は薄く笑い、此方に探るような視線を向ける。
「それじゃその交渉、早速始めましょうか……クロウ・アームブラストくん――」
――夜は、更けていく。
***
翌日、放課後。俺達はアリーナを借りて今日も訓練を行っている。現在は俺と一夏で模擬線を行っていたが、最早一夏は体力切れのようで、地面に大の字になって寝転がっている。
「グッ……ハァ…ハァ…ハァ…………ふぅ、つっかれたあ~。もう無理限界、休憩しよーぜ!」
「ま、あんまり根詰め過ぎても良いことねーか。休むのも大事ってな」
「お疲れ様ですわクロウさんっ、織斑さんっ。お二人とも、よろしければ飲み物をどうぞ」
ISを解除した俺達にセシリアが笑顔で飲み物を持ってくる。普段なら彼女も訓練に参加するところを最初に俺と一夏の一対一をするということで俺達は先に来ていたのだが、どうやらその間にスポーツドリンクを買ってきてくれたようだ。
「お、サンキューセシリア!助かったあ……」
「気が利くねぇ。ワリィなお嬢」
「ふふっ、これくらいはお安いご用ですわ♪」
貰ったスポーツドリンクに口をつける。乾いた喉に潤いが蘇り、身体中をクールダウンさせていく。汗として流れ出ていった水分が戻って行くのを感じる。一夏は相当喉が乾いていたのかグビグビと一気に飲み干していく。
「くぅーっ!!動いた後はやっぱ美味いな!!」
「ああ、水分が身体に染み渡るぜ……」
「水分補給は大切ですものね」
「――すまない、遅れたか?」
水分補給の大切さを実感していると、打鉄を装備した箒が急いで近づいてくる。別に遅れちゃいないのだが、自分が最後で不安になったんだろうか。
「いや、別に遅れちゃいないぜ?それにどーせ一夏も汗だくでしばらくグロッキーだから練習再開出来ないしな」
「そうか。だが一夏、情けないぞ!男ならそのくらい耐えて見せろ!」
「いや、無茶言うなって。じゃあ箒はクロウと一対一で三連戦してこうならない自信があるって言うのかよ?」
「む、それは……確かにそうだな」
「でも、織斑さんも着実に強くなってますわよ?」
「そうかな、相変わらずクロウにもセシリアにも勝てないんだけど……」
「いえ、以前なら闇雲に突っ込んで撃墜されるだけでしたのに、今では避けながら隙を伺い
「ああ、相手の先を読む、裏を掻く。これが出来るのが勝負に勝てるヤツだよ。一夏はそれに気付き、実行しようとしている。それだけで凄い進歩だ、自信持ってイイと思うぜ」
「そうか……俺、強くなってきてるんだな」
一夏は自分の手を見つめて、実感に浸っている。強くなったと言われ嬉しかったのだろう。
「お前はセンスがいい。きっともっと強くなれるぜ」
一夏はセンスがいい。本人の努力は勿論あるが成長速度が著しく早い。これならば基本的にどんな技でも早期に習得出来る可能性が高い。現に瞬時加速もすぐに習得することが出来たしな。
だが、あくまでもそれは未来の話、今の一夏は技術じゃセシリアには遠く及ばない。ということは同じ代表候補生である鈴にもそう簡単には勝てないだろう。
「よし、もっと頑張って強くならなくちゃな!とりあえずクラス対抗戦、賭けもあるから鈴には勝ちたいぜ」
「賭け、ですの?」
「ああ、さっき鈴と約束したんだ。負けた方が勝った方のお願いを一つ聞くってな」
成程、鈴も考えたな。一夏が鈴のことを憎からず思っている時点でこの勝負は鈴にはメリットしかない。勝てば一夏にデートでも何でもしてもらえるし、もし負けたところで一夏に言われた注文をダシにして二人っきりになればイイだけだ。いやー策士だね。
「何だと!?私は聞いてないぞそんな話!!」
箒は当然の如く噛みつくが、一夏としてはいつも通り箒が怒る理由が分からないのだろう。困惑した表情をしている。
「いや、言ってないからな……てか、鈴と俺の間の約束なんだし箒に言う必要もないだろ?」
「ぐっ…それはそうだが……しかしだな……ええい一夏!休憩は終わりだ!今からその腐った根性を叩きのめしてくれる!!」
「何でだよ!?意味がわからないぞ!?」
「五月蝿い黙れ!!」
「うわっ!?あっぶねぇ!!」
そう言って箒は一夏に斬りかかり、自動的に二人の模擬戦が始まる……と言っても箒の方は模擬戦と言うよりただの私闘といった感じだが。二人の戦闘を観戦していると、セシリアが心配そうな表情で話しかけてくる。
「クロウさん、止めなくてよろしいんですの?」
「ククッ、これで一夏も避けるのが上手くなるんじゃねーか?ま、やり過ぎになったら流石に止めるかね」
「わかりましたわ……織斑さん、鈴さんに勝てますでしょうか?」
「お嬢は一夏に勝って欲しいのか?」
「いえ、どちらもお友達ですから頑張って欲しいですけれど……一応わたくしも一組ですから、織斑さんの応援をしようかと思いまして」
にこりと微笑みセシリアはきれいごとを言うが、俺は知っているぜ。彼女が学食デザート半年フリーパスを密かに楽しみにしていることを。
「……ま、お嬢の知ってるように一夏の実力は正直言って代表候補生には遠く及ばないな。機体のスペックが高いから一応勝負にはなるだろうが、いかんせん武器がな……」
一夏の武器は近接ブレード一本で応用が効かないのが致命的だ。格上相手に近接一択では限界がある。間合いに入れれば白式の単一仕様能力《零落白夜》で一撃なんだろうが、近づけなければ意味はないだろう。
「懐に飛び込めれば……瞬時加速なら、或いは……」
「瞬時加速ねぇ……代表候補生がそんな甘いモンじゃないのはお嬢が一番分かってるんじゃないのか?」
「ええ、そうですわね。鈴さんのレベルは手合わせしたことも無いので何とも言えませんが、少なくとも代表候補生を名乗っている時点で織斑さんの瞬時加速に二度対応できないというのはありえないと思います。ですから仕掛けるならチャンスは鈴さんが初見の一回きりですね」
成程、こちらも初見だがそれはあちらも同じだということか。幸い一夏には一撃必殺があるから、それさえ決まれば勝ちだからな。
「一度見切られたら終わりの博打ってか?」
「ええ、織斑さんの勝ち筋はこれしかないかと」
「ギャンブルだなんて、お嬢の趣味じゃないんじゃねーのか?」
「ふふっ、誰かさんに影響されたのかもしれませんね」
「ククッ、そりゃ悪いヤツが居たもんだ……さて、ならその作戦、一夏にしっかり仕込んでやらねえとな」
その後俺達は箒を宥め一夏に作戦を伝え、一撃必殺に特化した対策を行立てていくのだった。さて一夏、集中してもらうぜ。試合もそうだが、悪意に飲み込まれないような。
***
クラス対抗戦当日、早朝。校舎屋上。
俺は更識楯無から呼び出しを受けていた。どうやらあの交渉についての返答らしい。屋上に着くと、フェンスを背に彼女が立っていた。
「よっ、会長サン」
「ええ、おはよう」
「ったく、こんな朝早くから呼び出しやがって……それで、答えは決まったか?」
「一枚噛ませてもらうことにしたわ。確証の無い話だけど、無視するわけにもいかないしね」
彼女からある程度の信用は得られたらしい。協力を取り付けることに成功する。俺の読み通りなら、彼女の協力があればスムーズに事が運べるだろう。
「ありがとよ。んで、今回の事に協力してもらう対価、アンタは何を要求する?」
「そうね……とりあえずは保留かしら。それで、本当に今日なのね?」
「ああ、確証はないが仕掛けてくるなら今日だろうよ」
「なら、貴方を信じて待ちましょうか。その瞬間を、ね」
その瞬間……それが訪れず、滞りなく試合が行われればいいんだが、そうもいかないんだろう?なら、出来る限りの対策は取らせてもらうぜ、クソ兎――