Infinite Stratos~蒼騎士の軌跡~ 作:ミリオンゴッド
思い出
六月初頭、日曜日。俺は私服に着替え、IS学園正門前でセシリアを待っていた。
と言うのも、あれは先週の金曜日――
俺とセシリアはいつものように入浴後のティータイムを過ごしていたのだが、お嬢はどこか落ち着かない。
コーヒーを啜ってはそわそわしながらこちらをチラチラ見て、何か言いたいのに言い出せないといった様子だ。
特に害は無いため放置していたが流石にずっとこの調子だと落ち着かない。そろそろ何か言いたいことがあるのか聞いてみるか。
だが次の瞬間、意を決したかのように真っ赤な顔でセシリアが話し出した。
「クロウさんっ!次の日曜日、ご予定はありまして?」
日曜日か。確か一夏と家の様子を見に行って、ついでに弾の家で飯でも食うって言ってたっけな。
「あー悪い。日曜は一夏と予定があるんだわ」
「そ、そうでしたか。ふふ……それは仕方ありませんわね…………」
セシリアはそう言って笑うが、表情は明らかに気落ちしている様子だ。この世の終わりのような負の感情が全身から滲み出ている。うっ、やめてくれ…そんな顔されたら罪悪感が……
「あー、えーっと……ちなみになんの用だったんだ?もし大事な事なら、お嬢の方に付き合うぜ?」
「いえ、大した用事ではありませんわ。ただ……日本に来てから一度も外出したことがなかったので、クロウさんとお出かけしてみたいな、と」
「おっ、なんだなんだ?要はデートのお誘いかよ?」
「で、でででデートだなんて!?わたくしはただ……うぅ…………」
少し揶揄うと、セシリアは真っ赤になって俯いてしまった。普段はお嬢様然として余裕ぶっていてもこういうところは初だなと思う。ま、このまま落ち込まれても後味悪いし、折角誘ってくれたんだし無下にするのも悪いか。家の方は一夏に任せても大丈夫だろうし、弾には悪いが今回はお嬢を優先させてもらおうかね。
「まあまあ落ち着けお嬢。日曜、付き合うぜ」
「えっ!?本当ですか!!……ですが、やっぱり織斑さんに悪いですわ…………」
「ま、たまには俺も人生に潤いが欲しいってか、男と出かけるくらいならお嬢とデートしたってバチは当たらないだろって思っただけだよ、駄目か?」
「いっ、いえ!それは、嬉しいですが……」
「なら、行こうぜ?出かけたいんだろ、案内してやるよ」
「……はいっ!それでは日曜日、楽しみにしてますわねっ♪」
セシリアは先程とは一転、表情はパッと明るくなり全身から喜びのオーラを発している。随分と分かりやすいが、まぁそれも彼女の良いところなんだろう。
さて、後で一夏と弾に謝っとかねぇとな――
――ということで、俺はセシリアと出かけることになった。
現在、午前九時五十分。待ち合わせは十時だから、後十分程時間がある。部屋から一緒に行ってもいいと思ったが、それじゃ雰囲気が出ないんだそうだ。お互いの私服も会ってからのお楽しみとのことだ。
俺の今日の服装は、白いシンプルなカットソーに灰色の七分丈ジャケット、黒いスキニージーンズ、ベルトの色と合わせた茶色のブーツといった感じで、正直普通だ。ま、お嬢と出かけるのに俺があんまり目立つ格好してもアレだからな。シンプルでいいだろ。
「お待たせしましたっ!」
後ろから声が聞こえ、振り返る。そこには私服に着替えた笑顔のセシリアが立っていた。
薄いピンクのワンピースに薄手の白いカーディガンを羽織り、その姿は深窓の令嬢といったところだろうか。何にせよ、清楚な雰囲気でよく似合っている。金曜からこっそり服を選んでいたのも知ってるし、ここは誉めとくのが礼儀ってもんだろう。
「よぉお嬢。その服、よく似合ってるぜ♪」
「ふふっ、ありがとうございます。クロウさんもお似合いですわ」
「そりゃどーも。で、どこ行くんだ?特に決めてねぇなら俺の独断で適当に案内するが」
そう問いかけると、セシリアは少し考えた後パッと思い付いたように顔を上げ、口を開く。
「わたくし、夏物の服が欲しいですわ!どこか良さそうなお店はありませんか?」
「女物の服ねぇ……」
そんなもの買う機会がないし好みも分からんからなんとも言えないが、まぁあそこに連れてけば大概何とかどうにかなるだろう。
「レゾナンスっつー大型ショッピングモールがあるんだが、そこに行けば服だろうが何だろうが大抵のモンは揃うと思うぜ?お嬢の気に入る服があるかはわからねぇが、あるとすりゃあそこだな」
「では、そちらに行ってみましょうか。エスコートをよろしくお願いしますね、クロウさんっ♪」
セシリアは本当に楽しそうな笑顔を浮かべている。初めての日本での外出ってことでテンションが上がっているんだろう。こりゃ責任重大だ。ちゃんとエスコートしてやらねぇとな――
***
~side セシリア~
今日は待ちに待ったクロウさんとのデートですわ!
織斑さんには悪いことをしましたが、勇気を出して誘ってみて良かったです。落ち込んでしまったわたくしに気を使って頂いてなんだか申し訳なかったですが、やっぱりクロウさんは優しいですわね。
今日のために選んだ服も褒めて頂けましたし、滑り出しは上々ですわ。この調子で少しでもクロウさんに異性として意識して頂ければいいのですが。それにしても、私服姿のクロウさんもスマートな雰囲気で素敵ですわ……
クロウさんの好みの服装も知りたいですし、今日行くお店ではクロウさんに好みの服を選んでもらいましょうか。ふふっ、胸が高鳴りますわ!
今日は楽しい一日になりそうですっ♪
~side out~
***
大型ショッピングモール、レゾナンス。衣料品から食料品、家具家電だろうと大抵のものは何でも揃う品揃えを誇る商業施設だ。
俺とセシリアは、その中でも大量の店舗が犇めく女性服エリアを歩いていた。
「凄く広くて、いろんなお店がありますのね。迷ってしまいそうですわ」
「人も多いしなぁ。ま、はぐれないように気を付けな」
「はいっ。あっ、あちらのお店に入ってもよろしいですか?」
「ああ、いいぜ」
「ふふっ、それでは行きましょう!」
セシリアに手を引かれ、店のなかに入る。それにしてもアレだな。この世界の風潮もあるが、単純に女性服売り場ってのはアウェイ感がある。セシリアが一緒じゃなければ入りたいとは思えねぇな。
暫くボーッと店内の風景を眺めていると、セシリアが両手に服を持って近寄ってくる。
「クロウさん。こちらとこちらでしたら、どちらがお好きですか?わたくし迷ってしまいまして……」
彼女の右手には、水色のオフショルダーのワンピース。清楚な雰囲気かつ透け感があり、爽やかな印象だ。これからの季節にぴったりだろう。
対して左手には、白いノースリーブのシャツワンピ。ウエスト部分は締められ、リボンがあしらわれている。丈は短く、もう一つのものより足を露出する服装だ。
結論を言うとどちらも似合いそうなのだが、まぁ前者は今日着ている服と似たデザインだし、違うモノを選んでも悪くないだろう。お嬢なら大胆に足を出しても下品な印象にならず、イイ感じで着こなせるだろうしな。
「お嬢ならスタイル良いしどっちも似合うと思うが、強いて言うなら白い方だな」
「そうですか!ならこっちを買いますわねっ!」
そう言い残し、セシリアは服を持って意気揚々とレジに向かって行った。つか、お嬢様なんだからどっちも買えばいいと思うんだが、選ぶ必要あったのか?
なんて考えていると、セシリアが大事そうに両手に袋を抱えてレジから戻ってくる。
「ほれお嬢、袋貸しな。まだいろいろ買うんだろ?」
そう言ってセシリアの腕の隙間からスッと袋を引き抜く。このままだと更に増えそうだし、重くなって疲れてもアレだし、まあ少しは年上っぽいことしてやらねぇとな。
「あっ、ありがとうございます……」
「んで、次はどこ見るんだ?」
「はっ、はい!次はあそこのお店ですわっ!」
セシリアは俺の手を引き、随分と楽しそうに次の店へと歩きだす。これは随分と長くなりそうだ。だがまあ、楽しんでいるなら何よりだ。
こうして、お嬢様のショッピングは昼過ぎまで暫く続いていった――
***
~side セシリア~
ふふっ、クロウさんに服を選んでもらえました!嬉しいですわっ♪しかもスタイルがいいと褒められてしまいましたっ!
クロウさんはいつもいろんな人に言っているんでしょうが、やっぱり好きな人に褒められると嬉しいです。次にクロウさんとお出かけするときは、今選んでもらった服で決まりですわね。
買った服をさり気無く持ってくれたりするのもドキッとしますわね。ですがこれは、子供扱いされているのでしょうか?あれははしゃぐ子供を見るような目だった気がします……
それにしても、気分が高揚して手を繋いだりしてしまいましたが、男の人の手ってゴツゴツしていて硬いんですのね。力強い感じがしてドキドキしますわ……
ですが、いきなり手を握ってクロウさんは嫌じゃなかったでしょうか……
何にせよ、とても楽しいですわ!時間は限られていますから、もっともっといろんなお店を回りませんと!!
~side out~
***
セシリアの買い物が終わり、時刻は午後一時過ぎ。楽しそうに店内を駆けずり回っていた彼女も流石に疲れたようで、購入した服を自分宛で学園に送った後、俺達はベンチに座り休憩している。
「いやーしかし、随分と買ったなお嬢……」
「つい楽しくなってしまいました、ふふっ♪」
結局あの後、衣類、雑貨、日用品と様々な店を連れ回された。しかもその度に俺が良いと言ったものをセシリアは全て買っていったため、気付けば今日の出費は十万円を越えていた。
これで痛くも痒くもないといった様子で楽しそうに笑っているあたり、お嬢は本当にお嬢って事なんだろう。
既に一時を回っており、二時間は連続で物を買い続けていた計算になる。どこからそんな意欲が沸いてくるのかはわからないが、これが若さって奴なのかね。俺は流石に腹ァ減ったぜ。
「楽しいのはイイが、そろそろ腹減らねえか?」
「そうですわね。お昼過ぎですし、何か食べましょうか」
セシリアも俺の提案に賛成する。といっても、この時間はレゾナンス内のフードコートはどこも混んでいるし、席が開くまで随分と待つことになりそうだ。
なら元々の約束もあったし、顔を出すがてら五反田食堂まで足を伸ばして飯を食いに行ってもいいだろう。セシリアの好みに合うかは微妙だし、女連れで行く場所でもないんだが、
「なぁお嬢、久々にちょいと知り合いのやってる大衆食堂に行きてぇんだが、そこでも構わねぇか?」
「……ええ、構いませんわ。クロウさんのお知り合いにもお会いしてみたいですし!」
「悪いな付き合わせて。んじゃ、行こうぜ――」
***
~side セシリア~
クロウさんに褒められたものを全部買っていたら、気付いたら凄い量になっていましたわ。ですがクロウさんに選んで頂いたものですから、この程度の出費は些細なものですわね。むしろお金以上の価値がありますわ!
クロウさんの提案で、彼の知り合いのお店でお食事をすることになりました。クロウさんにとっても貴重な休日ですし、旧交を深めて楽しんで頂きたいですわ。
それにしてもクロウさんの知り合いとはどんな方なんでしょうか?もしかして女性の方でしょうか……?わたくしが何か言える立場にないのは分かっていますが、もしそうならちょっと妬けてしまいます……
でもやっぱりお会いするのは楽しみです!クロウさんの昔のお話、聞けたらいいですわね。
~side out~
***
「――さてと、着いたぜ」
暫くして、俺達は五反田食堂に辿りついていた。大衆食堂ということでセシリアの気分を損ねてしまうかもと思ったが、どうやらそうでもないらしく彼女はここまでの道中も先程までと変わらず楽しそうな雰囲気だった。
「ここがクロウさんのお知り合いのお店ですの?」
「ああ、お嬢の趣味にはちっと会わないかも知れないが、味は美味いんだぜ?」
「いえ、こういった雰囲気のお店は入ったことがないので新鮮ですわ!」
セシリアはお世辞じゃなく本心から楽しみといった感じだ。以前のお嬢ならこんな庶民のうんたらかんたら言って絶対に入ろうとしなかっただろうに、人は変わるもんだねぇ。
「そうかい。んじゃ入るか」
暖簾を払って引き戸を開け、店内に入る。やはり数か月そこらで何かが変わることも無いようで、そこには見慣れた空間が広がっていた。
「よっ、邪魔するぜー♪」
店内では、一夏と弾がメシを食い終わったのか空の食器を前にして寛いでいた。傍らでは蘭が立って一夏達と談笑している。流石に一夏はもう居ないと思って来たんだが、こりゃ少し計算違いだったか。
「お、織斑さん!?どうして……」
「クロウの兄貴!?今日来れないんじゃ……って!女連れ!?しかも超美人!?」
「あっ、クロウさん!お久しぶりです!」
「クロウ……もしかしていきなり予定出来たってセシリアと出かけることか?」
「いやー、言ってなかったか?」
「聞いてねえよ!……まあ別にいいけどさ」
一夏は呆れたような顔をしている。深刻な雰囲気で断りを入れたのが拙かったかね。蘭は元気に挨拶してくれたが、弾の方はセシリアが気になって仕方ない様子だ。
弾は女好きの癖にモテないっつーかなり不遇なタイプだからな。一夏と足して二で割ればどっちも一般人並みの恋愛が出来るんじゃねーか?さて、お嬢もこのままじゃ居辛いだろうし、さっさと弾に紹介してやるかね。
俺とセシリアは断りを入れ一夏と弾の座るテーブルに腰を下ろした。まずは注文しておくか。メシ食いに来たんだしな。
「さてと、お嬢は何食うよ?」
「クロウさんと同じものでお願いします」
「りょーかい。厳さん、定食適当に二人分頼むわ!」
「何だクロウか……ちょっと待っとけ」
ホント二年前から厳さんも変わんねぇな。無口で厳ついがメシは美味いんだよなぁ。
「弾も気になってるみてぇだし、紹介してやるよ。コイツはセシリア・オルコット。見ての通りのイギリス人のお嬢様で、俺や一夏のクラスメイトだな」
「セシリア・オルコットですわ。クロウさんや織斑さんとは仲良くさせて頂いてます。よろしくお願い致しますね」
「やべぇ、本物のお嬢様だ…………」
「凄い……IS学園ってこんな綺麗な人ばっかりなの…………?」
セシリアのお嬢様オーラにやられ、弾と蘭は絶句してしまう。俺や一夏は慣れてしまっているが、やはり滲み出る高貴な雰囲気ってのがあるのかね?
「んでお嬢、コイツは五反田弾。ま、俺や一夏の友達だな。お嬢とも同級生だぜ。そんでこっちが妹の蘭だ」
「五反田弾です!よっ、よろしくお願いします!セシリアさん!!」
「い、妹の蘭です。中三です、よろしくお願いします」
「ふふっ、よろしくお願いしますね、弾さん、蘭さん。どうか緊張なさらないでくださいな。わたくしもお二人と同じ一学生ですので」
「ひゃ、ひゃい!!」
弾も蘭も緊張した様子で、特に弾なんて声がひっくり返っている。あまりの固まりっぷりにセシリアもフォローを入れるが、それが余計に緊張を呼ぶらしい。ま、この世界じゃこの手のタイプと関わることも滅多に無いんだろうし、この反応も仕方ないんだろうが。
「……なあ、クロウ。セシリア相手に二人はどうしてこんな緊張してるんだ?」
「心配すんな。お前にゃ一生分からねぇからよ」
一夏は何故二人が緊張してるのか分からないようだ。まぁコイツは無駄にコミュ力高いしな。緊張とは無縁なんだろうよ。その分鈍感すぎるのはどうかと思うが。
「に、にしても兄貴、こんな美少女と二人で出かけるなんて、どんな裏技使ったッスか?」
弾は緊張した様子ながらも話題を振る。しかし弾、裏技って何だよ。ゲームじゃねぇんだからよ……
「裏技って、お前な……普通にお嬢に誘われたからデートしてただけだっての。なぁお嬢?」
「で、デート……ふふっ、そうですわねっ♪」
「あっ、そうッスか……ハァ…………」
弾は何かを悟ったような表情を浮かべてから、下を向いて落ち込んでいる。差し詰め俺まで女と一緒にいるようになって、どうして自分だけ周りに女がいないんだ、なんて考えているんだろう。
「何落ち込んでるんだよ弾?大丈夫か?」
「うるさい、お前は死ね……」
「何でだよ!?」
「じゃあお前に分かるのか、俺の苦しみが!!」
「いやわかんねーよ!?」
一夏にはモテない男の苦しみは分からんだろうよ。俺には痛いほど分かるぞ、弾。俺も昔、周りの女全てを一人に食い尽くされた経験があってだな……
ま、それは兎も角、一夏みたいな恵まれたタイプの人間はこの手の苦しみは永久に理解できないだろうな。
「お兄うるさい!セシリアさんの前だよ!!」
「ふふっ、わたくしは別に気にしませんわよ?楽しい方ですのね、弾さんは」
「そっ、そうですか?(……美人な上に心も広いなんて。これが本物のお嬢様…………素敵)」
蘭は何故かセシリアに尊敬の眼差しを向けている。これがきっかけで変な方向に目覚めてお姉様っとか言い出さなきゃイイが……ま、蘭も一夏に惚れてるしそれはないか。
「……出来たぞクロウ、とっとと食え」
そんな下らない話を暫くしていると、厳さんが定食を運んできてくれた。肉野菜炒めの香ばしい香りが食欲をそそるぜ。
「お、サンキュー厳さん。食おうぜお嬢」
「はいっ、頂きますわ。あっ……お箸、ですか…………」
ああ、これは盲点だった。セシリアは箸が苦手だったのか。そういや、箸を使ってるとこ見たことないな。さて、どうするかね。
「お嬢。食べさせてやろうか?」
「なっ!?そ、それは……大変魅力的な提案ですが、流石にここでは…………」
セシリアは顔を茹で蛸のように赤くしてしまう。流石に子供扱いが過ぎたかね。ま、食べさせるってのは冗談なんだが。
「冗談だよ。蘭、悪いがお嬢にスプーン持ってきてやってくれ。箸はまだ練習中だ」
「わかりました!待っててくださいね!」
その後、蘭にスプーンを持ってきて貰い食べ始めると、セシリアは予想以上に美味しかったらしく、上機嫌で定食を食べ進めていた。
そしていろいろと語らいながらもメシを食い終わった俺達は、挨拶もそこそこに店を出てゲームセンターに行くという一夏、弾と別れるのだった。
***
~side セシリア~
五反田食堂、良いお店でしたわ……予想以上に美味しかったです。また来たいですわね。
弾さんも蘭さんも良い人ですし、クロウさんのお話も様々聞けましたし、楽しかったです。織斑さんが居たのは予想外でしたが、共通のお知り合いだったんですね。
しかし、皆さんから聞けたのはここ二年の話だけでした。それ以前、クロウさんはどんな暮らしをしていたんでしょうか。気になります。いつか、聞いてみたいですわね。
それにしても、やはり日本で生活するのにお箸が使えないのは恥ずかしいですわ。クロウさんも皆さんの前であんな風にからかわなくてもよろしいですのに……やっぱりちょっと意地悪ですわ。
ですが……あーん、されてみたかったですわ…………
~side out~
***
気付けば既に夕刻。景色は茜色に染まり、少し薄暗くなってきている。そろそろ戻ってもいい時間だ。そんな中、それなりに歩きまわった俺達は最後に公園をブラブラと散歩していた。
「さてと、お嬢。そろそろ時間切れで帰らなくちゃならねぇがどーするよ?」
「そうですわね……最後に何か一つ…………あっ!」
セシリアは少し考え、何かひらめいたのかパッと顔を上げる。
「ん?何か思いついたかよ」
「今日の記念に写真を撮りましょう!」
確かに今日はセシリアにとって初めての日本での外出だ。記念写真くらい撮っておいても良いかもしれないな。ま、一つこれも思い出ってヤツだ。
「おっ、いいんじゃねーか?撮ってやるから、どこで撮るか決めて来いよ」
「はいですわ!」
そう言ってセシリアは撮影スポットを探しに行った。無邪気にはしゃぎまわるその姿は、いくらお嬢様なんて言ってもそこは普通の十五歳と変わんねえな。願わくば、そのまま笑顔で居続けてほしいもんだね。
「クロウさーん!!」
なんて思っていると、セシリアが手を振りながら駆け寄ってくる。撮影ポイントが決まったようだ。
「お、決まったか?」
「はいっ!あちらにある噴水の前など如何でしょうか?」
噴水の前か、確かに悪くないチョイスだ。夕日のおかげで噴水の水がオレンジに煌めき、幻想的でノスタルジックな雰囲気を演出している。
「おっ、なかなかイイじゃねーか!ほれ、撮ってやるから携帯貸しな」
「お願いしますね」
セシリアは俺に携帯を渡し、噴水の前に立つ。携帯のカメラ越しに見ても、やはり彼女の笑顔は良く映える。やっぱ素材がいいと違うねぇ。
「んじゃ、撮るぜー。ハイ、チーズっと……おお、イイ感じに取れてるじゃん!」
夕焼けに染められた噴水、周囲の木々、それを背景に笑顔で立っているお嬢。夕暮れに佇む深層の令嬢、ってか?いい写真だ。一端のカメラマンにでもなった気分だぜ。
「見せてください……まあ!良く取れてますわねっ!」
「だろ?なかなかのモンだぜ」
「で、では、クロウさん、次は一緒に映ってくださいませんか?」
「ん?ああ、いいぜ。となると風景は入らなくなっちまうが、イイか?」
「ええ!ささ、早く撮りましょう!」
カメラを内カメに切り替え、セシリアと並ぶ。すると彼女は唐突に腕を絡ませてくる。その顔は夕日のせいで分かりにくいが、少しだけ赤い。まったく、恥ずかしいならやらなきゃいいのによ。
「よし、撮るぜ?」
「は、はいっ!」
「クク……ハイ、チーズっと……ま、こんなもんだろ」
画面の中には笑顔の俺とセシリアが居た。まったく、こんな顔で俺が写真に写るなんて珍しいこともあったもんだ。いつかを思い出すぜ。
「とっても素敵な写真ですわっ!ふふふっ♪」
ま、お嬢も喜んでるみたいで何よりってところか。
写真を撮り終わると、いよいよ本格的に日が沈んできた。辺りは更に薄暗くなり、夜が近づいてきているのを感じる。
「さてお嬢、本格的に帰る時間だぜ」
「名残惜しいですが、仕方ありませんわね……」
セシリアは少しがっかりしたような、寂しそうな表情を浮かべている。本当ならもう少し連れまわしてもいいんだが、一応門限があるからなぁ……
「ま、そんな顔すんなって。また今度付き合ってやるからよ」
「本当ですか!!」
「ああ、約束だ。また今度な」
「嬉しいです!楽しみにしてますわっ!」
セシリアは心底嬉しそうな笑顔を浮かべる。花が咲いたような彼女の笑顔は、やはり夕日に良く映える。この笑顔のためなら、たまにお嬢に付き合うのも悪くない。
こうして、夕日が沈み夜が迫る中、俺とセシリアは帰路についたのだった――
***
~side セシリア~
クロウさんとのツーショット……最後に良い思い出が出来ました、ふふっ♪写真を撮る時に気分が高揚して腕を絡ませてしまいましたが、クロウさんも少なくとも嫌がってはいないようで安心しました。
それに、また今度一緒に出掛けてくれると約束して頂きました!嬉しくてドキドキが収まりませんわ!今日が終わってしまうことに一抹の寂しさを感じていましたが、どこかへ飛んでいってしまいましたっ!次はどこに連れていってもらいましょうか……今から楽しみで仕方ありませんわ!
今日はとっても楽しい一日になりました。クロウさんは楽しんで頂けたでしょうか?もしそうなら嬉しいですわ。次はもっともっと楽しい一日になりますように――
~side out~
***
午後十一時、自室。既にセシリアは疲れたのか眠ってしまっている。
俺は一人、拳銃の手入れをしている。自分自身を思い出すためだ。
すっかりお嬢の笑顔に絆されちまってるが、俺は本来こっち側の人間だ。
俺はクロウ・アームブラストとして生きる。だから、今のこの生活が偽物だとは言わない。
だが、俺は一夏達とは違う。本質はただの人殺し、テロリストだ。
何の因果か今ここに居て、人並みの幸せな生活をしているが、本質は変わらねえ。
十一歳のあの日から、そして初めて人を殺した日から、ずっと。
だが、だからこそ出来ることがある。
二年間帰る方法を探したが、見つからなかった。
きっともう、俺は彼ら、彼女らに会うことも、謝ることも出来ないのだろう。
だがこの二年間、同時に新しい繋がりも出来た。
きっともう、俺は彼ら、彼女らとの絆は捨てられないのだろう。
なら、今はこの汚れた手を新しい絆のために振るおう。
仕組まれた英雄、織斑一夏。
そしてその物語に組み込まれた周囲の人間。
皆、俺とは違う、真っ当に生きてきた普通の人間だ。
そんな奴等を、クソッタレな御伽話の役者にするわけにはいかない。
一度は失った命。いつかそれを投げ捨てることになっても、俺は――