『生きる』という事 作:生きねば
「その子……まだ目ェ覚めないっすか?」
「ああ、これまでまともな生活してなかった影響か、酷く良く寝てるぜ」
おっちゃんが帰ってから早二時間、午後七時半。
まだ起きないこの子を尻目に飯なんざ食ってもいられず、ずっと額に濡れタオルを宛がい、変える作業を繰り返していた。
「早く目、覚めると良いっすね」
「そうだな。……あと、暫くはこの子このまま俺の家で預かる事にするわ」
「……すみません、流石に俺の家族に説明する訳には行かなかったもんで」
「良いんだよ、俺が鈴仙大好きなのは知ってんだろ。何より一人暮らしだから都合も良い」
ところでだが、俺は所謂孤児というやつらしく家族と呼べる人間は天涯いない。
この家は中学を卒業すると同時に、それまで世話になった里親代わりのヤクザの幹部からいただいたものだ。
今更ながら家一軒を卒業祝にくれる人間って相当な太っ腹だと思う。
「ん……ぅんっ……」
そうこうして二人して見ていると、漸く女の子の目が開いた。
女の子は濡れタオルに気付いたのか、ゆっくりとタオルに触り、そして辺りを見渡した後こちらを見据えた。
「……目が覚めたみたいだな」
「……こ……こは……?」
「ここは俺の家だ……で、起きて早速で悪いが名前を教えてくれないか?」
拾った時よりかは大分顔色も良くなり、衰弱はしているものの一応ではあるが喋る事は出来る。
後は応答の有無が出来れば最低限何とかなる、それも兼ねて名前を聞く事に至った。
「れ……い、せん」
「…………れいせんか。分かった、今飯を準備しているからまずは水を飲んでくれ。医者曰く脱水症状も軽く起こしてたらしいからな」
「……」
現在崇義には飯を拵えてもらってきている。
と言っても昨日作った肉じゃがとみそ汁の温め直しだが。
だがやはり恐れていた事が起きたか……この女の子が鈴仙だと確定した今、状況判断になるが永遠亭組がこの鈴仙の状態に一枚噛んでる可能性はやはり高い。
「待ってろ、すぐ持ってくる」
俺は鈴仙に告げ、台所へ行く。
「……どうでした?」
「あの兎の耳、髪の色、現世のものとは思えない二次元染みた顔立ちに……名前を聞いたら本人の口から出たぜ、鈴仙ってな」
「そう…………すか」
台所へ行くや否や崇義が結論を聞いてきた為教えると、おっちゃんの言葉で分かってはいたんだろうがそれでも落胆は隠せない様子だった。
「なに、まだ決まった訳じゃない。前向きに考えとけ」
「う、うっす……」
俺は簡潔に崇義を励まし、鈴仙の元へ戻った。
まだ痛いのか頭を多少は抑えているが、比較的そこそこは回復している様だ……あくまでもこの短時間で回復する分には、だがな。
「ほら、水持ってきたから少し口開けな」
「うん……」
寝ていた彼女を片手で優しく、少し抱き上げ水の入ったコップをそっと口に宛がう。
観察してみると彼女は唇も割れている、目の隈も大分深いなど中々に酷い有り様で、とても不憫に見えて仕方なかった。
「…………おいし」
「そりゃ良かった。今肉じゃがとみそ汁、それに飯もあるが食べられるか?」
「……流石に、それ、は」
おいし、で不覚にも顔が熱くなるのを覚えたが今はそれどころじゃない。
お決りと言えばお決りだが、食事は出来れば断らないでほしいんだがなあ……
「このまま見捨てるのは俺の気が済まない、だから食べられるなら食べていってくれないか?」
「……わか、った」
「はい、温め直し完了っすアニキ。一応人並みより少し少なめに盛り付けてきましたが」
タイミングが良いと言うべきか、鈴仙が了承したところで崇義が温まったみそ汁、肉じゃがと白米を持ってきた。
相当腹は空いてるだろうが、まずは慣れてない身体がキャパオーバーしない様に少なめだ。
「……食べて、良いの?」
「もちろんだ」
「うっす、その為に温めてきたっす」
鈴仙は俺と崇義を交互に見て、遠慮がちではあるが『それなら……』と薄く苦笑いを浮かべ、流石に空腹に勝てなかった様に目を輝かせる。
俺はその瞬間にやっと安心出来た。
何よりも、そのぎこちない笑顔が俺達を安心させた。
「よし、それじゃ口開けてな」
「えっ……そ、それくらい、自分で……」
「……さっき、コップ持ってた俺の手触った時にはかなり震えて、弱々しい様に見えたが?」
「うっ……」
「てな訳だ、分かったら大人しくしてろ」
水を飲んで骨の髄まで行き渡ったのか、多少なりとも口数が増え、身体も支えてあげながらならしっかりと起こせるまでにはなった。
流石は月のエリート兎なだけはある。
「ほら、熱いから気を付けろよ」
「うん……ふぅ、ふぅ……はむっ」
「どうだ、俺特製の肉じゃがの芋は」
「はむはむ……うん、おいひい……」
小さめに事前に箸で切り分けた内の一欠片を、じっくりゆっくり鈴仙は口に入れる。
一口食べた感想を聞き、我ながらドキドキして調子が狂う。
何せ好きなキャラとは言え、実際に本人から目の前で料理の腕を笑顔で好評されて悪い気持ちになる訳が無い。
「おいひい……おいひいよぉ……」
次第に涙を溢しながら、それでも口は止まらず。
一体どれ程の苦しい生活を送っていたのか、それを思うだけで俺と崇義は心が痛む。
「……ありがと、おいしかった」
「そりゃどうも」
あれから二十分、ゆっくりではあったが鈴仙は完食。
この分なら明日には衰弱していた身体の三割は回復するだろう。
回復速度は素人の俺からでも良く分かる。
しかしそうなると、そこまでの回復力を持ちながらもあそこまで衰弱しきっていた事が疑問に思えて仕方がない。
幾らか仕事量を減らすかして鈴仙の体力に見合った最大限の仕事にすれば解決した至極単純な問題だ。
「なあ、鈴仙」
「……な、なに?」
だから質問せざるを得なかった、真実を知りたかった。
「お前は『永遠亭』を知っているか……いや、そこに住んでいたか?」
「…………っ!!」
瞬間、鈴仙は酷く怯えた様な表情になった……怖がらせる気は毛頭無かったんだが、名称を出してこの表情となると、俺達が永遠亭と繋がっていると思われてるらしい。
こう言う時上手くフォローしてやれないのは俺の弱いところだ。
「……悪い、崇義。説明の方、簡潔にしてやってくれねえか?」
「あ、うっす。俺達は永遠亭と繋がってる訳じゃ無いっすよ。それで何で俺達が『永遠亭』を知っていたかと言うと………………」
★
「そ、そう言う事、だったの……」
崇義はこの世界に置いて、幻想郷というものがどの様な立ち位置にあるかを簡潔に説明し、何とかして納得してもらった。
「悪いな、ビビらせて」
「……ううん、私こそ勘違い、してたみたいで。ごめんね……」
「良いって事っすよ」
「ま、そう言う事だ……っと。誤解が解けたところで、四つ程質問したい事がある、良いか?」
現代に鈴仙が来たと言う事は隣り合わせの世界には幻想郷がある訳だ、つまりは最悪永遠亭メンバーが総出で鈴仙の奪還に来る可能性がある。
そうなった場合、間違いなく永遠亭と敵対する……俺達の味方になり得る人物も来るはずだ。
最早誰がどんなポジションに収まっているか分からないからこその、聞き出しになる。
「こ、答えられる事なら」
「分かった、どうしても答えたくないならまあ無理に言えとは言わない。……じゃあ一つ目だ」
「…………永遠亭の誰がこんな仕打ちをやった?」
「………………」
鈴仙は黙ったまま俯く、どうやら永遠亭の誰かが犯人で間違いないのは確かだが、やはり優しい子な為か話そうとはしない。
……想定はしていたが、早速躓いたか。
「……なに、無理には聞かねえよ。じゃあ二つ目、どういう経由で外の世界に来たんだ?」
実質この質問は三つ目にも繋がってくる重要な質問になる。
スキマで来たなら紫、結界を通してきたのなら霊夢が味方の可能性が高いからだ。
「……それが、思い出せなくて」
「……そう来たか。何も覚えてないのか?」
「うん……ごめんね」
「いや良いんだ、あんなボロボロなら意識が朦朧としててもおかしくはない」
しかし返ってきたのは予想外の答え。
まあ次の質問にもある程度紫、霊夢が味方かどうかの可能性は残されている、焦る時では無い。
「よし分かった、なら次の質問へ行こう……鈴仙の味方を三人、答えてくれるか?」
前の質問の答えが想定済だからこその質問だ。
敵は分からずとも仲間を何人か引き込めればそれだけで大きい。
「……霊夢、早苗、レミリア」
霊夢という名前を聞いて心底安心した、これで結界経由での反永遠亭派が来てくれる可能性は高まった。
更に元外の世界出身の東風谷早苗と屈指の戦闘能力を持つ紅魔館の長となればある程度は問題も緩和する。
「永遠亭と渡り合えるメンバーっすね」
「ああ。更に言えば高確率でビーム脳の魔法使い、上海ロリ人形使い、守矢の二柱神、紅魔館全勢力が反永遠亭派に当たる。そして紅魔館付近にいる妖精一派、その親玉のチルノと仲の良いルーミア、守矢同エリア勢力の天狗一派にも期待は出来る」
「命蓮寺も争い事はあまり好まないはずっすね」
「となると完全に不確定は仙界と天界、地底組。後は最悪月の連中が絡んでる可能性か」
「……俺達どちらにせよ勝てなくないっすか」
「永遠亭は機動力が高い訳じゃねえ。探させるにしても兎の連中くらいだ、その間に鈴仙と親しい陣営が動けば済む」
確かに俺達は人間基準に過ぎない強さだが、機動力の高い連中が鈴仙の味方に着いている。
霊夢か霊夢とかなり親しい連中の誰かがこれに気付きさえすれば何とかなる。
「……あの、流石にここで匿ってもらうのは……悪いと思うんだけど」
その話を聞いてか聞かずか、おずおずと言った感じで鈴仙が話す。
だが俺はここで鈴仙にはいそうですかと言える程諦めが良い人間じゃない。
つまらない人生の中で、崇義達以外で楽しいと思えた東方projectの、しかも一番最初に好きになり、そのまま今日に至るまで崇義達といない時一番心を満たしてくれる存在だった鈴仙という存在。
それが現実にいると分かり、しかも今目の前にいて俺を恩人と慕ってくれている。
ここで見捨てたらそれこそ一生後悔する。
「下手に出歩く方がバレる可能性は高い。それに何より鈴仙、お前こっちの世界に知り合いなんていないんだろ?」
「それは、そう……だけど」
「なら俺といてくれ。お前の為でもあるが、俺が長年ファンだったのもあるし、どうにもこの家は一人ぼっちで住むには少し広すぎてな」
事実、幹部の人が用意してくれたのはちょっとした立派な一軒家。
一人でいると気ままではあるが、あまりに静か過ぎて持て余してしまっている。
そんな家に鈴仙がいるなら、多少なりとも騒がしくなれる……そんな気がした。
「……見つかったらどうするの」
「世界ってのは幻想郷の100倍も1000倍も広い、そう簡単には見つからねえよ」
「……じゃ、じゃあ……その。お言葉に……甘える」
「よろしい」
「良かったっすねアニキ!」
本当に良かった、心からホッとしたのなんて何年ぶりになるんだか。
多分生きていた中で初めての強い安堵を覚えた。
「そんじゃま、今日から住むんだし俺の自己紹介はやっとかないとな……俺は榊原龍太だ、これからよろしくな、鈴仙」
「うん……よろしくね、龍太」
控えめながら笑顔で応える彼女は眩しかった。