「魔法の森」に住んで一年が過ぎようとしていた。
一年も住むと流石にどの植物が食べられるかとか、これは食べられないというのがわかってきて、私たちは順調に生活に慣れてきていた。
ただ、少し気になることが起きていた。それは…こいしの姿を見かけることが少なくなったことである。火車に尋ねてみると、一人でどこかに出かけているようだが、どこに出かけているかは「内緒にしてくれ」と言われているようでわからなかった。ただちゃんと夕食時には戻ってきているので、元気なのは分かるのだが…。
私は、こいしの「心」だけは「第三の目」を使っても、覗けずにいた。
これは「第三の目」を持つ者同士の干渉か、もしくはこいしの閉じた「第三の目」はそれすらも受け付けないということなのか…。
自分でも過保護なのは重々承知しているが、こいしに直接聞いても答えてくれないので、私はこいしが答えてくれるその時まで待つことにした。
今日の当番は、私が家の留守番、こいしと火車が食料調達となっていた。朝早々に出かけて行った二人を私は見送ったのち、以前の住人が残した本を読みふける。部屋の片付けも順調に進み、だいぶゆったりできるスペースも確保できたので、誰もいないこの留守番の時間が捗るからだ。
この家の住人は魔法の他にも、雑学、漫画、教養などありとあらゆる本を読んでいたらしく、多様な人物であったことが頷ける。今日手にした本は、天体に書かれた本であった。夏の星座や星の星座、はたまた小さな天体の名前や有名な星の名前にまで手書きで事細かにチェック、走り書きをしている。それをたどることで、私も彼女と同じ視線に立っているようなそんな一体感に見舞われる。と、一つの星が書かれている本のところで私は手を止めた。それは太陽であった。普段、私たちが目にする太陽に関する記述はそこにはなく、代わりに神話の世界での「太陽」の話がそこにあった。
『日本神話における天照大御神は一般的に太陽神とされているが、その神の使いである八咫烏も同様に太陽の化身とされている。八咫烏は神話の具現ではあるが、神の使いということもあり神そのものではない。故に、その仕組みを真似ることができれば、疑似的に太陽の力を借りた魔術を生み出すことが可能とされる…』
との記述があった。確かに疑似的にこれらを真似ることができれば、信仰心を逆手にとり、その力を魔法に転用、応用できるかもしれない。が、そもそも太陽自体が膨大のエネルギーを持つ質量体であり、それをわずか化身程度の器で果たしてコントロール可能なものか、疑問である。この走り書きの主も同様の結論に至ったのであろうか。記述のページはこのページが最後になっている。
ちょうどその本が読み終わったとき、ガツンと部屋の窓から音が聞こえた。何かが部屋の窓にぶつかったようである。おそるおそる窓を開けて、その下を見てみると、…外に一匹の鴉が倒れていた。
ひどく羽も負傷しているのがわかり、血が出ているのがわかる。そして、鴉自身は気を失っているようであった。私は咄嗟に、その鴉を拾い上げ家の中へと運び込む。鴉の応急処置などしたことはなかったが今、何もしなければこの子は死んでしまう。
その一心で私は身近なタオルや洗面器、また万が一の時にとっておいた薬草等を使い、自己流ながら治療をしていく。
とりあえず、止血をして汚れている部分をタオルできれいに拭き、あとは体温が下がらないよう、部屋の温度を上げて調節した。まだ、目覚める気配は見せないが、その寝顔は先ほどよりかは幾分か安心した様子になっていた。私はホッとして、その子の額に手を触れる。
と、頭に突然イメージ映像が飛び込んできた。周り一体の宇宙空間に私は投げ出され、その宇宙の中心に太陽が位置していた。私は、突然の出来事にあたふたしていると、その太陽に引き寄せられているのが分かった。いわゆる核融合とやらの力によるものだと先ほどの本でも読んだが、その力は強く抗えない。私の身体が太陽に飲み込まれようとしたその瞬間、太陽が姿を変え、その真っ赤な球体から口がのぞいた。
私は、ハッとなりばっとその子の額から手を放す。…今のは…??私は今起こった脳内の映像がまるで疑似的に体験したもののように感じられていることに驚く。
手汗をびっしょりとかいており、体からは嫌な汗が噴き出る。先ほどまで読んでいた本のイメージ映像が日頃の疲れも相まって、白昼夢を見せたのか。そんなことを思っていると、不意に家のドアが開いた。
「さとり様、忘れ物しちゃってただいま戻りました~…、ってどうされたんですか?!」
火車のその驚いた様子から私がひどく青ざめているのだとわかる。
「大丈夫よ…それよりもその子を看てあげて…」
気持ち消え入りそうな声で私は、火車に指示を出す。火車はテーブルに寝かされている鴉を見ると、その子の翼を取り、脈拍を数えているようだった。そして、こう告げる。
「大丈夫ですよ、脈もしっかりしてますし、落ち着いてます。きっとさとり様の治療が功を奏したのだと思います、ところでこの子は?」
「…さっき、窓にぶつかって来てその状態だったのよ。今のままだと危険だと思って家に上げたの」
「なるほど…」
考え込むように、火車は腕組みをする。しばらく熟考した後、思いついたように火車はこう提案した。
「この子の面倒は、私が見ます。その間、さとり様はお疲れのようですし、自室でお休みください」
「…ありがとう、それじゃよろしくお願いするわ」
私はそう言って、自室へと向かう。自室のベッドにごろんと横になり、先ほどのことを思い出す。あれは…、幻なんかじゃなかった。それに「第三の目」は私の意図で発動は制御しているが、それが強制的に発動したようなそんな感じがした。まるで、あの子の世界に取り込まれるように…。
私は今まで体験したことのないその恐怖から未だ原因もつかめず、ただ目を閉じるしかなかった。
◇ ◇
時は数刻ほど先に遡る。火車とこいしは今日の食料調達当番であったが、道を半分ほど進んできたところで、案の定こいしは「ごめん!午前中の当番お願い!」と言って、食料調達の仕事から逃げようとする。
「…こいし様、今日という今日は逃がしませんよ!」
対する火車も一緒になってそのあとを追いかける。と、途中でこいしの姿が見えなくなる。いや、先ほどまで目の前を走っていたはずだが…。周りには隠れるような木々も生えていないその草原の中、見事にこいし様に撒かれてしまった。私の目、本当に大丈夫かなと、目をこするが、景色は変わらず正常に映っている。その不可解な現象に疑問に思いながらも、火車は重い足取りのまま、一人まじめに食料調達へと向かうのだった。
対するこいしは、自身の「能力」を使い、目的の場所へと急ぐ。チラッと後ろを確認し、火車が撒けたことを確認すると、自身の「能力」を解除する。そして、自身の「能力」を制御できていることに「よしっ」と声を上げる。その顔には、嬉々満面の笑みが浮かんでいた。
◇ ◇
黒猫事件から魔法の森へと移ってきた以降から、私は自身の無力さを嘆いていた。あの時、私に何か力があればお姉ちゃんを救えていたのかもしれない。いやもっと力があれば、自身を巻き込む不運から自身を守れるのかもしれない。あの人がその身を呈して私たちを守ってくれたように。日々の暮らす日常の中でもその不安を払拭することはできず、まして日に日に強くなっていった。
そして、ある時私は、自室でお願い事を口にする。
「妖怪の賢者様…私は力が欲しい。誰かを守れるだけの力を、もう二度とお姉ちゃんや周りの皆が傷つかない力を…!だからどうか、お願いを聞いてくれますように…!」
そう言いつつ、そのお願い事を書いた紙を手紙に入れテーブルへと置く。その日は、それで就寝についた。
翌朝、私は目覚めてからテーブルの上に置かれた手紙がなくなっていることに気付いた、代わりに、きれいな手紙が置いてあるのが見えた。
そこには、丁寧な文字で待ち合わせの場所と時間が綴られていた。
そして時間が近くなったころ、私は一人抜け出して待ち合わせの場所へと向かう。
そこには…、道化姿のあの女性が立っていた。
「…生活には慣れてきているみたいね、安心したわ」
「おかげさまで…」と、私は曖昧な笑顔で答える。
「確認するけど…貴女は本気かしら?ただ無いものねだりで力を欲しようというのなら、それは間違いよ。行き過ぎた力は必ず争いを生み出す。人ですらそうなのに、妖怪に至っては尚のことよ。力を欲して、なおその力を制御するだけの心、覚悟がなくてはならない。貴女にはその覚悟があるのかしら…?」
道化の女性の鋭い指摘に私は真っすぐ答える。
「あります! 私は…、もう私の前で誰かが傷ついていくのは嫌なんです…、それにこの力は誰かを傷つけるのではなく、守るために使う力…、そのための力をどうか私にください!」
私は、精一杯の声を張り上げて叫ぶ。その鬼気迫る迫力に妖怪の賢者は笑顔を作る。
「…わかったわ。貴女の覚悟、認めましょう。だけど、貴方は間違えているわ、守ることと傷つけることはどちらも表裏一体。言ってしまえば、矛をとるか盾をとるかその違いにしか過ぎない。その選択で悩むのではなく、自身の力の力量、その制御を学んでいくことが力を身に着けるということなのよ」
妖怪の賢者は淡々と力について述べる。私は、わかるようなわからないようなそんな顔を浮かべながら、その話を聞く。
「ま、口で話すのにはここは目がつきすぎる、一度場所を変えましょう」
そう言うと妖怪の賢者は空間からスキマを出現させる。私たちの頭上にぱっくりと開いたスキマが私たちを飲み込むように覆いかぶさる。その光景に思わず私は目を瞑り、…気づいたら違う場所へと移動していた。
先ほどまで周りは森の中であったが、今見ている景色は藁ぶき屋根の家が点々とあるのどかな田舎の風景が広がっていた。
「ここは…?」と、私が口にすると、道化の女性がそれに応える。
「ここは、幻想郷でない場所、そう外の世界では実在しない場所でありながら幻想郷にも属しない、この場所の名は…マヨヒガよ」
「マヨヒガ…」
聞いたことがある。確か、マヨヒガは誰も住んでいなく、迷い込んだものが帰れるかどうかは本人次第というのが一般的なマヨヒガだったような気がするが…。
そこまでの思考に至って、初めてこの道化の女性の意図することが分かった。
「そう、ここから元の場所に戻れるかはあなた次第ということになるわ」
先ほどとはうって変わった冷たい響きに、私はぞくっと背筋を凍らせる。と同時に、その女性の背後から強烈な何かがあふれ出てくるのを感じ、本能的に後ろを振り返り逃げ出した。
怖い怖い怖い、今まで感じたことのない恐怖が私を襲う。その恐怖で頭がいっぱいになったまま走っていると、奇妙な点に気付いた。いくら走っても、景色が変わっていない。おかしい、先ほどの場所からは十分ほどは走ってきているはずだ。それなのに、景色が変わっていないなんて…。
その異様な光景に私は一度立ち止まる。そして、状況を整理する。私が今いるのはマヨヒガ。そして、マヨヒガにいる以上、きっとここから出るには何かしらの条件が必要だ。その条件は? 私は数刻ほど前に、私自身が言った言葉を思い出す。
「そうだ、覚悟だ…、私は紫様に覚悟を見せなければいけない。それが、きっとこの迷宮を抜けだす鍵になる!」
その結論に達し、私は来た道を足早に戻り始める。道化の女性に会うべく元の場所まで来た時、道化の女性は姿を消していた…。おかしい、場所はここであっているはずなのにと思っていると、目の前にちょこんとした猫又の妖怪が現れた。
火車とはまた違ったタイプの子だなと観察していると、その子は突然「覚悟…」と言った。
「え…?」突然のことで頭がついていかずに思わず聞き返す。
「覚悟、見せる…!」
その子はそうはっきりと言うと、目にもとまらぬ速さでその爪の伸びた突きを私の胸元に突き立てる。
「ガッ」という鈍い音が周囲に響く。猫又の妖怪の手から滴る鮮血が見え、その手は私の左の肩口を貫いていた。瞬時に避けていなければ、今頃胸を一突きされて終わっていただろう。
獲物をとらえきれていないのを確認するや否や、猫又の妖怪は距離をとり、また攻撃の機会をうかがう。と、私はそばに落ちている小石を数個拾い上げる。と同時に目くらましのようにそれを猫又の妖怪に投げつける。猫又の妖怪はそれから身を守るように両手でガードする。その隙をつき、私は近くの森の中へと逃げだした。
対する猫又の妖怪も逃がすまいと追ってくる。突然始まった死闘の鬼ごっこはまだ始まったばかりだった。
◇ ◇
マヨヒガの一角。ここは基本的に人も妖怪も住んでいない、いわゆる八雲紫によって作られた世界である。点在する藁ぶき屋根の家や山、川は八雲紫の創造物にすぎない。つまり、この世界は彼女一つの想像で単純に地形や家の構造を組み替えることが可能なのだ。だが、それにも例外があり、彼女の使役する「式」は例外としてこの地に住んでいる。そうここは、「八雲家の隠れ家」となっている。
こいしをこちらの世界に連れてきて、彼女の「式」の「式」、「橙」と入れ替わってから、八雲紫はマヨヒガの縁側にて遠巻きにその光景を見ている。
「彼女も「橙」相手に奮闘しているようですが、これは実践不足ですね…」
そう言いつつ、彼女の式である「藍」は彼女にお茶を渡す。
そのお茶を受け取って、一口お茶をすすると、八雲紫は口を開く。
「実践不足、確かに彼女の住んでいた世界は、私たち幻想郷の「妖怪」側から見れば、生温いものだったのでしょう、だけどあの子も妖怪である以上、何かしらの能力はもっているはず」
「ですが、件の『さとり妖怪』は目を鎖しておられます。ということは、『さとりの力』は現在使えないのでは…?」
「そうね…、『さとりの力』は使えない…」
「ならば、止めるべきではないのですか?彼女は力を使えないのであれば、普通の人間と変わりません。これではあまりにも力の差が大きすぎる」
「でも、力を欲してきたのはあの子なのよ。誰から言われるでもなく、自分で覚悟を決めて…ね。最初は逃げてはいたけど、また戻ってきたということは少なくともその覚悟はまだ潰えていない…。それに…」
八雲紫はそこで言葉を切り、そして続ける。
「あの子の『能力』の本質は『さとり』じゃない気がするのよ、これは私の勘だけどね。」
その言葉に、彼女の「式」は頭に疑問符を浮かべる。
一方八雲紫は、もう一杯お茶をすすろうともう一度お茶を口元に運ぶ。
と、茶柱が立っていることに気付いた。この幸運があなたに届きますように。八雲紫は淡い願いを乗せて、その光景をまた見つめるのだった。
◇ ◇
私は、追ってくる猫又の妖怪から逃げながら頭をフル回転させていた。第一に、一時しのぎのための小石や枝を拾うこと。第二に、相手の場所を確認すること。第三に、この場を打開する作戦を考えること、である。
逃げては目くらましを繰り返しているので、第一、第二は自然に体が動くようになってきたが、基本相手を近づかせなければ先ほどのような不意打ちを食らうことはないだろう。
だが、私にも体力の限界というものがあり、刻一刻とその限界が近づいてきているのがわかっていた。ならば第三の作戦を考えねばならない。
打開する作戦と言えども、パッとしたものが浮かんでこない。猫又だから、マタタビを用意する?でもこんなところにマタタビなんか生えてる可能性はない、そもそも殺気立っている相手にマタタビなんぞ効くはずもないだろう。
うーんと、考えながら走っているといつの間にか猫又の妖怪との距離が縮まっていた。
「隙あり…」
そう言うと、私の左手を掴み、地面に叩きつける。その衝撃に私は、心臓が止まったよう感覚を覚えるが、顔面に繰り出される右の刺突を目視し、かろうじてのところでそれを避ける。
そして、がら空きの左わきに蹴りを入れる。「グッ」と猫又の妖怪が怯んだその隙に私はまた逃げ出す。
考えろ、考えろ…。ふと、その時私は思い至った。私の能力は「さとり」の能力ではあったが、現在「第三の目」は閉じているから「さとりの能力」は使うことができない。
それでは、「さとりの能力」はどのように使っていた? 過去に一度だけ使った時の感覚を思い出す。あの時は、相手がどう思っているのかそのノイズを受け取り自分のノイズにチューニングして使っていた。それならば、「第三の目」は読むべき相手の意識を汲んで使っていることになる。ならば、この見えない(・・・・)「第三(・・)の(・)目(・)」は読むべき相手(・・)の(・)見えない(・・・・)意識(・・)を汲んで使うことができるのではないか?
私は、その可能性に賭け、逃げるのをやめ、猫又の妖怪に向き合う。向こうもこちらが立ち止まったことに警戒し、ピタリと動きを止めた。お互いに一歩も動けない緊張状態の中、私はフッと閉ざした「第三の目」に集中する。相手が何かしてくると本能的に感じ取ったのか、猫又の妖怪が渾身の突きを私に放つ。その刺突が私の顔面に突き刺さる、とのところで私はその刺突を避ける。
そしてまた距離をとろうとした時、おかしなことに気付いた。猫又の妖怪が追ってこない。ふと、先ほどの場所を見ると、猫又の妖怪は私を探すようにぐるぐると顔を動かしていた。
ふと、私は自分の「第三の目」を見る。それは、まだ固く閉ざされてはいるが、確かに相手の見えない意識を読み取って動いているように見えた。まるで透明人間にでもなったような感覚に襲われたが、私の持っている小石の感覚はあるため、完全な透明という訳ではなさそうだ。ということは、ここで相手に不意打ちをかけることが可能…?
その考えに至った瞬間、猫又の妖怪はこちらを認識し、また距離を詰めてくる。その行動に、徐々にこの「第三の目」の使い方がわかってくる。なるほど、相手の見えない意識を読むということは、相手のいる空間や風景と一体になる感覚と同義で、逆に相手のことを意識するとこの能力は解除できるようだ。
ということは、相手に不意打ちを入れるためには、相手のことを考えないようにして行動しなくちゃいけないってこと…?
中々の難問が出てきたところで私は能力を発動し、相手の見えない領域へと足を踏み入れる。そして、ボーッとした感覚のまま、「ごめんね!」と言いつつ、猫又の妖怪に渾身の拳を叩き込む。
見えないところからの完全な不意打ちを食らった猫又の妖怪は二転、三転転び地面に着地する。
持ち上げたその顔には…、いつの間にか敵意が消え、晴れ晴れとした顔が浮かんでいた。そして、大きな声を出す。
「紫様~!、合格です~~!」
その声に反応するように目の前の空間が割れ、八雲紫が姿を現す。その顔は猫又の妖怪共々笑顔で私の能力の開花を喜んでいるように思えた。
「橙、お疲れ様。」と言い、八雲紫は橙と呼ばれた猫又の妖怪の頭をなでる。その仕草に、嬉しそうに猫又の妖怪は頷くと猫の姿に戻った。
そして、彼女の肩に飛び乗る。
「貴女もお疲れ様。…能力は掴めたようね。とりあえず、だいぶ心身ともに疲労しているはずよ、私たちの住処に案内するからそこで一度休みなさい」
八雲紫はそう言うと、私に手を伸ばす。「…ありがとうございます!」と半ば、満身創痍ながらの身体を引きづりながらその手を握ろうとすると…、先ほどまでの緊張の糸が切れたのか両足から崩れ落ちた。
その様子を見ていた八雲紫は慌てて抱きかかえる。その温もりがかつてどこかで感じた温もりと似ていて、私はそのまま眠りについた。
◇ ◇
気が付くと私は布団の上にいた。ツンとつく畳の匂いに、いかにも田舎の家の一室に寝かされているのだと気づいた。
ゆっくりと体を起こすと、先ほど戦った猫が姿を見せる。一瞬、ビクッと身構えるがその猫は愛嬌よくこちらの布団の上に乗ってくると構ってのポーズをとる。
この猫の本質はこんな感じなんだなと感じ、二人でじゃれあっていると、ガラッと扉が開き、洗面器と治療道具を持ってきた狐の妖怪が姿を現した。八雲紫と同様の道化服を着ているがこちらは青と白を基調とした道化服だった。尻尾は…かなりあった。そういえば、この妖怪はどこかであった覚えが…?
「…紫様の言付けで肩の包帯を交換しに来た、とは言ってももう治っていると思うがな」
そう告げると、その妖怪は私の左肩の包帯を器用に外していく。
確か猫又の妖怪との戦闘時に一度不意打ちで肩を負傷していたのだったが、狐の妖怪の言う通り、その傷はなくなっていた。
「うむ、治っているのならば包帯は必要ないな。それから、もう一つ伝言だ。もう帰る用意をして縁側に来いとのことだ」
そう言うと、狐の妖怪はスッと立ち上がり、猫を連れて行ってしまった。そっけないその言葉に、私は少々ポカンとしながら、いそいそと帰る身支度を整える。
縁側に顔を出すと、道化の服の女性がスキマを開きつつ待ってくれていた。
「よく眠れたかしら?」
その問いに「はい!」と応える。そして、疑問に思ったことを投げかける。
「私の肩って、一晩で治ったんですか?」
「あら、一晩じゃないわ。一時間くらいのはずよ。とは言っても、貴女の寝ていたのは五時間ほどになるけどね。」
「五時間…あ!? 私、結構長い時間こっちの世界にいたんじゃ…」
その言葉に、道化の服の女性は微笑む。
「大丈夫よ、こちらでの時間の流れと向こうの世界との時間の流れは違うの。大体こちらの時間はあちらの時間の十倍だから、向こうの世界では一時間ほどしか経っていないはずよ」
まるで竜宮城のような時間の配分に私は驚きを隠せない。すると、思い立ったように道化の服の女性は尋ねる。
「貴女の能力…きっと「さとり」とは別物の能力にはなるけど、中々に面白い能力だったわ。人の「無意識」に溶けこみ、その「無意識」を操る…。」
そこで目の前の女性は言葉を区切る、そしてゆっくりと続ける。
「一番初めにも言った通り、自身の力の力量、その制御を学んでいくことが力を身に着けるということ。そして、今あなたは力を手に入れたわ。あとはその制御を学んでいけばいい。くれぐれも力の使い方を誤らないように…ね」
「はい…!」目の前の女性からの進言が今になって漸くわかってきた気がする、そんな風に思えた。
「紫様…、ありがとうございました!!」そう言って、私は丁寧に頭を下げる。
「ええ、気を付けてね」
道化の服の女性はそれに笑顔で答える。そして、私は一歩スキマの中へと踏み出す。…その辿り着いた先は、家の前の草原だった。
まるでさっきまでのことがすべて夢だったのでは?という疑問に駆られるが、私は「第三の目」を携え、能力を使用する、その能力独特の感触がマヨヒガにいた時と同じ感覚であることを確認すると、私は嬉しくなった。
きっと、この能力が役に立つ時が来るはず。その時に備え、私も日々鍛錬をしようと心の中に刻むのであった。