時は経ち、もう日も傾き始めた夕七つ時。私は、さとりから任された鴉の世話をしていた。大まかな怪我の手当てはさとり様がやってくれていたので、あとはこの子が元気になるまで、栄養を与えてあげるのみとなっていた。そして、先ほど眠りから覚めた鴉は、辺りを見回し警戒をすると、一目散に部屋から出て行こうとする。
だが、翼を負傷しているためかまだうまく飛ぶことはできなかった。結果、私につかまり、元のテーブルへと引き戻されることになった。
私は、とりあえず昨日の残り物を細かく刻み、食べやすい大きさに切ったのち、スプーンでその口元へと運ぶ。最初は抵抗していたものの徐々に慣れ始め残り物を完食するころには、すっかり鴉は私に懐いていた。
と、玄関が開け放され、「ただいま~」とこいし様が帰ってきた。
その顔には、若干疲れの色が浮かんでいた。
「お帰りなさい、…そんなに疲れて…いつもどこに行ってるんですか?」
「うーん、内緒…!」
と、こいし様は半ば嬉しそうな顔で告げる。その笑顔に私は追求することができず、ふうっとため息をついていると、こいし様は私が世話している鴉に気が付いた。
「この子、どうしたの??」
「私も詳しくは知らないのですが、さとり様が見つけて手当てしたようです」
「ふーん」と言いつつ、こいし様は鴉と対面する。その瞳をじっと見据えた後、「美味しそうだね!」と笑顔で恐ろしいことを言う。
「ちょっと、こいし様、さすがに冗談でもそれはきついですって。この子、怯えちゃったじゃないですか」
「ごめんごめん、最近お肉にあやかってなかったからつい本音が出ちゃった」
本当に申し訳ないポーズをとるとこいし様は、ふと気が付く。
「そういえば、お姉ちゃんは?」
「さとり様は、私が帰った時に体調が悪いと申されまして自室にて休養中です。ですが、もうそろそろ起こしに行かないといけませんね」
「それじゃ、私が行ってくるよ、火車と鴉くんはここで休んでて!」
そう言うと、こいし様はさとり様の自室へと向かわれた。相変わらずではあるが、あの二人の絆はものすごく強い。例えどんなに困難な時でもお互いを信じるのをやめない。
まるで共存共栄のようなその在り方に私は改めて敬服の念を抱く。その様子を鴉は神妙な面持ちで見つめていた。
◇ ◇
「お姉ちゃん、大丈夫??」
そう言いながら、こいしは部屋のドアを開ける。
その音に目が覚め、私はゆっくりと体を起こす。少し、寝ぼけた感じで「う…ん」と返した後、もう夕暮れ時であることを確認する。
「…、もうこんな時間…!?」
そう言い、私はこいしと連れ立って、リビングへと急ぐ。
「ごめんなさい、結構寝ちゃったわね。今から夕食作るから少し待ってて」
そう火車とこいしに声をかけると、私は夕食を作り始める。その傍ら、先ほどの鴉が元気そうにしているのを見て、ほっと胸をなでおろす。あの子には、…聞きたいことがあるけど、とりあえず夕食の後ね。私はそう決めて、まず下ごしらえから始めた。
「おいっしかった~ 」
「ごちそうさまです、やっぱりさとり様の料理が一番落ち着くな~」
「何よ、私の料理じゃ不満だっていうの!」
「こいし様の料理は五回に一回、変な感じの味になるじゃないですか」
「あれは…アレンジ、そうアレンジなのよ!」
あれがアレンジなら、オリジナルはもっとやばいんでしょうね、と心の中でツッコミをいれながら、私は二人分の食事を片付ける。その様子を鴉はじっと見ていた。
「あ、片付けは私たちでやりますからさとり様は休んでてください、ほらこいし様、片付けですよ~!」
「えー、だるい~」
「こ・い・し・様」
火車のすごみかかった声にビクッとなりながらもこいしはわかったよ…といった表情でおとなしく片付けに向かう。相変わらずのその関係にフフッと笑いながら私は鴉の方に歩み寄った。
「貴女も元気になったようで良かったわ」
そう言うと、私は鴉へと手を伸ばす。一瞬、その手を拒むように一歩引くが、私は構わず、その鴉を抱きしめる。会った時のような映像は流れてこなかったが、この子はまだ何かに怯えているのが、「第三の目」越しに伝わってくるのがわかった。鴉はその目を大きく開いた後、ゆっくりと目を閉じ、眠りについた。
「あら…、寝ちゃった」
本当は聞きたいことがあったけど、それはまた今度ね…。そう思っていると、今度はキッチンの方からいがみ合っている声が聞こえる。我が家の喧騒を鎮めるため、私は一つ息を吐くと、その現場へと向かった。
◇ ◇
その夜、夜四つ時の終わり頃。さとり一家は、就寝し、皆一様に寝息を立てる。
その中、一つもぞもぞと動く影があった。
さとりのベッドからもぞもぞと這い出た鴉は、さとりの方を一瞥し、深々と頭を下げる。
そして、一人自室から外へ出る。玄関の戸を器用に嘴で開いた後、またゆっくりと振り返る。自分でも名残惜しそうにしているのがわかるくらいではあったが、それでも心に決め、玄関の外へと出る。ここには、迷惑はかけられない…。
そう思っていると、「こんばんは」と声をかけられた。慌てて、そちらの方を振り向くと、頭に兎耳をつけた紫髪の長い女がこちらに銃口を構えていたところであった。
咄嗟に横に避け、その銃弾から身を反らす。兎耳をつけた女は小型のリボルバーにブレザーから取り出した弾丸を器用に詰め込み、次弾を発射する。対し、鴉はその軌跡を読みながら、その弾丸を避ける。
リアルな銃撃が繰り広げられる中、兎耳をつけた女は、叫ぶ。
「貴女、自分がどういう存在なのか自分でわかっているでしょう?それなのに無様にまだ生きようというのかしら?」
「…」
対して鴉は何も答えず、その銃弾を避け続ける。が、それも徐々に遅く、鈍くなっていく。自身の体力の限界からか息遣いも荒くなってきたころ、不意に眼前に飛び込んできた兎耳をつけた女の蹴りが炸裂する。なすがまま、地面に叩きつけられ、ゆっくりとその体を起こそうとする。と、その目の前に憐れそうに、兎耳の女の銃口が突きつけられる。
「人型になっていれば、まだ勝機はあったのかもしれないけど…、ここまでよ」
とその銃口の引き金を引こうとした瞬間、兎耳をつけた女が後ろへと叩きつけられた。
不意の出来事に何が起こったかわからないまま、兎耳をつけた女は周囲を確認する。だが、周りはうっすらと薄暗い森が広がっているだけだった。
「貴様、何をした?!」と激昂しながら鴉の方を見やると、先ほどの場所に鴉はいなかった。逃げた? この短時間で?
彼女がそう焦りを感じていると、「動物いじめは感心しませんね」と、ふと声をかけられる。
声の主を確かめようと振り返ると、そこには件の鴉を抱えた三つ目の少女の姿があった。
「『さとり妖怪』…、今のは貴女の仕業かしら?」
「さて、どうかしらね?」
とぼけるような声で、だがしっかりとした声で、兎耳をつけた女のもとに届く。
それを聞くと、兎耳をつけた女はゆっくりと銃口をさとり妖怪へと向ける。対する、さとり妖怪もその銃口をじっと見据える。
その緊張状態が数十秒続いた。と、さとり妖怪は口を開いた。
「私は…貴女が『幻想郷の人間、妖怪に手を出してはいけない』ことを知っています。そして、これが単なる威嚇行動であることも。この子を殺すことが目的なんでしょうが、この子はもう私たちの『家族』です。ですから…、お引き取り願えないでしょうか」
その言葉に、不意打ちを食らったように兎耳をつけた女はよろめく。まさか、「さとり妖怪」の能力にこれほど心の内を知られるとは…。
その内心をこれ以上悟られないように、兎耳をつけた女は、一歩後ろへ後退する。
「…わかったわ。そいつはもう追わない。好きにすればいい」
そう言うと、その女は踵を返しこちらに背を向ける。そして、苦し紛れとでもいうように、一言言い放つ。
「そいつを殺させなかったこと、貴女はきっと後悔するわ」
「…後悔ならいくらでもしてきました。それこそ、数えきれないくらい。でも、私はこの一瞬後悔はしない、そんな生き方をすると決めているのです。その積み重ねが私たちにとっての幸せにつながると信じていますから」
売り文句に丁寧な回答で返すと、兎耳の女はフッと笑い、森の中へと消えて行った。その気配がなくなるのを確認すると、さとりの服の袖辺りからひょっこりともう一人のさとり妖怪が姿を現した。
「…こいし、今のこと…後で説明してもらいますからね」
さとりはそう言うと、こいしに釘を刺す。こいしはうっと苦虫を噛み潰したような顔を見せると、仕方ないかという顔を見せる。
「その子は…?」
同じく袖の方からひょっこりと顔を出した火車は、鴉の心配をする。
「大丈夫、少し気を失っているだけのようだから…さ、私たちも休みましょう」
そう言うと、さとりは腕の中の鴉を優しく抱きかかえる。その温もりに安堵したのか、鴉は幸せそうにゆっくりと寝息を立てていた。
◇ ◇
翌朝。
あの兎女の襲来の後、また襲撃が来ないかが心配ではあったが結果、何も起こらずに無事に朝を迎えていた。
私は、眠い目をこすり朝食の準備を始めようとキッチンへと向かう。
とそこには、見慣れない黒い翼が生えた少女が一人佇んでいた。
髪は黒髪、ポニーテールにまとめ、服は白のブレザーに紫色のスカートを履いている、そして胸元には赤い瞳が浮かんでいた。
その少女は私の姿を認めると、「え…と」と口ごもる。その様子に私は明るい笑顔で声をかける。
「おはよう、鴉さん」
その言葉に、その少女はハッと目を見開くと、ぎこちなく、でも嬉しそうな顔で「おはようございます…!」と声を出した。初めて聞くその声に私は心嬉しくなって、彼女と一緒に朝食づくりを始める。
しばらくすると、こいしや火車も起きだしてくる。そして、目の前の少女を見て「え、誰??」と同じ反応をする。その様子に照れながら戸惑う少女の様子が初々しくもおかしく私はただ微笑んでいた。
朝食を新たなメンバーが加わった四人で終えた後、改めて自己紹介をすることになった。
「昨日は本当にありがとうございました、私は、種族的には…鴉?になると思います。すみません、自分のことも正直よくわからないままこの世界に来たもので…」
そう言うと、鴉の少女は口ごもる。そして、もう一度息を吸い、ゆっくりと続ける。
「昨晩の兎耳の女性の素性はよくわかりません。私もこの世界に来てから、突然彼女に襲われるようになりました。彼女が何故、私を殺そうとしているのかそれもよくわからないのです」
すみません、と言ってその少女は頭を下げる。
「え…と、昨日お姉ちゃんが助けたのは、その兎耳のお姉さんから逃げていたところを助けてもらったていうこと?」
こいしは確認するように、その少女に尋ねる。
「そうです…、こちらの世界に来てから彼女から隠れるように生活していたのですが、昨日は疲労もあり、そこで力尽きてしまったところをさとり様…に拾っていただいたのです」
と、申し訳なさそうにこちらを見つめる。なるほど、それからずっと兎耳の少女は監視を続け、ちょうど昨晩彼女が出て行ったところを襲撃したというところね。
「昨日の話の経緯はわかったわ。それから、尋ねてみたいのだけれど貴女のその胸元の「目」は…?」
ふと、少女の胸元に赤く光る目のようなものについて私は尋ねる。
「…すみません、気が付いたらあったとしか言えず…」
「…わかったわ、ごめんなさい」
昨日のフラッシュバックに関することが聞けるかと思ったが、仕方ない。彼女は自分のことはよくわからないと言っていた、一時的な記憶喪失の可能性もある。もしかしたらまた、何かのきっかけで自分のことを思い出すかもしれない。
そう思っていると、その少女は確認するように声をかける。
「すみません…、気持ち悪いですよね、こんな見ず知らずのよくわからない私を貴女方は「家族」と呼んでくださった。それが非常に嬉しくて私は、ここに居たいと願ってしまった。でも、今の私の話を聞いて嫌だと思うのなら…」
「嫌だなんて、思わないわ」
私はその不安を切り捨てる。「私が、貴女を『家族』だといったのは何もあの時の詭弁で言ったわけじゃないの。本当に貴方が…、心配だったからよ。それに私たちは寝食を一度ともに過ごした。それだけで十分『家族』としては有り余っていると思うわ」
我ながら、ハチャメチャな理論だと思うが、その言葉にその場の全員がフッと笑う。
「お姉ちゃんの言う通りだよ! 我が家のご飯を食べたら、もう我が家の一員なんだから! どこかに行くなんて許しません!」
「確かに一理ありますね、私もさとり様のそう言った部分も好きでここに居るのですから」
「…本当に、貴女方は優しいのですね。いえ、信念が強いというが正しいかもしれません」
そう答える、その鴉の少女の目には涙が浮かんでいた。
「彼女が言ったように、私には不幸をしょい込んでいるのかもしれません。それでも、私は貴女方と生きてみたい…! そう思うのは、間違いでしょうか?」
尋ねる少女に私は応える。
「間違いじゃない、貴女がそう決めてくれたのなら私たちも歓迎するし、私たちは『家族』なんだから…確認は不要なんじゃない?」
その答えに、少女はボロボロと大粒の涙を流す。それが、今まで抱え込んでいた不安と嬉しさで出来たものであることを私たちは知っている。
新たな家族との朝は少ししんみりとしていて、それでいて少しばかり胸が温かくなる、そんな朝だった。