本編 その幻想の先に   作:月陰 甕

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第十話 鴉と兎 からの続きです。


第十一話 オーロラ

鴉の少女が家族に加わってからさらに半月が過ぎようとしていた。

鴉の少女は落ち込んでいた時期もあったが、今となっては明るい表情をよく見せるようになっていた。特に、火車とは相性が良いらしく他愛もない話で盛り上がっているのをよく耳にする。もしかしたら、動物の妖怪?通し通じるものがあるのかもしれない。

また、これも小さな変化ではあるが火車の一人称が「あたい」に変わった。どうも、火車と鴉の声は似ているらしく、どちらも一人称が「私」なので声だけの返事の時に紛らわしいとのことであった。「あたい」の語源は、かつて彼女がお世話になっていた家の人が使っていたものだという。

私も、普段聞きなれない言葉だけに慣れるまで時間がかかったが、彼女の世話好きでしっかりした性格には合っており、個人的にもその呼び名は気に入っていた。

こいしについては、襲撃の時のことについて問い詰めてみると、観念したように能力のことについて話し始めた。八雲紫の元で能力についての授業を受け、力について目覚めたこと、またよく食料調達時に居なくなっていたのは、一人能力の修行をしていたということを話してくれた。そしてあの場では、自身の能力を使い、兎耳の女に不意打ちを入れた後、彼女の意識の外で鴉を確保し、その場から存在を消していたとのことだった。

そのことを聞いた私は、様々な感情に見舞われたが、まず一番初めにこいしのこめかみを掴み人差し指を曲げててぐりぐりと力をこめる。

「いだだだだだだだだ」と痛がるこいしを一度見た後、今度は優しく抱きしめる。

「まったく…、私はそんなに頼りないお姉ちゃんなのかしら。力なんかなくたってお姉ちゃんは気にしたりしないし、何かあったらみんなで力を合わせて行けばよいわ。それに…、こいしが黙っていきなりいなくなったりしたことの方が、私は一番心配でした」

そう言って、抱きしめる力をスッと弱める。そして、こいしの顔をみて、続ける。

「だから、今度いなくなる時にはちゃんと私に相談すること。修行には、私もできる限り付き合うから、ね。」

笑顔でこいしに告げると、こいしは一言「…ごめんなさい」と照れ隠しながら、謝ってくれた。

これで、こいしのいなくなった原因もわかって一安心したが、その一部始終を火車と鴉に見られていたらしく、あとで色々と聞かされたのは、また別な話である。

 

           ◇          ◇

 

とある昼下がりの午後、時間は昼八つ時を指し示していた。食料調達の当番は、こいしと鴉の少女で出向いており、私と火車はそれぞれの時間を過ごしていた。

と、同時に玄関をノックする音が聞こえた。先に動いた火車に私が出るわ、と合図をし、私は玄関の扉を開ける。そこには、明るい笑顔をこちらに見せる妖怪の姿があった。

「どうも~、文々。新聞です~、夕刊をお届けに上がりました~」

と明るい声で、私に新聞を差し出してくる。あからさまに胡散臭いその不審者に対して私は反射的に、

「あ、間に合ってます」と扉を閉めようとする。

すると、その配達員は慌てた声で、「あ、あの貰ってくれるだけで良いので、貰っていただけませんか!」と泣きそうな声で懇願してくる。

流石に少し可哀そうになってきたのでその夕刊だけ受け取ると、その配達員は笑顔になり、

「ありがとうございます!是非感想ともお待ちしておりますので!」

と図太いことを言い残し、ものすごいスピードで飛び立ってしまった。辺りにその妖怪が落とした羽が散らばり、その妖怪が鴉の妖怪であったとわかる。

変わった妖怪もいたものだと、私はその妖怪が残していった夕刊に目を通す。火車も一連の光景を遠巻きに見ていたのか、こちらに寄ってきてその新聞を一緒に見る。

どうやら、幻想郷内で起こった事件を新聞にしているようだが、ぱっと目を引くような記事は見当たらない。だが、ある意味隔離された状態の中で過ごしている私たちにとってみれば、外の情報というのは意外と新鮮で、気付けば読み漁っていた。

と、火車が記事一点を指さし、私の袖を引く。

「さとり様!これ…!、行ってみませんか?」

 

           ◇          ◇

 

こいしと鴉の少女が帰ってきて、四人で夕食をとった後、私たちはある場所に向かっていた。私の手には午後に貰った夕刊が握られている。火車の提案で記事にかかれた場所に来てみたはいいが、やはり夜ともなると気温も下がるようだ。その肌寒い感じに身震いをしていると、こいしは「ここならきれいに見えそうじゃない?」とある小高い丘を指さす。確かに、幻想郷の人里や湖を一望できる良いスポットであった。

私たちは持ってきた四人座れるような布を敷いてそこに座る。布の真ん中あたりにランプを置くと、その目的のものが現れるまで、待機する。

と、火車と鴉の少女はふと動物の姿に戻った。

「どうしたの?」と聞くと、「さとり様、結構寒がってたから…」と答えを返した。

なるほど、私たちで暖をとって下さいということね、と彼女らの気遣いに感謝していると、それを見かけたこいしも、

「私もー!」と言って私に張り付いてくる。まるで肉巻きのような状態に私は身動きできずにいると、夜空にチカッと何かが光ったような気がした。

そしてそれを皮切りに夜空に、色鮮やかなカーテンがかかる。

「これが…オーロラ…!」

私はそう呟くと、眼前に広がる光景に思わず息をのむ。星をちりばめた夜空をバックに吸い込まれるかのような色とりどりのオーロラがそこにあった。所々、揺らめくように動くその光景は見るもの言葉を奪う。まるで、誰かが夜空のカーテンを動かしているようなそんな壮大なイメージが私たちを包んだ。

ひとしきり、そのオーロラを堪能した後、私はふと口を開く。

「…そういえば、貴女達に名前ってあったかしら?」

そう尋ねると火車と鴉は同様に首を振った。

「あたいは、火車として生きてきた中ではないですね…」

「私も特には…」

「それじゃ…、私が決めてもいいかしら?」と、私は提案する。

その提案に、二匹の妖怪は目を光らせる。

「あ、それじゃ私も立候補します!」とこいしは元気に手を上げる。

その様子を見た二匹の妖怪は一様に不安な表情になったが、「…それじゃ、こいし、お姉ちゃんと考えようか」と私が提案し、二匹の妖怪の不安は払拭されたようだ。

二匹の妖怪とは少し離れた場所で、名前についての意見を出し合い、納得、決まったところで私たちは彼女たちの元へと戻ってきた。

「はい、それでは発表します!それでは、火車ちゃんの新しい名前ですが…、こちらに決定しました!」

と言いつつ、こいしは袖口から取り出した紙に「燐」の文字を書いて見せる。

私は、どこからか取り出された紙とペンに疑問に思いながらもランプでその文字を照らしながら説明する。

「読み方は「りん」ね。燐と凛で迷ったけど貴女のイメージには燐の方が火車の本分としては合ってそうだったから、こちらに決めたわ、私は結構気に入ってる名ね」そう言うと、火車に片目を閉じて見せる。

そして、と続けるとこいしは待ってましたと言わんばかりに

「続けて、鴉ちゃんの新しい名前は…、こちらです!」

と、同様にこいしは袖口から紙をとりだし、そこに「宙」の文字を書いて見せる。

「こちらの読み方は「そら」ね。今見ているオーロラもそうだけど…、貴女からは宇宙のイメージが強かったのでこの文字に決めたわ」そう告げると、私は鴉に向かって笑顔を作る。

名前の発表会が終わると、二匹の妖怪は満足したようにお互いにつけられた名前を呼びあう。その和やかな雰囲気の中、私も二匹の名を呼んだ。

「燐、宙、これからまた楽しいことも苦しいこともあるかもしれないけど、今日のこの日をいえ、毎日の私たちが笑いあえる瞬間を大事に、これからもよろしくね」

その言葉に、燐と宙は頷き、私に寄り添う。それが親愛の証であり、私はその温もりを忘れないようにただ同じように二匹の妖怪を抱きとめる。

こいしは、それを遠巻きに眺めていたが、私が手を差し伸べると照れ臭そうに私の手を握る。二人だけの時には照れる我が妹も可愛いと思いつつ、その日は四人が家族として確かに存在した記念日となった。

 

           ◇          ◇

 

 

小高い丘から数百m離れた森の中。オーロラを眺める四人の妖怪。それを遠巻きに監視する一人の女性がいた。

兎の耳を頭につけたその女は、以前宙の暗殺を試みたが失敗し、今は上官の命令で「監視」を命じられている。

その時のことを彼女は思い出していた。

宙の暗殺に失敗した彼女は、彼女の上官である三つ編み銀髪の女性に抗議を申し付けた。

「何故、あの時強行のご命令をさせて頂けなかったのですか!」

「…幻想郷のものに手を出したら、必ず八雲紫が動く。そうなれば、私たちと抗争、あるいは全面戦争になりかねないわ。それは、私の本意でもないし姫様のご意志に反するもの。姫様はこの地に来て安寧をご希望されているわ」

「ですが…、あれは危険すぎる!師匠もそれは承知の上のはず…!野放しにしておけば、いずれこの地を破滅にもたらす…師匠の悠長な考えはさすがに目に余ります…」

そう言うと、兎耳の女性は肩を落とす。上官である女性はその言葉を受けると、一つため息をついた後、目にもとまらぬ速さで兎耳の女性の首を掴み、締め上げる。

「…口の利き方には気をつけなさい、鈴仙。貴女の考えなど私は、いえ姫様はしっかりと考えておられる」

そう告げると、首を締め上げていた手を放す。

「ゲホッ、ゲホッ」とむせ返る鈴仙を余所に、上官である彼女は鈴仙に次の命令を下す。

「貴女には、あの鴉の「監視」の命を与えます。決して手出しはせず、何かあったら報告するように」

そう短い言葉で締めくくると、上官は部屋を出ていく。

残された鈴仙は苦虫を噛み潰したような表情をみせるが、次の命令に行くべく支度を整えた。

 

果たして、アレがどういった脅威になるものか私の目で見定めろということなのか。それとも、アレの暗殺には私では力不足であったと言いたいのか。様々な思惑が渦を巻いて自分の中に生まれては消えていく。

そして、ふとあの「さとり妖怪」の言葉が浮かんでくる。

『私はこの一瞬後悔はしない、そんな生き方をすると決めているのです』

「後悔…か」まるで自虐するようにその言葉を繰り返す。私も…もし、あの時…。

そんな感情に囚われながら、監視者である彼女はハッと我に返る。例の団体が移動を始めたようだ。

私は…、ただ任務をこなすだけ、今は只それだけでいい。鈴仙は自分にそう言い聞かせ、彼女たちの監視の任に戻る。

夜空に浮かぶ美しいオーロラとは対照的に、暗い闇の底のような壮大な陰謀と策略が蠢き始めていた。

 




お久しぶりです。生きてます。月陰 甕です。

今回、3/17(日)に当方から頒布されます新刊「地霊異聞録(下)」に伴いまして、
それの既刊である「地霊異聞録(上)」に記載の本文をこちらに掲載させていただきました。
というか、今日ですね…。更新遅くなってしまって申し訳ないです。

今回のお話についてですが、…古明地姉妹の幻想入りから、燐の加入、またオリキャラの
宙というキャラクターが登場しました!こちらのキャラクターは下巻でかなり重要になってきますので、要チェックです。服装イメージは、東方の「空」の紫バージョンのイメージですね。設定は現段階では、記憶を失った妖怪という設定ですが…、果たしてこの後どうなっていくのか…?? 是非、下巻を読んでいただければと思います!!

本日の名華祭では、スペースNo.B-33 サークル名:「かめの休憩所」にて、
既刊の「古明地想起録」「地霊異聞録(上)」と新刊であります「地霊異聞録(下)」
を頒布致します。こちらを読んでいただければ、下巻の前の内容は補完できると思いますので、当日既刊が買えなかったよ、という方はこちらを読んで頂ければと思います!(既刊の持ち込み数そんなに多くないです…)

それでは、取り急ぎでした!明日の名華祭お会いできる方がいましたら、よろしくお願いいたします。

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