本編 その幻想の先に   作:月陰 甕

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第一話 幻想郷入りのさとり妖怪 からの続きです。

二人の少女は、人里の代表の「ある人物」と出会う。


第二話 御阿礼の子との出会い

さとり妖怪たちがスキマ妖怪の「スキマ」に飲み込まれている頃。

「里」…人間が住まういわゆる「人里」、そのひと際豪華な屋敷の中、その屋敷の小さな主は首を捻っていた。

「うーん…」

赤紫色の髪に牡丹の髪飾りをつけ、黄色と緑色の着物を身に着け紺袴を履た少女は筆をとりつつ、机の前の巻物に目を落とす。

そこには、「幻想郷縁起」という彼女がつけるべき「お仕事」があったのだが…、筆も止まり暗礁に乗り上げていた。

少女は顔に似合わず、しばらく気難しい顔をしていたがついに匙を投げた。

「…駄目ね、最近は何か書き留めるものも無いようだし、情報を集めに街の方に行ってみようかしら」

そう言うと、少女はせっせと外に出る支度を始める。季節は春を迎え、桜が散り初夏に入りそうな暖かい日差しが障子越しにも感じられる。

障子を開けてみると、青々とした葉が覗かせており、これからの夏に向け準備を始めようとする木々にふと顔を綻ばせる。

手早く支度を済ませた少女は、お気に入りの赤色のブーツを履きその陽だまりの中一歩玄関から出ようとした。その時…、目の前の空間が歪み、そこから見慣れない風貌をした少女二人が姿を現した。

いや、その少女たちはその空間から「降ってきた」といった方が正しいかもしれない。

降ってきた少女、桃色髪の少女と緑色髪の少女は目の焦点が合わず、目をぐるぐる回し、その場で気絶している。

突然の光景に少女は絶句、あっけに取られていたが、見慣れた空間…「スキマ」を操るその主にため息混じりに問いかける。

「…紫、毎度のことだけどこれはどういうことかしら?」

その問いかけに応じて、「スキマ」の主が楽しそうに少女たちの出てきた「スキマ」から姿を現す。

「こんにちは♪御阿礼の子!あら、見ないうちに少し背が伸びたかしら!」

「…質問に答えてください。でなければ今すぐ、「博麗の巫女」を呼びますよ。」

そう言うと、少女は袖口から一枚の札を取り出して見せる。それは、「博麗の巫女」が扱う札で里の人間の救援要請用に一部の人間に渡されているものであった。

「あらあら、怖いわね~。でも、今回は…ちょっとしたお願いがあって来たの。とりあえず、この子たちを屋敷に入れてくれないかしら?」

そう言うと、「スキマ」の主は真剣な表情でこちらに頼み込む。滅多に見せないその真剣な表情に少女はあっけにとられるが、すぐに真剣な表情で言葉を紡ぐ。

「…わかりました。それでは、お話は中で聞きましょう。…一つ確認しますが、その子たちは妖怪ですね?」

少女は確認するようにその少女たちの「目」を見やる。

「…ええ、ちょっと訳ありの子たちね。それも含めて中でお話しますわ」

「スキマ」の主は一瞬悲しい表情を見せる。少女は、その悲しげな表情に彼女らしからぬ言動を感じるのであった。

 

 

どれくらいの時間がたったであろう。…布団に寝かされていた桃色髪の少女はふと目を開けた。

見回すと、見慣れない日本家屋の屋敷の中で、周囲には見るからに高そうな調度品、高級な壺や箪笥が置かれ、かなりの富豪の家であることがわかる。

そして傍らには緑色髪の少女がゆっくりとした呼吸音で寝息を立てていた。

「こいし、こいし、起きなさい」

なるべく小声で桃色髪の少女は緑色髪の少女を揺さぶる。「うーん」と寝ぼけた声を出し、緑色髪の少女は目をこする。

「ん~…、お姉ちゃん…?…もう少し寝かせて…」

そう言って、寝返りをしながら布団をかぶりなおす緑色髪の少女に、桃色髪の少女はガクッと首をうなだれる。

どこまでもマイペースな緑色髪の少女に怒るのも忘れ、呆れ顔になってしまうが、どういう経緯でここにいるのかを桃色髪の少女は自分なりに考える。

(私たちが最後に見たのは…、確か神社の鳥居の前で「八雲紫」と話していて、そして見たことのない「空間」に吸い込まれて…)

(その中でどこかに落ちていくような感覚がずっと続いて…それで…気を失っていた? そして気が付いたら、屋敷の中にいた…。)

(おそらくは「八雲紫」の「境界を操る」能力で別な空間に飛ばされた?そしてここは…「八雲紫」の住処…?だとしたら…)

なおさら急いでここを出なくては、という結論にたどり着き、急いで緑色髪の処女を起こそうとすると…、そこには…誰もいなかった。

…?!どこに!?と思った瞬間、誰かに肩をたたかれた。「キャッ!?」と思わず声を張り上げてしまう。恐る恐る振り返るとこちらを見て笑みを浮かべる「八雲紫」の姿があった。

「…貴女って意外とかわいい声出すのね♪」

そう言って笑いをこらえる大妖怪に桃色髪の少女は半ば呆れ顔を浮かべる。そして、…これが彼女の元来の性格だと知る。

「…八雲紫様。悪戯も結構ですが…、私の妹を見かけませんでしたか?」

「ええ、彼女なら…ここにいますわ♪」

そう言って目の前の空間に手を伸ばす。すると、その空間が「割れ」、そこから枕を抱いた緑色髪の少女が姿を現す。

相変わらず、むにゃむにゃと寝言を繰り返す緑色髪の処女を抱きとめる。何か変なことはされていないかを一通り確かめていると、緑色髪の少女は無意識の中、「お姉ちゃん…大好きむにゃ」とつぶやく。それを聞いた桃色髪の少女は、ボッと顔を赤くし、緑色の髪の少女を強制的に起こすべく、その口を両手で左右に強く引っ張る。その痛みに、一歩遅れて「痛たたたたっ!!!」と反応を示す緑色髪の少女。

「お姉ちゃん、痛いよ~」と覚醒した緑色髪の少女は、つねられた自分の頬を撫でながら桃色髪の少女に話しかける。桃色髪の少女は耳をまだ赤くさせながら、ぷいとそっぽを向く。その姿に、「八雲紫」はまるで子供の遊びを見るかのように笑みを浮かべ続ける。

緑色髪の少女は頭に疑問符を浮かべながら、改めて自分のいる場所を確認する。

「あれ?ここって…どこ?」

「…私の屋敷です」

一連の行動を蚊帳の外で見ていた屋敷の主はふと姿を現す。突如現れたもう一人の人物に少女たちはビクッと体を震わせる。

その姿を一瞥した後、屋敷の主は「八雲紫」に問い正す。

「紫、貴女も貴女でやりすぎですよ。起こすなら別のやり方もあったでしょうに。」

「あら、ごめん遊ばせ♪でもこれが私なりのスキンシップですから。それに面白いものも見れましたし♪」

そう楽しそうに話す「八雲紫」の姿にはあっとため息をついた後、屋敷の主は少女たちに向き直る。

「古明地さとりさんと古明地こいしさんですね? 少々お話がありますので、向こうの座敷にどうぞ。」

そう言うと、屋敷の主はくるりと向きを変え、奥の座敷に向かう。呆気にとられる少女たちに、八雲紫は「行きましょ」と微笑む。

桃色髪の少女と緑色髪の少女は困惑しつつも、お互いに顔を見合わせ、道化服の貴婦人の後を追う。

 

 

奥の座敷。別名「阿礼の間」。そこにはあらゆる人物は立ち入ることはできず、そこには特殊な結界が施してある。

それは、「初代の博麗の巫女」が残した遺品である「符」を部屋の四隅に置いた特殊な結界であり、それは彼女がいなくなった今でも効力を残している。

つまり、この部屋では「博麗の符」の対妖魔の能力により、あらゆる人妖の能力は封印されることを意味する。

逆に言えば、ここでは人も妖怪も対等な立場でいることができる。それを目的に作られた場所であるのだが、妖怪にとっては居心地の悪い場所この上ない。

二人の少女はその場所に入るときにその重苦しい空気を感じ取っていた。一方の八雲紫は、どこか懐かしむような…そんな表情をしていた。

各々が思う思索の中、屋敷の主、八雲紫、古明地さとり、古明地こいしは席に着く。

「さて…、お話の概要ですが…」

重苦しい空気の中、屋敷の主は口を開く。

「先ほど、こちらの「妖怪の賢者」でおられる紫と話しましたところ、貴女方は「紫の試験」に合格したようであることを聞きました。そこで紫からの推薦により、貴女方を「人里」へと案内するよう言われたのですが…。「人里」の代表者として貴女方の意思を最後に確認しておきたいのです…。」

そう言うと、屋敷の主は少女たちに視線を向ける。こいしは未だに状況を飲み込めていないのか、頭に疑問符を浮かべる。その最中、さとりは状況をある程度察してか、口を開く。

「…私たちが寝ている間に、そのお話をされていたのですね。私たちは、「さとり妖怪」ですがその点は大丈夫なのでしょうか?人間の里に私たちが居ることが…」

御もっともな返答に屋敷の主は穏やかな口調で返す。

「心中察しますが、ご心配には及びません。現在、人里には人間に有効な妖怪に対しては境目はございません。寧ろ、そういう特殊な人妖が里の「自警団」として機能している面もありますから…。貴女方は特に人に害を与える妖怪ではないとお見受けします。それから…」

そこまで言って屋敷の主はその先を言いあぐねるように押し黙る。だが、意を決したようにさとりの目を見据えたまま、言葉を紡ぐ。

「貴女方は元居た世界で、妖怪から迫害を受けたと聞いております。貴女方の…「妖怪」に対する恐怖はまだ癒えてははないのでは、と思うのです。これは紫の言葉でもありますが、貴女方の心の傷が癒えるまで人里で暮らしをとのことです。」

そこまで聞いてさとりは、もう一度八雲紫を見る。その視線に気づき、八雲紫は軽く目を閉じて見せる。それが答えであるように。

「…ありがとうございます。お心遣い感謝いたします、八雲紫様」

「あら、貴女方のことは「あの妖怪」からも聞いていましたし、少しばかり「縁」もありましたしね。こちらでの生活は保障いたしますわ♪」

そう言うと、八雲紫は二人の少女に視線を投げかける。そのやり取りを見て、屋敷の主は改めて確認する。

「それで…貴女方は…どういたしますか?」

「私は賛成です。妹も…こちらに来てばっかりでまだ慣れていないところもあると思いますし…、お心遣い甘んじてですがお受けしようと思います。」

「…私は難しいことはよくわからないけれど…お姉ちゃんと笑って暮らせるならそれでいいかな!」

二人の言葉を聞き、屋敷の主は満足そうに頷くと二人の少女に向けて歓迎の言葉を述べる。

「わかりました。お二人のご意向は確かにお聞きいたしました。「人里」の代表として貴女方を歓迎いたします!それでは、お話はここまでです。今日はお疲れだと思いますので、先の場所に戻りお休みください。詳細に関しては、また明日お話いたします。」

そう言うと、屋敷の主はふと笑顔になる。初めて見るその笑顔に二人の少女は思わず見惚れる。それを見る八雲紫もふと顔を綻ばせるのであった。

 




ご覧頂きありがとうございます。
今回は、人里への初一歩ということで、御阿礼の子との出会いを書いてみました。
そして、こちらの御阿礼の子は「阿求」の以前の御阿礼の子となります。
特にイメージはしていませんが、ゆかりんが奔放に動いている中で、周囲にいる人物はこういう視点になってしまいますね(笑)

それでは、次回3話でお会いしましょう!

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