二人の少女は、「御阿礼の子」と共に、人里へと向かう。
翌朝。
準備を整え終えた古明地姉妹を連れて、御阿礼の子はある場所へと向かっていた。
彼女の屋敷は「人里」から離れた場所に存在し、さらにそこから幾ばくか離れたところに「人里」の街はある。
今日はその「人里」への挨拶を含めて、彼女たちを紹介する、との旨を姉妹は聞いていた。
季節は初夏。午前中まだその暑さが本格化しないうちに、屋敷を出て、青々とした木々が生い茂る小道を歩く。
その場所に向かう間、桃色髪の少女はふと疑問に思ったことを聞いてみる。
「すみません、お聞きしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
「こう言ってしまうのは失礼かもしれないのですが、貴女のような少女が何故「人里」の代表をお勤めになっているのかが疑問でして…」
「? ああ、確かに初めて幻想郷に訪れた方でしたら疑問に思いますよね。」
そう言うと、赤紫色の髪の少女はクスッと笑う。そして、自分のことを話し始める。
「私は、いえ、私たちの祖先は幻想郷が出来た時に人里へ移住してきました。そして、私たちの一族が持っている「能力」に興味を持った八雲紫から依頼を受けて、私たちは「幻想郷」で歴史を残すことになりました。それが私たちの一族に代々伝わる「幻想郷縁起」というものです」
桃色髪の少女は、納得したようなそうでないような顔をし、首を傾げながらもう一度尋ねる。
「すみません、貴女の祖先の「能力」と「人里」の代表についての関連性は…?」
「ああ、すみません。「能力」については紫から聞いているものと思っていたもので。…そうですね、転生という言葉はご存知でしょうか?」
「人並みには知っているつもりですが…」
その言葉を聞いて赤紫色の髪の少女は頷き、続きを進める。
「私たち一族は「転生」を行い、過去の祖先の記憶や能力を引き継ぐ一族です。人並みに転生といえども、閻魔様に転生の御許しを得なければと 大変ではありますが…。そして、私たちの能力は「一度見たものを忘れない」能力です。一口で言えば、瞬間記憶能力といったものが当てはまりそうですが…」
そこまで聞き、桃色髪の少女は驚きを顕わにする。普通、「転生」とはそんな代々において行えるようなものではない。「転生」はあの世に行った魂が現世に戻ってくることを言うが、基本的にはその転生した魂の前世の記憶はリセットされるのが普通である。そうでなければ、生まれ変わったその肉体が 前世の魂に耐えられないからだ。(肉体は基本、生まれ変わり後の魂になじむように作られている)
つまり、彼女の話から察するに「転生」を行う際に、前世の記憶の引継及び必要な耐えうる肉体も含めて閻魔様と話をつけているということになる。一、人間の魂の許容範囲を超えて話が展開されていることに、桃色髪の少女は思わず息をのむ。この少女は本当に人間なのだろうか…、そして本当の彼女はその生き方に納得しているのだろうか…。
そんな胸中を察してか、赤紫色の髪の少女は言葉を口にする。
「確かに人成らざる力ですが、私は人間であり、この力を疎ましく思ったことはありません。寧ろ、祖先の記憶の共有を通して、お世話に担った人たちにもう一度会えますし、こちらに来てからは妖怪とのつながりも沢山出来ました。彼らも感情を持った生き物で、確かに私たち人間は捕食者かもしれないですが… 彼女、八雲紫の思想通り、お互いに助け合って生きていけるようなそんな世界にこの世界は変わりつつあるように思うのです。妖怪と人間の憎しみは完全に取り払うことは無理かもしれないですが、それでも少しでもお互いに歩み寄っていければと思い、私も「人里」の代表を務めています。
とは言っても私も見た目通りの少女ですので、実際の「人里」の運営は里の者たちに任せてしまっていますがね」
そう言うと、彼女はにっこりと笑って見せる。
その笑顔に、桃色髪の少女はかつての自分を重ねる。私も「さとり」の「目」で、妖怪も人間も同じ感情を持っているということは感じ取ってきてはいたが、彼女のような人間も、私と同じことを思うのだなと驚いた。私があちらの世界にいた時には成しえなかった「人間」と「妖怪」の共生がこの世界では成しえれるようなそんな気がして、私は感傷的な気持ちになる。
「さて…、もうそろそろ「人里」の街に着きますよ。」
その言葉に、ハッと我に返り、彼女の足取りから前に視線を向ける。そこには、小規模ながら活気のある街並みが顔を見せていた。
市らしきものには、野菜や展示物が売られ、少し離れたところには飲み物や日用品を売っているものも見受けられた。飲食店等?のようなお店には、準備中の看板が立てかけられ、中からは良いにおいが漂う。向こうの世界にいた時にはまず見ることのなかった「人間」の街並みがそこにあり、私たちは目移りしながらその横を通り抜ける。途中、赤紫色の髪の少女に気付いた人間が丁寧にお辞儀をして挨拶をしているのを目にした。それだけ、彼女がこの里において有力な人物である証拠なのだろう。彼女は挨拶してくれた人々に対し、さらに丁寧に挨拶をし、頭を下げる。彼女のその敬服な態度に私たちも習って頭を下げる。
と、一人の人間が私たちに興味を持ったのか、赤紫色の髪の少女に尋ねる。
「おや?そちらのお二方は見ない顔ですが…新入りさんで?」
「ええ、彼女たちはこれからここでお世話になる予定の子たちです。仲良くし下さいね」
そう言ってその人間に笑顔で受け答えをする。彼は私たちの方を向き、ジッと一瞥した後にもう一度小声で尋ねる。
「…妖怪さんで?」
「…そうね。確かに彼女たちは妖怪だけど、元々彼女たちは害のない妖怪よ。これから、こちらの代理に話をつけに行くところなのだけれど…」
「…了解しやした!皆にはまだ黙っときやす!」
その人間は小声で頷くと、私たちに向かって笑顔を向ける。彼の「心」を覗くと彼の「人里へようこそ!」という声が聞こえてきた。
桃色髪の少女はぎこちない笑顔を作り、彼にお辞儀をする。久しぶりすぎる敵意のない厚意に桃色髪の少女はまだ慣れずにいた。
「人里」の街を超えて、数刻ほど。矢倉組のひと際大きい建屋に私たちは案内された。ここは、「人里」の集会場らしい。
何か大きな行事や問題ごとがあった時にこの場所に人間が集まることになっているようだ。私たちの紹介も事前に赤紫色の髪の少女から伝わっているらしく、中からはざわざわと人の声が聞こえていた。
緊張する面持ちの中、私たちはその人が集まっているだろうその扉の中へと入る。おそるおそる障子戸を開けて中に入ると、そこには各々の代表であるだろう面々が揃っていた。紺袴に着替えた男衆、長老と思われる老人、赤い巫女服をまとった黒髪の女性、青い服を着た銀髪の女性。
それぞれがそれぞれの思惑にふける顔をしているのを横目に見つつ、私たちは赤紫色の髪の少女に導かれ、下座へと着席する。
そして、長老と思わしき人物が口を開いた。
「さて、皆揃ったようじゃの。今日は「御阿礼」様の言付けにより、「人里」に新たに妖怪が住まうということであり、初顔合わせをしたいということで皆に集まってもらった。して、そこの妖怪さんかの? 自己紹介をしてもらえるかの…?」
長老の言葉に、皆の視線がこちらに集まる。私は、緊張で震える身体を抑えつつ、言葉にする。
「私は、古明地さとりと申します。こちらは妹のこいしです。今回は、「御阿礼」様と八雲紫様のご厚意によりこちらに住まわせていただくことになりました。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、何卒よろしくお願いいたします。」
そう言って私は頭を下げる。合わせて、隣にいたこいしも頭を下げる。その様子を見ていた長老は、満足そうに頷き、続きを進める。
「ふむ、ご苦労であった。それでは、皆のものから何か連絡ごとはあるかの?」
「長老、一つ質問が。」
ふと、男衆の中の強面の男が声を上げる。
「言うてみよ」
「は、そちらのお嬢さんと思しき妖怪の能力がわかりませんことには、万が一の対処の仕様がないと思いまして…」
「ふむ、確かにそうじゃな…。事前にわかっておれば、不測の事態に対処もできよう。…「御阿礼」様、いかがかの?」
赤紫色の髪の少女はチラッと私たちに目配せをする。私は、その目を真っすぐ見据え、ゆっくりと頷く。
「…わかりました。彼女たちは…「さとり妖怪」です。ですが、それ以上の能力は持ってはいません。それこそ、人を攻撃したり、人を喰べるような妖怪ではありません」
赤紫色の少女の言葉に、ふと人間たちにどよめきが起きる。「さとり妖怪?さとりって?人の心が読めるとかの妖怪じゃなかったか?それじゃ、今も覗かれてんのかよ…」
「皆の者、静粛に!」
その長老の言葉で先ほどのざわめきがピタッと収まる。それと同時に長老は言葉を紡ぐ。
「さとり妖怪であるならば、物理的にこちらに害を与えることはないじゃろう。ふむ、人里に住まう分には人間と同じだとみなしてよいはずじゃ。皆の者それでよろしいかの?」
その長老の言葉に皆は無言で頷く。ただ、一人赤い巫女服をまとった黒髪の女性を覗いて。
「「博麗の巫女」殿、何かご不満でもあるかな?」
「博麗の巫女」と呼ばれた女性は、それに応えるでもなく、私たちの方をジッと見つめる。まるで、私たちの心の中を見透かすようなその視線に私は悪寒を覚えた。しばしの静寂ののち「博麗の巫女」と呼ばれた女性は、ふと長老の方へと目線を移し「ありません」と応えた。
その言葉に、笑顔を作った長老は、改めて言葉を発する。
「皆の総意により、彼女らを歓迎する!ただし…「さとり妖怪」であるということは、里の者に混乱をもたらすことになるであろう。ここに居るものは他言無用にするように。
慧音先生、後のことはお任せ申した。それでは、これにて解散とする」
長老の言葉を合図に、がやがやという音が大きくなり、男衆が自分の仕事の持ち場へと戻っていく。そして、先ほど「慧音先生」と呼ばれた銀髪の女性がこちらへとやってきた。
「さとり妖怪か…、お会いするのは初めてだが、よろしく頼むよ」
そう言うと、私たちに握手を求めてくる。「ありがとうございます」と不器用な笑顔を作りつつ、私とこいしはその手を握る。と、緊張が解けたのか私たちのお腹から腹の虫が鳴いた。そう言えば、朝食を赤紫色の髪の少女の元で頂いてから、何も食べていないことを思いだした。
突然の不意打ちに思わず、私たちは顔を赤らめ、その場にいた赤紫色の髪の少女と銀髪の女性はクスッと笑う。
「そうだな、もうそんな時間になっているのなら、人里で昼食にしよう。御阿礼様もご一緒にいかがですか」
「いえ、私はこれから屋敷に戻り、お仕事の続きがありますのでこの辺りでお暇させて頂きます。申し訳ないのですが、あとのことは慧音先生お任せしてもよろしいでしょうか」
「わかった、それではまたの機会にご一緒させてもらうことにしよう」
赤紫色の髪の少女と銀髪の髪の女性のそんなやり取りを眺めながら、横に目をやるとこいしがモジモジとしている。
「こいし、どうしたの?」
「えと…お手洗い…」
その言葉に私はピシッと固まる。こいし…。その一連の出来事に気付いた赤紫色の髪の少女と銀髪の髪の女性は合わせてクククっと笑いをこらえる。
「…すまん、すまん、お手洗いならこの通路を抜けて真っすぐ言ったところを右だ」
「ありがとうございます!」
そう言うと、一目散にこいしは部屋を出て行った。相変わらずのマイペースな我が妹に呆れていると、銀髪の髪の女性が口を開いた。
「さとり妖怪…とは言えども、本当に君たちは普通の人間と変わらないんだな。もっと警戒しなくてはならないと思っていたが、正直拍子抜けしたよ」
「ええ…、私たちはおっしゃられた通り、この「さとり」の「目」を持っていること以外は普通の人間とは変わりません。それこそ、見た目通りの妖怪と思っていただいて
大丈夫ですわ」
その言葉に納得したように、銀髪の女性は相槌を打つ。
「この里には、君たちのような妖怪が今まで住むことはなかったが…、如何せん初めての出来事なのでね。今回は、私が君たちの支援をしていくことになっている」
「それって…」
どういう?という言葉を言おうとした瞬間、「お姉ちゃん!!」という声が向こうから聞こえてきた。そちらの方向に向かおうと足を運ぼうとした瞬間に「紙がないよ!!!」と、追撃の声が聞こえた。私は、恥ずかしさと申し訳なさに震えつつ、再び笑いのツボを再び打ってしまった銀髪の女性と赤紫色の髪の少女に紙の場所を聞き、そして自由奔放すぎる我が妹に愛の鉄拳を食らわすべく、拳を握り締めるのであった。
皆がそれぞれの持ち場に戻り、集会所には「博麗の巫女」と長老が最後に残っていた。
お互いに何を交わすでもなく、「博麗の巫女」が出て行こうとすると、長老が呼び止める。
「「博麗の巫女」」
「何かしら?」
「…主は…先ほど、何を視ていた?」
「…」
集会所に静寂が訪れる。そして、「博麗の巫女」が口を開く。
「別に、何も」
「…そうか、ならばよい」
その長老の言葉に、再び「博麗の巫女」は部屋を出て行く。障子戸に手をかける瞬間、再び長老の声がこだまする。
「近頃、妖怪の動向も読めなくなってきておる。もしもの時は…、またよろしく頼みますぞ」
長老の言葉に、「博麗の巫女」は振り返る。その言葉の意図を読み取ろうとするが、長老は笑顔のまま崩そうとしない。果たして、この老人はどこまで知っているのだろうか…。その思惑がまさに今目の前のご老体の手のひらにいるような気がして、「博麗の巫女」は舌打ちし、部屋を出る。
部屋に残された長老は、ただ一人誰とわからぬ憂いを帯びたまま、ゆっくり、ゆっくりとその後を追うように部屋を後にした。
お久しぶりです、月陰甕です。
失踪したかと思われているかもですが、生きてます。。
だいぶ時間が空きましたが、今回は古明地姉妹の人里訪問回になります。長くしないつもりがいつも通り長くなってます、すみません。
見どころとしては、漸く主人物である「博麗の巫女」「慧音先生」あたりの登場といったところでしょうか。次回では慧音先生を中心に話が展開する予定です。
ちなみに、博麗の巫女の「視ていた」ものはこれからのお話に直接は関りがないものです。サブストーリー内でのお話でチラッと出てくるかも…?
お読みいただきありがとうございました!現在仕事多忙により、また投稿が遅れそうですが是非お待ちいただければと思います。蛇足ですが、2018.04.01の名古屋で行われる地霊際にて番外編の頒布を行う予定です。お時間ありましたら是非スペース地霊09へ足を運んでいただければと思います。
それでは、次のお話でお会いしましょう。