本編 その幻想の先に   作:月陰 甕

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第三話 人里への訪問からの続きです。


第四話 人里にて

日も高くなった昼下がり。先ほどの会合から昼食をとりに近くの飲食店へと向かう銀髪の女性と姉妹の姿があった。

「お姉ちゃん、痛いよ~」

そういうと、緑色髪の少女は自分の頬をなでる。先ほどのお手洗い事件ののち、きついお仕置きをもらった緑色の髪の少女は涙目になりながら、桃色髪の少女へむすっと抗議の顔を向ける。

「こいし、あなたはもう少し公衆の面前というものをわきまえなさい」

対し、姉の桃色髪の少女はその抗議をバサッと切り捨てる。その顔には、…滅多に見せない羞恥の表情があった。だが隠すことができず、肌はまだ紅潮していた。どことなく不器用な仕草に銀髪の女性はクスッと笑う。

「こらこら、喧嘩もそこまでにしないか。…と、着いたみたいだな」

そう言うと、銀髪の女性は一軒の店の前で立ち止まる。そこの店の前には「お食事処」と書かれた看板が一つ不格好に立てられていた。

飲食店という佇まいにはあまりにも不格好なその出たちに、姉妹は目を白黒させているとスッと銀髪の女性は店の中に入っていく。

慌てて、その後を追うように姉妹も店内へと足を踏み入れる。中にはコの字型の簡素なカウンターといくつかのテーブル席が設けられていて、いかにも居酒屋風の店の雰囲気であった。

お店を間違えたのでは?と桃色髪の少女は思ったが、銀髪の女性は店のカウンターの奥、厨房付近に向けて声をかける。

「やあ、空いてるかい?」

厨房のその暗がりに声をかけたが、しばしの沈黙ののち、眠そうな声が返ってきた。

「…まだ、準備中なんですけどね…」

そう言うと、眠たい目をこすりながらゆっくりと厨房の中から体を起こす人影があった。

いかにも店内で寝食をしていました風のその出たちに姉妹は警戒心を強める。その一方、銀髪の女性はその人に向かって、景気よく注文を投げかける。

「すまんが、定食を3つほど貰おう。急ピッチで頼むよ。」

その言葉にお互いに沈黙が流れるが、銀髪の女性が先にテーブル席に座るのが早く、厨房の人影はため息とともに厨房に火を入れていく。

その手慣れたやりとりに少々の戸惑いを見せながらも姉妹は銀髪の女性が座るテーブル席へと腰掛ける。

「あの…、いいんですか?」

おそるおそる、桃色髪の少女は銀髪の女性に問いかける。

「何がだ?」

「えっと…、その準備中って言ってましたし、それに…」

「???、ああ、彼のことを気にして言ってるなら問題はないよ。昔からの仲だからね」

そう言うと、銀髪の女性は厨房の方へと視線を向ける。そこには、先ほどとはうってかわって職人としての表情を浮かべる男性の姿があった。

「それに…、こういう店でないと中々話せないことも多くてな」

その銀髪の女性の言葉にハッと桃色髪の少女は気付く。現在、人里に住み着いている妖怪は少ないと聞いており、そのなかで自分達のような妖怪が大衆の食事何処に行けば、人間たちの噂の的となってしまう。噂となれば、良いものも悪いものも相対的に増えてくる。かつて自分が外の世界で経験した時と同じように。つまり、彼女なりの気遣いでこういう店を選んでくれたのだと、目の前の女性の技量に敬服する。

「あ、ありがとうございます…!」

「なに、気にしなくていいさ。さて、そんなことよりも腹ごしらえだ」

そう言うと、タイミングよく厨房の男性が3人分の定食を持ってきた。定食とはいえ一品一品に、細部まで職人技が光り、彼がそんじょそこらの料理人ではないことを感じさせる。このような男性と目の前の銀髪の女性はどういう関係なのだろうと思っていた時、緑色の髪の少女がふとその疑問を投げかける。

「えと、お兄さんとお姉さんはどういう関係?」

その問いかけに銀髪の女性と厨房の男性は目を点にさせる。そして、お互いに目を合わせたのち、銀髪の女性はぷっと笑い出す。

「ああ、確かに君たちにはそう見えるのかもな。私と彼は、教師とその教え子だよ」

その言葉に、姉妹は目を点にする。てっきり恋仲だと思っていたが、違っていたようだ。というか、教師?教え子?

「…飯が冷める。早く食べたほうがいい」

男性はそう言うと、厨房の方へと姿を消した。ふとその耳元は赤く染まっているように見えた。

「さて、彼の言い分もごもっともだ。料理は温かいうちが一番うまいと相場は決まっているからな」

その言葉に先ほどまでお預けされていた腹の虫がまた鳴り出す。まだ聞きたいことは山ほどあるが、…まずは食べてからにしよう、その結論にたどり着くと、姉妹は温かい料理に手を伸ばした。

           ◇          ◇

料理に舌鼓をうちつつ、その余韻に浸っていると厨房の男性がお茶を持ってきていた。一人ずつ丁寧に渡しているその姿には第一印象とは違った印象を受けた。これが彼の器量であり、また彼の持つ優しさなのだとふと思った。

「ごちそうさまでした、とても美味しかったです」

「お兄さんの料理、今まで食べた中で一番おいしかったよ~!」

「…お粗末様でした。」

一言そう言うと、彼はお辞儀をしてまた厨房の中へと引っ込む。その仕草に銀髪の女性はふうとため息を漏らす。

「彼ももう少し、愛想がよければ…な、ま、私が心配しても仕方のないことではあるが…」

…さとり妖怪としては、彼の胸中を察するのは容易いことではあるが、この場は何も言わないでおこう、そう思っていると…、「さ・て・と」、と言いつつ銀髪の女性は姿勢を正す。

「この店でないと話せないことがあるとは言ったが…、一点はお察しのとおり、君たち妖怪が人里の混乱にならないようにするためともう一つある。それは…、相談事でもあるのだが、私が教えている講義に講師として参加してほしい」

「講師…?」

突拍子もない相談事に私と妹は目を点にする。その姿に、銀髪の女性も目を点にする。そして、ああと納得したように一つ一つ順々に説明をしてくれた。

「『御阿礼様』から聞いているものとばかり思っていたが…、改めて自己紹介をしよう。私は、上白沢慧音。普段は人里の寺子屋で教師をしている。そして、見てもわからないと思うが、私は白沢と人間のハーフ、半獣人だ。それ故に、普通の人間よりも寿命が長い。ま、彼との関係も時間の関係でこんな感じになってはいるがね…。昔の仲とはそういうことさ」

なるほど、今までの人里での会合及びこの店でのその振る舞いや呼び名について、幾ばくかの疑問点があったが、徐々に謎が解けてくる。しかし、講師とは…?

「それから先ほど話にあった講師についてだが…、現在人里に住み着いている妖怪はいなく、また今回の君たちの移住は人里にとっても色々と初めてなことなのだ。そこで、里の者にも妖怪について学ぶ良い機会であると思い、君たちに講師をお願いしたい。私としても妖怪自身は確かに気性が荒い者もいるが、そうでない者もいる、そういった認識を里の中にも広めたいと思っていてね。私が責任をもって面倒は見るから、どうか前向きに考えてはくれないだろうか」

そう言って、銀髪の女性は頭を下げる。その真摯な姿に教師としてのまっすぐな気持ちを感じ、私はすぐに返事を返すことができなかった。

と思った矢先、隣から「いいよー!」と陽気な声が聞こえた。

妹の即答ぶりに呆れつつ、そちらの方を見るといつになく真剣な表情をしていた。

「だって、「人里」に住まわせてもらっているのに、何もしないのもおかしな話だし、私たちは人を襲うような妖怪じゃないってこの里の人にも分かってもらわないといけないわけじゃない? だったら、講師でもなんでもして少しでもここの人たちと手を取り合っていくのが一番わかりやすくい方法だと思うんだー! だから、大丈夫!」

至極、真っ当な返事が返ってきたので、本当にこいし?と思うほど、何度も頭の中で反芻しているとその考えに気付いたらしく、

「私だって考えるときは考えてるんですー!」と妹はぷくっと頬を膨らませる。

その一連の行動に目の前の銀髪の女性も思わず、頬を緩ませる。

「本当に君たちは、感情豊かなんだな。そこらの子供たちと変わらないよ。よし、それではよろしく頼むよ。また、詳しいことは追って連絡するとしよう」

そう言って、銀髪の女性は腰を上げる。その仕草に合わせて腰を上げようとすると、ふと時計が目に入り、時間は昼八つ時を指していた。

もうそんなに時間が経っていたのかと時間の流れに驚いていると、銀髪の女性の傍らに先ほどの男性がいた。

「…お代は…」

「ああ、ツケで頼む」

当り前のようにそういう豪快な姿に、本当にこの人は教師なのかと疑ってしまう。対して、男性は一瞬怪訝な顔をすると、ふうとため息をつき、奥へと下がっていく。

…本当に不憫な人だなと心の中で同情していると、「そういえば」と思い出したように銀髪の女性は続ける。「君たちの住む場所について説明がまだだったな。それから、周辺の店についても説明しよう。すまないが、もう少し付き合ってもらえないか?」

その申し分ない提案に私たちは顔を見合わせ、「「お願いします!!」」と声をそろえて応える。豪快ながら、しっかりとした芯があるこの女性に私たちは少なからず羨望を抱いているのかもしれない。或いは、これから始まる新しい生活への嬉しさなのだろうか。自分でもおかしいと思えるくらい、久しぶりの楽しさに私たちは胸を震わせていた。

 

           ◇          ◇

 

時間は、宵五つの正刻。人里の一通りの説明が終わったのち、銀髪の女性の家でごちそうになったのちに私たちは用意された家で体を休めていた。この場所は人間の住む家よりも遠く離れた一軒家として存在してはいるが、私たち妖怪、特にさとり妖怪にとっては、都合の良い場所であった。それは、「第三の目」により人の心のノイズを読み取ってしまう私たちにとって人との接触はあまり好ましくないことだからだ。

人の深層心理の裏側まで読み取ってしまうこの能力は、時に自分が人に対して疑心暗鬼になってしまうほど厄介な代物なのである。おそらく御阿礼様のご厚意であるのだろうと思っていると、不意にこいしが尋ねてくる。

「お姉ちゃん…」

「どうしたの?こいし?」

「お姉ちゃんは…これで良かった?」

その言葉の意図することがわかりつつも、私は声を続ける。

「…良かったわ。だって、あんなにしっかりしたこいしが今日は見れたんだもの、私も頑張っていかなくちゃ。」

そう答えると私はうっすらと頬を赤に染める。

「そっか…、私はもう「第三の目」が見えないから心を読むことはできないけど…、お姉ちゃんは…きっと見えちゃうから、負担じゃないかなって思ったの…だから…」

「こいし」

そう言って私は妹を抱きしめる。その体はいつもよりも心なしか小さく見えた。

「大丈夫…人に対して怖いと思う気持ちは変わらずにあるけど…、貴女が変わっていってるんだもの、私も少しずつ変わっていかなくちゃいけない。だから…、貴女はいつもの元気な貴女でいて頂戴。それがきっと私への元気にも繋がるんだから」

「…お姉ちゃん、…うん、わかった!!」

そう言うとこいしはいつもの元気な顔を見せる。私はそれに倣って精一杯の笑顔を作って見せる。

幻想郷の人里での生活が明日から始まる。私たちは期待半分、不安半分の心持ちではあったが、それでも希望に胸を躍らせながら眠りについた。

 

           ◇          ◇

 

夜四つの正刻になろうかという時。夜遅くまで空いている店も徐々に明かりを消しはじめ、「お食事処」もそろそろ閉店準備を始めようとしていた。店主である男性がのれんを下げようと玄関に手をかけようとすると、勢いよくその戸が開いた。

「まだ空いてるかい??」

その声の主は、昼間の銀髪の女性であった。

「慧音先生、もう今日は閉店にしようかと思っていましたが…」

「昼間のツケを持って来たんだ。それから一杯お願いするよ」

と、勝手にカウンターに腰掛ける。いつもながらの振る舞いに店主はため息をつきつつも、外ののれんを店内に入れる。明かりを若干暗めに調整し、そして手慣れた手つきでお通しと焼酎を一杯作り、カウンターの女性へと持っていく。

「いや~、やっぱりなんだかんだここの店が落ち着くな。静かなところがやっぱりいい」

「…それはうちが閑古鳥だからと言いたいんです?」

「いや、そういうことじゃなくて私が気に入ってるんだ。なんせ、教え子の店だからな」

そう言って意味不明に胸を張って見せる、恩師の姿に店主は若干のめまいを覚えた。

そのからかいがいのある店主に対して、出されたお通しに手を付けながらいつもとは違った雰囲気で銀髪の女性は声をかける。

「そういえば、今日来たあの子たちを見て、どう思った?」

「どうって、普通の人間に見えましたが…?」

「…そうか…、『目』は見えたのか?」

「まあ、確かに胸元に『目』を持った少し変わった子たちだなと思いましたが、それぐらいですね。…え、あの子たちって妖怪なんですか?」

ふと、思い当たったように男性は口にする。その言葉に、銀髪の女性は口元に人差し指を立て、周りに目配せをし、小さな声で続ける。

「すまんな、あまり大きな声では言えないが、そういうところだ。だが、彼女たちは君が見てわかる通り、害のない妖怪なんだ。だから…すまんが、彼女たちが困っていたら助けてやってはくれないか」

恩師からの突然の申し出に驚きはあったが、店主は「俺のできる範囲ででしたら」と即答する。

その返事に満足したように銀髪の女性はにこっと笑顔を作る。その仕草に一瞬目を奪われるが、店主は疑問に思ったことを続ける。

「妖怪が人里に住むなんて前代未聞ですよ。いくら害がないからといえども、昔の連中、特に妖怪を敵視している連中の耳に入ったら何と言われるか…」

「まあ、そうではあるが…、人里へ住まうようにとの『御阿礼様』の言付けでもあるんだ、それに私のような半獣人も人里に住まわせてもらっているんだ。彼女たちくらいどうってことはないだろう? それに何かあった時は、『博麗の巫女』が動く、おそらくそれで大丈夫なはずだ」

あっけらかんとして対応策を示して見せる恩師の姿に店主はポカンと口を開ける。その隙をついて銀髪の女性は目の前の焼酎を一気に飲み干す。

ぷはっと景気よく声を上げると、銀髪の女性は静かな声で続ける。

「すまんがそちらの方でも『人里』の方で動きがあったら教えてくれないか? こちらは明日からまた忙しくなるのでな、今日はここまでにしておこう」

そう言うと、店の出入り口へと足を進める。

「慧音先生、お代は…?」

「さっきのツケの中に入っている。それから、彼女たちが尋ねてきたら飯でも奢ってやってくれ」

そう言うと、店の戸を開けて出ていった。ツケの中を確認してみると、それ以上の額が入っていることに驚いたが、店主は改めて恩師の懐の深さに憧れを抱いたのであった。




お久しぶりです。生きてます。

加えて投稿遅くなりまして申し訳ありません。だいぶお待たせいたしましたが、次話が完成いたしました。お楽しみいただければ幸いです。
さらに宣伝になりますが、7/16に金沢で行われる金沢東方祭に参加いたします。サークル「かめの休憩所」にて、本話の上巻を発行いたします。…実はこの先の展開がつらつらと書いてあるので、もし近くにいる方でお暇な人が居ましたら、是非よろしくお願いいたします。
因みに、イベント間近にもう一話更新する予定です。

宣伝だらけですが、お話の方ぜひお楽しみくださいませ!
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