人里の講師を初めてから、数ヶ月が経ち、私たちもようやくその仕事に慣れてきていた頃、ある一人の生徒から奇妙な噂を耳にした。
なんでも、死を招く猫がいるらしい。その猫を目撃したものは数日後に命を落とすというものであった。そして、その猫は黒色で、尻尾は二本あるらしい。
私たちは、いつもの授業の準備をしようと一足先に教室を訪れていたが、その噂が生徒間でされているのを耳にした。
「それでね、その猫の二本目の尻尾を見ると、皆病にかかって死んじゃうんだって~」
「そんなのただの噂話じゃん。第一、二本も尻尾を生やした猫とか聞いたことないし」
「三つ目の妖怪さんもいるんだし、妖怪なら二本生えた猫とかもいそうじゃない? ほら、あの有名な「紫様」の従者の狐さんも九本の尻尾を持ってるっていうし」
「…「紫様」の従者様は、もっと高尚なお方だから、そういうことは絶対にしないと思うけどな」
各々の自分の見解を言いあいながら授業の合間の休憩時間を過ごしている。こうしてみると、どこの世界でも噂話というものはあるのだと改めて実感させられる。
しかし、尻尾が二本生えた猫か…。ふと数ヶ月前の光景が脳裏をよぎる。あの時の猫が…?
そうこうしている間に、授業を知らせる合図が鳴り響き、銀髪の女性が入ってきた。それと同時に、生徒が号令をかけようとした瞬間、銀髪の女性は大きな声で生徒の一人の名前を呼んだ。何事かと皆が眉をひそめていると、その子の親が突然倒れたらしい。すぐに医者が駆けつけてきてくれるが、大事をとり、今日は帰りなさいとのことであった。
突然の緊急事態に教室も錯乱しそうになってはいたが、その生徒は慌てて道具をとり、教室を出て行った。
そして、銀髪の女性は生徒の付き添いをしてほしいと私たちに真剣な顔で声をかける。生徒の混乱を抑えるので精いっぱいというのがわかり、私たちは頷いて、生徒の後を追った。
◇ ◇
生徒の後を追い、一緒に生徒の家に向かいながら詳しい事情を生徒から聞いてみると、わからないと答えるだけだった。昨日までは、そんな倒れるような予兆は見せず、普段通り過ごしていたのだという。
そうこうしている間に生徒の家につき、生徒が我先にと家の中へと入っていく。それに付き添うように私たちも家の中に入る。生徒の親は布団に寝かされており、ぐったりとした様子であった。
生徒は親の名前を連呼すると、ゆっくりと親は目を覚ました。その様子に、ほっと心が撫でおろされる。
傍にいた医者も心落ち着いたような表情を見せ、「もう、大丈夫です」と告げた。その言葉に、その場にいた全員がふうっと息をついた。
生徒の親が落ち着いたころに、私たちは銀髪の女性の代わりに子供に付き添ってきたことを述べると、生徒の親は丁寧に頭を下げる。そして、倒れた時の話を聞くこととなった。
「ご心配をおかけしてしまい、すみません。仕事中に倒れてしまったことまでは覚えているのですが、気が付いたら…ここにいました」
「いえいえ、ところで…何か変わったことはありませんでしたか?例えば、二又の黒猫を見かけたとか?」
「いえ、特にはなにも…。あ、そういえば、昨日黒猫が入ってきているのを見かけました。その時はちょうど眠っていたもので、追い払おうと思ったら自分から出て行ったもので夢かなとも思っていましたが…それが何か…?」
「いえ…、お話し頂きありがとうございました」
そう言って私は頭を下げる。親は疑問符を浮かべながら、私たちを見つめる。それを尻目に私たちは生徒には今日一日、家にいたほうが良い旨を伝える。
生徒がうなずくのを確認すると、私たちは寺子屋へと向かった。
道中、ずっと噂の黒猫のことを考えてはいたが、なんにせよ、この人里に異変が起きているのは明らかであった。こいしもそれとなく事情を察しているらしく、お互いに神妙な面持ちで銀髪の女性の元へと向かった。
◇ ◇
「黒猫…ね」
今日の一連の出来事を銀髪の女性へと報告すると、彼女はそう応えた。黒猫の噂については生徒の耳から入っているのだろう、だが、如何せんどういう理由で黒猫が現れるのかも分からない今の状況で、この不可解な事件は暗雲の元へと向かっていた。
「…実は、最近、違う仕事場でも体調不良者が出ているらしい。突然、仕事中に倒れる人が出たとかなんとか。それらと黒猫が…関係しているとは考えられなくもないが、調査の必要があるかもしれんな」
「…すみません、話の途中遮ってしまって申し訳ないのですが、私も黒猫を見ました…」
そして私は、講師初日に人里の住宅街に二又の黒猫が入っていくのを目撃したのを告げた。
「…それは、どこのあたりだ?」
「ええと、私たちの家から橋を挟んで向かいの住宅街になります」
そう言うと、銀髪の女性は眉間に皺を寄せる。
「体調不良者が出た一回目の事件と重ねってくるか…、なるほど、これは確かにその線が濃厚となってきたな」
そう言うと銀髪の女性は一人考え込む。そして、口を開く。
「人里に起きているこの不可解な事件は、黒猫によるものと思われるが、どういう原理でまたどういう目的で広がっているのかが気になる。生徒間で噂されている黒猫の『目撃したら死ね』との噂もそうだ。何かしらの意図があると思うのだが…、その糸口がつかめないことには…な。因みにその黒猫を見た君たちには何かしらの異変は起こっているのか?」
「いえ、特には…何も」
私とこいしはお互いに顔を見合わせるが、特に体調不良のような体に異変はない。その様子を確認すると、銀髪の女性は意を決したようにこう告げる。
「わかった、こちらの方で『博麗の巫女』と『御阿礼様』には報告しておこう。『博麗の巫女』にはしばらくの間、里の警護を、私は『御阿礼様』のところに向かって、過去にこう言った事件が起きていないかを探ることにする。君たちは…どうする?」
突如大事になってきたこの事件について、私たちは各々考えていたことがあったが…、言葉を紡ぎだせずにいた。
その様子を見た銀髪の女性は、私たちを案じてのことだろう、私たちにしばらく家で休んでいるようにと進言する。私たちもそれに頷き、一先ずこの黒猫の事件には区切りをつけることとなった。
◇ ◇
自宅待機となった昼三つ時。寺子屋も一時休校とのことで生徒は自宅に返され、また教師たちは「博麗の巫女」と交代で里の警護をすることになっているらしい。
黒猫の目撃例は、夜が多く目撃されているとのことから、夕方から夜にかけてかなり厳重な警備態勢が敷かれることとなった。
私たちは自宅で黒猫についての動向を探るべく、お互いに意見を出し合っていた。
「二又の黒猫…のおそらく妖怪だと思うけど、こいしは何か聞いたことはある?」
「うーん…」こいしは腕組みをし、考え込む。が、諦めたように手を上げ、「ない!」と元気に応えた。予想通りの反応にもはや反応するのも億劫だったが、それでも私は「ありがとう」と笑顔で告げる。
その私の皮肉に気付いたのか、こいしはむすっとした顔になり、
「じゃ、お姉ちゃんは分かるの?」と聞いてきた。私も正直なところ体調不良を引き起こす黒猫なぞ聞いたことはなかったので、「いいえ」と素直に応える。
「でも…、不可解なのは『人間』にだけ作用しているということ。実際『見た』のは、私も一緒なのよ。それなのに、体調不良の対象となっているのはどれも人間ばかり。おかしいと思わない?」
私の意見を聞き、また腕組みをしながらこいしは考える。
「確かに、お姉ちゃんには何にも異常がないから…、じゃ『黒猫』と『人間』にしか作用しない体調不良は関係ないっていうこと? それじゃ、『黒猫』はどうして体調不良者の家に現れたりするのかな?」
私と同じ結論に達したこいしを見つめ、私たちは腕組みをしてもう一度考えを張り巡らす。
「…「体調不良者」の家に何か共通する点がるのかしら?例えば、マタタビのような…」ぱっと浮かんできたその回答にこいしは、ぷっと笑う。
「マタタビにつられて、黒猫がやってくるって、そんな単純なことが…、あっ!?」
そこまで言うとこいしは思い出したように、自分のスカートのポケットに手を入れる。その仕草に私は一度ギョッとしたが、取り出されたのは一つの用紙であった。それには、現在あまり見なくなった妖怪についてまとめられており、その中の一点を指差してこいしは声を上げる。
「この用紙って、この前の授業の後に里の生徒さんから貰ったものなんだけど…猫の形をした妖怪がいたんだって。そして、その猫の妖怪が欲しがるものが…」
◇ ◇
時刻は宵五つ。銀髪の女性は、黒猫の異変について「博麗の巫女」に救援を出した後、里の者に相談し警護をお願いすると、一人「御阿礼の子」の屋敷へと出向いていた。今回の事件に関する足取りを掴むべく、代々の「御阿礼」が編纂し続ける「幻想郷縁起」にその手掛かりがないか調べるためである。
事情を話すと「御阿礼の子」は快く、その資料を見せてくれた。
「…里では、そのようなことになっているのですね。私もあまり里に出向いていないもので、力になれずすみません…。」
そう言って、御阿礼の子は悔しげに呟く。
「いえいえ、『御阿礼様』は編纂にお忙しいと思いますから、これくらいは私たちの方で何とかします。それに、『博麗の巫女』にも働いてもらうことになっているので、里の方は大丈夫かと思われます」
銀髪の女性は、丁寧な口調で答える。そして、一つ目の幻想郷縁起に目を通し終えると、うーむと腕組みをする。
「どうされました?」
「いえ、過去の編纂された縁起を一通り見終えたのですが、『体調不良」』を引き起こす妖怪が見当たらず…。病を引き起こす妖怪で出てくるのが、やはりどれもこれも『土蜘蛛』なのですが、明らかに『黒猫』とはかけ離れているもので…」
「そうですね…、私の記憶の中にも『黒猫』と『体調不良』と関連するものは無さそうです…」
残念そうな声で、御阿礼の子は続ける。
「…何か見落としがあるのかもしれません、一度里に戻ってまた被害者の方に聞き込みの方をしてきます」
そう言うと、銀髪の女性は玄関へと向かう。その足取りがふらついていることに御阿礼の子は気付きその背中に声をかける。
「慧音先生、どうかあまりご無理はなさならないように…」
思いもかけないその言葉に、銀髪の女性は思わず振り返る。心配そうにこちらを見つめる少女の視線を真っすぐ見つめ、少し照れ臭そうに笑う。そして、「はい、気を付けます!」と笑顔を作ったのちに屋敷を後にする。我ながらよくここまで体が動くものだと思うが、これは誰かのためなのだろう。かつて、私のために体を張って教師の道を指示してくれた恩師の言葉を思い出す。
『苦しい時や辛い時は、誰かのためだって思えば、ちったぁ楽になる。そして、誰かに何かを伝えるときには全力でぶつかっていかなくちゃならねぇ。そうじゃねぇと伝わらないだろう、心によ』
私はまだ未熟者だが、それでも里の者の笑顔を守るためにこの身を尽くせるのなら本望だ。そのためなら…これくらいの疲れなどとるに足らん…!
満身創痍の教師は、一人里へと向かい戻る。その先に起こる出来事をこの時は…知る由もなかった。
◇ ◇
時間は夜四つ。夜も更け、辺りが寝静まった頃。一つの影が、人里を揺らめく。その揺らめいた影は明かりのない一つの一軒家へと入っていく。ゆっくりとした足取りでその家の鍵を開け、その中に「とある仕掛け」を施す。さて、これで大丈夫だ。後は、この場から退散するだけ。そう思っていると、不意に声をかけられた。
「あら、夜分に『こんばんは』もないのですね」
その寝静まったであろう住民の布団から声が聞こえた。その声に、その影は一瞬おびえた後、足早に家の外へと出て行こうとする。
「こいし!いったわ!」
「はーい!」
合図とともにいつの間にか家の外で待機していた妖怪少女の蹴りがその影に命中する。「グハッ」と汚い声を漏らした後、その人影は沈黙、その場に倒れこむ。
かろうじて意識のある状態のまま、少女二人はその影の正体である人物を捕縛する。と同時に二又の黒猫がその部屋の窓からのぞき込んでいた。二又の黒猫はその一連の光景を見ていたが、不意にその場から出て行こうとする。
「待って、貴女にも聞きたいことがあるの」
その言葉が自身に向けられているものだとわかり、黒猫は足を止める。
そして静かに窓からこちらへと向かってきた。
「いい子ね」そう言い、私はその黒猫の頭をなでる。
黒猫は頭をなでるその手つきにゴロゴロと首を鳴らす。黒猫のその仕草は…本当に嬉しそうに見えた。
「さて、貴方も意識があるようですし、少し種明かしをしていこうかしら。…里の町医者さん?」
そう言うと、先程捕縛した人影が月明かりに照らされ明らかとなる。それは、昼間に一度会った町医者であった。
◇ ◇
「この黒猫事件の真相だけど、まず注目すべきだったのは『黒猫』が出るところに『体調不良者』が出るということ。そして、それを聞いたものは『黒猫』を見ると『体調不良』になってしまうと思い込んでしまうことにある。いわゆる噂の尾ひれといったところね。だが、実際は『黒猫』と『体調不良』は全く別なものだった。これがその証拠ね。」
そう言って、私は先ほど町医者が置いていったものを取り出す。それは赤く塗り固めた蝋であった。
「人が死んだ際に、その死体を死蝋として保管することがあるとは聞いたことがあるけど、これを利用して黒猫をおびき寄せていた。そう貴方は黒猫じゃない。「火車」ね。」
そう言うと、黒猫の頭をゆっくりとなでる。黒猫もとい「火車」は死蝋を見つめるとそのにおいをひたすらにかぐ。まるで猫がマタタビに反応するように。
「そして、『体調不良』についてはおそらく貴方が催眠術をかけていたのでしょう? なんせ、貴方はこの里の町医者、何らかの病にかかった時に貴方と接触しない里の人はいない。そして、最近訪れてきたこの家の住人に催眠術をかけ、あとは体調不良になるのをまつ。催眠術のきっかけは、その赤い蝋を見たらかかるようにセットされていたのかしら? そして、不調を訴えた時点で自分が接触し、催眠術を解き、現場から死蝋を回収する。これが、一連の出来事の真相よ」
ほうほうと、その一連の謎解きを感心した様子で聞いていたこいしは、一つ疑問点をあげる。
「お姉ちゃん、事件の仕組みは分かったけど、…動機が見えてこないんだけど…」
「そうね、それは今から覗いてみるけど…」と、「第三の目」を発動させようとすると、クククッと町医者は笑い始める。その狂じみた行動に一瞬私は距離をとる。
と、同時に町医者は語り始めた。
「動機だと…、そんなものお前ら妖怪が人里なんかに住んでいるからだろぅ。俺の親は…妖怪に殺された。俺がまだガキの頃の話だったからよく覚えてないけどよ、どうやらお前ら妖怪に騙された挙句、殺されたって話を延々と聞かされた。全くばかだよなぁ。妖怪を心の底から信用して、まるで人間みたいに信頼してた。その挙句、自分の身体を食いもんにされてよぅ。だから、お前ら妖怪がこの里に住むって聞いた時、正直気が気じゃなかったよ。絶対、俺のような人間を出しちゃいけない、そのためにはあいつらをこの里から追い出さなきゃならねぇ。そのために…」
「…「火車」を利用し、里の「異変」の首謀者に私たちをでっちあげれば、私たちの居場所はなくなる、といったところかしら」
その続けた言葉に、自身の考えが含んでいることに町医者は絶句する。そして、また狂気じみた笑い声を発する。
「…なるほどなぁ、「さとり妖怪」か。それで俺の考えが読めるのか。ってことは、最初に会ったあの時からもう分かってたってことかよ」
「いいえ、貴殿と会った時にはこの第三の目は使ってはいなかったわ。これは、単純に私たちの勘ね」
そう言うと、町医者は呆気にとられる。
「まさか、里に流したわずかな情報だけで俺の仕掛けを見破るとはなぁ…だが、その読みは甘かったなぁ」
町医者のその言葉と共に、バタバタと家の出入り口付近に人が集まり始める。
「いたぞ、ここだ!」
その声と共に警備をしていた男衆が家の中へと入ってくる。そして、家の中を一望すると、屈強な男衆は私たちを拘束し始める。
「ちょっと、離して!」
「私たちは悪者じゃないよ!」
「黙れ!件の黒猫を連れ、先生を拘束しているお前らの方が悪人だろうが!まさか、今回の事件の黒幕が貴様らだったとはな…!」
その言葉を聞き、ハッと息をのむ。まさか、私たちの今回の襲撃を予想していた…?その考えが的中する最中、町医者は拘束を解かれ、私たちに片目をつぶると、その手を振りながら闇の中へと消えていった。
超お久しぶりです。生きてます。月陰甕です。
さて、第6話の更新です。今回から、少しずつ人里及び古明地姉妹の周りに変化が起こっていきます。さて、それはどのような結末を生むのか…。
今後のストーリーの展開に期待して頂ければ幸いです。
また、来年2018年3月に開催の名華祭にてこちらの本の続編(こちらは地霊異聞録(上)ですが…)を出す予定です。それまでに、上巻のお話をこちらで少しずつ更新していきます。
それでは、次話でお会いしましょう。