本編 その幻想の先に   作:月陰 甕

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第六話 黒猫事件 からの続きです。


第七話 脱走

翌日、黒猫事件の終劇の連絡は、瞬く間に人里内に触れ回った。

その連絡は銀髪の女性にも伝わり、寺子屋内では緊急招集がかかるほどの大事になっていた。そして、「さとり妖怪」と近しかった者も猜疑の対象にかけられていた。

「…慧音先生、今回の事件に関して、あの妖怪たちは貴女の管轄であったそうですが、貴方はあの夜何をしていたのでしょうか」

「私は…、『博麗の巫女』と里の者に警護をお願いした後、『御阿礼様』のところで事件の手掛かりを探していました」

「ですが、それは彼女らの報告を聞いて動いたとのことですよね。このような言い方は心苦しいのですが、彼女たちの言葉に疑いは持たなかったのでしょうか」

「私は…、彼女たちと長い時間共に過ごし、彼女たちは嘘をついて人を騙すような妖怪とは違うということをよく知っている。疑いなど…もつはずがない」

「だが、今回の事件の黒幕は彼女たちだった。それは、多くの目撃者の証言に基づいています。件の黒猫も引き連れていたとかなんとか」

「それは…!」

違う、という言葉を飲み込む。このまま、ここで意見を言い争ったところでこちらの言い分が通らないのは目に見えている。私には、私の意見に賛同してくれる人はいないのだから。

「…彼女たちに会わせてください。そこで直接彼女たちから話を聞きたい」

「それは…駄目です。貴女とあの妖怪たちの関係にも猜疑がかかっているのですから、会うことによる口裏合わせというのも出てくるでしょう。私たちが判断できるのは、貴女方のお話を別々に聞き、客観的にその真偽を判断すること、ただそれだけです」

心にもない、「客観的にその真偽を判断する」という言葉に、銀髪の女性は苛立ちを覚える。一方的な判断で犯人扱いするのをやめない、上の判断に思わず歯ぎしりする。

「それでは、…彼女たちを見捨てるというのですか。生徒に優しく接し、今まで私のいえ、生徒の見本となり続けてくれた彼女たちを…!」

その言葉に教師たちは黙り込む。

「確かに…すべてが彼女たちが騙っていた嘘であったという言い方は語弊があったようです。私の目から見ても、彼女たちはその身一つで生徒と向き合っていた…、かつての貴女のように」

そう言いつつ、尋問する教師は口調を和らげる。

「私からも進言させていただきましょう。彼女たちは講師としての短い期間ではありましたが、その在り方は模範するべきところがいくつもありました。その全てが嘘偽りのものであったとは考えにくい。ですが、彼女たちは猜疑にかけられているのをお忘れなく」

上司の温かい言葉と気遣いの言葉に涙を浮かべ、銀髪の女性は「はいっ」と頭をさげた。

 

           ◇          ◇

 

あの夜に拘束され、私とこいしは独房の中へと入れられた。二人分の牢屋の中、わずかに差し込む陽の光と月明かりだけが私たちに時間を教えてくれる。

お互い気力も心も衰退しきっており、もはや抜け殻に近かった。あのようなことをしなければ、こいしは…、そんな後悔が渦を巻く日々を送っていた。

もう時間がどれだけ流れたかはわからないが、私たちの牢屋に向かう足音があった。

「…面会だ」その言葉は独房の看守のものだった、が、どこか懐かしいような声が聞こえた気がした。

看守に独房の鍵を開けられ、私とこいしは面会場所へと向かう。そして、薄い意識の中、私たちの目の前に現れた人物を見つめる。と、その瞳に力がこもる。

そこには、憧れの女性が立っていた。

「…二人ともやつれてしまったな、遅くなってしまってすまない」

その言葉に、私たち二人は涙を流した。もう会えないと思っていたその人物に会うことができて、私はそのあふれ出る涙をぬぐうことができなかった。

対する目の前の女性も私たちにつられて涙を流す。そして、お互いに感動の再開に涙を流し切ったところで、面会が始まった。

「さて、早速ではあるが…、あの晩に何があったのか聞かせてくれないか?」

そう言って真摯にこちらをのぞき込む銀髪の女性が目に映ったが、私は躊躇する。私が、本当のことを言ったら、彼女まで独房送りにされるのではないか、そんな一抹の不安が私の言葉を口に出すのを拒む。その心を知るように、銀髪の女性は先ほどの看守にこちらへ来るように合図をする。看守がこちらへ近づいてくると、先ほどは気にしていなかったその顔を覗かせた。それは…あのお食事処の店主であった。

私たちが目を丸くしていると、「…やはり、気付いておられませんでしたか」と残念そうに呟く。その顔に、私たちは慌ててごめんなさいと頭を下げる。その仕草を認めると、ほっと落ち着いたような顔で店主は持ち場に戻る。

「…えと、どういう成り行きなんですか?」

その疑問に応えるように、銀髪の女性は続ける。

「なに、ここの看守はかなり緩い体制らしくてな、そこでその店主に一つお芝居を打ってもらって看守と変わってもらった。まぁ、ひと悶着あったが問題はない」

明らかに通常ではありえないことが起こっているのに問題がないとは言えないだろう、と改めて目の前の女性に驚く。

「とまぁ、気にせずに話せる状況だから、あの時のことを悪いが話してくれないか。」

目の前の女性に促され、私はあの時起こった出来事について話していく。話を一通り聞き終えた後、銀髪の女性は、うむ、と納得いった様子で頷いた。

「なるほど、事件の真相は黒猫ではなく「火車」だったということか、確かにそれは盲点だったな。それにしても、名推理だった」

だが、と銀髪の女性は続ける。

「単騎二人で仕掛けたことは感心しないな。実際、相手に裏をかかれてこのような事態になっているのだから。ここを出たら、二人とも頭突きだぞ」

生徒相手によくお仕置きがてらに頭突きをしているのはよく見かけたが、かなりの威力である、というのは実際の生徒から聞いたことがある。

その頭突きに今から身震いをしていると、「さて…」と銀髪の女性は話を変える。

「話は分かったが…相手が悪すぎる、噂の町医者に関してだが、表向きは町医者だが、裏では人里の昔の連中、いわゆる妖怪を敵視する連中の中の一端だ。下手に拘束、告訴したものならばこちらが負ける。そして、おそらく奴の裏の顔を知った君たちは近いうちに裁判にかけられ、口封じをとってくるはずだ。その前に…、」

「…脱走?」

自分の言葉よりも先にその言葉が少女から出てきたことに驚き、銀髪の女性は目を丸くする。

「そうか、心が読めるんだったな。その通り、脱走を考えている。これはちょっとばかし、段取りが必要なことだが…頼めるか?」

「ええ、こちらは大丈夫ですが、むしろ大丈夫じゃないのは貴女の方では…?」

「その点は気にするな、なんせ今夜は満月だからな」

話の意図するところがわからず、私は疑問符を浮かべる。決行は今夜その時までに心の準備をしておくようにとのことだった。

 

           ◇          ◇

 

その夜、夜も更けて寝静まった頃、独房に静かに輝く月明かりが差し込んでいた。私とこいしは言われた通り、心の準備だけをし、看守に気付かれないように寝たふりをする。

と、外の警備をしていた者の「グギャッ」という声と「ゴン」と鉄に頭を打ち付けたような轟音が鳴り響く。

何事かと周りにいた警備兵、看守も外へと向かう。そして、「ヒィッ」という声と「誰だ、お前は」という声と「助けて」と逃げ惑う声と打ち鳴らす「ゴン」「ゴン」「ゴン」という音が響く。

外の音が静まり返った頃、外から独房へと続く階段を「トタタタタッ」と下りてくるこ音が聞こえた。

その音の主に目を向けると…、あの時の「火車」が口に鍵束を加えてやってきていた。鉄格子の間をすり抜け、まるで、早く開けろと言わんばかりに私の前に鍵束を放り投げる。

私は、その鍵を使い錠前を外すと、こいしの錠前も合わせて外す。そして、二人と一匹連れだって地上へと向かうと…、そこには口から泡を吐いて倒れている警備兵たちと見慣れぬ一匹の妖怪がいた。髪は緑色でその頭には角が生えており、尻尾もある。その獣人のような姿の妖怪に私たちはただ立ち尽くした。

すると、その妖怪はこちらに気がつくとゆっくりと歩み寄ってきた。一歩一歩縮まる距離に私とこいしは足がすくんで動かない。そして、私たちの肩にその手をかけ、ゆっくりと頭を反らせる。恐怖に体が動けずにいると、その妖怪はゆっくりと私たちを眺め、その額をこつんと私たちにぶつけた。

思わず拍子抜けしていると、その妖怪はぎゅっと私たちを抱きしめる。まるで、母がしてくれるようなその温かさはどこかで感じたことがあった。

「さあ、お別れだ。行きなさい」

そう言うと、私たちを抱きしめていた腕をそっと離す。

目の前の妖怪が、憧れの女性であったことがわかり、私は涙を流さずにはいられなかった。でも、何故妖怪の姿に…?

その疑問に応える間もなく、どこで嗅ぎつけたのか警備兵の応援が出てくる。

時間がない、私は同じように涙を流すこいしの手を取り、目の前に広がる道を急ぐ。ふと後ろを見ると、殿を務めてくれているだろうその女性が目に映った。

私は、精一杯の声で「ありがとう」と叫ぶ。そして、それを最後に振り向かず前へと走り出した。きっとまた、会えるそう信じて。

 




こんばんは、月陰甕です。

早めの更新となりますが、次話の更新となります。今回は、囚われた二人のさとり妖怪のその後のお話となります。慧音先生のかっこいいシーンが書きたかった…!(笑)

この後の展開、どうなっていくかはまた次話のお楽しみということで…。
11月中にもう一度更新する予定なので、ぜひお楽しみに…!

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