線で結ぶ千と一夜の物語   作:七草青菜

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八人目 七日天下

 □死にたい

 

「1週間やる。全クリしてそのデータをくれ」

 

 ちょっと何言ってるか分からない。

 

「だが、それじゃあ仕事とは言えないから、一日一回デンドロについてのレポートを提出しろ。その日のデンドロでの一日、つまり3倍の72時間の全てを事細かく記録しろ」

 

 あの、72時間丸々ゲームしたらレポート書く時間ないんですけど……。

 

「そんなのは自分で考えろ、お前ならできるだろう。期待してるぞ」

 

 わーいぼくぶつりほうそくねじまげちゃうぞー。

 

 ──首吊るのとゲームするのが究極の選択になる日が来ると思わなかった。

 

 

 

 ……ん? オンラインゲームで全クリ? 脳波認証なのにデータ讓渡? やっぱり首吊ろっかな……。

 

 ◇◇◇

 

 □【詐欺師】ステア・カデス

 

 一日目。

 

 早速ログインした。

 チュートリアルで俺と同じ波動を感じる黒服の美女に会った。名前を聞かれて適当に“捨て垢です”って言ったら“ステア・カデス”にされた。めんどくさいからそれでOK。

 

 所属国はカルディナ。理由は商人の国ってとこ。金稼ぎやすそうだった。とりあえず何をするにも金がいるからな。方針が決まるまでは金稼ぎに終始しよ。

 

 落下するときびびったけど、これでやっと死ねるって思ったら怖くなかったな。あ、生きてるって素晴らしいよ。死ね。

 

 とりあえず帰宅中に流し見たwikiで一番金稼げそうな【賭博師】はギャンブル性が高いのでNG。俺が人生の選択肢を外しまくってるのは確定的に明らかだから無理な奴だ。後で泣こ。

 

 とゆうことで、裏路地入って怪しそうなギルド入って【詐欺師】ってやつになりました。

 ぼくひとからおかねだましとるのすき。

 実際一番稼げる。口は回る方だし。

 

 

「き、貴様! 騙したな!?」

「騙してませんよ、ええ。【契約書】のここにきちんとそう書かれてるじゃありませんか」

「“この場合に発生した金銭は二度と返さないものとする”だろう! だから返さないと……」

「いえいえ、ですから、きちんと“二度と返さない”と書かれているじゃありませんか。これは一度目ですよね? さぁ、お返しくださいな」

「な……!?」

 

 

 めっちゃ稼いだ。【契約書】便利過ぎない?

 

 現実時間で丸一日詐欺ってた。睡眠時間とかそんなのねーから。

 

 ◇

 

 二日目。

 

 気づいたら【詐欺師】がカンストしていた。この頃になると【契約書】のペナルティを無視してでもお金を渡さない輩が出てきやがったので、【契約書】の効果を増強するスキルを持つ【契約師(コントラクター)】というジョブに就いてただひたすらに詐欺る。

 

 

「こ、こうなったら、刺し違えてでも殺してやる!」

「……おやおや、それはまた恐ろしい」

「うるせえ! 《クリムゾン・スフィア》!」

 

 

 死にかけた。護身用の【身代わり竜鱗】が無かったら即死だった。慰謝料は合法的に搾り取った。詐欺とか現実でやったことないから実際にこんなことしてくる奴がいるのかはわかんないけど、とりあえずもう姿を見せるのは辞めようと誓った。そろそろサツに見つかりそうだしね。

 影の存在になるために会社を興す事にした。俺は誓うよ、ブラックじゃなくてホワイトにするって。何がとは言わないけど。部長死ね。

 

 トイレのために一旦ログアウトしたら部長から怒涛の鬼電が来ていた。

 

 部長曰く、「何故会社に来ない、お前がいないと会社が成り立たんだろ!」とのこと。

 

 おっかしいな。彼は記憶に何らかの障害を患っているのだろうか。

 その懸念もあるにはあったが、俺は素直に理由を説明した。説明するしかなかった。

 

 すると部長は、「ゲームはクリアしろ、会社には来い」とのたまいやが……おっしゃられた。

 死ねばい…………死ねばいいのに。

 

 仕方なく会社に向かう。

 帰って来れたのは夜中の四時だった。……夜中? 空が光り輝いてるんですけど……まじShine。部長Shine。

 

 でもログインする。俺健気すぎない? ……だめだ、深夜テンションやばい。

 

 ◇

 

 ログインするとデンドロ内では真昼だった様で、お天道様がギラギラドラドラと輝いていた。眩しすぎて蒸発しそう。した。

 うそ、してない。

 

「お待ちしておりました。我が君」

 

 誰だ貴様。どこかで見たような顔をした貴様。具体的には鏡とかでよく見る貴様。あ、俺だ。

 

 して、俺よ、俺が俺に一体何の用だ?

 

 俺が俺の前に姿を現すという事は、俺に何らかの理由があるという事だろう。俺は俺だからな。ああ、眠い。

 

「いえいえ、(わたくし)如きが我が君とは……いえ、もちろんそれが御心とあらば完璧に我が君を演じることも造作のない事ですが」

 

 なんだこいつ。自信ありげだな。俺は眠いと言うのに俺が眠そうじゃない時点で俺は俺じゃないぞ。いや、俺は俺だぞ? あれ? なんか死にそうになってきた。

 

「おや、どうやら我が君は酷くお疲れの様子ですね。ここは私が全てやっておきますので、我が君はどうぞお休み下さい」

 

 ……やすみ? やすみこわい。やだ。こわいもん。

 

「……ふむ、我が君がそう仰られるのであるならば、私としてはその御心に従うまでですね」

 

 そうか。やっぱりやすみなんて無いよな。なんか寒気してきた。こんなにぽかぽか陽気なのに。これが自然の神秘ってやつか。

 

「それで、貴方は何方でしょうか?」

 

 俺は俺だがお前は俺では無いだろう。お前が俺ならば俺は俺じゃ無くなるからな。なんだこれゲシュタルト崩壊か? 俺ってなんだ?

 

「私如きに敬語とは、身に余る光栄ではありますが、それが我が君の本心で無いとしたら、どうぞその御心のままに私に接して下さい」

 

 敬語は癖だぞ。べつにいいだろ。泣くぞ。

 

「それは申し訳もございません。心よりお詫び申し上げます」

 

 俺じゃない俺は深く頭を下げる。その礼はまさに完璧の一言であり、その声色、礼の角度、そして申し訳なさの全ての視点から許せオーラを発している。

 

 おお、これすごい参考になるな。これこそ俺である俺ができる限界の礼だろう。

 まあ、限界の謝罪ならまだ土下座があるけど。いや、もっと限界はあるか。焼き土下座とかやったことあるし。

 

「申し遅れました。私は我が君の<エンブリオ>、TYPE:アポストルwithガードナー・テリトリーのドッペルゲンガーでございます。今日より私は我が君の代わりとなり、我が君の為だけに誠心誠意尽くす所存です」

 

 あー、<エンブリオ>ねー。オンリーワンの可能性とかいう部長が知ったら憤死案件の奴。嫌いだよ、うん。部長も<エンブリオ>も。

 

 

 

 …………ま、いっか。代わりね。うん、ありがたいよ。やってもらおうかな。俺の代わりに、天下取り。いや、むしろ国盗りかな?

 

 決めたんだ、俺。国盗って部長のものにする。それをもって全クリって事にする。ダメだったら吊る。

 

「それが我が君の願いとあらば、どんな手を使ってでも成し遂げましょう」

 

 うん、よろしく。とりあえず俺はあと少しで仕事だから、俺がログアウトするまで俺と俺で詐欺ろうか。

 

 そういや、貴様は詐欺れるの?

 

「はい、私のステータスを見てもらえば分かる通り、私は《相私双相》というスキルを持っています。これは我が君のステータス、所持しているスキルなどを私も所持していることになるというものです。もちろん、《詐術》も完璧にこなせるでしょう」

 

 よく喋るなあ。愛いやつめ。俺め。

 

 ステータスか。見とかなあかんのかね。あかんね。見とこ。

 

 ほう、なかなかになかなかだな。これなら最大の懸念であった俺がログアウトしたあとの事もどうにかなるな。

 

「はい、《時間外労働(バイロケーション)》があれば、特定空間内のみですが、我が君がいない間にも私のみで働く事が出来ます」

 

 その言い回しとネーミング嫌いだけど嫌いだよ。頭に響く。

 

 そんな茶番やってる時間が惜しいので早速会社を興す事にする。

 

 興した。《有限会社ホワイトカンパニー》。有限会社は気分で付けた。ホワイトカンパニーは私怨で付けた。

 気づいたら【契約師】がカンストしていた。会社興すためにアホみたいに契約したからかな。

 ちょうど【青詐欺(カンパニー・スウィンドラー)】っていう上級職の転職条件が満たされたらしいのでそれに就いた。

 ちなみに転職条件は、

 

 “【詐欺師】と【商人】系統のジョブがそれぞれ一つずつ50である”

 “【詐欺師】として稼いだ金額が100万リル以上である”

 “会社を興す”

 

 の三つだった。余裕。

 

 ◇

 

 三日目……? だよな? 時間感覚が死んできた。

 

 えーっと、デンドロ時間で九時間やったからただいま現実では七時。やばいじゃん。後の事を俺に任せて俺は仕事に向かう。

 

 終わった。ただいま自分。只今六時。勘違いすんな朝だぞ。何で帰らないといけないのか。もう明日から会社にデンドロ持っていこうかな。……だめだうちの部署娯楽品持ち込み禁止だ。本すら読むなってなんなの? 馬鹿なの? 死ねよ。

 

 一時間だけログインする。

 

 会社がでっかくなってた。ちょっとわからない。

 呆然としていると、俺に気づいた俺がやって来た。何故か顔を隠せるフード付きのコートを羽織っている。俺も同じものを被せられた。よく見ると《認識阻害》とか付いてた。

 でっかくなった会社の社長室に入れてもらった。道中ですれ違った清涼感溢れる佇まいのおそらく部下達が挨拶してくるので軽く答える。みんなちゃんと目が詐欺師だった。ここ詐欺グループだしね。

 

 てか部下多くね。この間デンドロ内時間で僅か三日ぐらいだぞ。俺やば。

 

「あらためてお帰りなさいませ、我が君」

 

 メイドか。いや執事か。いや違うわ俺だわ。

 

「私のいない間にここまで大きくしたのですか?」

 

 三日にも満たないぞ。デンドロ時間で。

 

「はい。詳細は私の新しく取得したスキル、《公私魂同》にてご確認ください」

 

 そう言って俺は俺の額に額を押し付けて来た。おい、やめんさい。俺にそんな趣味はないぞ。

 

 すると、これまで(かれ)が過ごしてきたであろう記憶が流れ込んでくる。いや、何これ。痛覚offなのに頭痛するんだけど。もうちょい噛み砕かせて。

 

 終わった。この間僅か一時間。七徹したときくらいの頭痛がする。

 

「おわかりいただけましたか?」

 

 わかったよ。あれから詐欺を繰り返した事も弱味を握って通報させてないことも部下を大量に育成してることもその部下にすらも自身の顔は見せてないことも。あとついでに第四形態になったことも。

 

 優秀。

 

「ありがたきお言葉でございます」

 

 よしよし、それじゃあお金も貯まった事だし国盗り始めますか。

 どの国にしようか。七大国家は無理っぽいし小さいのがいいよね。カルディナの近くの小国家。

 

「その目星ももう付けてあります」

 

 まじか有能。

 

 こちらを、と言って俺が差し出したのは、三つの資料だった。

 その三つの資料には、それぞれ国についての特徴がこと細かく記されていた。

 

 すごく要約する。

 

 

<デオドランド>。何かやばい麻薬売ってる。【麻薬王】がいる。アルター寄りにある。

 

<センザンコウ>。あんまりやばくない。黄河寄りにある。

 

<メネオン>。やばい寒い死ぬ。【蒸気王】がいる。厳冬山脈寄りにある。

 

 

 はい<センザンコウ>一択。

 

 よっしゃ。盗りますか。

 

 あ、その前にお仕事ですね。死に近づいて来ます。

 

 ◇

 

 四日目。お仕事終わりました。……終わってないでした。お仕事して来ます。死にます。

 

 ログインすると会社が無かった。更地だった。

 ……ちょっと分からない。吊りたい。

 

「我が君……」

 

 ……どしたの? なんかあった? むしろこの有様でなんかなかったらそっちの方がヤバいが。

 

「いえ、私の思惑通りに事は進んでおります。……失礼します」

 

 彼は俺の額に額を合わせる。そして流れてくる記憶と頭痛。だが今回はそれを見越して頭痛薬を用意してくれていたらしい。うれしみ。

 【薬学王】ってのが調整(・・)した特製の頭痛薬らしい。効かなかったけど。かなしみ。

 

 そして理解した。なるほど、一度終わったものにして情報を完全に遮断したのか。

 確かに会社興したのも金稼ぐためだったし、従業員も、俺が国盗ろうってなった今となってはただ邪魔なだけだしな。退職金はちゃんと出てるからホワイトだよな? うちでないし。

 

 じゃあ行くかー。

 

 と、その前に仕事。仕事からの仕事。準備よろしく俺。俺は死ぬ。

 

 ◇

 

 五日目。

 

 準備は万端、俺の命は終端。さぁ行くか。もしくは逝くか。

 

 到着。黄河近くの<センザンコウ>。部長確か中国とかよく行ってたし気に入るだろ。主に浮気しに行ってたはずだけど。女の敵だし俺の敵。

 

 まぁ別に黄河に近いってだけで中華っぽさ0の普通の砂漠だけど。砂が顔にまとわりつく。スーツで来るんじゃなかった。

 

 移動に時間がかかったので今日はここまでかな。

 金に物を言わせて買い取ったドライフの<ガイスト>でぶっ飛ばしてきてこれだからね。体の節々が外れてます。薬で治した。いやどうなってんのかは俺には分からない。【薬学王】すごいってことは分かる。

 

 ◇

 

 六日目。

 

 会議の資料作ってたら、普通に定時に帰ってた部長から電話で「今日は早く帰っていいぞ! デンドロは順調なんだろうな!」って言われたので任せてくださいと返して切った。

 やったー早く帰れた夜中の二時ー。死ね。

 

 てか会議は朝イチなんだから別に早く帰っても資料は作るんだよ。くそ。素早く帰って一時間で資料作成してログイン。

 

 もうクライマックスになってた。ドラマで言うと5話くらいから最終話まで一気に飛んだ感じ。まぁ《公私魂同》でどうなってるのかは分かってるからいいんだけど。

 

「この国を差し上げます。どうか、どうか国民をお救いください」

 

 なんか盗るの辞めた<デオドランド>がカルディナ侵略の第一歩として、アルター寄りである<デオドランド>とは正反対に位置する<センザンコウ>を奪おうとしているらしい。

 しかも国民の虐殺という最低の方法で。なんでせっかくの人的資源を無駄にするんだ? アホなのか? 別に力だか恐怖だか麻薬だかで従えればいいじゃん。

 え、ティアンの完全遺骸から麻薬を作る? あ、そうですか。私にも分けてください全てを忘れたいんです。

 え、麻薬は<マスター>には効かない? じゃあ死にます。

 

 ……てか仮にも一国の王が俺みたいな中間管理の極みみたいなやつに頭下げんなよ。こっちが寒気するわ。

 

「どうか……どうかっ!」

 

 ……いやだよ。知らねえし。ゲームの中のこととか知らんがな。俺が死にそうなんだよ。むしろ俺を救ってくれ。

 

 …………知らねえよ。

 

 国は貰った。ギザ嬉しす。貰えるものは貰っときたいタイプ。仕事と依頼と労働以外。

 

 

【【契約書】を用いての国の略奪に成功しました】

【条件解放により、【国売(ネイション・バイヤー)】への転職クエストが解放されました】

【詳細は詐欺師系統への転職可能なクリスタルでご確認ください】

 

 

 ふうん、【国売(ネイション・バイヤー)】、か。……へえ、いいやん。貰ったろ。

 一人しか就く事の出来ない超級職奪って後続に嫌がらせしたろ。

 

 転職クエスト受けてきた。(かれ)がいたから楽勝だったわ。

 

 

 はは、これで仕事終わりだな。

 

 ……一日余ったな。

 

 …………疲れたわ。寝よ。

 

 ………………うん。

 

 ◇

 

 七日目。

 

「準備は出来ております」

「おけ、有能。ありがとな」

「……! 有り難き、お言葉でございます」

 

 あー、初めてのタメ口。ビジネスが抜けたぞぅ。

 

 ここは既に<デオドランド>。俺が居ない間になんで移動出来てんのっていうのは、なんか■■L? ってやつで第六に進化して、その時に《休日出勤》っていう“<マスター>が非ログイン時に、一日限定で特定範囲外も行動できる”というスキルを手に入れたかららしい。

 俺が見ないうちに勝手に成長する。優秀の極みだわ。まじで見習いてぇ。

 

「いえ、私は我が君。私に出来ることは我が君にも出来る事であり、事実我が君は私など足元にも及ばないくらいに成長しておりますよ」

 

 下の方から上から目線で矛盾した言葉を頂いた。ありがと。

 

 じゃあ、目の前のこいつをなんとかしようかな。

 

「な、なんだお前は!」

 

 いきなり現れた、俺と瓜二つの俺に困惑した声で俺と俺を交互に指さす豚に良く似た<デオドランド>の国王。

 【麻薬王】は別に居るらしいが、既に捕縛済みらしいのであとはこいつだけだ。

 

「失礼、申し遅れました。私は<センザンコウ>現国王、ステア・カデスと申します。この度は、この国を頂きに来ました」

 

 シンプルイズベスト。あんまり難しいこと言うと理解されなかったとき困るからな。専門用語を説明するのに別の専門用語使うやつはクソだから覚えときましょう。

 

「<センザンコウ>!? あそこの国王は確かもっと別の……」

「ええ、最近国を買い取りまして、今は私が国王です。どうぞお見知り置きを」

 

 まぁ最近ってか昨日だけど。そして国を貰いに来たっていうのは頭に入らなかったらしい。

 やっぱ教育って難しいよな。大事なのは根気だけじゃない。

 

「それで、国を頂くという件についてですが……」

「はっ、な、何を言うかと思えば、国を寄越せだと? 勘違いも大概にしろ! お前らの国と我の国、争って勝てるとでも思っているのか!」

「いえ、全く勝ち目はないと思っております。だからこそ、こうして平和的に解決しようとしているのですよ」

 

 まぁ、実際は【麻薬王】は抑えたし、麻薬の流通止めればなんとかなりそうな気もするけど、今日で終わらせるつもりだから別にいいや。

 

「はっ、交渉には乗らんぞ、バカバカしい! おい! 誰かこいつらを捕らえろ! 馬鹿を仕出かしたことを後悔させてやる!!」

 

 豚王が周りの近衛兵っぽい人達に命令する。あー口調が部長に似てるわー。イライラする。いやムカムカする。吐きそう。

 まぁ、でも近衛兵は動かない。いや、動けない、かな。

 

「いえ、彼等とは既に“契約済み”ですので、手出しは出来ませんよ」

「なっ!?」

 

 流石、詐欺師系統契約特化派生超級職【国売(ネイション・バイヤー)】。契約的拘束力は折り紙付きだな。これ現実に持ち込めれば俺は入社6年目にして初めての有給休暇を取れるんだろうか。いや無理か。滅ぶか。

 

 豚王は動かない近衛兵に怒りを顕にしようとするが、なぜ動かないのか、その意味を悟ったとき、初めて俺と俺に恐怖したように顔を青冷めさせた。おっそ。理解力皆無かな? そんなところも部長にそっくりだね。もしかして君ドッペルゲンガー?

 

「それに、対価も用意しているのですよ?」

「た、対価……? 馬鹿馬鹿しい。そんなもので我が国を手渡すと思っているのか!!」

 

 精一杯の虚勢。まぁ、俺も商人だし、ちゃんと釣り合うものは用意したはずだよ、多分。まぁ、俺も詐欺師だし、もし釣り合わなくても勘弁してくれ。

 

「貴方に対価として差し上げるのは、私自身です」

「……はぁ?」

「実は、私<マスター>でして。貴方に私の身体を差し上げましょう。全てのジョブに適正を持ち、限界の無い才能を持つ、この不死身の肉体を」

 

 (かれ)の調べによると、こいつは不老不死になるために色々と試行錯誤していたそうだ。【麻薬王】がこの国にいるのも、その不老不死を叶えるための薬作りをさせるためであり、そのための支援を惜しまなかったから【麻薬王】もこの国に留まっていたという。

 

 まぁ付け込むよね、そんな隙あったら。

 

「不死身……しかし……うーむ」

「……なにか勘違いされている様ですね。もはや貴方に選択肢はございません。貴方はただ、私に委ねる事しか出来ないのです」

 

 そこでずっと見守っていた(かれ)が、懐から何かを取り出す。

 

「だって、貴方書きましたよね、この【誓約書】に」

 

 【誓約書】。それは国家間での契約を行う際に使用される契約書だ。その契約を反故にすれば、災害や飢饉など、国単位での制裁が待っている。

 

 そんな【誓約書】に書かれてあるもの。俺の手からひったくったそれを読んだ豚王の顔が驚愕に染まる。

 

「こ、これは……!?」

 

 書かれてある内容は極限まで要約するとこうだ。

 

 ・我が国で流通している()を貴方の国に売る。

 ・その対価として、貴方の国は我が国に、私達が適当であると判断した金額、もしくは物品、土地、その他を支払う。

 

 それは、国家間での麻薬を売買する際に用いる、<デオドランド>が使用している【誓約書】。それと全く同じ内容の文章であった。

 いやー、結構足元見てんよねこれ。定額じゃかなくて時価だし、絞れるだけ絞ろうという意思が垣間見える。

 

 普通は<デオドランド>にて発行されるものだが、これを書いたのは(かれ)。俺が国王であるならば、当然俺である(かれ)も国王である。

 そして、全く同じ内容だったとしても、別国の王が書いたのであればそれは全く別の意味を持つものとなる。

 

 <センザンコウ>で流通させた薬──文字通り薬を持って国中を走り回った(・・・・・・・・)らしい──それを、紛れ込ませた【誓約書】と一緒に<デオドランド>で売ったらしい。

 

 売った薬は、【薬学王】謹製の最高級品。俺が稼いだ金ほぼ全てを費やして買い叩いたそれは、小国一つや二つくらいなら傾くくらいの価値を持つ。

 

 それを隠して、通常の薬と同じかそれよりも安く売った為、まぁ足りないよね。

 <デオドランド>貰うくらいじゃないと、釣り合わないよね。

 

 だから、要するに俺の身体をあげるってのは契約にはない、言うなればプレゼントみたいな物だ。これで豚王が満足してくれれば俺も嬉しいよ。

 

 ってのはまぁ嘘で、本当は【国売】の奥義である《御国の為に(エンゲージ・ギフト)》を使用しました。効果としては“契約の際、契約にある物より多くの対価を支払った場合、相手が契約を断る事が出来なくなる”という理不尽なスキルです。欲しい。

 

「そ、そんなのずる……」

「ええ、詐欺師ですので」

 

 ずるいのは当たり前。本当は清くありたいんだ。でも部長が国欲しいっていうし……センザンコウの人達が助けて欲しいっていうし……仕方ないよね!

 

「それでは交渉成立ということで、この身体を差し上げますね」

 

 使用するのは必殺スキル。なんでこんなものになったのかは俺にも分からない。

 まぁでも、逃げたいってのはあったかもしれない。

 

「──《一私剥くいて我が君に(ドッペルゲンガー)》」

 

 俺の身体が、醜く太った豚へと変わっていくのが分かる。

 

 そして、対する豚の方は次第に俺へと変貌を遂げている。まあ、正確には俺じゃなくて(かれ)なんだけど、(かれ)も俺だから問題は無い。

 

「な、なんだ! これは!?」

 

 このスキルの効果は単純明快だ。ただ、身体、そして器を入れ替えるという、それだけのスキル。

 ただし、それは、俺と(かれ)と対象の三人が、トライアングルのように入れ替わることを指す。

 俺の身体は(かれ)が継ぎ、(かれ)の身体は豚王が継ぎ、そして豚王の身体を俺が継ぐ。

 その三竦みを経ることで、必殺スキル完了となる。

 

 うわー、体力の低下が著しい。身体が重すぎて立ってるのが辛い。

 

「は、はは。不死身だ、我は不死身の<マスター>へと至ったんだ!」

 

 俺の顔で我とか言わんで欲しい。反吐が出る。

 

「ということで、契約どおり、この国はいただきますね」

「はっ、勝手にしろ! 不死身という夢が叶った今、この国なぞくれてやる!」

「それはよかった。ですが、念の為国外追放ということにさせていただきますね」

 

 それに了承した豚王……いや、もう豚でも王でもないな。(あいつ)は、(かれ)に連れられて意気揚々と砂漠へ向かった。

 

 さて、(あいつ)は<マスター>として不死身の身体を手に入れたわけだけど、あいつが死んだら一体どこに行くんだろうな。現実には行かんだろうし。俺は知らんぞ。

 

 ……ふぅ。

 

「国盗ったったぞコラァ! しかも二個だぞ! コノヤロー!!」

 

 これはもうクリアでいいだろ……さすがに。

 

 あとはデータ讓渡か……国王の引き継ぎをすれば実質讓渡だろ。その為の手続きもしとこ。終わった。よし、もう知らん。これでだめだったら社会的に死ぬ。

 

 早速会社に向かって部長に報告。報連相は基本。相談は抜きで。報告と連絡はしたら嫌がられるけどしないと怒られる。

 ……あ、レポート。………………多分忘れてるでしょ、うん。

 

「おお、よくやった!」

 

 やったぜ。寝よ。

 

「何言ってるんだ。仕事があるだろう」

 

 さいですか。七徹で頑張ったのにまだお仕事ですか。

 

 ……かしこま!!

 

 ◇

 

 八日目。

 

 今日も今日とて働きます。お国のために、欲しがりません勝つまでは。

 昨日は20分も寝れてすがすがしい気分だ。死にそう。

 

 部長、おはようございます。今日も健康そうですね! 俺の血液型ABのRH-なんですけど良かったら輸血しませんか!

 

「おい! 俺の国がぶっ壊されたぞ! これはどういう事だ!」

 

 ……あ、はい、死にます。

 

 会社の屋上から飛び降りた。大事になって会社が労基に見つかった。俺は終末治療ニートになった。デンドロは捨てた。もう疲れた。寝る。おやすみ人生。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 その男、【国売】ステア・カデス。

 その者のログイン日数は総計で僅か七日。その僅かな時間にて、彼は二つの国を手に入れ、デンドロを辞めた。

 

 そしてその<エンブリオ>、【反面共私 ドッペルゲンガー】。

 彼は<マスター>のために存在し、<マスター>につき従えることにこそ喜びを感じる社畜である。

 彼は己の<マスター>が帰ってくるのを今も待ち続けている。

 

 それは、このインフィニット・デンドログラムにて、伝説となり、歴史として消えた社会家畜者である。

 

 〖労働者(ライブストック)〗。ステア・カデス。

 

 

 




(∪^ω^) <アバターはアリスさんが再構築しているらしいですが、<マスター>の肉体だからといって、ただのティアンのために再構築を行うんですかね

(∪^ω^) <そもそも、<マスター>の肉体を奪った(語弊)あの人を、アリスさんはどうするんでしょうね

(∪^ω^) <まぁ、わかんないですけど



 □詐欺師系統の超級職

(∪^ω^) <詐欺師系統契約特化派生【青詐欺】の超級職である【国売】です

(∪^ω^) <あとはもちろん【黒詐欺】、【白詐欺】、【赤詐欺】の超級職の人も居ます

[ 'ω' ]<詐欺師系統の超級職はロストしてるんじゃないのか?

(∪^ω^) <はい、なので原作の本編開始時までに全員引退してます

[ 'ω' ]<えぇ……

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