ちょっと長め
妖精とケモノ
この星には、無数の生命がいる。が、それらは必ずしも平等ではない。それどころか、殆どの個体は他者を蹴落とし、力を得て他者にはない権力を握る。
しかし、そんな世界において誰もが等しく持っている物がある。
それこそが、「命」であり「死」である。
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権力者というのは苦手だ。自らが一番だと思っているし、何をしてもなんとかなると考えている。しかも危ないことを他人に任せるくせに、自分の身は大事で、すぐに裏切る。
今の企業の重役のなかには、元々国家側での重役も含まれている。それは、私達レイヴンを駆逐するという「随分壮大で崇高な」目的のため、企業が出した案を受け入れたためであり、それのとばっちりを受けたのは言わずもがなレイヴン達だ。
結果的にレイヴンはいなくなり、まるで世代交代だと言わんばかりにリンクスが戦場に現れた。
これは私の持論だが、企業はリンクスを戦力として売り込むため、傭兵であり、安価で利用可能なレイヴンを根絶やしにしたんだと思う。そしてそれは、レイヴンを直接根絶やしにすることにこそ意味と意義があるのだろう。
そうでなければ、拠点防衛用の戦力としてでも置いておけばいいのだ。
ここまで考えた末に出る結論は、見せしめである。
鴉を殺し、次の世界の独裁者である企業に逆らう者に対する案山子しているのだ。武器を持って戦いに来た者ならば、きっと彼らは子供だって容赦なく殺すだろう。
「ま、考えたところでしょうがない」
随分と難しい話になってしまったのも、この依頼のせいである。
今回の依頼は、所謂要人の護衛である。ただし、ネクストが必要になる護衛任務というのは、限りなく100%に近い確率でろくでもないものだ。普通の要人護衛であれば、ノーマルACだって過剰戦力であるし、そもそも汚染の危険性が高いネクストは、そういった任務には元々不向きだ。
依頼主であるGAは、『わざわざ』ネクストを…しかも自社のものではなく、傭兵という不確定要素の塊を選んだ。これは、何かしら私達に言いがかりをつけ、援助を断つため…もしくは、自社の戦力で解決したくない問題であると思われる。どちらにせよ、こちらにとっては不利でしかない。が、受けないわけにもいかないのだから性質が悪い。どうも、この計画を提案した奴は相当性格が悪いに違いない。
先ほどのブリーフィングでも話があったが、もちろん要人が汚染されないように、PAは切っていないといけない。つまりは、ノーマル相手での被弾すら許されないという事である。突撃が基本戦術となる近接機にとって、これは厳しい条件である。被弾覚悟の突撃というのができないからだ。
「苦しい戦いになりそうだ」
最後のサンドイッチを掴み、口のなかに放り込む。具はハムと卵だった。
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『それでは、頼んだぞ。精々私が死なないよう頑張ってくれよ?雇われ』
どう考えても頼む態度ではないだろう、そう言い返したい気持ちをなんとか飲み込んで、目の前の風景とレーダーに集中する。
全てを見下したような言い方をする高官は、やはり好きにはなれなかったが、それはそれ。これはこれと割りきる他ない。無言で相手の言葉に答えることが、精一杯の反抗であった。
『敵影、見えました。ノーマルを積載した大型の輸送機です』
フィオナさんの示す方角を見れば、確かにノーマルらしき脚部を覗かせた、大型の輸送機が空を浮かんでいた。だが、問題はその量だ。一機や二機ではない。十機近くの輸送機がこちらへ向かってきている。
データベースには、あの輸送機一機あたりに搭載できるノーマルは、その大きさにもよるが、8から10機は搭載できるという。であれば、あれは大隊クラスの量だ。
しかし、それだけでは終わらない。
『反対の方角からも、同じ量の輸送機が迫っています!』
今度こそ洒落にならなかった。これで確定した敵戦力は、最低でもノーマル160機。ヘリ部隊が少々といったところで、これは決して、要人を運ぶための専用チャーター便を撃墜するための戦力として適切ではない。
明らかに護衛…それもただの戦力ではなく、ネクストがいること前提のものだ。
私達に依頼がきたのは、『機密のため』という理由で決行日の二日前であり、しかも知っているのはオペレータールームのフィオナさんとエミール、それに私とオーエンの四人だけ。そこから情報が漏れたとは考えずらい。となれば、この護衛は元々GA社ネクストが行うことが前提で、それが向こうで漏れたと考えるのが正しいだろう。今さら中止するわけにもいかず、そして自社の戦力を失いたくないがために傭兵を利用した…そう考えるのが妥当だろう。
「…にしても、多過ぎやしないか?これじゃ弾薬が足らんぞ」
PAが展開できないため、接近戦が難しいという都合上、マシンガンではなくBFF製ライフルを持ってきたが、とてもじゃないが弾数が足りるとは思えない。もし仮にライフルのみで耐えようと思ったら、ワンショットワンキルを実演しないといけない。
「時間はないな…仕方ない」
こうなれば、反対側をどうにかして壊滅状態まで持っていき、急いでもう反対側まで戻って対処するしかない。
まずはチャーター便の進行方向にいる部隊からだ。奴らが行ってしまえば、PAを展開して有利な戦闘になる。OBによって輸送機の目の前に来る頃には、既に一機目の輸送機からノーマルが降下しようとしていた。
「降ろすか!」
プラズマキャノンを展開し、降下寸前のノーマルをロック、トリガーを引いてエネルギーの塊を発射する。プラズマ弾は、まだ格納アームで固定され、逃げられない状態だったノーマルに直撃、貫通し、輸送機までもが被弾するに至った。
そこで予想外の事が起きる。輸送機は案外脆かったのだろうか、プラズマ弾によって被弾すると燃料ブロックにまで被害が広がり、あっという間に爆発四散してしまった。しかも、一瞬の出来事であったがためにノーマルの展開は間に合わず、10機のノーマルまで全てを破壊するに至った。
(これなら、いける…!)
それが分かってからは早い。滑走路方面の輸送機全てにプラズマキャノンを叩き込み、一機のノーマルと戦闘することもなく片付ける。レーダーでノーマルが残っていない事を確認し、QBを使った急旋回をする。そしてそのままOBで最初の位置まで急行する。
良く見れば、既に数機のノーマルは降下を開始している。
「マズい!」
『あれは…!?』
私が防衛目標への被害を心配したのとは別に、フィオナさんが別の意味で驚いた。何について驚いたのかは、私もすぐに分かった。降下してきたノーマルは、二極化している企業グループの中でも、GA・オーメル陣営についているはずの企業『イクバール』の機体であったのだ。しかもただのイクバール製ノーマルではない。彼らの中でも精鋭部隊と名高いバーラット部隊のもの。
『そんなっ…どうして!?なんでイクバールの部隊が!?』
「なるほどな。道理でネクスト戦力が護衛につくわけだ」
バーラット部隊の戦力価値というものは、通常のノーマル部隊のそれとは比較にならない。高い練度とその特異な戦術によって、一小隊で並のノーマル部隊一個中隊ほどの戦力となるのだ。確かに、ネクストを使いたくもなるというものだ。
だがそれがイクバールの部隊が来る理由にはならない。問題は、なぜイクバールがGAの要人を狙っているか、だ。
『それはお前らが知っていい情報ではない。さっさと役目を果たせ傭兵』
なるほど確かにその通りだ。知りすぎていい事はこの世界に存在せず、むしろ知る事が罪である側面さえある。だが、それなら私からも彼らに聞きたい事はあった。
「で、ならあんたらのその機体は、いつ飛び立つんだ?」
『すまないが、エンジン部にトラブルが見つかってね。悪いが護衛は長引きそうだ』
(くそったれがっ...)
予想外の言葉に悪態を吐きつつ、再びノーマルを片付ける作業へと移る。軽量機というだけあり、すばしっこく、撃破するのが面倒くさい。また、彼らは意地も強く、足を一本吹き飛ばした程度では止まらない。素早い操作でブースト機動へと変更させ、特攻を仕掛けてくる。本当に油断ならない。
今のだってそうだ。ショットガンを撃ちながら接近してくるそれは、既にライフルでは近すぎる所まで迫っていた。まずいと思った時はもう既に遅く、奴のショットガンからは対AC用のバックショット弾が発射されていた。ネクストの装甲は、PA無しではノーマルのそれよりも薄い。元々強襲用の機体設計なのが災いしているのだ。そんな装甲にショットガンの威力は殆どオーバーキルである。
この時ばかりは手と足よりも反射神経がものを言った。脳に生み出された「回避」という二文字だけで、ロレーヌのAMSはQBを起動させ、右へ回避、一命を取り留めた。一瞬の出来事に唖然としながら、無意識にその相手に接近し、回し蹴りで吹っ飛ばし、他の敵機をライフルとプラズマキャノンで撃破する。もはや輸送機を狙っている暇なんてなかった。
『敵援軍を確認、これは…ネクスト!?』
(冗談じゃない!)
ネクストなんてこの状況に来られたら、たまったものではない。ただでさえ、今この状態で精一杯なのだ。そんな化け物を相手してる暇はない。
これならグレネードランチャーでも持ってくるんだったと後悔しながら、ノーマルがこれ以上増えないように輸送機のみを撃墜する。その間ノーマルから喰らう被弾分は無視だ。更に増加する方が問題だ。
『OBです。速い!』
レーダーでも確認できた。この速度は並のものではない。おそらく、機動戦特化機か、自分と同じ格闘機だ。後者なら、まだ逃げ回りながらノーマルを処理できるが、前者の場合最悪だ。あの機動性を持ったノーマルを相手しながらは今の自分では不可能。
(せめて…PAが使えれば…)
『迎撃、準備してください。来ます!』
もうすぐそこまでOBの光が見えている。時間がない証拠だ。急いでどちらかを迎撃しなければならないが、どちらをとっても負ける気しかしない。ノーマルを無視すれば、まだ30機は残っているそれらが、ゾンビ映画さながらの光景を作りながら防衛目標へと接近するし、ネクストを無視すれば、それは私を殺しにくるだろう。
《アナトリアの傭兵か。面白い素材だと聞いている。期待するぞ》
「こっちはなんも面白くないね!」
どちらも捨てる訳にはいかないわけだが、どっちみち自分が死んでしまえばお終いだ。生きるために、私はノーマル部隊を無視する事に決めた。
一度月光を一振りし、ノーマルを数機撃破して、更にもう一機を踏み台にしてQB。爆発的な加速力で、OB中の敵機に真正面からぶつかる形で接近する。そしてらほら、やっぱりだ。相手はOBを中断し、バックブーストで後退、速度を落とす。やはり激突は嫌いのようだ。
『敵機体判明しました。イクバールの魔術師、サーダナです』
やはりというか、最悪の方であった。もし仮に地上のノーマル部隊の撃破を優先していたら、どうなっていたか分かったものではない。こうなれば、さっさとサーダナを撃破してバーラット部隊の残りを処理するしかない。奴らがステルスチャーター便を破壊するまで。それがタイムリミットだ。そう、そのはずだった。
まさかの事態である。ノーマルは防衛目標ではなく、私を攻撃しに来ているのだ。
(こいつら…まさか、最初からこれが狙いか)
防衛目標が攻撃される心配がなくなったのは、確かに大きいが、同時に私自身への危険が増してしまった。バーラット部隊のノーマルには、高火力の射突型ブレードが装備されており、それはショットガンやグレネードランチャーが可愛く思えるほどの威力がある。
事実、私がノーマルでネクストに与えた最も大きいダメージは、その射突型ブレードによるものだった。
つまり今私は、サーダナには近づかないといけないが、ノーマルに近づかれてはいけないという状況にある。
全くもって、最悪だ。でも
(前を向かぬ者に、勝利はない!)
誓いの言葉を心の内で叫び、小さな、しかし強い希望を感じる。それを感じたまま、右腕の月光を中段に構え、サーダナへと飛び掛かる。QTを応用した旋回斬りを仕掛ける。
鋼鉄の脚が滑走路の表面を削り、甲高い金属音が鳴り響く。狙いを定まらせないよう、若干ふらふらと左右へ揺れるような機動をしているが、それでも度々バックショット弾が刺さる。装甲に幾つも穴が開くが、それでも一撃を目指して前へと進む。
前方に弱いQBし、再び体当たりをするようにして近づき、月光を展開、紫色の光を尾鰭のようになびかせながら、そのままQBの加速を活かしてQTをする。そうすれば、前へ少し進みながらの旋回斬りが可能なのだ。
確かに光の塊でできた刃は振られ、サーダナを捕らえた。だが、それなのに私は、サーダナに掠り傷一つ付けられなかった。完璧だったはずだ。タイミングもフェイントも、距離感だって完璧だったはず。なのに掠りもしなかった。文字通り、サーダナの機体『アートマン』は無傷だ。
―実際、シャルルが感じた通り、タイミングも距離も全てが完璧なタイミングであった。が、それゆえにサーダナには避けられたのだ。数学者という、リンクスにしては異例の経歴を持つ彼は、理論的に考えるのが大の得意であった。それだけに、しっかりとした考えを持って動くシャルルというリンクスは、格好の的だったのだ。
考え、読んだ通りに動く。そんな彼は動きが読みやすく、先手を打ちやすい。よって、今の旋回斬りも、それまでの予備動作やフェイントなどを全て見て判断するのは容易なのであった。
だが、サーダナが数学者なんていう事を知るはずもないシャルルは、自分の思考を読まれた事、そして自信を持って放った一撃を避けられた事に動揺しているのだった。
なぜだ?何故避けられた?それを考えてもしょうがない事は分かっている。だが、それでも考えるのを止められない。次の攻撃は?もうAPが減りすぎた。強行はあと数回もできるか分からないレベル。
どうやったら勝てるというビジョンが崩れた瞬間、自分がここまでうろたえるとは思ってもみなかった。こんなにボーっとしてる間にも、貴重なAPがゴリゴリと削れていく。もう1万近くにまで減っている。装甲が削れ過ぎている証拠だ。これでは、死ぬ。
《これが…あの妖精、なのか?ふん、つまらん。終わらせるか》
これで、終わりか…ふん、案外、早かったな
『祈って…』
まずい、幻聴まで聞こえてきた。きっと走馬灯だろう。なぜ、ついこの間のリンクスの声が聞こえるのかはわからないけれど、きっとそれも、目の前に射突型ブレードを構えたノーマルが来ているからだ。死が迫っているからこそ、一番印象的な事を思い出すのだろうか。
思えば、彼女が言った『妖精』という二つ名は、確かに私の心に響いた。私はレイヴン時代通り名がなかったのだ。だから、歌おう。
「No more cry boy cry time struck to you」
アカペラだが、これはこれでいいだろう。神秘的な楽器の音色が特徴的な歌だから、パッと思い浮かんだこの曲は、私がレイヴンだった時に世間で流行った曲らしい。
私の最期の言葉になる予定だったこの一行の歌は、予想外の人を連れてきた。
『そうよ…あなたには、歌が似合うもの』
その人は、私の近くにいるノーマルに銃弾の雨を降らせ、周りにいる者にはバズーカによる爆撃を。サーダナには巨大な二発のミサイルをプレゼントした。
《これは、新しい…惹かれるな》
『そんな!まさか!』
『貴様!何をやっておる!』
その場にいた全ての人が、それぞれ異なった、しかし全て驚きの部類の声を上げた。特にステルス機の中で今もゆったりくつろいでいるあいつは、今までにないくらい声を荒げている。
『メノ・ルー!何をやっているか、分かっているのか!?』
メノ・ルー。私がこの間、ハイダ工廠にて撃破したリンクス。そんな彼女は、私の死を押し退けて手を伸ばしてきた。
『私は、あなたが死なないために来たのです。別に文句を言われる筋合いはありません』
『なんだと…そもそもこれはっゲフンゲフン』
『まぁいい、ならさっさと終わらせろ!』
そうだ。まだ死ぬわけにはいかない。この刀をあいつに、アンジェに返すまでは…あの時の続きをするまでは。
機体は…大丈夫だ。まだ動く。そりゃそうか。あの時の私の乗機は、APが無くなっても動いた。なら、ネクストが、しかもまだまだAPが残っているネクストが動かない筈がない。
ずっと前、とあるレイヴンはこう言っていた。「APが一万を切ってからが勝負だ」と。まさにこの状況だ。生きることだけは誰よりも上手かった、そんな彼がそういうんだ。冗談でも精神的に心強い。
「すまない」
『あら、どうしてあなたが謝るの?妖精さん』
「助けてもらった」
『なら、謝らないで。ありがとうって言えばいいのよ』
彼女は、私が会ったことのないタイプの人間だった。優しい…そんな陳腐な言葉では言い表せない程に、慈愛に満ちている。フィオナさんの優しさは人間的な優しさだが、こちらはどちらかというと…そう、それ自体が自然現象のようなものだ。
「ありがとう」
『ふふ、じゃあ、お礼に歌でも歌ってもらおうかしら』
「歌を?」
『そうよ。妖精さんには、歌が似合うもの』
掴み所のない、そんな彼女は変わった人だ。まさか、あの妖精というのも歌を聞いて名付けたのだろうか?そうでなければ考えられない。だって、このロレーヌは漆黒がベースの悪魔のような見た目なのだから。
ノーマルの群れをその重火器で薙ぎ倒しながら、サーダナに牽制射撃をしながら、私が立ち上がるまで彼女は盾となった。
ロレーヌは立ち上がり、サーダナのアートマンへと向き直る。
「次で終わらせるぞ、サーダナ」
《ククク、面白い。貴様らがどういった関係なのかは知らないが、リンクスの時代にこんな事があるなんてな…まるで昔の戦場だ》
昔の戦場が、レイヴン達の戦場を指しているのは明らかだった。だが、騙されない。私の過去と関係があるような話を引っ張り出し、思考を邪魔しようとしている…いや、逆だ。この考えに至らせようとしているのか!
なるほど、それなら先程の攻撃を避けられたのも納得がいく。つまり、奴は戦闘を楽しんでいるのだ。それも、オーエンや私とは別のベクトルの楽しみだ。
サーダナは、戦闘という事柄を一種のパズルとして捉えていると考えている。そう見るのが妥当だ。相手の考え、動き、周囲の状態、全てを条件として考え、ロジックとして楽しむ。その場の状況は彼にとって、クロスワード、もしくは数独でしかない。
思考を読むという特性上、少しでも効率よく、そして確実に動こうとする者…つまりはある一定以上の「定石」を知っている相手には、サーダナは強い。表向きはリンクスとして認められた順、となっているリンクスナンバーにおいて上位に食い込んでいるのも、そういった理由からだろう。
(そう考えれば、なるほど確かに、私にとっては鬼門だ)
だが、それは逆に弱点でもあることを知っている。チェスの名人が、無邪気な子供に時々負けるように、軍師の策がド素人の敵司令官の策にハマって負けるように。時として良策というのは自らを貶める毒となる。
特に、理性なき者に対峙した時に。
(それなら、私は、今この瞬間だけは、理性なき獣に…いや、ただ歌い踊る妖精となろう!)
今まで私は、考えて殺してきた。理性無く人を殺せば、それは人の業ではなく、ただの獣の狩りだからだ。でも、今だけは、『考えるため狂う』。
戦場という恐ろしい場所で、ただ本能に赴くままに、妖精として歌い、踊るだけのモノになる。手を差し伸べてくれた、太陽の光のような彼女の恩義に報いるために。
「|No more cry boy cry time struck to you《あなたに打倒され泣き叫んだ時の時間はもうない》」
「
『そう、あなたはそれでいいの!』
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妖精は舞っている。拡声機能を通じて、戦場に鳴り響く音楽に合わせてゆらりゆらりとQBを行っている。まるで、エネルギー管理どころか、戦闘する事なんて考えていないようだ。こんなパターンは見たことがない。故にどうしたらいいのかわからない。
結局、サーダナの戦闘におけるパズルゲームは、数多く繰り返した『試行』と『検証』そして『改善』の下、形になっているものであり、『初めて出会うもの』に対する耐性は極めて低い。それをサーダナ本人は分かっていたし、その弱点を少しでも埋めるために数多くのリンクスや、極僅かにいる引退レイヴン達とのシミュレーターマシンを使った模擬戦を行ってきた。
それによって彼は、あのベルリオーズにすら勝利をもぎ取れ、アンジェとの近接戦闘もこなし、また奇想天外な戦術ですら扱えるようになった。しかし、それはあくまで知識によるもの。奇想天外な戦術といっても、その殆どは既に誰かがやった事のあるもの。もしくはそれの改良型で、彼自身が一から作った戦術などは五本の指で事足りる。
勝利するための公式は知っていても、その公式を作る方法をサーダナ自身は持っていなかったのだ。それは、彼が非常に高いAMS適正を持っていただけの理由でリンクスになったという、極めて異例の選抜だったのもある。だが、元々彼は天才ではなく、努力家だったのだ。
《何故だ!何故こうなる!?》
努力家では、その努力するために必要なものを生み出す天才には勝てない。予測する策略家は、全てをぶち壊すイレギュラーには勝てない。どんな天才的ナンパ屋でも、最悪なKYには勝てない。
それと同じように、サーダナは、どんな計算式でも解いてきた彼は、ただ歌い踊るだけのシャルルを理解できない。理解できない事態に陥った彼は、どんなリンクスよりも脆い。
地面に這うように飛ぶロレーヌを撃ち抜こうとライフルと重ショットガンのトリガーを引くが、彼の本能的な回避運動の前にそれは無駄のレッテルを貼られるだけで終わり、逆に飛び込んできたロレーヌのブレードが、目の前にまで迫ってくる。慌てて回避したところで既に遅く、右肩が半分無くなっている。
実際、確かにサーダナはライフルとショットガンが避けられるのは分かっていた。だが、予測した方向とは大きく違う場所からロレーヌは、シャルルは斬りかかってきた。対ネクスト用重ショットガンを持っている方…つまりは右から、極めて合理的でない動きで接近してきた。
《計算通りか…いや、違う。あの動き…いや、できるはずが!》
シャルルの動きは、人間ではない。比喩表現ではなく、まさしく人外のそれだ。サーダナも知っている通り、AMSというのは中々興味深いシステムで、自身の体の一部とそれを脳が認識する事で初めてまともな動きをする事ができる。だからこそ、義手であれば本物の手のように動かせるし、義足ならフィギュアスケートをする事だって可能だ。ネクストがノーマルよりも人に近い動きができるのもそれが理由。
しかし、それは逆に言ってしまえば、それを認識しないといけないわけで、例えば、アートマンのような逆関節型の脚部なら『自分の脚は逆関節である』と認識し、処理しないといけない。それは四脚だろうがタンク型の脚部だろうが同じで、そう認識しないとAMSの特性は発揮されない。
それを踏まえた上でシャルルの動きを見れば、人間にないはずの骨が動いているような動きで、あたかも背中に本当に羽根が生えているかのような、極々自然な滑空をしている。
これまでのリンクスは、誰もが
予測ができない動きに翻弄され、地道にだが確かに至る所の装甲が剥がされ、消されていく。脚が、手が、頭部が、背面が。みるみるうちに消えていく。どれもこれもが、私に対して殺人的な情報の奔流をしてから、きれいさっぱりいなくなる。
この兵器は、人が乗るからこそ成立している。そう、サーダナは今結論した。獣(形が獣であるという意味ではない)が動かせば、ただの『本能を具現化する装置』にネクストとAMSは成り下がる。
如何に崇高な考えと目的を持っていても、暴力でしかそれを訴えられないのなら、それは獣と同じ。人はそれを理性で抑制しているからこそ、マトモにネクストを使えているのだ。
それなのに、もし獣がネクストを動かしてしまったら?今この瞬間、自分が陥っている事が世界中に広がる。『防衛本能』と『飢え』に脅された獣は何よりも恐ろしい。
《こうなるか…》
なにも考えず、武力を持っているからという理由だけで、シャルルの防衛本能は刺激され、今この瞬間にもサーダナは殺されそうになっている。
自身が生涯を懸けて知ろううとした獣とネクストに、皮肉にもサーダナは殺されるのだ。彼は自分自身に対して小さく嘲笑すると、秘密回線を開いて、ある男に向けて、たった一言の遺言を録音として残した。
《娘を…『リリアナ』を頼んだぞ》
まだ傷一つ付いていない、アートマンのコアに向けて、慈悲無き剣が振り下ろされる。紫色の光の刃が、丁度コックピット部分の真上に迫り、接近するだけでその薄い装甲板をバーナーでバターを炙るように溶かしていく。
もはや、サーダナは逃げも命乞いもしない。『相手を実験台にしているのだから、自分がなっても文句は言わない』それが彼のスタンスだったのだ。
《もうすぐ…か…転換か。これも》
すでに切れた通信とは別に、独り言を呟いた彼は、稀代の数学者は、リンクスとしてその生涯を閉じた。
バーラット部隊の数は、6d2×10×2で決めました。ちょっと多すぎた。
次回予告「Happy Barthday」