妖精と呼ばれた傭兵   作:vitman

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酷いペースですが、私はイキテマス

皆は、文化祭を実行委員長に押し付けないようにしようね!


幕開け

 この状況は、いったいどういう事なのだろうか。呆気に取られている私の目の前にいるのは、大きなスーツケースを持った一人の女性だ。

 綺麗な長い銀髪がストレートになっていて、清楚なイメージを醸し出し、整った顔立ちは、どちらかというと童顔で、綺麗というより可愛らしい印象だが、背の高さが原因で自分より年上に感じてしまう。何より、胸が大きいのも一因だろうが。

 

 で、そんな女性が何故、この広いアナトリアでも知っている人が少ないはずの私の部屋の前に来ていたかといえば

 

「生身では初めましてかな?妖精さん。メノ・ルーよ。よろしくね」

 

 等と言ってきたのだ。彼女が本物ならば、私はこの間の事についてお礼を言わなくちゃいけないし、逆に謝らなくてはいけない。ただ、彼女が『本物』ならの話だ。なにしろ、彼女はGA社の最高戦力…のはず。そう易々と出歩かせてもいい存在ではない。

 と考えるとこの場合私が取るべき行動は、パターンE『悪質商法への取り扱い』をするしかない。

 丁寧にいつもはしない笑顔を作り上げ、彼女に向けてニコリとする。そして、相手がそれに反応し、反射的に笑顔を返したところで勢いよく、それはもう音が漫画やアニメのように出るくらい勢いよく閉める。正に擬音語として表すならバタン!という位に扉を閉める。

 しかし、相手もやわではなかった。よっぽど反射神経がいいのか、高速で閉じられる扉を片手で掴み、その細腕に似合わない程の力で抉じ開ける。結果的に、完全に閉じる事ができなかった私は、開いているほんの少しばかりの隙間から声をかけられる事になった。

 透き通るような空色の眼をギラギラと輝かせ、口元をニヤリと笑うように曲げながら、彼女は私に声をかける。

 

「いきなり、酷いのね…それとも信じられない?私がアナトリアに来たことが…もしかして偽者とでもおもってるのかしら、妖精さん♪」

 

 一瞬私が気圧された瞬間に、メノは足まで扉の間に挟んで一気に扉を開いてしまった。前屈みのまま部屋に一歩足を踏み入れ、ゆっくりと扉を閉める。その間たったの数秒である。

 

「あ、あの…メノさん?近いですよ??」

 

 部屋に入るための扉での攻防だったために、それに私が敗れメノが押し入ってしまったせいで、扉を閉めようとしていた私と逆に入ろうとしたメノとの距離はもはや、15cm定規一つすら必要ないくらいに短かった。この距離になるまで気づいてすらいなかったが、目の前にいる彼女からは甘い良い香りがするし、このアナトリアの暑い夏の気候に合わせてか知らないが、露出面積の大きい服装が目立ち、しかもこの距離では尚更その肌色面積が目立ってしまっていた。

 生まれてこの方私は人見知りで―何故か意外だという声は多い―あり、そもそもあの時起きてすぐにフィオナさんを信用できたのが、今思えば私らしくはなかった。だが、今この瞬間は、メノに対してその人見知りスキルがフルに発揮されている。

 目はしっかり合わせられない(露出のせいも含めて)し、声も枯れてしまったように出ない。それに、なんとも情けない事に、戦場ではバッチリ会っていたはずの彼女に対して、不安感しか生まれない。それに気づいたのか、彼女はばつの悪そうな顔をして扉に寄っ掛かるようにして私から離れた。

 

「ごめんね…戦場の時の雰囲気と違って、なんだか可愛らしかったからついつい悪戯しちゃった」

 

「い、いや、突然来られてこっちは驚いただけで…それに、昔から人見知りで」

 

「そういうのが可愛いって言ってるの…ふふ」

 

 男に対して「可愛い」なんていうのは、なんとなく外れた感性でも持っているのかと思ったが、その瞬間思い出す。そういえば、何処かで聞いたことがあったような気がする。メノ・ルーがリンクスである理由は、孤児院の運営費調達のためだと。ともすれば、子供の面倒を見ることが多いのだろうし、そういった意味で私なんかを可愛いと言ったのだろう。

 で、そんな事はあまり問題にはならない。本題は、何故にGA社最高戦力リンクスが、こんな(言うのも悪いが)大して企業にとって重要でもない場所にいるかだ。

 

「あーその事ね。実は私、会社クビになったの」

 

「………はぁ?」

 

 あまりの事に理解が遅れた。クビにした?貴重な、それも最高戦力のリンクスを?

 

「まぁ、そういう反応になるよね。もうGAの者じゃないから言えるけど、実は、この間の戦闘はあなたを殺すための戦闘だったの」

 

「………俺を?」

 

 何故?依頼はGAを優先的にとってるし、この間からの意味のわからない依頼だって文句無しに受けている。だというのに何故私を殺す必要がある?企業の中に私に恨みがある人物がいるというのも考えられるが、それだけだとは思えない。

 それを考えているのがバレたのだろう。メノは私を哀れむような、もしくは羨むような目を向けてきた。

 

「あなたが、強すぎたからよ。あなたは、あなたの持つ力は強すぎて、企業は怖がってしまったの。いつ自分達が手に負えない存在に変わるのか、あなた達がいつまで傭兵という立ち位置のままでいるのか」

 

「でも、私より、オーエンやジョシュアの方が強い筈だ。なぜ私を?」

 

「別に企業だって考え無しに潰そうとしているわけじゃないの。警戒リストに入っている、三人のフリーランスの傭兵リンクスの中で、あなたが現状…こう言ってしまうのは悪いけど、一番対処がしやすいのよ」

 

 成る程確かにそう言われれば納得だ。なにしろ、私の機体は近接特化で、弾薬の制限がないにしても数の暴力に対する耐性は低い。どちらかと言えば一対一での戦闘が得意な構成なのだ。

 しかも、リンクスになった時期はジョシュアより遅く、それでいて戦闘センスはオーエンよりも下。どちらにも及ばない中途半端な力が、企業の連中には見られていたのだ。

 

「でもそれだけじゃない。別に、リンクスだけが標的になる訳じゃないの」

 

「リンクスだけが目標じゃない…まさか」

 

 この間のGAE粛清に対して、アクアビット社はGA社に事実上の宣戦布告を行った。それが原因で、今まで激しかった機器勢力の二極化が更に激しくなり、俗にアクアビット陣営とオーメル陣営という2つに企業は別れていた。

 そこでオーエンに最近やってきた依頼が、あのBFF社の中枢を担う超弩級大型艦クィーンズランスの破壊だ。BFFは陸ではなく、海に本社機能を集約している。そして、そのクィーンズランスの撃破が目標ということは…

 

「まさか」

 

「そのまさか。倒すことが難しいネクストではなく、破壊が容易なネクストを所有する場所を攻撃することにシフトしているの」

「あなたも知っての通り、ネクストは繊細な兵器よ。それも、他の兵器よりもよっぽど。たとえ無傷で戦闘を終えたとしても、二週間くらい整備せずに戦闘を続ければ、内部がオシャカになるくらいに気難しい。だから、それを利用して、短期に決着を付けられるって訳」

 

「で、それがどうしたっていうんだ?」

 

「まだ分からないの?貴方達が拠点にしているのはこのアナトリアなのよ」

 

 それを聞いた瞬間に衝撃が走った。私があのマグリブ残党を相手にしているとき、アナトリアには別の部隊が攻めていたとオーエンは言っていた。つまり、彼らはただ単に怒りに任せてここを襲ったわけではなく、理にかなった事をしていたのだ。

 まだマグリブは少なからず残っているかもしれないし、これからは企業からの攻撃も視野にいれて防衛しなければいけない。いや、本当はそれすらおこがましいのだろう。

 本当にこのアナトリアを守りたいのなら、自分たちが守るより、自分達がここから去る方がずっと安上がりで、ずっと安全だ。

 

 まぁ、どちらにせよ今すぐ実行できる問題でないことだけは確かだ。

 そんなことよりも今はもっと早く解決すべき問題がある。

 

「で?これから貴女はどうするんですか?」

 

「アナトリアのネクスト整備員として雇ってもらったの。で、空き部屋無いって言われちゃって、ホテルに泊まるお金は持ってないから、あなたの所に居候させてもらおうと思って」

 

「よく軽々しく、会ったこともない男の部屋に泊まろうと思えますね?」

 

「ふふふ、それだけ信用してるって事よ」

 

 

 

 

 

 《》

 

 

 

 

 

 純白の超弩級戦艦クィーンズランス。それは、BFF社の高官や幹部の大半が乗艦している、いわば中枢である。常に移動し続ける戦艦そのものに中枢機能を集めることによって、陸に強固な要塞を作るよりも遥かにローコストで済むと考えたのだ。

 実際、元々の艦隊数が多かったBFFにおいてはこのプランは成功を収め、クィーンズランスも元々あった弩級戦艦の開発プランに少し手を加えるだけだったために、その建造費も新造するよりも遥かに安く仕上がった。

 とはいえ、安い安いと言ってもその作りに粗はない。不発弾なんてあるはずもないし、護衛に付いている第八艦隊は精鋭中の精鋭。しかもその数は第二艦隊と第四艦隊を合わせてやっと互角に近づく程の艦艇数。さすがのネクストもこの防衛陣を恐れてか、たったの一度だって攻め込まれた事はないし、国家解体戦争中に攻め込まれた回数も全企業の拠点の中でもトップクラスで少ない。

 

 そんな伝説は今日終わった。

 

 

 _______________________________

 

 

 

 

 

 クィーンズランス内の食事会に来ていた、BFFの幹部にしてリンクスの王小龍(わんしゃおろん)は、中世ヨーロッパの貴族のような出で立ちの高官達を見て嫌気がさしていた。高官と言っても、大半はスポンサーつまりは資金源だ。株式会社が株主にちょっとした運営方針の決定権を持たせているのと同じような仕組みが、BFFでは採用されているのだが、それがなんとも(わん)にとっては納得いかないものだったのだ。

 BFF内でも他企業からも「野心家」だの「腹黒」だの言われている王ではあるが、その実、企業の利益についてはむしろ誰よりもよく考えていた。ネクストの開発を一番最初に推し進めたのは彼だし、BFF内で真っ先にリンクス候補として名前を挙げたのも彼だった。

 このクィーンズランスの開発計画を提案したのも彼だったことを考えれば、BFFが何かしら成功を収める時はいつも影で彼の姿があるのは誰の目からも明らかだった。それが評価されないのは、ひとえに彼が軍部で名門と称されるウォルコット家と個人的な繋がりがある事や、当時まったく評価されていなかった一兵卒のメアリー・シェリーをいきなり自身の秘書に置き、その後軍部の幹部へと押し上げたりと全く読めない動きをしていたからだろう。

 

(ちっ……肥えた豚共が。今がかなりの緊迫状態だと分かっているのか?)

 

 アクアビットとGAの間で緊張が高まり、今に戦争になるだろうという中でも、食事会等というなんともまったりしたことを続ける、豚のように太った高官達。本来は目に映らせたくもないのだが、招待状を何通も送り付けられては断る事もできなかった。しかもそれが、ウォルコット家からの招待状があるとなれば尚更だ。

 実のところ、王はウォルコット家の末娘、リリウム・ウォルコットが気になっていたのだ。勿論、将来有望であろう人材として、だが。ウォルコット家からは既に二人のリンクスが輩出されており、それらは国家解体戦争にて大きな戦果を挙げている。

 

(AMS適正さえあれば、きっと強力な戦力になり得る……それこそ、メアリーを超える程の)

 

 そう王が一人思考していながらローストビーフを口にしていると、軍服姿の一人の男が息を切らしながら、それでいて失礼がないような急ぎ方で裏口から入ってきて、王の前まで真っ直ぐ向かってきた。

 お喋りに夢中の者以外の極少数の視線が彼に向くが、ここまで急いでいるとなると急を要するのだろうと思い、王は今すぐに用件を話すように言った。

 

「将軍、ネクスト機と思われるコジマ反応が、急速接近しております」

 

「何?このクィーンズランスに向かっているのか?」

 

「えぇ、間違いなく」

 

 そんな馬鹿なと思うと同時に、あのリンクスであってほしくないと考える自分の脳を王小龍は感じていた。そう、あのリンクスであれば、ここを襲撃する事など容易だろうから。

 

「その機体、どこの企業のものか分かるか?敵対企業であれば言え」

 

 できればGA程度であってほしいと思いつつ、恐る恐る……しかしそれを感じさせないような威圧感を持って王は男に問う。だが、彼の口から出たのは、王が望んでいなかった現実。しかも、王が考えていた最悪そのものだった。

 

「どこの企業のものでもありません……アナトリアの傭兵『グレイゴースト』です」

 

 眩暈がするような感覚に襲われた王は、しかしすぐそこまでネクストが接近していることを考え、すぐに今後の対応について話した。

 全力を持って迎撃し、艦隊全ての弾薬を使い尽くす位の勢いで対応せよ。防衛ラインを5つ構築し、3つ目を超えたら自分に教えろ。その時は自分がネクストで出撃する。

 それを伝えると、今度はクィーンズランスの艦長に事を伝え、避難指示を出す事と最大船速で離脱を始める事を命令した。本来はこの艦は王の管轄ではないため命令はできないのだが、それを可能にしているのはこの緊急を要する状況と、王の日頃の行いであった。

 

(ここはじきにパニックで大騒ぎになるだろう……早めに格納庫に向かっておくか)

 

 王自身のリンクスとしての腕前は微妙の一言に尽きる。が、それでも艦隊よりはよっぽど良い戦力になるはずだとそう考えていた。どう考えても、あのリンクスを第八艦隊が止められるとは思えないのだ。

 後ろから、自分の事を呼ぶ幼い少女の声がする。振り返りたい気持ちでいっぱいだったが、振り返れば、自分は戦場に行くことができなくなってしまうだろうことを分かっていたのだろう。王は気づかないふりを続け、ポケットの中の右こぶしをきつく握りしめて会場を後にした。

 

 

 

 _______________________________

 

 

 

 

『第二防衛ライン突破されました!』

 

『ノーマル部隊は何やってんだ!』

 

『速すぎるんだよ!ロックオンすらマトモにできやしねぇ!』

 

『ASミサイルだ!自動追尾ならやれるぞ』

 

『ダメだ、それはもう試した。ミサイルが遅すぎて振り切られるんだ』

 

 パイロットスーツを着込み、ネクストに搭乗した王小龍は苦い顔をせざるを得なくなった。自分に情報が伝えられた時は、警戒網に引っ掛かったレベルの距離だったはずなのに、ものの数分でもう第二防衛ラインまで侵攻されている。

 だが、何かがおかしい。いくら軽量機といえど、普通に考えてこの速度は異常なのだ。少なくとも、時速2000キロ近くの速度が出る必要があるのだ。

 

「……フフフ、馬鹿馬鹿しい。そんな速度が出せる機体があるはずがない」

 

 だが、そんな事を言ってる間にも、第三防衛ラインが破られてしまうとなれば、流石の王も驚く。何しろ、第二防衛ラインが突破されたという報告があってからまだたったの24秒だ。このペースでいけばもうあと一分もあれば、このクィーンズランスに到達してしまうだろう。

 

「不味いな……えぇい、仕方ない……艦長、対コジマ避難指示を頼むぞ……ストリクス・クアドロ出撃する」

 

 クィーンズランスに接続されていた、ネクスト輸送用コンテナのハッチが開き、重量四脚型の黒いネクストが飛び出した。カメラアイが紫色に怪しく光るそれは、右背中から巨大なスナイパーキャノンを伸ばしている。

 

「全艦に告ぐ。データベースを私のネクストとリンクさせろ。こちらから狙い撃つ」

 

『了解、データベースリンク開始!』

 

 左背中に担いだ高性能レーダーがフル稼働し、この戦場の味方機の電子装備とストリクス・クアドロの電子装備の情報がリンクする。さっきまで姿形が見えなかったネクスト機が、今の王には手に取るように動きが分かるようになった。

 真上を向いていたスナイパーキャノンが前に向き、OSが自然に砲撃姿勢を作る。王自身はスコープを使って超長距離狙撃態勢になっていた。その倍率は脅威の125倍。覗けば、奇妙なブースターを付けた灰色の機体が恐ろしい速さで向かってくるのが見える。

 

「さて、お手並み拝見といこうか?レイヴン……」

 

 




次は早く(ハリ並感)上げる予定

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