Fate/Grand Order 蔵馬の天狗ともう一人のマスター 作:たぬさん蕎麦
そんな事があって、現在立香の高校一年の夏。
呪術や魔術については現代の魔術師としては最高峰……とまでは行かないものの、並の妖やら魔獣やらが相手なら十分に討滅出来る程度まで鍛え上げた。
英霊召喚は実行させていないものの、必要な魔法陣と詠唱は完全に暗記させた。
固有結界も完全ではないものの発動の兆しを見せていて、高校を卒業する頃には完全にモノにしているだろう。
と言うか、固有結界は一種の魔術の極致なわけで、そんなものを任意で発動できるようになったら魔術協会に目を付けられるよな……はぁ、余計な仕事が増える事になりそうだ。
とまぁ愚痴はこのくらいにして、今日は立香に歌を聴いてほしいと頼まれている。
防音室に来てみると、立香が気合を入れてピアノを演奏している。
さて、どんな曲を聴かせてくれるのか……と、恋愛系の曲か。
特に呪力も魔力も感じられないから、呪曲の心配はしなくていいだろう。
うん……うん……指も鍵盤を滑るように走り、曲に乱れは無い。
歌も音程のズレは当然無く、ブレスのタイミングにも一部の狂いも無い。
聴いていて気持ちよくなるな………これ………は…………
「!?」
視界が暗転し、意識が飛んでいた。
意識が戻ったと同時に俺の視界に入ったのは、目を瞑る立香。
距離はほとんど無く、唇同士が触れていた。
これは……いや、それよりも、だ。
俺の口内に侵入しようとしていた立香の舌を拒み、唇を離す。
「何を………いや、呪術を魔術で隠蔽した後、更に隠蔽を重ねる事で威力を高めたまま俺に気づかせなかったのか。」
「あ……バレちゃった?」
「ここまでやられて気づかないはずがあるか!」
やられた……魔力も呪力もほとんど感じなかったから、精神的にも気が抜けていた。
こんなにもあっさり魅了の術式に嵌るとは………。
「何でこんな真似をしたんだ? 俺だからまだこの段階で意識を取り戻せたが、並の奴なら三日三晩経とうと魅了が解けない可能性があるレベルだ。
こうなると、お前の身も危ないんだぞ。」
「狗楽さん以外にこんな真似はしないし……好きな人に求められたい、抱かれたいって考えるのはおかしい事?」
「それは……おかしくは無いが、もっとやりようがあっただろう?」
「無いと思ったから、ここまで入念に準備したんだもん。
このままだったら、狗楽さんは絶対私に手を出したりしないだろうし……真正面から告白しても、娘とか…精々妹くらいにしか思われてないのもわかってたから。
キスして、そのまま最後まで行っちゃえば、狗楽さんも責任を取る事を考えてくれるでしょ?」
まぁ、言われてることも間違いじゃ無いんだよな……俺は立香に手を出すつもりは無かった。
そもそも俺は人間じゃないんだ、立香と同じ時間を歩む事もまず出来ないし、それ以前に立香の事は娘のように思ってきた。
「私、本気だよ? 狗楽さんの事が好き。
危なくなったら助けてくれて、いつもそばに居てくれて、いつも優しくて。
きっと、お父さんやお母さんよりも私を知ってくれてるし、私が知りたい事はなんだって教えてくれて。
ずっと、ずっと狗楽さんの事が好き。
きっと、私を誘拐犯から助けてくれたあの時から、ずっと。」
潤んだ目で見つめ、心中を吐露する立香。
…………流石に、ここまで言わせて何もしないってのはな。
「…………5年だ。」
「ぇ……?」
「5年後、お前が成人した時に、まだ俺の事を好きだって言うなら。
その時は、今のキスの責任を取ってやる。」
「ほ、本当…!?」
「ただし! それまでは、こういった接触は無しだ。
それが守れるなら、俺も言った事は間違いなく実行してやる。」
「うん……うん…!」
…………5年経つのが先か、立香が諦めるのが先か。
はたまた、俺が落とされるのが………いや、そんな事を考えてもしかたないな。
ったく、どうしてこんな事になったんだか………。
さらに時が流れ、立香は高校を卒業し、カルデアへと渡る日が来た。
この日のために、魔術や妖術に関して一通り指南し、固有結界も完成させた。
英霊召喚も教え、俺の髪を織り込んだブレスレットを触媒として渡したため、恐らくは牛若丸辺りが呼べる事だろう。
武士としては、俺の教え子の中でも間違いなくトップだったアイツなら、きっと立香の力になってくれる。
いや、それでも英霊召喚には法則があって、日本の英霊は基本的に呼べないとか聞いたような……それだと、金星やサナト・クマラの関連から呼べる事になりそうだな………そうなると、女神イシュタル辺りが型落ちした状態で召喚されるのか?
と、今考えていても仕方がないな。
「狗楽さん、私絶対に帰ってくるから、式場とか色々考えておいてね!」
「二年ほど気が早い……まぁ気を付けて行って来いよ。
水は必ず一度は浄化して、魔術妖術は一般人に見られないように。
固有結界は魔術師の前でも、どうしてもって時以外には絶対に使わないこと。
ブレスレットは召喚の触媒だが、それには空渡りを補助する術式なんかも織り込んであるから、いざと言う時には躊躇わずに使いつぶせ、それから………」
「もう、わかってるって。
呪歌や魔曲も禁止で、英霊を呼んだら主従を逆転する事にならないようにするとか、ここ一週間くらいずっと言ってたし。」
「む、わかってるなら良いが……」
「狗楽さんって、お母さんよりも心配性だよね。
すっごい嬉しいけどさ?」
「あぁはいはい、いいから早く行け。」
「あ、ひっどーい!」
そんなやり取りをしながら、立香を見送ったのが既に一月前の話だ。
それからしばらくの間、特にやる事も無く、日がな一日釣り糸を垂れる日々を送っていたのだが………突如、世(・)界(・)|が(・)停(・)止(・)|し(・)|た(・)。
あぁ、油断していた。油断していたとも。
別に幻想の存在が群れを成して来ようが、辺りの被害を無視すれば殲滅する事も容易だ。
一人や二人程度を守りながらでも難しい事はない。
が、これだ。
平和な日々の中、突如凍り付いた世界。
まるで、世界全ての力を何かに奪われたかのようにも思える。
ブレスレットに仕込んだアラートも反応していないようだし、立香は無事なのだろう。
が、この規模であれば、恐らく立香の周囲が奇跡的に無事ではあったとしても、そこだけだ。