数日前、荒井は政権与党の党本部で開かれた防衛部会に出席していた。
与党の国会議員達が集まり安全保障についての意見交換を行う部会だ。
軍備の拡大を続ける中国に新型弾道ミサイルを配備した北朝鮮についての話が主な議題であった。
「ロシアも北方領土で対艦ミサイルを配備し実行支配を強めている。日本の安全保障は常に脅威に晒されている事を今一度考えて貰いたい」
この防衛部会の会長である須崎衆院議員はこう今回の部会をしめくくる。
与党の防衛族では筆頭と言える存在だ。
タカ派と言う訳では無いが近年では憲法改正に絡んで自衛隊の武力行使をより行えるべきという意見を出している。
「荒井君、少しいいかい?」
そんな須崎から部会が閉会した後で荒井を呼び止めた。
「はい大丈夫です」
「最近君が所属するようになった部署について話がしたい」
「分かりました。ですが人目を避けた場所で」
荒井は須崎が特別事態対策会議の事で話がしたのだと分かった。
須崎は党本部内にある自室へと荒井を招く。
須崎は党の副幹事長なので党本部内に副幹事長としての部屋があるのだ。部屋には
「聞いた話ではデカイのが出現して自衛隊が治安出動待機をやっているそうじゃないか」
須崎はギガスマキナについて言っている。
「はいそうです」
極秘とされている事だがもはや陸自と空自の実戦部隊が有事に備えて待機している。隠すには大きな動きになっていて何処からか知られるのは時間の問題と言えた。
特に治安出動待機の命令を下した政府に近い政権与党の幹部となると尚更だろう。
だから荒井は須崎がギガスマキナの一件を知っていても驚きはしなかった。
「荒井君、あれをどうするつもりなんだ?」
「あの巨大駆動体、ロボットのパイロットを説得して味方に引き入れる事になっています」
「できるかのかね?」
「分かりません。私が貰った資料ではパイロットは感情的でキレやすい少年だとありました」
「キレやすい少年が簡単に味方になるとは思えんな」
須崎は否定的だった。
「荒井君らが居る対策会議が対処している被造物とやらをここらで一度大いに叩く必要があると私は思うのだがね」
須崎はこう言う。
荒井はようやく本題が出たと分かった。
「その大いに叩く役目は自衛隊にですか?」
「そうだ。新宿で警視庁が発砲しても捕まえるどころか逃げられたそうじゃないか。もはや被造物には自衛隊で対処するしかあるまい」
政権与党の幹部となると極秘にしている情報は色々と入るようだ。
「しかし相手は普通ではありません。制服の方は銃弾やミサイルが効くのか疑問視しています」
「自信がないと制服組は言うのか?」
「はい。なので菊地原統括調整官の提案で説得を試みると決まったのです」
「しかしだ。被造物とやらは躊躇い無く力を使っている。荻窪の警察署も襲われたじゃないか。このままでは被造物によって治安は崩壊するじゃないか」
「ごもっともです。菊地原は被造物には被造物で対処すべきと言っています」
語気が荒くなって来た須崎に荒井は亜希の案を今一度伝える。
「それは合理的な案だが力関係は上下が生じると禍根が残るぞ。被造物のおかげで助かったと言うのは避けねばならん」
「借りを作らないために自衛隊を使うと?」
「そうだ。こちらにも力がある。守って貰うだけの存在ではないと見せねばならん」
間違ってはいない。荒井は須崎の考えは納得できた。
だが力を使う。武力行使を行い失敗すれば須崎の言う上下関係は悪い意味で形ができてしまう。
「先生、あの巨大で不明な物体に自衛隊が勝てると思いますか?」
「分からん。だが政治家として脅威を放置はできない。何もせず静観するのも国を乱れさせる」
「やらないよりもやるべきだと?」
「ああ、武力行使は意思表示でもある。被造物の勝手気ままにはさせんと言う意志をな」
「先生のお考え理解できました。しかし役人である私には先生の考えを菊地原などへお伝えする以外できる事はありません」
荒井は須崎が何かを言い出す前に予防線を張る。
「伝えるだけでいいんだよ。私の意志を伝えるだけでいい」
「はあ」
荒井は要領を得ないと言う態度を見せたが須崎が自分を特別事態対策会議の事務局内でコンセンサスを作れと暗に言っていると思えた。
「政府や関係する所へは私が話をする。俺は何としてでもあのデカイのに倒すかせめて一撃を加えたい」
須崎のどこか執着めいた思いに荒井はヤレヤレと少し思えた。
その熱心さで現場が動かされるんだと。
「以上の点から危険性が高いと判断し事務局としては自衛隊による駆動体ならびに駆動体の搭乗者を確保するべきと言う結論に達しました」
召集された特別事態対策会議で亜希は事務局の結論を報告する。
事務局の出した結論が会議の検討内容となる。
「警察ではダメなのか?」
法務省大臣官房司法法制部司法法制課長が尋ねる。
「もしも駆動体が動いて搭乗者の接触や身柄確保を妨害した場合に警察では対処ができません。自衛隊の実力が必要と判断しました」
「確かにあの大きなモノが動いたらミサイルや砲弾の方が有効ですな」
広田警察庁警備局長が亜希の答えに同意する。
「あの巨大な駆動体に自衛隊が必要なのは分かりました。法務省としてはどういう法的根拠で自衛隊を出動させるかが問題と考える。」
司法法制課長は更に問う。
「事務局では治安出動での出動が妥当であると結論を出しました」
亜希が答える治安出動は警察力だけでは治安維持ができない状態の時に総理大臣の命令まったは都道府県知事の要請で自衛隊が出動する事を指す。
「それは妥当と考えます」
司法法制課長は事務局の案に同意した。
自衛隊の出動は防衛出動・治安出動・警護出動・海上警備行動・災害派遣がある。
防衛出動は侵攻して来た外敵と戦う為の出動
治安出動は国内の治安が警察だけでは保てない時の出動
警護出動は自衛隊施設またはアメリカ関連施設(在日米軍基地や米大使館など)を警護する為の出動
海上警備行動は海上保安庁だけでは海上の治安を保てない時の出動
災害派遣は自衛隊が被災地の救援などを行う為の出動
こう分かれている。
ギガスマキナとそのパイロット鹿屋瑠偉は「無限神機モノマギア」の中では何らかの組織に属しているらしいが防衛出動の根拠となる「国または国に準ずる組織」と言う対象にするには根拠が無い。現実世界には実在しないからだ。
そうなると治安出動が妥当となる。
ギガスマキナを押さえ込む力が警察には無いからだ。
治安出動の条文である自衛隊法第78条「一般の警察力をもっては治安を維持することができないと認められない場合」を事務局の法務担当である橋田がギガスマキナに対する自衛隊出動の根拠にすると提案した。
「治安出動ですか。しかしあのロボットいや駆動体を撃破するとなれば戦車や対戦車攻撃ヘリが必要ですね」
自衛隊の代表者として出席している佐竹統合幕僚長がこの件について初めて口を開いた。
「大規模な戦力が必要ですか?」
亜希の問いに佐竹は「はい」と答える。
「この資料や偵察の画像を見ても駆動体がどれだけの装甲を持っているか不明だ。戦車も火砲も航空機も多く投入し火力を集中する必要があります」
「ピンポイントで一撃とはいかないですね」
分析班の資料も見てギガスマキナを容易に倒せない事は亜希にも想像できた。
「そこで提案なのですが、まずは駆動体の搭乗者を特殊部隊で身柄を確保できれば事態を最小限に納められると思います」
亜希は佐竹の提案に即答しなかった。
「私は統合幕僚長の意見に賛成だ」
広田がまず賛同した。
それから何人かが続けて賛同の意を示す。
「事務局として提案があります」
亜希は割り込むように言い出す。
「自衛隊による作戦に前に駆動体の搭乗者と接触してこちらの保護下に置く事を承諾して貰うのはどうでしょう?」
この事務局からの提案というのは亜希の独断だった。
鹿屋の性格から圧力をかければ感情を刺激して暴れるかもしれないと亜希は不安だった。
だが事務局も対策会議も自衛隊による圧力や実力行使に向いている。それは事態の拡大によって他の被造物が触発されて行動が激化するのを亜希は恐れていた。
だから亜希は独断で事務局案をでっち挙げたのだ。
「統括調整官、誰がその搭乗者と接触し交渉するのかね?」
槇野が亜希へ尋ねる。事務局の案や議事を知っているだけに唐突な亜希の提案を問いただしている。
「私が行きます。対策会議の代理として参ります」
亜希の申し出に槙野も誰もが驚く。
「危険です。他の代理を立てるべきだ」
広田が反対する。
「いえ、この事態全般を把握している私こそ交渉に適任だと思います」
「しかし相手が逆上してしまうと危害を加えるかもしれない」
広田はそれでも反対する。
「接触と交渉をする事は良い案だと思う」
賛意を示す意見が出た。
大木公安調査庁調査第一部部長だ。
「搭乗者の性格が感情的だとしてもアニメの登場人物でも話はできる筈だ」
「話して分かれば良いですが」
大木の意見に広田は難色を示す。
「交渉に賛成だ。武器使用を行うような事態を回避できるならば」
佐竹が交渉案に賛同した。
佐竹としては実力が不明でありビームを放ちや飛行も可能なギガスマキナと一戦を交えるのに自信が無かった。
自衛隊の総力を挙げてもギガスマキナを止められないのではないかと思っていた。
だからこそ亜希の交渉案に乗ったのだ。
「事をそこまで荒立てず収拾できるなら交渉案に賛同する」
渡邊内閣府政策統括官が交渉案に賛同した。
「意見が分かれているようだな」
槙野は亜希へ小声で言う。
亜希は調整官としてまとめねばと自覚する。
「方針を定めたいと思います。自衛隊による実力行使に賛同の方」
「被造物へ接触し交渉する事に賛同の方」
賛成の数は交渉案が多かった。
「ありがとうございます」
亜希は思わず自分の案への賛成が多い事で謝意を示した。
「交渉が第一だが最悪の事態に備えて自衛隊は待機させるべきだろう。防衛大臣に実働部隊の治安出動待機を要請しよう」
槙野は会議の最後にこう決めた。交渉が決裂した場合に備えてである。
「本当に君が行くのかね?」
会議が散会した後で槙野は亜希に尋ねた。
「はい。私が事態を一番把握していると自負しています。交渉は私が行くべきです」
槙野は亜希が珍しく自信を持って積極的だと感心する。
亜希が消極的と言う訳では無いが自分の領分を越える事をそうしないと思えていたからだ。
「良かろう。代表者として行って行ってくれ」
槙野の返事に亜希は「ありがとうございます!」と頭を下げた。
「では早速、明日の朝会いに行きます」
いつにないやる気を見せる亜希
槙野は頼もしいと思えて笑みを浮かべた。
亜希がここまでやる気を見せたのはギガスマキナの騒動が公になり被造物が堂々と出て暴れ社会秩序が崩壊する最悪の事態を避けると言う意味もある。
もう一つの理由は被造物にと直接話ができる機会だからだ。
被造物の事件に対処する役目とはいえ当の被造物には未だ会った事は無い。
新宿で機動隊と軍服の姫君と一戦交えた時に侮辱的な言葉を投げられたぐらいしかない。
公安にしても被造物へ接触できてない。
そうなるとギガスマキナの鹿屋と会うのはこの上無いチャンスだった。
鹿屋が分析班が出した資料のように気難しい性格であっても直接会って少なくとも社会の敵にならないようにできればと亜希は思っていた。
「本当に菊池原さん鹿屋くんに会うんですか?」
聡美は亜希が鹿屋へ会いに行く準備をしてと指示した時だった。
「そうよ」
「大丈夫ですか?菊池原さん鹿屋くんが出ている作品あんまり知らないと思うんですけど」
聡美は意地悪ではなく情報不足のまま会いに行くであろう亜希を心配したのだ。
「不安が無いと言えば嘘になるけど、初対面で人と会うときに何でも知っている訳じゃないでしょ?」
亜希の答えに聡美は一つの理解をした。
彼女はアニメのキャラに会いに行くのではなく鹿屋を一人の人間として会いに行くのだと。
「公安での捜査だと対象の趣味や家族構成に抱えている個人的な問題まで知ってから接触する場合もあるけどそれは対象をコントロールする為、今回はあくまで会って社会へ危害を加えないようにしてもらう。鹿屋さんの全てを知る必要は無いわ」
亜希の考えに聡美は納得した。
「では明日の朝に車を用意します」
「お願いします。用意するのはハイヤーで」
こうして亜希は用意を整え一睡してから東京の内閣府からハイヤーで出発した。
護衛のスーツを着た警官4人が乗るアクセラの2台で東京近郊にある中乃鐘の家を目指す。
「事故渋滞です。事故は今起きたばかりのようです」
首都高を出東北道に入った時だった。
前の車がどれも止まってしまっていた。聡美が警視庁へ連絡して照会して貰うとトラックがバスに追突する事故でバスが道路を横断する形で横転した為に当分は交互通行もできないと報せた。
続く続報はバスに乗っていた観光客に多数の負傷者が出て通行の回復よりも救助が優先され通行止めは当分続くとの事だった。
脇を抜けるように消防車と救急車が走り上空はドクターヘリ以上にマスコミのヘリが飛び回って行いた。
「ヘリを呼びますか?」
聡美が言う。
亜希の顔に苛立ちが見えていたからだ。
「この現場に私を運ぶためのヘリを呼べないわ。待ちましょう」
そう言ったものの亜希は焦りと苛立ちが高まっていた。
こうしている間に事態が悪化するのではないかと。
鹿屋がギガスマキナに乗り何処かへ飛び出し世間にその存在が知られる。それだけではない、何かを破壊し治安上の責務を果たす必要に迫られた場合・・・
亜希の頭には最悪の事態が頭をよぎる。
時間は昼近くになろうとしていた。
亜希の携帯電話に槙野から電話がかかる。
「菊地原君、すまんが至急戻って来てくれ」
「え?まだ搭乗者に接触できていませんよ」
「状況が変わった。説得は中止だ」
「何故です?」
「説得よりも制圧に方針を変えると政府が決めた」
「そんな、どうしてそんな事に!?」
亜希は思わず声を荒げる。
「与党の中で自衛隊による実力行使を望む動きがあったようだ。それが政府を動かしてしまったのだ」
槙野は名前を出さなかったが須崎の事を指している。
亜希は聞きながら誰かが自分の足を引っ張っているのを知り唇が引きつる。
「どうにか時間を頂けませんか?」
亜希は槙野へすがる。
「ダメだ。君を呼び戻すように総理と国家公安委員長から言われている。指示を無視すれば統括調整官の役職を解くだけでは済まなくなる。菊地原君、残念だが戻って来てくれ・・・」
亜希の熱心さを知っているだけあって槙野も悔やみながら亜希を説得する。
亜希は携帯電話を耳に当てたまま俯き左手で頭を抱えた。
何か爆発すような雰囲気を感じ取った聡美は至近で受けるであろう爆発に身構える。
槙野は沈黙する亜希の様子を察して黙って待つ。
亜希は10秒ほど黙ったまま俯いてから顔を上げた。
「分かりました。戻ります」
「すまない」
通話は終わった。
亜希は放心したように座席に身を預ける。
「高江さん。東京へ事務局へ戻ります」
聡美は亜希の指示を受けると外へ出て交通整理に当たる警官へ戻る為の通行の調整を始める。
運転手と二人だけになった亜希は一気に気が抜けてぼんやりと外を見る。
高速道路の景色は見えるが頭には入らない。
ただ「ここまでやって来たのに」と言う徒労感しかなかった。