統括調整官菊地原亜希   作:葛城マサカズ

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第14話 統括調整官は事態を変える

 亜希は総理官邸危機管理センターで特殊作戦群による作戦行動を見守っていた。

 隊員により中乃鐘宅へ音響閃光弾が投げ込まれ屋内が明滅してから隊員達が突入するのが自衛隊が撮影して生中継している映像が危機管理センターの大型モニターに移る。

 「制圧はまだか?」

 突入してから報告が来ない事に統幕長の佐竹は不審に思い通信担当の一等陸尉へ尋ねる。

 「いえ、まだのようです」

 その一尉も状況がよく分からず困った顔をしながら答えた。

 「どうなっているんだ?」

 総理も状況が気になっている事を口にすると閣僚達はざわめき始める。

 そんな時だった。

 「巨大駆動体が動きました!飛行しているという報告も!」

 一尉が叫ぶように報告する。

 これには亜希も目を丸くして静かに驚く。

 巨大駆動体が動いたとなれば自衛隊は戦車や戦闘機を投入した大規模攻撃に移る。

 もはや被造物の事件は隠せない。

 被造物との全面戦争が始まると亜希は戦慄する。

 だがこの状況を止める術を亜希は見出せない。ただ止めろと言うのは政治に関わる者として無責任だからだ。

 動き出した巨大駆動体は中乃鐘邸を玩具のように持ち上げた。

 「現地の部隊から作戦を次の段階へ移し巨大駆動体への攻撃許可を求めています」

 防衛大臣は総理に改めて自衛隊の武力行使について許可を求める。

 「仕方あるまい」

 総理が自衛隊に攻撃を命じようとしている。

 亜希はここで一言総理へ中止を求める発言をしようかと思う。

 だが命令下達が少しでも遅れて現場の自衛隊員が死傷するような事になるかもしれない。

 だから不用意な発言はできない。

 何も出来ないもどかしさを噛みしめながら亜希はその場に座っているしかなかった。

 「自衛隊へ新たな武力行使を」と総理が言い始めた時だった。

 「巨大駆動体が止まりました」

 一尉が報告を被せた。

 「本当か?再度確認しろ!」

 佐竹は現地へ再確認を命じる。

 総理は言い掛けた自衛隊への命令を飲み込み黙って状況を見ている。  巨大駆動体もといギガスマキナは持ち上げた中乃鐘宅を元の場所へ戻すと立ったまま硬直したように止まっているのがモニターに映っている。

 とはいえギガスマキナの周囲には自衛隊の攻撃ヘリコプターが滞空して警戒し、対戦車ミサイルの発射装置を構えている隊員が乗る軽装甲機動車がギガスマキナへ向けて構えている。

 未だ緊迫した状況が続いているのが見て取れる。

 「現地で再確認しました。巨大駆動体は停止しています」

 防衛大臣が確認を総理へ伝えた。

 亜希は胸をなでおろし緊張を和らげる。

 そんな時に槙野の秘書が槙野へ何かメモを渡した。それを槙野が一読すると亜希へ渡した。

 「被造物の一人が巨大駆動体の搭乗者へ停止を命じた模様<防衛省担当より>」

 メモにはそう書かれていた。 

 これはメテオラが瑠偉へギガスマキナの動力を停止するように指示した時の事である。

 亜希は被造物が抵抗する意志が無いと読み取れた。

 「監理官、発言しても宜しいでしょうか?」

 槙野へ亜希は尋ねる。槙野は「いいぞ。遠慮はしなくていい」と答えてくれた。

 槙野の許しを得た亜希は「総理!」と言い立ち上がる。

 「巨大駆動体を停止した事は被造物に抵抗の意志が無い事の現れだと思います」

 亜希は打って出た。

 「それは早計ではないか?」

 防衛大臣が反論するが強くはない。

 「被造物達は特殊部隊による襲撃を受けて囲まれているんです。逃亡でも反撃の意思があるならば今も巨大駆動体を使い自衛隊を攻撃しています」

 亜希の論理に防衛大臣は早々に沈黙した。

 彼は須崎に言われて自衛隊の投入を支持していただけに過ぎないからだ。

 警察側は防衛省・自衛隊側の沈黙で何も言う事はできない。

 「菊地原君、どうすればいいかね?」

 総理が訊く。

 「被造物の彼ら、彼女らと会い真相を聞き誤解を解きます」

 亜希は政府と被造物の接触を一気に実現しようと試みる。

 「誤解ね」と誰かが嘲笑する。他の閣僚は「会ってどうする?」「いや会って話を聞くだけでも」と言い合う。

 「この際やってみては?」

 政策担当の総理大臣補佐官が総理へ提案する。

 この補佐官は私設秘書から総理のお気に入りとして入閣した人物だ。彼の言は総理に一番届く。

 「会ってみようではないか」

 総理は亜希の案を採用した。

 「ですが総理、相手は超能力であるとか常識外れの存在です。総理や閣僚が会うのではなく特別事態対策会議の構成員で会うのが実務と保安の意味で良いかと」

 官房長官が総理へ提言する。

 内閣の女房役である彼としては政府を危機に晒す事は避けたいのだ。

 「そうだな。槙野監理官、特別事態対策会議で面会をするように」

 「分かりました」

 被造物と総理が会う機会は無くなってしまったが亜希にとっては対策会議の場を借りて被造物と会う事ができれば目的を果たせるのだから。

 「被造物達が面会を承諾しました」

 現地の特殊作戦群から連絡が入ると亜希の口元だけ緩ませた。我が事成れりと言う思いになっていた。

 「総理、後は我々対策会議に任せてください」

 槙野が勧めると官房長官も「任せて良いでしょう」と同意する。

 「では任せるよ」

 総理はそう言い残すと大臣達や補佐官を引き連れて退室する。

 後は亜希や佐竹など特別事態対策会議の面々だけになる。

 「それでは内閣府庁舎で対策会議を召集します。2時間後に被造物の皆さんと面会を始めます。自衛隊は被造物とそれに関係する一般人をヘリで内閣府へ運んでください。客人として丁寧に」

 亜希は聡美を入れてから指示を出す。

 「調整官、警備も強化すべきです。隣は総理官邸だ」

 警察庁の所沢が指摘する。

 「抵抗の姿勢を解いたとはいえ自衛隊の襲撃を受けた被造物達の心情は穏やかではないでしょう」

 「・・・・それもそうね」

 亜希はそれが心配だった。

 武器を持った集団に襲撃を受ければ誰でも機嫌が悪いだろう。

 もしかすると面会の場で襲撃を受けた怒りを被造物達が爆発させて能力を使い攻撃を始めるかもしれない。

 そうなると政府中枢がある内閣府の立地は警備を強化する必要がある。

 「警視庁がすぐに投入できるのはSATとERTに機動隊の2個中隊だ」

 所沢は特殊部隊と銃器対策部隊の即応部隊であるERTに機動隊の用意ができると言った。

 「治安出動の準備で空挺団と中央即応連隊はいつでも出せる。第1師団主力も2、3時間で出せるだろう」

 佐竹は自衛隊の準備状況を述べた。

 「増強するのはSATとERTだけにしましょう。我々の精鋭を集めても敵う相手ではありません」

 亜希は最小限の警備増強に決めた。

 「しかしもしもの場合」と所沢は食い下がる。

 「もしもの時は総理や閣僚を立川か有明の予備施設へ避難させます。自衛隊は避難用の車輌にヘリや艦艇の準備も進めてください」

 亜希は被造物が暴れた場合は東京の永田町や赤坂から総理と閣僚を避難させる考えだった。

 政府は首都直下地震などで政府中枢施設の被害が大きい場合は多摩地域にある立川広域防災センターと有明にある東京湾臨海部基幹的広域防災拠点を予備施設に指定している。

 亜希は万が一の場合はそのどれかに総理と閣僚を逃がすつもりだった。

 「皆さん、被造物と戦うのが目的ではありません。あくまで対話をするのです。くれぐれも敵意に見えそうな態度は慎むようお願いします」

 亜希はお願いしますと言ったが口調は高圧的だった。

 こちらの落ち度でセレジアやメテオラなど被造物を怒らせてしまうのに亜希は神経質になりかけていた。

 


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