新世代と島村兄   作:凧山葵

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第1章
帰り道の雨宿り


「はぁ......ついてないなぁー」

 

シャッターが閉まったお店の前で、鼠色の雲が広がる空を見上げながら、制服姿の少女は、愚痴るように言った。

間一髪、本降りになる前に屋根の下に逃げ込めたので、服は濡れていない。

だが打ち付ける雨粒は、中々勢いが弱まらない。しかし強くもならない。安定したリズムを刻む。長く降りそうな雰囲気だった。

今日の朝の天気予報は、一日中晴れるから熱中症には気を付けろと言っていた。だが、夏の気紛れな天気は、それを嘲笑うように雨模様だった。

天気予報が悪いわけではない。強いて言うなら、空はひねくれものだということだ。

それも影響力は並の政治家をも越える。なんとも質が悪い相手だった。

そんな巨大な相手には怒りを感じるのもバカらしい。

少女はただ、自分の間の悪さを呪うばかりだった。

うんざりとした気分で、下を向きながら雨雲が去るのを願っていると、水溜まりを踏む音が聞こえた。

 

「店の前で何をしている?」

「......え?」

 

突然の声に、少女は驚いて顔を上げる。

その先には、制服姿の少年が傘をたたみながら屋根の下に入って来ていた。

少年は整った顔をしているが、しかめた表情が相手に少し恐怖感を与える。

少女も例外でなく、その威圧的な雰囲気に怯んでしまい、すぐに言葉が出ない。

少女がなにも言わないので、少年は訝しんでいたが、少女の制服についたまばらな雨粒跡を見て「あぁ」と合点が行った声を漏らした。

 

「雨宿りか」

「う、うん。そんな感じ」

 

事情は理解してもらえたことには安心したが、まだ恐怖感が抜けないのか、言葉がつっかえてしまう。

「急に降ってきたもんな」

「おかげで足止めくらってるよ。天気予報じゃ晴れだって言ってたのに......」

「予報だからな。あくまで予想だ。外れることもあるだろ」

「そのくらい分かってるよ。でも文句くらいいいでしょ。誰も聞いてないし」

「俺が聞いてるがな」

 

気の抜けた声のつっこみに、少女は顔が少し緩む。

第一印象は怖かったが、話してみると普通の人というパターンのようだ。

少年も、少女の強張った顔が解れるのが分かった。そしてそこで、持っていた黒い傘を少女に差し出した。

差し出しだされた傘は、さっきまで少年がさしていたもの。動かす度に多量の雨粒が落ちていく。

少女は、その行動に戸惑っているが、少年はぶっきらぼうに。

 

「使え」

「え! で、でも私に貸して、この後どうするつもりなの?」

「大丈夫だ。俺の目的地はここだ」

 

少年は、そう言ってシャッターが閉まった店を指差した。

そこで少女は、少年が最初に店の前どうこう言っていたことの意味を理解した。

どうやら少年は、この店の関係者らしい。

 

「へぇ......、ここって閉店してたんじゃなかったんだ」

「縁起の悪いこというな。平日は17から22時まで普通に営業している」

 

帰り道でいつもシャッターが閉まってるのを見れば、そう思うのも無理はない。

「......17時からって、開くの遅いね。ここは何のお店なの?」

「喫茶店だ。主にコーヒーや紅茶、軽食がメイン......と言っても、俺は紅茶は苦手だかな」

「それ大丈夫なの?」

「俺が飲むわけではないから問題ない」

 

少女が聞いたのは、苦手だと公言した紅茶の味だったが......、少年は別の解釈をしたようだった。

少女は自分が飲むわけではないからいいかと、紅茶の件はスルーすることにした。

そして今まで何もないと思っていた建物が、実は喫茶店だった方に興味が湧いていた。

 

「ふーん。こんなところに喫茶店があるなんて知らなかった。今度来てみようかな」

「構わないが、来るのなら休日を勧める。平日は開くのが遅いが、休日は朝の7時から開けている」

「うん、分かった。そうする」

「そうしておけ。......で、傘は使うか?」

「え? あ、そうか、忘れてた。......今度来たときに返す」

「別に返さなくても気にしないがな。なんなら折って捨てても気にしない」

「いや、そこは気にした方がいいと思う」

 

朗らかに笑い声を出す少年。

声が一本調子なので、少年がどこまで本気か冗談なのか計りにくい。

笑ったので、今のはおそらく冗談だったのだろう。

乗せられたようで、少女は少し悔しかった。

少女が傘を受け取ったのを見て、少年はシャッターの鍵を外した。

そして、シャッターを持ち上げるガラガラという音が聞こえると、段々と落ち着いた色あいの店が姿を表した。

看板にはローマ字で『U』『S』『Q』と書かれていた。

その不思議な文字列に、少女は首を傾げていた。

 

「これ何て読むの?」

「......『U』卯月、『S』スペシャル、『Q』キュートだ」

「卯月って誰?」

「俺の妹」

「え、シスコン......?」

 

心なしか少女の距離が遠退いた。

 

「違う。祖父の店を俺が引き継いだんだ。だから名付け親は、祖父だ」

 

キッパリと否定する。少し言葉が強かったのは、気のせいではない。

シスコンでなく、よくある孫溺愛お爺ちゃんであった。微笑ましい話だが、引き継いだ者にとっては、たまったものではなかった。

ローマ字表記が単語になってない分、意味を聞かれることも時折あるから尚更だった。

説明する度に、云われもない疑惑を持たれるのだから。

恥ずかしくなったのか、少年は店に入ろうと、そそくさとドアに鍵を差し込む。

「ちょっと待って」

「なんだ?」

 

早く去りたいのか、低い声で聞き返す。

だがあのやり取りの後では、少女はもう恐いとは欠片も感じなかった。

 

「名前......、まだ聞いてなかったなって。私は渋谷凛。そっちは?」

「あー、島村 寅晴(しまむら とはる)だ。『寅』って書いて、『と』と読む。間違えて覚えるやつが多いからな。気を付けろ」

「わかった。寅晴だね」

「いきなり呼び捨てかよ......。まあ、いいけど」

 

投げやりに言った。

あまり礼儀どうこうには興味ないらしい。

 

「俺はもう店入るぞ。やることもあるからな」

「うん。......傘ありがとう。また来るね」

「おう。来たらサービスで1%割引してやるよ」

「それ遠回しの嫌がらせにしか思えないよ。小銭が大変なことになるじゃん」

「ははッ、バレたか。じゃあコーヒー1杯サービスしてやろう」

 

紅茶でないだけ、今度は本物のサービスのようだ。

そう言って店に入っていった寅晴。

ドアを開けたときのカランカランという鈴の音が、辺りに響く。

そして凜も家に帰るために、借りた黒い傘を開く。雨はすでに弱まりを見せて、少し待っていればやみそうだった。

だがそんなことは知らないと、凛は楽しそうに小雨の中を歩いていった。




時系列は凛が中学3年。
主人公は高2です。
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