新世代と島村兄 作:凧山葵
書いてたら、しぶりんが女々しくなったので、ないよう少しカットしました。
だから、少し短めであっさりと終わってます。
「1、2、3、4! 5、6、7、8!」
トレーナーの数字のリズムに合わせて、渋谷凛、島村卯月、本田未央の3人は振り付けを行う。
キュッ、キュッと靴がフローリングに擦れる音が、レッスン室に響く。
彼女たちは現在、半月後に行われる346プロのライブに、城ヶ崎美嘉のバックダンサーとして出るために練習に励んでいた。
その出演が決まってから、毎日のように練習しているが。
「本田ぁ! リズムが遅れてるぞ!」
「は、はい!」
「島村ぁ! お前はリズムが早すぎだ! お前一人出来ても、他の二人を置いていってどうする!」
「す、すいません!」
「渋谷ぁ! 足の位置が逆だ! 気を付けろ!」
「……は、はい!」
中々上手くいかないようだ。
元が素人の本田と渋谷は、ダンスの振り付けと笑顔をキープの両立に四苦八苦し。
卯月はダンスには問題はないのだが、年長者そして技術的に秀でている分、他の二人に合わせなくてはならないので、そのズレを修正できないでいた。
だが、足踏みしてるわけではなく、少しずつだが前には進んでいる。
「きゃっ!」
「ご、ごめん卯月……」
3人で揃ってターンを決めるところ。
中央の卯月がターンをするとき、渋谷が本来とは逆に回ってしまい、二人は接触してしまった。
それにトレーナーの目が鋭くなった。
「渋谷ぁ! お前は今日これで、振り付けを間違えるの何度だ!」
「す、すいません……」
「もういい! やる気がないなら帰れ!」
「……っ!? ……やる気はあります」
やる気があるのは事実だ、渋谷凛は、何事にも手を抜くことはない。
しかし。
「だが、明らかに集中していない!」
「……っ!」
それも事実だった。
練習が始まった当初は、渋谷も二人に続いて意欲的に取り組んでいた。
しかし、だんだんと……いや三日前から、ぼんやりとしていることが増えた。
どこか元気がなく、考え事をして、集中しきれないのか振り付けを間違えるようになった。
「先程からお前がミスをする度に、本田と島村も練習を中断しているんだ。それでも二人は成長しているのに、お前は何だ! 初歩的なミスを繰り返し、顔にも覇気がない! よくそれでやる気があるなど言えたものだ!」
「……」
渋谷は、何も言えなかった。
そしてトレーナーは、最後に強い口調でこう言った。
「はっきりと言っておく。今のお前は、二人を邪魔している! 足を引っ張っている、お荷物だ!」
その言葉は、渋谷の心に深く突き刺さった。
◇
『今のお前は、二人を邪魔している!』
『足を引っ張っている、お荷物だ!」
この言葉が、私の心の中で延々と反芻していた。
実際にショックだった。そう言われたことでなく、それが事実だと認識できてしまったことに。
私は自分をお荷物だと認めてしまったのだ。
それが堪らなく悔しくて、情けなかった。
こんな筈ではなかった。
卯月に憧れて、チャンスがあったから飛び込んだこの世界。
順風満帆なんて甘いことは考えなくとも、絶対に下を見たりはしないと決心していた……のに、このざまだ。
レッスンが終わったあと、私はすぐに着替えて、二人より先に事務所を出た。
ともかく逃げたかったのだ。それが何にもならないと、分かっていながら逃げたのだ。
未央の呼び止める声が聞こえたけど実家の手伝いを言い訳にした。
私は早足で廊下を歩く。
視線の先には、地面のタイルの模様だけが映っていた。
エレベーターで一階へと降りた私が自動ドアを通ろうとすると。
「凛ちゃん」
円形の柱の下に立っていた人に、私は声をかけられた。
聞き覚えのある声だった。
いや、そもそもシンデレラプロジェクトのメンバー以外で、私をちゃん付けで呼ぶ人など、一人しかいなかった。
「……美穂」
「うん。こんばんは。少し話したいことがあったから、待ち伏せしちゃった」
言い訳をしないところが、正直者な美穂らしい。
しかし、今の私に話をしている余裕はなかった。
「ごめん。急いでるから……」
「10分でいい。……ううん。5分でいいから、時間をもらえないかな?」
真剣な眼差しで願ってくる美穂に、私はしばし悩んだ。
そして最後には折れた。
「分かった。少しだけね」
「うん。すぐに終わるよ。……私の話はね、寅晴さんとのこと」
「……っ!?」
私は死角から金槌で殴られたような衝撃だった。
てっきり、最近の腑抜けて姿のことだと確信していたからだ。
しかし、少し冷静になって考えると、美穂の話に寅晴が関わっていない筈がなかった。
どうやら私は、かなり混乱していたようだ。
だが今の言葉で、逆に目が覚めた。
「凛ちゃん。寅晴さんと喧嘩したんだよね?」
「ううん。喧嘩って言うより、私が勝手に不貞腐れてるだけ。だから寅晴は悪くないよ」
そう。寅晴は悪くない。悪いのは私。
噂だって、アイドル業の支障になることは目に見えていた。
だから寅晴は、当たり前の判断をした。
ーー 一緒に帰るのをやめよう。
別に会えなくなるわけじゃない。
ただ帰り道の20分程度の時間がなくなるだけ。そう、たったそれだけなのだ。
だけど私は、腸が煮えくり返る気持ちだった。
理由は分からない。だが、あの後から寅晴とは会っていない。
時々教室のドアを見るが、姿はなかった。帰るときも、門の前にいるかもしれないとつい視線を動かしてしまう。
結局私は、勝手に突き放しておいて、寅晴が自分から来てくれることを期待していようだ。何て厚かましい女だと、自分で自分を罵りなくなる。
「寅晴さんは悪くない……か。それが凛ちゃんの本当の気持ち?」
「どういうこと?」
「もっと他の言葉ないの? って意味だよ。例えば、不満とかさ」
「そんなもの……」
「ないわけないよね? だってないなら、元から怒ったりしないもん」
「え……」
「凛ちゃんは、寅晴さんの言葉に不満があった。だから怒った、不貞腐れた。でも、凛ちゃん自身はそのことから目をそらしてる。本当は気がついてるのに、気がつかないふりをして悩んでいる。言葉にして寅晴さんに嫌われたくないって、恐がっちゃってる」
「…………」
ーーだって、ワガママな女だって思われる。
ーー自分勝手だって、嫌われる。
そんなのは絶対に嫌だった。
「そう……かも……ね」
絞り出すように出た言葉だった。
「私は寅晴に嫌われたくなかった。でも、沸き上がる気持ちも抑えきれなかった。それで勝手に不貞腐れて、勝手に一人で悩んで、それで卯月と未央にも迷惑かけて……本当に馬鹿みたい」
涙が出そうだった。だけど我慢した。私に泣く権利などないのだから。
泣いている暇があるなら、自分を叱咤したかった。
「本当はね。もっと早く来ようと思ってたんだ」
俯いていたら、唐突に美穂が語り始めた。
「でも、仕事とレッスンとで時間が取れなかった。だから、こんなに遅くなっちゃった。ごめんね」
「美穂が謝ることじゃないよ」
むしろ私が、時間とらせてごめんと言う立場だと思う。美穂はテレビにライブにと引っ張りだこのアイドルなのだから。
「そう。でも、寅晴さんにお願いされてたから、その意味も込めて謝らせて」
「寅晴が?」
「うん。仕事帰りにいきなり電話がかかってきて、開口一番に凛ちゃんが大変らしいから、助けてあげてくれないか? って」
……不覚にも、少し喜んでしまった。
「嬉しかったでしょ?」
「そんなことない……」
「そうなの? 私はとっても嫉妬したよ。だって寅晴さん、せっかくライブチケットあげたのに、凛ちゃんのことしか頭にないだもん。私より凛ちゃんの方が大切なんだー、って思っちゃったよ」
美穂は、笑い半分に不貞腐れたように言った。
結局、チケットのお礼はなかったらしい。
義理深い寅晴にはあり得ないことだ。それだけ余裕がなかったということなのかもしれない。
べ、別に嬉しくないんだからね!
「もう凛ちゃんってば、喜びが隠しきれてないよ」
「えぇっ!?」
急いで顔を確認すると、たしかに頬は緩んでいた。無意識だったようだ。
何が、表情を取り繕うのが特技だ。最近穴だらけじゃないか。
羞恥心で顔が熱い。
今熱を測ったら、何度あるか予測がつかないほどだ。
「はぁーあ。私も寅晴さんのお店行きたいな……。最近、ご当地の仕事が増えてきたから、時間がどんどん削られちゃうんだ」
「大変そうだね」
「うん。今度なんて、346のライブの一月後ぐらいに、東京でまたライブだもん」
本当に人気アイドルなんだなぁ。
こうして話していると、普通の女友達なので、今一実感がわかない。
もし私が、美穂と同じぐらい人気になったら、やはりこうなってしまうのだろうか。そうなると寅晴とは……。まぁ、何かの間違いでもない限り、ないだろう。今は、ただの夢物語に過ぎない。
「それで凛ちゃん。腸は決まった?」
「それを言うなら『腹』でしょ?」
「そうとも言うね!」
「そうとしか言わないよ……」
本気なのか、ボケなのか分かりにくい。
美穂って、昔は緊張しいだったって嘘だよね? 絶対にクラスの中心で声あげてる人だよ。
「まぁ……うん。明日寅晴に話してみるよ。私が何で怒ったのか。どうして調子悪かったのか。不満も希望も全部伝えるよ」
「それって、さ。……ほぼ告白じゃない?」
「え、あ、いや……そんなつもりは……ないんだけど」
よく考えたら、たしかに、あなたと少しでも一緒にいたいって言うのと同じだよね。
どうしよう……。
でも、よく考えたら。
「寅晴だから、多分肝心の気持ちは伝わらないと思うよ」
「ああ、寅晴さんだもんね……」
どんなにアピールしても、全部勘違いされる未来しか見えない。伝わっても冗談で流されそう。
そんな鈍感な想い人に、私と美穂は、揃ってため息をついた。