新世代と島村兄   作:凧山葵

11 / 12
別に卯月と美穂を書きます。


ライブ(未央と凛)

 

女心というのはとても難解だと思う。

触れればトゲを出して、引いたら不満そうに頬を膨らませ、まるで河豚のようだ。

そんな相対性理論より難しい心という問題は、時にはえらくあっさりと解けてしまうらしい。

俺の場合渋谷だった。

 

半月前のことだった。

ずっとむっすりとして、近づいてくるなという雰囲気を出していた渋谷が、突然店に来たのは。

その日は土曜日だったから、来ることはないだろうと思っていたので、とても驚いた。

てっきり、決別宣言でもされるかと思ったが、その答えは真逆だった。

渋谷は謝罪してきたのだ。

垂れた髪が地面に付きそうになるくらい深々と頭を下げて。

そして「ごめん」と一言言った。

 

勿論俺は驚いた。

なぜなら、今回の件は俺に全面的に非があると思っていたからだ。

女心がわからない俺は、渋谷の中の地雷を知らず知らずの内に踏み抜いてしまったのだと、そう反省していた。

渋谷の様子がおかしいと、卯月に聞かされときは、俺のせいだと壁を殴ったりもした。

応援していたのに、背中を押していたのに、俺が邪魔してどうするということだ。

どうにかしてやりたがったが、俺が介入しても拗れるだけだと分かっていた。

 

だから、優樹経由で、小日向に渋谷のことを頼んだ。

どんな言葉を使ったかは、まったく覚えていないが、ともかく頼んだ。

小日向も忙しいので時間がかかると言われたが、構わないと答えた。それだけ覚えていた。

どうにか調子だけは戻してほしいと願っての頼みだった。

 

のだが……渋谷は謝ってきた。

 

曰く、自分のわがままだったと。

曰く、噂に流されるのが不満だったと(意訳)

曰く、俺があまりにあっさりと一緒に帰らなくてもいいやと言ったから、プライドに触ったと(意訳)

 

要するに、なんてことない心の擦れ違いだったらしい。

 

その事を悔やんでいて、調子も崩していたとか。

なんだってんだよ……。

しかし、なぜそこまで一緒に帰りたいのだろうか?

聞いてみたら、「今回は、美穂に悪いから言わない」とはぐらかされてしまった。

 

謎が解けたと思ったら、さらに謎は増えてくる。

いやはや、女心って難しい……。

 

 

 

 

「優樹。女心って難しいよな」

「急になんだよ……」

 

人の大群が行き交う交差点を渡りながら、俺は悟ったように言った。

横を歩く優樹は、俺の意味深な言葉に顔をしかめていた。

今一ピンときていないようだ。

なんだよ、使えないな。

 

「あ。鈍感のお前に女心ってのは難しかったな。悪い悪い」

「喧嘩を売ってるんだね? そうなんだよね? というか、お前にだけは鈍感なんて言われたくない。人の妹たぶらかしておいて放置しているお前にだけはな!」

「……は? なんの話だよ?」

俺が小日向をたぶらかすって、無理だろ。

だって俺は普通の高校生、あっちは大人気アイドル。優樹によって繋がりはあるものの、住む世界が違う。

大袈裟に言えば、神と人間のようなものだ。高貴すぎる相手には、特別な感情は抱かない。

そんなもんだ。

だから心配などする必要はないのだ。

それをこのシスコンはまったく……。

 

「安心しろ優樹。俺は身の程は弁える良識はあるからな。お前の妹に邪な気は持たないよ」

 

俺はあくまでその気はないという意味で伝えた。

 

「は? 何だそれ。美穂に魅力がないって言いたいのか! おい!」

 

しかし、シスコンという未確認生物は予想外の反応を見せてきた。

何でそうなるんだよ……。

人とは思えない睨み顔になった優樹は、俺の胸ぐらを掴んで引き寄せる。

……ちなみに、現在人がいっぱいいる歩道である。

喧嘩だと思われているのか、周りがざわつき始めた。

 

「だぁー! やめろ、離せ! つうか、こんな人前で騒ぐなよ。迷惑になるだろうが!」

「だが断る!」

「断んな! そこは素直に離せや!」

「断る!」

 

目が据わったシスコンの暴走は、騒ぎを聞き付けた警察官が来るまで続くのだった。

……ライブ間に合うかな。

 

 

 

 

 

沈黙がつらい。

そんな気持ちになったのは、高校の面接以来だった。

これから行われるライブ。それに私たちは美嘉のバックダンサーとして出演する。

私たちのような知名度がない新人にとっては、こんな大きな舞台に立たせてもらうのは、とんでもないチャンスだった。

逆接的に、それは私たちがアイドルとして初めてお客さんの前に立つことを意味する。

その重圧は、今までで体験したことないほど重たかった。

その影響なのか、リハーサルはボロボロだった。

スタートから躓き、それを見たスタッフたちは明らかに成功を不安視していた。

私たちも同じだ。

不安、心配。

その二感情が、私を支配していた。

未央も同じなのか、控え室に戻って来てからずっと俯いて黙っていた。

この空気をどうにかしなくてはならないと分かってた。

だが、何を話せばいい。

どんな話題をふればいいのか。

多分、無理だ。今の私は、何をしようとも成功する気がしないから。

ーーブブッ!

 

「きゃあっ!」

「うわぁ!? ど、どうしたのしぶりん?」

「な、何でもない。携帯のバイブにビックリしちゃって。電源切り忘れてたみたい」

 

余裕がなかったとはいえ、こんな初歩的なことを失念するとは思わなかった。

一応、見ておこう。もしかして寅晴からかもしれないし。

……別に期待してるわけじゃないからね! ……本番前に何を考えてるんだろ私。

自分に呆れながら、私は画面を見た。

予想通り、寅晴だった。

 

『警察に事情聴取なう。悪い、開始間に合わないかもしれん』

 

何があったのよ。

「……未央。寅晴、開始に間に合わないかもって」

「えぇ……。何かあったの?」

「警察に捕まったって」

「本当に何があったの!?」

 

言葉だけでは出来事の重軽がまったく伝わらない。

そんな文面に、私も説明に困ってしまう。

まぁ……。

 

「連絡する余裕があるなら、そんなに大したことじゃないよ」

「アハハハ、たしかにね。とはるんってさ、けっこう悪人顔してるから、プロデューサーみたいに職務質問されてるのかも」

「かもね。ライブが楽しみすぎて、ニヤニヤしてたりして」

「それは……完全に通報事案だ。お巡りさーん! その人です!」

「だから捕まってるって」

 

つっこむと、いつもの未央らしいはつらつな笑顔を見せた。

こんなくだらないやり取りでも、気をまぎらわせるぐらいには役にたったようだ。

本人が聞いたら文句言いそうだけど。悪気は少ししかないから許してほしい。

「しぶりんはさ、とはるんに助けてもらったことある?」

「え?」

 

戸惑いそれしか言葉が出なかった。

和んだ空気になったから、てっきり未央は笑いのネタを提供するのだと思っていた。

しかし、未央はしんみりとした物言いだった。

だけどさっきの重苦しい空気よりはずっとまし。何より、未央が間を繋ぐためでなく、この話に意味があると目で語っていた。

 

「うん。私は、寅晴に何度も助けられたよ」

 

本人は否定するかもしれない。お前が勝手に助かったんだろって、そっけなく言ってくるのが容易に想像できる。

それでも私が寅晴のおかげで助かったことは事実なのだ。

傘を貸してもらってから始まり。進路や将来……色んな話を聞いてもらったし、自分や他人の経験を通して助言もくれた。

そしていつも真剣に考え抜いてくれた。

他人の私のために、全力でそれでいて優しくしてくれた。

そんな寅晴だから私は……ゴニョゴニョ。

恥ずかしいので、これ以上はなしにしてほしい。

「……そっかぁ。しぶりんもとはるんに助けられてたんだ」

 

と言って、未央は朗らかに笑った。

 

「私もね、とはるんには助けてもらったんだ」

 

それはアイドルになる前だと言う。

 

「私ね。しぶりんがアイドルになるって聞いたとき、ちょっと寂しかったんだ」

「……え?」

 

初耳だった。

あの時の未央は、私と卯月を笑顔で祝福しているようにしか見えなかったから。そんなマイナスな感情を抱いていたことに軽いショックを受けた。

未央は、話を続ける。

「私は、放課後にとはるんの店で3人集まってわいわいするのが、すごく楽しかったんだ。クラスメイトといても楽しいんだけど、二人といるときはまた違った感じだった。ありのままっていうか、自然体でいられる関係っていうのが心地よかったんだ」

 

未央みたいにリーダー気質があると、クラス内でもやはり中心にいさせられるのだろう。

でも中心にいるのって、常に気を使うからとても疲れる。私はそういうのが面倒だから、最低限の付き合いしか持っていなかった。

かくいう私も、未央と卯月と一緒にいるときは、学校の友達とは違う感覚を持っていた。

だから未央が言っていることも大体理解できた。

「でも、二人がアイドルになったら、集まれることも少なくなるんだろうなぁ。って思ったんだ。しかも二人は同じ事務所だって言うし。……置いてかれちゃったなって、寂しくなったんだ。その帰り道で、補充メンバーの話を知ったんだ」

 

たしか私が発端だった。

あの時の未央は何か様子がおかしかったけど、今思えばそういうことだったのか。

 

「これは受けるしかない! って思ったはいいけど、すごく不安で。こんな不純な動機で受けていいのかって、悩んだんだ。でも二人に言うわけにはいかないし、親は多分正直に話したら反対する。どうしようかな……て考えてたら、とはるんが浮かんだんだ」

 

分からなくもない。

身近にいる歳上の人というのは、相談事をしやすいものだ。親よりも遠く、同級生より頼もしいから。

その上寅晴の性格上、相談事を拒否することはないだろう。

それは私が勝手に想像した利点だった。

 

「でまぁ、恥ずかしいから細かい内容は省けど……聞いてもらったら、すごく楽になった。そして決心がついたんだ」

 

それで未央はここにいるというだろう。

 

「でも、とはるんからは怒られちゃった。そんな甘い考えなら、アイドルなんてやるなってね」

「……え?」

 

淡々とは言わず、小芝居と笑い混じりに未央は言う。あくまで暗い話でなはないと印象を与えたいらしい。

その心使いは有難い。

だっておかげで、寅晴の叱責が意味のあるものだと直感できたから。

あと、さっきから私の台詞が、……え?しかないことが少し気になる。

 

「だけど、その言葉のおかげで、1度考え直したんだ。答えは変わらなかったけど、人に忠告されて1度立ち止まってみると、やっぱり考え方に影響出るよね」

 

 

ーーおかげで私は覚悟を決めれた。

 

未央は、感謝を口にするように言った。いや、実際に感謝したのだろう。

よくも考えずに答えを焦っていた未央を、後で後悔させないために、寅晴は悪役になろうとした。

誰にでも出来ることではない。と、寅晴を持ち上げてみる。

おそらく彼にしてみれば、やって当たり前のことだから、表だっては称賛はしない。今更だもの。

 

「だから今回のライブは、とはるんに恩返し……は言い過ぎかな? でも、それくらいの気持ちで全力で挑もうと思うんだ!」

 

未央は、拳を握り決意を表す。

その姿を見ていたら、私の頬が緩んだ。

「強気な発言だね。さっきまでガチガチだったのに」

「うっ……! でもでも、しぶりんも同じだったじゃん! まったく話さないし、表情も暗かったし」

「そうだね認めるよ。私も緊張してた。でも、今は違う。私も未央と同じ、全力で挑むよ」

「……うん! 頑張ろうしぶりん!」

 

間もなくして、スタッフから準備を促された。

慌ただしく準備を始める。

どこかに行っていた卯月も合流して、私たちはスタンバイを開始した。

ステージに出る時、何か掛け声があると緊張が解れると卯月が教えてくれた。

やるべきことは何でもやる。験担ぎだろうともだ

私たちの掛け声は好きな食べ物に決定した。

そして、誰のを採用するかはジャンケンで決めた。

……勝ったのは未央だった。

そしていよいよ本番だ。

私たちは、ステージに登場のための発射口に膝を付いた。

 

「しまむー、しぶりん……行くよ!」

「うん」

「はい!」

 

「「「フライドチキン!!!」」」

 

 

 





島村寅晴の噂

得意科目は英語らしい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。