新世代と島村兄   作:凧山葵

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第2話

まだ薄暗い外では、小鳥が鳴く準備をしていた。

そして部屋の中では、朝を知らせる携帯のアラームがなっていた。

時刻は5時半。

高校生にとっては、部活をやっていてもそうない早起きだが、寅晴にはこれが日課だった。

休日は店を開けるために、平日はコーヒーの焙煎研究のためだ。

若くして店を継いでしまった寅晴は、まだまだバリスタとして未熟。

紅茶も苦手で、まともに作れるのは軽食程度。

なので、毎日の努力が必要だった。

青い寝巻きをハンガーにかけて、白いTシャツに着替える。

白である必要はないが、そこは拘りがあるらしい。

2階の自室から、1階に下る。その時寝ている家族を起こさないように慎重になる。

自分の都合で、家族に迷惑をかけたくないからだ。

そして台所にたどり着いた寅晴は、馴れた手つきで練習用の焙煎の機械を用意する。

そして数分後には、苦味を含む豆の香りが部屋に充満した。

これを妹が起きてくるまで続ける。これが寅晴の朝の風景だった。

そして約一時間半後の午前7時。妹の卯月が起きてきた。

 

「......お兄ちゃん。お早う」

 

まだ半分目が閉じている卯月は、目を擦り開けながら、寝言のように言った。

ボケボケとした妹の様子に、寅晴は呆れたようなため息をついた。

そして焙煎の機械を片付け、フライパンを片手に聞いた。

 

「お早う卯月。朝飯は何にする? 目玉焼きか、スクランブルエッグか?」

「卵限定なんだね......」

「手軽に出来るからな。卵料理は朝に重宝する」

 

卵の魅力を語ってみたが、卯月の反応はよくなかった。

では仕方ないと、寅晴は冷蔵庫を開く。そして中を物色しながら。

「卵にハムとトーストでいいか?」

「ハムは生ハムがいいなぁ......」

「アホ、朝から贅沢いうな」

「エヘヘ、ごめんなさい」

 

いたずらっ子のように謝った。ただ言ってみただけのようだ。

外では普通のいい子だが、今のように身内には甘えることもよくある。......やはり普通だった。

メニューが決まったので、寅晴はささっと朝食を作り終えて、テーブルに並べていく。

作っている間に、卯月は顔を洗って目を開けていた。

キッチンには母親の朝御飯も、ラッピングして置かれていた。早く起きているのでついでだ。

母親的には、用意してくれるのは嬉しいのだが、自分より美味しいので内心複雑らしい。

仕上げに卯月にはミルクを、自分にはコーヒーの入ったコップを用意すれば、朝飯の準備は終了だ。

卯月と向かい合って椅子に座り、二人は手を合わせる。

 

「「いただきます」」

揃った声で、食材への感謝を捧げた。

二人はトーストを味わいながら、会話し始める。

 

「今日は養成所のレッスンあるのか?」

 

妹の卯月は、アイドルの養成所に通っている。

「ううん。今日はレッスンお休みだよ。だから、学校終わったら、お兄ちゃんのお店行くね」

「構わないが、多分手伝いがいるほど客は来ない。手持ち無沙汰になっても知らんぞ」

「大丈夫。暇になったら、お兄ちゃんとお話するから」

 

笑顔で言ってくる卯月を、寅晴は一瞬天使と見間違えた。

そして、この妹がアイドルになれないのがわからないと、本気で思った。

いつも否定しているが、寅晴は立派なシスコンだった。

取り合えず、妹にゴミ虫が近づいたら、首根っこ掴んで体育館裏に連れていくぐらいだ。

第三者から見たらバレバレな、重症患者である。

しかし、自覚はまだない。

 

「......ふん。物好きなやつだ」

「うん。私、お兄ちゃん大好きだよ!」

 

素っ気ない物言いだが、心の中では天使が笛を吹いている。 ついでにエンジェルスマイルの大好きだよで、血を吐きそうになった。

今も、緩みそうになる頬を必死に抑えていた。緩まない選択肢がない時点で終わっている。

どうしようもなく、島村寅晴はシスコンであった。

「シスコンじゃない!」

「急に叫んでどうしたの?」

「い、いや、何でもない」

 

誤魔化すようにコーヒーを煽った。

 

 

 

 

 

間もなく開店時間になった喫茶店『USQ(卯月、スペシャル、キュート)は、閑古鳥が鳴いていた。

開いたばかりだから仕方ないとはいえ、これが閉店まで続くとなると憂鬱にもなる。

だが、客が来ないなら卯月とゆっくり話してられるので、寅晴にとっては悪いことばかりではなかった。

しかしお客が来ないと困るので、心境的には複雑であった。

せめて1人ぐらい来ないものかと、頬杖つきながら、店のドアを眺めていると、タイミングよくドアが開いた。

寅晴は、だらしなくついていた頬杖を解いて、客を出迎える。

 

「いらっしゃいま....せ......。何だ渋谷か」

 

入ってきたのは、昨日店の前で雨宿りをしていた少女、渋谷凛だった。

休日の来店を勧めたが、結局今日来たらしい。

 

「ご挨拶だね。これでもお客だよ」

「.....ん? 傘を返しに来たんじゃないのか?」

「それもあるよ。でも、コーヒーサービスしてくれるんでしょ?」

「ああ、そういうことか......って、それ結局利益ないじゃねえか」

 

凛のコーヒー注文するんだから客でしょの理論に、サービスだから儲けがないとつっこむ寅晴。

自分の言葉とはいえ、つっこまずにはいれなかった。

その指摘に、凛はクスッと笑みを作った。

どうやら昨日からかわれた仕返しだったようだ。案外負けず嫌いである。

その意図は理解していないが、からかわれたことは理解できた寅晴は、昨日の凛同様少し悔しかった。

 

「たくっ、最近のガキは。......まぁいい。席ならどこでも空いてるから、適当に座れ」

「乱暴な接客だね。そんなことだから、お客さんが来ないんじゃない?」

「るせっ。余計なお世話だ」

 

こんな接客滅多にしないと愚痴りながら、サービスすると言ったコーヒーを用意する。

席を勧められた凛は、他のテーブル席を見ようともせず、真っ直ぐとカウンター席に座った。

 

「何でカウンター席(そこ)に座るんだ?」

「1人でテーブル席使うのは悪いかなって。団体客が来たら困るし」

「嫌みか......まぁいい。ほれ、注文のコーヒーだ。砂糖とミルクは、入れ物から適当に取ってくれ」

 

グラスに入ったコーヒーを凛の前に置き、円形の入れ物を指してそう言う。

凛は「ありがとう」とだけ言って、そのままグラスを口につけた。

氷がグラスにぶつかる音が聞こえる。ストローもあったのだが、言うのを忘れていた。

女性に気遣いを忘れていたのと、ブラックで飲んでしまい大丈夫かと、反省と心配をしていた。

3分の1ほど飲んだところで、凛はグラスを一旦置いた。

ちなみに顔は歪んでいる。

「......苦い」

「お前アホだろ。だからミルクと砂糖勧めたのによ......なに? 人の言葉に反発したい年頃? 思春期かよ」

「そんなわけじゃないけど......。ただ、コーヒーって初めて飲むから。最初は、そのまま飲んでみたいなぁと何となく思っただけ」

「なるほど。お前はアホじゃない、バカだ」

 

寅晴の冷たい物言いに、凛は「それ意味変わらないじゃん」と唇を尖らせる。

だが、その後素直に砂糖とミルクを使っているから、間違いは自覚したようだ。

会話が途切れ、空気が止まった所で、バックヤード側のドアが開く。

 

「お兄ちゃん。在庫管理終わったよー......って、お客さんですか!? 珍しいですね!」

「おい、妹よ。客がいて珍しいとは、俺に失礼じゃないか?」

「だって、平日はいつも殆ど人来ないでしょ」

「妹が笑顔で現実突きつけてきて辛い......」

 

凹んでいる兄をスルーして、卯月は凛の席に近づく。

そしていつもの笑顔で挨拶した。

 

「初めまして、私は島村卯月です」

「う、うん。初めまして、私は渋谷凛。よろしくね」

 

卯月のはつらつな笑顔に、少し戸惑いながら凛は言葉を返す。

その後会話を重ね、気があっていたのか、二人はとても仲良くなっていた。

すでにお互いを凛ちゃん 、卯月と呼び会うほどだ。

蚊帳の外の寅晴は、何となく疎外感を感じた。自分の店なのに。

 

「へぇー。じゃあ凛ちゃんは、お兄ちゃんに借りた傘を返しに来たんですか」

「うん。雨宿りしてたら、使えって渡してきた。あのときは家の手伝いがあったから助かったよ」

「お兄ちゃんは優しいですからね......」

「うん......まぁ、最初は恐かったけどね」

「たしかに、いつも怒ったみたいな顔してますよね。だから、初対面の人に怖がられるんですよ」

「お前ら人の悪口言うなら、本人のいないところで言えよ」

「お兄ちゃん! 女の子の会話を盗み聞きしないで!」

「聞こえてくるんだから、しょうがないだろう......はぁ」

 

諦めたようにため息をついた。そして黙ってグラスを拭き始めた。

作業に没頭して、二人の会話を遮断する気のようだ。

やはり妹には強く言えないお兄ちゃんであった。

一時間ほど作業を続け、時計を確認する。

二人はまだお喋りを続けていた。女の子の会話は長いと聞いていたが、これがそれかと寅晴は実感していた。

しかし、凛を見てみると表情には少し疲れが見える。

卯月は話好きだが、思い出してみると凛はそこまで話すタイプには見えなかった。

要するに止めた方がいいという結論に至った。

 

「卯月、そろそろ晩飯の準備があるから、奥の部屋から材料取ってきてくれ」

「......え? もうそんな時間? 凛ちゃんごめんね、私行ってきます」

「うん。いってらっしゃい」

 

卯月がバックヤードに戻ると、凛は気が抜けたように息を吐いた。

 

「うちの妹がすまんな」

「ううん。嫌ってわけじゃないから。ただ長かった......」

「本当にすまん」

 

凛を労りながら、寅晴はグラスに飲み物を注ぐ。

そしてそのグラスを凛の前に置いた。

 

「迷惑料......って言うと卯月に悪いな。だから妹と友達になってくれたお礼だ」

「これなに?」

「コーヒーにチョコを混ぜたやつだ。甘めに作ってあるから、そのままで大丈夫だ」

「ふーん」

 

さっきの苦味を覚えているのか警戒した面持ちの凛。おそるおそるグラスを手にとって、一口飲む。

そして味が伝わったところで、驚いたように目を見開かせた。

 

「......おいしい」

「それはよかった。初めてやってみたが、うまくいってよかった」

「え、私で実験したの?」

「違うわい。......元々コーヒーにチョコいれるのがあるんだ。さっきコーヒー飲んでたとき、砂糖多くいれてたからな。だから、甘い方が好きだと思ったんだよ」

「......そ、そうなんだ」

 

凛は、下を向いてそれだけ言った。

自分が見透かされたようで、恥ずかしかったようだ。

顔は赤いが、寅晴に見られたくないので下を向く。

しかし、そんなことは知らない寅晴は、二口目を飲まない凛を見て、少しくどかったかと早速作成品の試行錯誤に入っていた。

「そ、その寅晴......」

「あん? 何だ?」

 

下を向いたままの凛の、消え入るような声が聞こえた。

 

「これ次来たときもお願いしていい?」

 

その言葉に、寅晴は自然と笑みがこぼれる。そして......

 

「お安い御用だ。次はもっと美味しくしてやる」

 

満面の笑みでそういった。

 

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