新世代と島村兄   作:凧山葵

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冬は終わり、桜咲く

 

季節は地面に氷が張り始める冬本番。世間ではバレンタインデーで騒がれるが、中学3年生にとってはそれどころではない。

 

ーーなぜなら今日は、公立高校受験の本番だからだ。

 

 

 

土曜日の朝はそこそこ客が来る。

モーニング(といっても外注だが)を頼むお客や、出勤前の時間潰しにコーヒーを頼んでいく会社員などが来るからだ。

しかし、今日はその客入りは期待できそうにない。なぜなら外には、降り積もった雪が道を埋め尽くしていた。

そう今年はホワイトバレンタインデーとなったようだ。

全国の受験生にとっては災難な出来事だろう。交通機関に支障が出れば、試験に遅刻しかねないからな。まぁ、その辺はさすがに学校側も配慮するだろう。

それにしても寒い……。

暖房は古いせいかあまり効かないしな……。コーヒーでも淹れるか。

キッチンに立って、コーヒーの容器を用意したときだった。

 

ーーキィ、カランカラン。

 

誰か来たのか? ホールに出てみると、扉元にはなぜかコートに身を包んだ渋谷の姿があった。

おい受験生。まだ時間があるとはいえ、こんなところでなにやってるんだ。

俺は心底呆れたとばかりに。

「お前なにやってんの?」

「……? 店に来たんだけど?」

「すまん、俺の聞き方が悪かったようだな。受験生のお前が、なぜ本番前にこんな所にいる。最後の復習とかしなくていいのかよ」

「別に。今さらバタバタしても意味ないでしょ」

「え。いやまぁ、お前がそう思うなら、うるさくは言わないが」

 

ていうか、店に来た説明になってなくね?と思ったのは、会話の流れが切れてからだった。

「……まぁいい。なんか飲むか?」

「ううん。すぐに出るから、今はいいかな。だから、受験終わったらちょうだい」

「ん、わかった」

 

すぐに出るのか。なら、尚更なぜ来たし。

……あれか。激励でもほしいのか? こいつのキャラじゃないと思って、ストレートに応援をしたことはなかったが。

実は、けっこう心配してるのかもしれん。

経験的に、不安だと意味もなく人と話したくなるしな。

 

「あー。渋谷。まぁ、その、あんまり気負うなよ。滑り止めも決まってるんだし、落ちても問題ないくらいに思って、気楽に行ってこい」

「ちょっ……行く直前に、そんな落ちる前提みたいな話しないでよ。不安になるでしょ」

「えぇ!? わ、悪い! そんなつもりはなくてだな! 俺はあくまで、気楽に行けと言いたかっただけで……」

「ふふ。冗談だよ。大丈夫。そんなに気にしてないから」

「お前ふざけんなよ! すごく焦ったじゃねえか!」

 

本当に焦った。俺のせいで落ちたら、渋谷の両親にどう謝ろうって所まで考えたわ。

まぁ、受験直前のやつに、落ちる滑る使いまくってる時点で落第点だが。

よく考えると、ひっでぇ言葉だな。渋谷が平気そうで助かったわ。

 

「ねぇ、寅晴」

 

唐突な渋谷の呼び掛けに、俺は渋谷の顔を見た。

 

「私は受かると思う?」

 

不安混じりな言葉には、彼女の本音が隠れていた。まったく平気じゃなかった。ということではないか。

最初から不安だったんだ。

誰でも同じだ。よっぽど勉強に自信があるやつでなければ、人生を左右するこんな大一番で緊張しないはずがない。

当たり前すぎることだ。どんなに表向きは平気そうでも、裏では押し潰されそうになるほどの重圧を背負ってる。

だから俺は、さっきの失敗を噛み締めた。1分とない間に、脳がショートしそうになるほど頭を回した。

そして結論を出した。

「大丈夫だ。お前なら、受かるさ」

「本当?」

「ああ。俺は、半年間お前の頑張りを見てきた。そんな俺が保証しよう。絶対受かるさ」

 

なんて無責任な言葉だろうと、後の俺は非難するかもしれない。

絶対などこの世にないのに。100%などあり得ないのに。

でも出てきたその言葉。

俺は、自信を持って言い切った。

渋谷は一度俯いて、10秒後、顔を上げて微笑みを見せた。

「……そっか。ありがとう。ちょっと自信ついた、かも」

「そりゃよかった」

「あと……これ」

 

コートのポケットから出してきたのは、板状のチョコレートだった。

よくわからないプレゼントに、俺は首を傾げた。

 

「今日、バレンタインデーだからさ。寅晴には色々お世話になったし……だから、そのお礼」

「お前受験前にやることか、これ? 終わってからでもよかったんじゃないか?」

「別にいいでしょ。私があげたいと思ったんだから」

「まあ、お前がそう言うならいいけどよ……」

「……迷惑だった?」

「いいや。気持ちは嬉しいさ。ただ、俺への感謝なんかのために時間を無駄にしてほしくなかったっていうか……」

「ふふふ。そっか」

「なんだよ?」

 

一人で納得したような笑みを浮かべた渋谷に、俺は怪訝な表情で聞いた。

「ううん。寅晴らしい言葉だなぁと思っただけ」

「俺らしい? どういうことだ?」

「そうやって他人を優先させるところ、かな」

「はぁ?」

「わかんないならいいよ。気にしなくて」

「え。いや気になるんだが……」

「別にいいでしょ。それに私そろそろ行くよ」

「思わせ振りなこと言って、逃げる気かよ……」

 

まぁ、大したことではないからいいか。受験の方が大事だしな。

そうして渋谷は、席から立ち上がり外へと出だ。扉を開けると白い世界が見えた。

これからの人生を示しているようだった。真っ白で、これから色々なことを経験して色づいていく。今日は、その第一歩だと。そんな風に見えた。

渋谷は、そんな白いキャンパスに数歩足跡をつけた後、両手をポケットに入れた格好で振り向いて。

 

「これからよろしく。先輩」

 

渋谷が去っていった後。

 

「はっ。これで落ちたら目も当てられないな」

 

冗談めかして、俺は呟いた。

その後、正式に渋谷が俺の後輩になったのは、それから一月後のことだった。

 

冬は終わり、桜咲く。

 





とりあえず、アイドルになる前はここで終了です。
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