家屋、ショッピングセンター、飲食店……様々なコンクリート造りの建築物が密集し、高層ビルディングがそれらより抜きんでて林のような様を形成している。
コンクリートジャングルと形容されたこの地は、かつて旧世紀の時代に繁栄の中枢であった『東京』と呼ばれた街だ。
通りには、須美の時代とは比較にならないほどの大勢の人々が歩き、車道では車が渋滞を起している。
なんてことのない一幕。平穏という言葉で表せるこの穏やかな昼下がりを乱すように、人々の間を流れる風が急に荒れ始めた。
「雲行きが怪しいぞ。ン、なんだあれ?」
サラリーマンであろう中年の男性が、空を見上げ呟いた。
視線の先に広がる青空の中にただ一点、黒い
雨雲などでは無い。雨雲は灰色だが、その滲みはあまりにも黒すぎた。
それは空を破いて、その先に広がる暗黒の宇宙を表出させたかのように感じられる。
男性の呟きが聞こえたのか、周囲を歩いていた人たちも足を止め空に視線を向けた。
滲みは空の青を侵食するように広がっていく。
その大きさが100メートルにも達しようかという頃には、雷鳴のような不安を感じさせる音までも響きだした。
やがて滲みは、中心部から音だけでなく放電にも似た光を放ち始める。
その光の中に浮かぶ影が巨大な人間の姿をしていることに人々が気づくのと、彼らが巨人の放つ雷光に飲まれたのは同じタイミングであった。
雷光は地上の人々に触れると爆発を起こし、人間だけでなく近くの自動車や建物をまとめて吹き飛ばした。
ダイナマイトの非では無い大爆発は、建造物も人体も区別なしにバラバラに引き裂く。
それだけにとどまらず、爆風で飛散した構造物は流星のように四方へ散らばると、爆心地から離れていた人々をも押しつぶし二次被害をもたらした。
巨人は飛行しながらさらに雷光を地上へ向けて放つと、いたるところで爆発が起き、逃げる間もなく人々を巻き込んでいく。
方々から上がった火の手は瞬く間に広がり、地上を飲み込んで灼熱の海と化した。
炎の中でもがく人たちは叫び声も上げられず、焼きつくされて命絶えていく。
炙られたアスファルトと人肉の臭いが混ざり合い辺りを包み込んでいった。
「やめてー!!」
須美は叫んだ。それが意味のないことだと知りながら、叫ばずにはいられなかった。
巨人の姿は荒々しく、手足には鋭い爪をもち、頭部はいく本もの角が生え、耳まで裂けた口から牙が覗いている。
背中からは大きな赤い翼が生え、その様は須美に、旧世紀よりもっと古い時代に書かれた聖なる書物に出てくる『悪魔』を想起させた。
巨人は須美の存在そのものに気づいていないように、街を、人を、破壊し殺戮していった。
神の如き力を振るい、虫けらのように躊躇なく人命を奪っていくその様は、まさしく荒ぶる魔神である。
『グオオオオオオオオオ!!』
巨人が吼えた。魔神の咆哮は大地を揺らし、全てを破壊の光の中へと飲み込んでいく。
鳥も、犬も、植物も、無機物も、生きる人も、死んだ人も。
そうして須美の意識も光の中へと消えていった。
◇ ◆ ◇ ◆
「きゃあああ!」
悲鳴と共に、鷲尾須美は自室の布団から飛び起きた。
心臓が早鐘をうつように高鳴っている。息苦しく、ハァハァと肩で息をする。
額にはうっすらと汗が浮かび、寝間着も体にかいた汗で肌に張り付き不快感を生じさせていた。
目を閉じ額の汗をぬぐうと、須美は深く深くため息を吐いた。
今日で何日目になるだろうか……、彼女はこの破滅の光景を毎夜夢に見続けているのだ。
厄介なことに、迫真のリアリティをもって目の前に広がるそれは、あたかも自身が現実に体験しているものとして感ぜられる始末である。
12歳の少女としてはずいぶんと大人びた精神をもっている須美ではあったが、さすがに連夜続く悪夢の光景にはウンザリさせられていた。
時計を見る。まだ早朝の6時であるが、いつもの彼女からすればこれでも遅く起きた方だ。
布団から出ると、裏庭に行く。
そこで井戸水を被り体を清めるのが、少女が目覚めてから朝一番に行う日課である。
その後は近くの神社へ参り、祈りをささげた後は帰宅。
そして、自身と両親の3人分の朝食を作る。
和食に対し強いこだわりを持つ須美は、朝は洋食派の両親に我慢ならず、自ら腕を振るうことでその趣向を和食サイドへと洗脳……もとい調教……鞍替えさせることに成功した。
鷲尾家は使用人を雇っているのだが、そこで使用人任せにせず自分の力でことを成そうとするのが須美という人間を表していると言えるだろう。
「おや、須美。どうしたんだい?」
須美が朝食をテーブルに並べている時、父親が何かに気づいたように言った。
視線の先、配膳している彼女の指には絆創膏が巻かれている。
「ちょっと、包丁で切ってしまって」
何ごとにおいても慎重な須美にしては珍しいミスである。
両親には心配されたが、大したことはないとなだめた。
やはり連日の悪夢によって寝不足になっているようだ。
◇ ◆ ◇ ◆
食事を終えた須美は、ランドセルを背負うと登校を始めた。
神樹館小学校の6年1組が彼女の教室だ。
この世界を支えている神樹の名を冠するこの学校は格式高く、通っている子供たちも皆良家の子息に息女である。
警備員に挨拶をして校門をくぐる。
同じように教室でも、先に登校していたクラスメイトたちに挨拶をすると、みんなも元気よく返してくれた。
ただ1人、須美の左隣りの席の
なにやら楽しい夢を見ているのか、園子は笑顔を浮かべながら寝息を立てている。
「乃木さん。乃木さん、起きて」
須美は園子の肩を軽くたたいた。
快眠を邪魔するのは気が引けたが、このまま学活まで放置して先生に怒られるのを見るのも忍びないという判断からだ。
園子がゆっくりと瞼を開ける。
「うぅ~ん……おはよう、お母さん」
「ここは学校よ。そして私はお母さんじゃありません」
「あぁ、ゴメンね。スミスケ~」
のほほんとした調子で園子が言う。
『スミスケ』とは園子が須美につけたあだ名だが、どうにも間の抜けた感のあるこのあだ名を須美は承服しかねていた。
「乃木さん、その『スミスケ』っていうの、何とかならないかしら?」
「『シオスミ』の方がよかった? それとも『ワッシーナ』とか~?」
「いえ、そういうことではなく……」
別に園子は嫌がらせでこのようなことをしている訳では無い。
彼女は人にあだ名をつけるのが好きなだけなのだ。
そこに悪意が無いだけに、須美はハッキリと「あだ名はやめて」と言えずにいる。
そんなやり取りをしている間に、担任教師の
須美は速やかに自分の席に着く。
「皆さん、おはようございます」
安芸がそう言った直後、廊下を全力疾走して教室に飛び込んでくる影があった。
園子と同じく須美が苦手としている珍しい人間、
「はざーっす! 間に合ったー!」
「間に合ってませんよ、三ノ輪さん」
安芸が出席簿でコツンと軽く銀の頭を叩くと、教室中から笑い声が上がった。
須美から見て、明朗快活を地で行く銀はクラスメイトとしては好ましい人間ではあったが、園子共々大切なお役目についている身としては心配な気持ちにさせられることがある。
今日のように遅刻することが頻繁にあることや、時たまカバンの中に教科書一切を忘れてくるような所が、須美に不真面目な印象を与えているのだ。
銀は須美の右隣りの席に座ると、空のカバンを見つめ頭を抱えていた。
「ゴメン、鷲尾さん。教科書見せてくれない?」
拝むように両手を合わせて頼んでくる。
「いいけど、さすがにカバンの中になにも入っていないのはどうかと思うわ」
「返す言葉も無い」
銀は頭をかきながら苦笑する。
このやりとりも1度や2度のことではないので、須美の対応も慣れたものだ。
それにしても、よりによって苦手とする女子2人と席が隣り合わせになるとは……これもお役目のための一環として先生が配置したのだろうか?
須美には何となく、それよりも遙かに上に位置する何者かの意志を感じずにはいられなかった。
「それじゃあ、日直の人は号令を」
安芸先生の言葉を受け、日直が号令をかける。
「起立、礼、拝」
「神樹様のおかげで今日の私たちがあります」
生徒たちはみんな揃って神樹のある方角に手を合わせると、感謝の言葉を述べた。
この世界を支えてくれている神樹を信仰することは、子供の頃から基本教育として子供たちに教えられていることである。
国語や算数などの通常の科目よりも道徳の授業を重んじ、神道という新しい科目が授業に加わったのもこの時代──神世紀──を象徴するできごとの1つだろう。
こうして今日も授業が始まる。いつもと同じ、日常が始まる。
鷲尾須美はこのなんでもない平穏な日々が好きだった。いつまでも続けばいいと思っていた。
だが、その想いは届かなかった。
もうじき、戦いが始まる。
銀ちゃんの席が原作と違うのはワザとです
3人隣同士なのいいよね…