遙かな旧世紀の昔、その都市にある丘が『海の道』と呼ばれていたことを鷲尾須美は知らない。
その呼び名から数世紀の後、丘の上において繰り広げられている光景は、異なるいくつかの人種を巻き込んで起きた世界戦争である。
神世紀の時代においてはすでに過去の存在として、歴史の書物に記されるのみとなった『軍隊』というものが激突するその様は、凄惨の一言であった。
人間が銃や剣を持ち、同じ人間を撃ち、あるいは刺し貫く。
躯となり倒れ伏した人間の死体を踏みつけて、その進行は止まらない。
歩兵の後ろからは戦車やヘリコプター、戦闘機が飛び交い、空で対する相手の機体に、あるいは地上を走り回る人間にその凶器を向ける。
地上ではいたる所で爆音と悲鳴が飛び交い、1つの巨大な狂想曲を奏でていた。
そんな、最終決戦を思わせる人類最後の大戦争のただ中に
赤い蝙蝠の羽根を持ち、逆立つ角をもった大いなる魔神……。
魔神は空に浮かぶ巨大な竜巻の中からその身を覗かせている。
地上の人間たちはそれに気づくことなく争いを続けていた。
争うことを止めない人間の愚かさを見た神の怒りか、魔神の体を中心に巨大な閃光が走る。
光が地上に達すると、そこから大気圏を貫くほどの巨大な爆発が起きた。
爆発は人種間に関係なく、そこに存在するあらゆる人間、兵器を飲み込んで光の粒子へと変換していった。
◇ ◆ ◇ ◆
「わ……さん……」
どこかから声が聞こえる。
「……しお……。……鷲尾さん……!」
「はうあっ!?」
鷲尾須美は、普段の自分からは考えられない頓狂な声を上げて目覚めた。
一瞬前後不覚になったが、今いるのが自室では無く、神樹館小学校6年1組の教室にある自分の椅子の上だと気付いたのはすぐだった。
顔を上げると、須美を起こした担任教師の安芸の姿と、書きかけの黒板の文字が目に入る。
羞恥のため須美の顔は耳まで真っ赤になった。
普段から他人にはルールを守ることを徹底して言い聞かせてきたのに、当の自分が学校で……それも授業中に眠ってしまうとは。
しかし、意外にも周囲からは笑い声など上がらず、逆に心配しているような、驚いたような視線を生徒たちは向けていた。
それもそうだろう、あの優等生の鷲尾須美が授業中にもかかわらず眠りこけてしまうなど、翌日の学校新聞の1面トップを飾れるだろう大ニュースである。
その後授業は再開され、気合を入れた須美も再び眠りに入ることは無く、つつがなく放課後を迎えた。
「それにしても、意外だよな~」
授業も終わり帰り支度をしていた時、須美の隣の席から三ノ輪銀が声をかけてきた。
「? 何がかしら、三ノ輪さん」
「いやぁ。鷲尾さんでも授業中に寝ることってあるんだな~と思って」
銀は笑顔を浮かべながら言った。その言葉にバカにしているような色は無い。
純粋に、意外な物を見たという楽しさからの言葉だった。
「一生の不覚だわ。忘れてくれると嬉しいんだけど」
須美は再び赤面しながら言う。
「忘れるのは難しいな。寝顔ばっちり写メったし」
「消してー! 消しなさい!」
「あはは、冗談。冗談だって」
スマホを奪おうとする須美とそれを阻止する銀。
2人の側に、乃木園子がやってきて話に加わる。
「ねえねえ~、スミスケ寝てる時苦しそうだったけど、どんな夢見てたの?」
「あまり思い出したくない話ね」
ウンザリとした須美の表情を見た園子は、気にはなったがそれ以上深く追及することはなかった。
が、その代理人といった風にやって来た担任の安芸が、須美に今まで見てきた夢のことについて尋ねてきた。
「鷲尾さんは最近あまり元気がないようでしたからね。ただの寝不足とは言っても、深刻な事態になる前に何とかしておいた方がいいと思うの」
「そ、そんな大げさな……」
須美の言葉に、安芸は至極真面目な様子で答える。
「あら、睡眠はとても大切よ。寝る子は育つと昔から言うでしょう? あなた達も、今みたいな歳ごろから成長が止まってしまっては困るでしょ?」
そう言って少女たちを順々に見つめる。
確かに須美も安芸も体の一部が、主に胸部のあたりが抜群に発達している。
特に須美のような若さでそこまでの豊満っぷりは、驚異的なレベルであると言えるだろう。
銀は自身のそれと須美たちのモノを見比べて、非常に残念な気持ちになった。
彼女達と比べれば格段にボリューム不足に見える園子の部分も、同年代の小学生女児と比べてれば平均サイズと言える。
しかし銀の胸のサイズは平均値をいささか下回っていた。
そんな銀に残された希望は今後の成長というただ1点だろう。
「そういう点で言えば、鷲尾さんにはもう成長の必要性は無いな」
確信をもってひとりごちる銀に、周囲は頭の上にはてなマークを浮かべた。
ごほん、と咳払いをし安芸は話を戻す。
「それにね、直観だけど私には、鷲尾さんの夢はただの夢以上の意味があると思うの」
何だか意味深な発言をする担任教師を疑問に思いながら、須美は今まで自身を悩ませている悪夢について語りだした。
「街を破壊する大きな悪魔、ねぇ……」
安芸は顎に手を当てて須美の話を反芻する。
「ゲームとか、テレビの影響が夢に出てるんじゃない?」
「私はゲームはしないし、そんな怖い番組も見てないわね」
銀の言葉を否定する須美。
「さっきの授業の時も、その夢を見てたの?」
と園子。
「いいえ、あの時見たのは戦争の夢だったわ。髪が金色だったり肌が浅黒かったから日本人じゃない……旧世紀に生きていたという外国の、異人同士の戦争だった。それも何か国もの国々の争いよ」
「戦争って人間同士で殺し合いをやってたんだよね~、怖いな~」
「その夢にも悪魔は出てきたの?」
「はい。丘の上の空に竜巻に紛れて現れた悪魔は、爆発を起こして地上で争っていた両軍をまとめて吹き飛ばしました」
「丘の上での世界戦争ねぇ……」
安芸は腕を組んで目をつむり、頭の中の記憶から何かの情報を引き出そうとしているようだった。
ひと時の間を置いて再び口を開く。
「一つ、その夢に思い当たる話があるわ」
「何ですか、それ?」
少女たちは身を乗り出して安芸の答えを待つ。
「旧世紀に……今から800年も前になるかしら……その頃に書かれた予言書に、鷲尾さんの見た夢と似た記述があるの」
「800年前……!?」
「その書物にはこのようなことが書かれていたの。『1999年7の月、メギドの丘にて天空より大いなる魔王来たれり。恐怖によってすべてを支配するために』」
1999年とは旧世紀の暦であり、神世紀のこの時代からさかのぼること300年以上も前の時代となる。
「何でスミスケがそんな昔のお話と同じ夢を見てるのかな~?」
「あなたたち3人は、お役目を果たすために選ばれた『勇者』です。けれど鷲尾さんに限っては、勇者であると同時に『巫女』としての素質もあったの」
勇者とは神樹様とこの世界を守護するための非常に重要な存在である。
このことは3人の少女たちは、両親や四国を陰から支えてきた大赦の職員である安芸から何度となく伝えられてきたが、須美に巫女の力があるというのは当人も含めて今初めて聞かされたことである。
「巫女とは神樹様と交信し、そのお告げを聞くことのできる存在。そして巫女と勇者の両方の性質をもつ者を、私たち大赦では『救世主』と呼んでいます」
「何それカッコいい!」
「スゴイねスミスケ~!」
銀と園子は瞳を輝かせて須美を見る。
「私に巫女の力があるということは、今まで見た夢も神樹様からのお告げとうことなのでしょうか?」
須美は照れくさそうにしながらも、2人にどう対応していいか分からないといった様子で安芸に尋ねた。
「そうかもしれないわね。ただ、どういった意味なのかまでは分からないけれど……」
「『外』から来る奴が、その悪魔だとか?」
銀が思いついたことを言う。
殺人ウイルスに包まれた四国を覆う結界の向こう側から、この世界を殺しに来るモノ。それを『バーテックス』と呼称する。
「過去の資料で、バーテックスにその様なタイプのものは確認されていないから、違うと思うわ」
安芸が答えた。
「お告げがみんな怖い夢ってのが不安になるよね~」
園子は心配そうな顔で言った。
その不安を打ち消すように、須美が言葉を発する。
「大丈夫よ乃木さん、夢は怖いものだけじゃないわ」
笑顔を浮かべ続ける。
「夢の中にはもう1体、岩の巨人が出てくるの。でも、その巨人はいつも優しい瞳で私に手を差し伸べてくれる……巨人の姿を見ると、不思議と安心感が湧いてくるの」
「「「「岩の巨人?」」」
園子たちは同時に呟いた。
「巨人の名は『ぜっと』。彼がきっと、私たちの助けになってくれるわ」
何故かは分からないが、須美は確信をもって巨人──『ぜっと』で表せられる何か──が自分たち人類の味方をしてくれる存在だと思えるのだった。
時間は過ぎて夜、就寝時間となった須美は自室の布団にもぐりこむ。
「やっぱり、今夜もあの夢を見るのよね……」
溜息を吐く。いくら夢とはいっても、見たくないものは見たくないのだ。
「神樹様、どうか1日も早く悪夢を見なくなりますようにお助け下さい」
須美は悪夢の終わりが早急に来てくれることを神樹に願い床に就いた。