第3話 勇者邂逅編-1
「やってしまったあああああ!!」
鷲尾須美は小学校までの通学路を全力疾走しながら、思わず叫んでしまった。
昨夜は神樹様への祈りも届かず悪夢を見た上に、この日はとうとう今までの睡眠不足が祟って深く眠りすぎていた。
おかげで、起床したのはすでに朝の8時30分を大きく回っていたところだった。
慌てて制服に着替えた須美はカバンの中に教科書と筆記用具を詰め込むと、朝食もとらずに家を飛び出た。
しかしいくら急いでも時すでに遅し、遅刻は必至な状況である。
須美の小学校生活の6年間において、学校に遅刻するといった事態は初めてのことであった。
両親は日ごろの疲れが出たのだろうと彼女を休ませようとしたのだが、体調が悪い訳でもないのに休むのは須美のプライドが許さなかった。
「おーい! 鷲尾さーん!」
学校まであと少しの所で、後ろから須美に声をかけてくる人物が現れた。
神樹館小学校遅刻率ナンバー1を誇る少女、三ノ輪銀である。
「おはよう、鷲尾さん」
「おはようございます、三ノ輪さん」
2人の少女は並走しながら挨拶を交わす。
「鷲尾さんがいるってことは、もしかして今日はセーフ!?」
「残念ながらアウトよ」
「ですよね~」
ガッカリと肩を落とす銀。
しかしすぐさま顔を上げると、ニッコリと笑顔で言葉を続ける。
「授業中の居眠りに続いてとうとう遅刻を果たすとは、アタシの中での鷲尾さんへの親近感は昨日からうなぎ上りだよ」
「そんなことで親しみを覚えないでほしいのだけど……」
苦笑を浮かべる須美。
2人は速度を落とさずやっと校門へ到着した。
「おはようございます」
そろって校門の前に立つ警備員に声をかけるが、返答が無い。
警備員は無視している訳では無く、少女たちの声が聞こえていないかのように微動だにしない。
いや、声が聞こえないどころか一切の反応が無い。警備員はまるで石の様に硬直している。
「警備員さん……?」
銀が体を揺さぶるが、まるで地面に固定されているように微動だにしない。
体はおろか、衣服さえも。
「……まさか……!」
須美の呟きを聞いた銀は同時に気がついた。
これが大人たちから伝えられてきた、来るべき日であることを。
2人の少女は大急ぎで校舎に入ると、自分たちの教室に向かう。
教室の中の生徒たちも、警備員同様にまるでオブジェのごとく固まっていた。
そんな中で、机の上で伏せって眠っている様子の乃木園子の下に駆け寄ると、肩をゆすり声をかける。
「乃木さん! 乃木さん、起きて!」
「園子! おい園子! 寝てる場合じゃないぞ!」
「う~ん……」
園子は目を擦りながら上体を起すと、周囲の異変に気付いたようでハッとした表情を浮かべた。
「な~んだ、夢かぁ~」
「「夢じゃない!!」」
のほほんとした園子に突っ込みを入れる須美と銀。
その瞬間、地鳴りと共に強烈な閃光が教室を貫いた。
眩しさから顔を庇う3人の少女たち。
光が止み、目を開けた時には周囲の状況は一変していた。
須美たちは教室ではなく、四国全土を覆う結界と化した神樹の巨大な根の上にいた。
少女たち以外に生き物の姿は無く、また校舎などの建物も全てが消失している。
それはバーテックスの攻撃から人類を守るために、神樹が自らの結界の中に取り込んだからだ。
「2人とも、あれ!」
園子が大橋の方を指差す。
そこには結界の外から現れた、巨大な異形の物体が空中を進んでくるところだった。
目測で数10メートルの大きさがあるそれは、液体を固めて形作られたような姿をしている。
「バーテックス……本当に来たんだ」
「あれを私たちが止めるんだね」
「お役目を果たしましょう」
敵──水瓶座の名を冠するアクエリアス・バーテックス──の姿を見とめた3人は、頷きあうと制服のポケットからスマートフォンを取り出し
「
祝詞を唱えスマホのアプリを起動する。
すると少女たちの体は光に包まれ、その身にまとう衣が制服のそれから戦いのための装束へと変貌した。
手には弓、槍、斧と、それぞれの武器をたずさえている。
彼女たちこそがこの世界を守るために戦う唯一の存在、『勇者』なのである。
「バーテックスの襲来が早まったせいで訓練もしてないけど……」
「出たとこ勝負でやるっきゃないっしょ!」
不安げな須美とは対照的な銀は、言うが早いかアクエリアス・バーテックスに向かって飛び掛かっていく。
「おりゃあああ!!」
銀が身の丈ほどもある斧を勢い任せに敵に向かって振り下ろすと、ガラスの砕けるような感触と共にバーテックスの体の一部が砕けた。
「やたっ!」
しかし喜びは束の間、砕けたアクエリアスの体はすぐさま修復されてしまう。
驚愕する銀。
「攻撃が通じないの……!?」
「もっと強い力じゃないとダメなんだよ。皆で一斉に攻撃しよう!」
狼狽する須美に声をかける園子。
1つ所に揃う勇者たちを見計らったかのように、アクエリアスは体内から高圧縮した水流をビームのように放射してきた。
「!!」
水流が当たる直前、園子は槍を変形させ傘のような防御シールドを展開する。
「きゃあああああ!?」
直撃はまぬがれたが、水流の勢いは凄まじく3人の勇者はまとめて吹き飛ばされてしまった。
「2人とも、大丈夫!?」
起き上がった須美が2人に声をかける。返事はないが、どうやら無事な様子だ。
アクエリアスを見ると、その正面に渦を巻くように液体が集まっている。
先ほどのビーム上の水流攻撃を再び行おうとしているのだろう。
「させないわ!」
須美は矢をつがえると、素早くバーテックスに向かって撃ちだした。
矢を受けたアクエリアスは体にヒビを入れながらも水流を発射する。
水流は二又にわかれ、園子と銀に向かっていく。
2人は槍で、または斧を楯として水流の攻撃を防ぐ。
「乃木さん! 三ノ輪さん!」
「こっちはいいから~!」
「今の内にやっつけろー!」
2人の声を聞いた須美は、矢に先ほどよりも強く力を込める。
花弁を思わせるゲージが満タンになった瞬間に放たれた矢は、しかしアクエリアスより射出された第3の水流によってあえなく撃ち落されてしまった。
水流のビームはそのまま威力を落とすことなく、須美に向かって突き進んでいく。
「「鷲尾さん!!」」
銀と園子が叫ぶ。
助けに行きたくとも、2人は高圧力の水流に押されないようその場に踏み止まっているのが精一杯だった。
(あ、これはダメかも……)
須美は心の中で死を覚悟し目を閉じた。
だが、時が経っても衝撃も痛みも襲ってくることはない。
代わりに感じるのは、自分の体が宙を飛んでいる感覚。
目を開けると、須美は何者かにその身を抱かれていることが分かった。
須美の体を抱えているのは、西洋のものとおぼしき甲冑を全身にを装着した謎の人物である。
「大丈夫かい? 怪我は無かった?」
バーテックスから距離をとり着地した甲冑の人物は、須美を地面に降ろすとそう問いかけてきた。
「あ……は、はい」
須美は混乱していた。何者なのだこの人物は?
結界の中に入れるのは勇者となった少女たち3人だけだと安芸先生からは聞かされている。
(まさか、4人目の勇者?)
だがそれもおかしい。勇者に選ばれるのは無垢なる少女だけなのだ。
対して鎧の人物の体格は大人のそれだ。おまけに先ほど聞こえた声は男性のものである。
「君はここにいて」
須美が答えを得る前に、甲冑の男はバーテックスに向かって駆けて行った。
慌てて須美も後を追う。銀と園子は未だアクエリアスの攻撃を受けている最中なのだ。2人を助けなければ。
「うおおおおおおッ!!」
甲冑の男は雄叫びと共にアクエリアスに飛び掛かると、そのスピードに乗せて強烈なパンチを見舞う。
ただの1発だが、それだけでアクエリアスの体の3分の1が砕け吹き飛んでしまった。
凄まじい威力に3人の勇者は驚愕に目を見開く。
ダメージを受けたアクエリアスは、銀たちに放っていた水流を止めた。
「2人とも、大丈夫!?」
追いついた須美が声をかける。
「うん、こっちは平気~」
「それよりあれ誰!?」
銀たちも謎の人物の乱入に困惑しているようだった。
甲冑の男は再び地を蹴り上空に飛び上がると、先ほどと同様に拳をくり出す。
アクエリアスの体は同様に殴り飛ばされ、その身を構成していた3つの水球のうち2つが砕け散り、残りは1つとなっている。
甲冑の男はとどめとばかりにさらにもう一撃くり出そうとしたが、アクエリアスが最後の抵抗をするように辺り構わず水流を乱射しはじめた。
水流に邪魔された甲冑の男は地面から動くことができない。
その隙にアクエリアスは、ヨロヨロと不安定な飛行で結界の外へと出ていってしまった。
「あ……逃げた……?」
須美がつぶやく。
4人の影は去っていくバーテックスを見送っていた。
「やったね、スミスケ! ミノさん!」
「アタシたちが勝ったんだー!!」
初戦で敵を撃退できた喜びに沸く園子と銀。
どうやら少女たちの初めての戦いは終わったようだ。
一先ずの所は……。