事前に大赦から聞かされていた期日よりも早く到来したバーテックスではあったが、どうにかこれを撃退することに成功した。
ただし、それを成したのが神樹様に選ばれた3人の勇者たちではなく、突如現れた謎の甲冑を纏った人物の手によるものなのが問題だ。
須美たちはお役目を終えた喜びに浸るのもそこそこに、甲冑の人物に視線を向ける。
西洋のものと思しきその鎧は濃いブルーのカラーリングで統一され、全身をくまなく包み込んでおり肌が露出している部分は一切ない。
しかしその体格と聞こえてきた声からして、鎧をまとっているのは成人の男性であることがうかがえる。
一体何者なのだろうか? 3人の少女は同様の疑問を胸に抱いていた。
ともあれ命を救われたのだ、まずはやるべきことがあるだろう。
「あの~、私たちを助けてくれた……んですよね……?」
「ありがとうございました」
園子と銀は甲冑の人物に近づくと感謝の言葉を伝えた。
今まで背を向けてバーテックスの去って行った方角を眺めていた鎧の男は、そこで初めて少女たちの方へ振り向く。
胸に着けられているプレート状の赤い装飾が目に鮮やかだ。
ふいに須美の脳裏に、夢の中に出てくる巨大な悪魔の姿がよぎった。
悪魔のまとうささくれ立った黒い鎧と、目の前の人物がまとうコバルトブルーの鎧が非常に似通って彼女には感じられた。
悪魔と鎧の男の姿が重なって見える。
「2人とも、その人から離れて!」
瞬間、須美は甲冑の人物に対して弓を構えていた。
(まさか、この人があの悪魔なの……!?)
須美の中で急激に、鎧の男に対する警戒心が膨れ上がった。
「ま、待って! 俺は君たちの敵じゃない!」
鎧の男は慌てて声を発した。
さらに両手を頭上に上げて、自分は無抵抗であることをアピールする。
しかし須美が弓を降ろすそぶりはない。4人の間に緊張が走る。
その時、地響きと共に結界内部に花吹雪が舞い、それが視界を埋め尽くした次の瞬間4人は元の世界へと戻されていた。
ただしそこは神樹館小学校の教室ではなく、瀬戸大橋のたもとに設けられている祠の前である。
結界から出ると共に須美たちの衣装も、元の制服へと自動的に戻っていた。当然ながら武器の弓も消失している。
甲冑の人物は安心したかのように、ふうと息を吐くと胸をなでおろした。
もしもの時の攻撃手段を失った須美は、警戒のまなざしだけは変わらずに向けている。
さらに銀と園子の手を取ると、鎧の男から距離を取るようにジリジリと後ずさりを始めた。
「あ、そうか。こんな恰好じゃ怯えても仕方ないよな……。ちょっと待って」
鎧の男はそう言うと、頭を持ち上げるように顔の横に手を添えた。
しかし兜を脱ごうとしているのではないようだ。
「えっと、こうかな……?」
鎧の男がそう呟くと、その身を覆う甲冑が脚先から外れていく。
外れた鎧はガシャガシャと音をたてながら収納され、それらのパーツはどういう原理か、全て頭部の鎧の中に入っていった。
さらに残された頭部アーマーはググーンと伸縮し、元の3倍ほどのサイズに巨大化したではないか。
鎧を脱いだ謎の人物は、最後に残された頭部パーツをおろしてその全身をあらわにする。
いかつい鎧の下から現れたのは筋肉質の大男などではなく、以外にも線の細いスマートな青年であった。
風になびいているかのように後ろに逆立った黒髪と、特徴的なもみあげが印象的である。
「わぁ~、イケメンさんだ~」
園子が呑気な声色で言った。
「男の人だったんだ」
銀も、改めて驚いた風に言う。
そんな中で須美は、吸い寄せられるように男の瞳を見つめていた。
それは夢の中に現れる岩の巨人と同じ、どこか哀しみに満ちた憂いと、奥底に秘めた力強さを感じさせる瞳である。
「……ぜっと……?」
須美は無意識にその単語を口にしていた。
「! 君、どうしてその名を……!?」
男は『ぜっと』という言葉を聞いて驚きの声を上げる。
須美の答えを聞く前に、4人の前に1台の自動車が横付けされた。
ドアを開けて出てきたのは、少女たちの担任である安芸先生だ。
「先生、何でここに?」
銀がたずねる。
「あなたたちの戦いが終わったと大赦から連絡を受けたの。お役目御苦労さま」
安芸は少女たちを
そして男の方に視線を向け
「私の生徒たちを助けていただいて、ありがとうございます」
深く頭を下げる。その態度に男は恐縮しているようだった。
「色々聞きたいこともあるけれど、まずは病院に行きましょう。大きな怪我は無いみたいだけど、一応検査はしておいた方がいいわ。あなたも、ついて来てください」
安芸はそう言って、4人を車にひき入れる。
そのまま自動車を走らせ、近くの病院へ向かった。
病院は大赦の関係者によって運営されているため、通常の怪我の治療のほかにも、バーテックスによって負わされた霊的ダメージを癒すこともできる設備を整えているのだ。
病院についてから1時間後、設けられた1室で5人は再び顔を合わせる。
幸いバーテックスと戦った4人、特に少女たちには大した怪我もなく、擦り傷程度だったので消毒して包帯を巻くくらいのことで済んだ。
「まずはお互い名乗っておきましょうか」
席に着いた安芸が最初に言葉を発した。
女性陣は順々に自分の名前を男に告げる。
次いで男が口を開いたのだが、のっけから衝撃的な言葉が飛び出てきた。
「俺の名は、
「それって旧世紀の!?」
銀が驚きと共に言った。
1992年は神世紀298年の今から300年以上過去の時代である。
にわかには信じがたいが確かに甲児の服装は、歴史の教科書で見た過去の年代のものと同じ古めかしい雰囲気がある。
「一体、どうやってそんな昔からこの時代に?」
「それは、この『
安芸の質問に、甲児は甲冑の頭部を指し答えた。
夢の中の巨人と同じ名を冠する鎧……。
「Zとは一体なんなんですか?」
須美の質問を甲児はさえぎる。
「その前に、俺は君たちのことを知りたい。俺は君たちを助けるためにあの怪物と戦ったが……それが正しい選択だったのか」
その言葉が須美を激怒させた。
「じゃああなたは、私たちを助けたのが間違いだと言うんですか!?」
バンッ!と机を叩くと、須美は立ち上がって叫ぶ。
「い、いや違う。そうじゃなくて……」
甲児はその態度にオロオロとしだした。
「私はずっと悪夢の中で、Zが助けに来てくれることを待っていた! なのにそれが間違いだったと!?」
少女の目に涙が溜まってくる。あ、これはマズい……と誰もが思った。
「誤解だよ!」
涙腺が決壊しようかという時、甲児は立ち上がると須美の両肩を掴みそう叫んだ。
少女の瞳をまっすぐに見つめ言葉を続ける。
「俺は君たちを救うことで、俺自身が救われたんだ。君たちを助けことに後悔はない。けれど、これからの俺の……いや、Zの戦いは人類を救うための戦いでなければならないんだ」
甲児の瞳を見据える須美は、その眼に宿る光が巨人のそれと同じであることを改めて思った。
(悲しい光……。この眼……明るく強さをもった眼なのに、その底のところで悲しみの火が燃えている……そんな眼だわ……)
甲児のひとにらみで冷静になったのか、須美は大人しく椅子に座り直す。
「ごめんなさい、取り乱してしまいました」
「いや、こっちこそまぎらわしいことを言ってゴメン。さっきの俺の言葉の意味は、あの戦いの事情についてだよ。何しろ俺は……今の世界について何も知らない」
甲児は4人の女性たちに視線を向ける。
「戦いは一方から見ただけでは何もわからない。そのことは過去の戦争の歴史が教えている。この国がどういう国なのかをまず知りたい……同じく敵はどんな相手なのかを」
代表して安芸が口を開いた。
「まず、今は新世紀298年……あなたのいた時代から300年以上経っていることは……」
「ここにたどり着いてから会った人たちに聞いて知っています」
「現在この世界は、私たちの住んでいるここ四国以外壊滅状態にあります。それは旧世紀の終わりに、この地球全土に強力な殺人ウイルスが蔓延した影響」
「ウイルス?」
「ウイルスから人類を守るため、土着の神々はその身を一つにし神樹様となりました。そして四国を結界でおおうことで、私たちは生き延びることができた」
安芸は言葉を続ける。
「しかし、ウイルスの海からさらなる脅威が生まれた。それが、あなたも戦ったあの怪物……世界を殺すためにやって来る敵、バーテックスです。バーテックスが神樹様の下にたどり着けばこの世界は滅びてしまう」
「それを防ぐために、バーテックスと戦うお役目に選ばれた勇者がアタシたちってわけ」
銀が自慢げに言う。
「人類を守る勇者か……。まだ幼いのに偉いな、君たちは」
甲児の言葉に少女たちは誇らしげな笑顔を浮かべた。
安芸による現世界の説明が終わり、次いで甲児が口を開く。
「さっき安芸先生は、過去にこの世界がウイルスによって滅んだと言った。けど、俺がいた所はそうじゃないんです。俺のいた世界は……核戦争によって滅びたのです」
「……『1999年、7の月』」
戦争と言う単語から結び付けられた預言書の一節を須美は口にした。
「あぁ。その日を切っ掛けに、俺の世界では第3次世界大戦が勃発したんだ」
過去の歴史において2度もおこなわれた、世界全土を巻き込んだ大戦争のことは須美たちの世界の教科書にも記されている。
それに3度目があったとは……。
「戦争と無関係でいられる国は無くなり、地球は滅びるだけの死の星となった」
「それで甲児さんは、私たちの世界に避難してきた……?」
須美の言葉に首を横に振る。
「生き残った人類は火星に移住を始めたんだ。でも、未来の火星でも何らかの争いに巻き込まれていたようだった。俺は未来から助けを求めるテレパシーを聞いて、そこに向かおうとした。けど、その最中に別の場所からも俺を呼ぶ声が聞こえてきたんだ」
「その声に呼ばれて来たのが、私たちの世界だったと?」
安芸の質問に甲児は頷いた。
声の主はおそらく神樹様であろう。人類の危機に、未知の力を持つZの助けを必要とした神樹様は、別の宇宙に住む甲児に助けを求めたのだと安芸は見当をつけた。
「何だかSFチックなお話だね~」
「アタシは頭が混乱してきたよ」
園子は目を輝かせ、銀は頭をかかえて言った。
「それ程の力を持つZとは一体……」
「実のところ、俺もZについては詳しくは分からないんだ。これは地球が滅びることを予見していた父さんが、俺を生かすために残してくれた遺品なんだ」
甲児の父である兜博士は、大学の教授で物理学を研究していた。
研究に行き詰った博士はその舞台を精神世界に移し、長年の研究の末Zを造りだしたという。全ては愛する息子のために。
お互いの事情は話し終えた。あとは甲児がどう判断するかだが、答えはとうに決まっていた。
「俺は、Zは人類を救うために旅に出た。なら迷うことはない。どんな世界であろうと、平和を脅かされている人々がいるのなら、俺はその助けになりたい」
甲児は須美たちと固く握手を交わした。
今ここに、人類を守るための4人の守護者が集ったのだ。