合宿2日目の朝が来た。
須美は甲児が現れて以来悪夢を見なくなり、この日もぐっすりと眠っている。
合宿中はなるべく4人一緒にいるように安芸先生から言われているが、さすがに寝る時は甲児は別室である。
少女たち3人は同じ部屋で布団を並べているのだが、まだ須美が静かな寝息を立てている中で銀は1人起き上がると、物音を立てないよう静かにジャージに着替えた。
「どこ行くの~、ミノさん」
静かにふすまを開けて部屋を出ようとしていた銀に、園子が小声で声をかけた。
「悪い、起しちゃったか?」
「ううん、ちょうど目が覚めた所~。それで、どこ行くの?」
「早朝トレーニングってやつをしてみようと思ってね。ちょっとランニングして来るよ」
「そっか~、行ってらっしゃ~い」
銀を見送ると、園子は再び布団にもぐり2度寝に入った。
それからしばらくして、今度は目覚まし時計の音で起きた須美が園子を起すこととなった。
「銀はどこかしら?」
「ランニングだよ。張り切ってるよね~、ミノさん」
2人は今度は甲児を起こすために、彼の寝ている部屋まで向かう。
部屋に入る前に襖の外から声をかけるが、甲児からの返事はない。
「まだ寝てるのかな~?」
「朝食もあるし、失礼して入りましょうか」
部屋に入ると、布団の中で寝入っている甲児の姿が目に入った。
須美は窓際に向かうと、カーテンを開けて朝日の光を入れる。
光の刺激で甲児も目が覚めたようだった。
「おはようございます、甲児さん」
「お、オハヨー。寝すぎた? じゃ、すぐ起きるから、ちょっと下で待ってて」
そう言いながら、甲児は布団を被ったままで起きてくる気配は無い。
「じゃあ起きるの手伝ってあげる~」
園子は須美に目配せし、その意味を悟った須美もニヤリと笑みを浮かべて、2人は甲児が被っているかけ布団を掴む。
「「それ~!」」
掛け声と共に、ガバッとかけ布団をはぎ取ると
「きゃあああああッ!?」
「……はえ~」
布団の下からは
「ななな、何で裸なんですか!?」
辛うじて股間だけは両手で隠されていたが、初めて見た男性の裸体に須美は赤面して、背を向けながら叫んだ。
甲児も甲児で少女たちに背を向けるように寝転がる。真っ白な尻が、この事態にも動じていない園子の目の前に晒された。
「ノーパン健康法って知らない? 俺の時代に流行ってたの」
「知りません!」
300年以上も前にブームになった……それも一過性の流行を、神世紀生まれの小学生女児が知る筈はないだろう。
須美はそのまま駆け足で部屋から出て行った。
「先に下に行ってるから、甲児さんも早く来てね~」
園子も続いて部屋を後にする。
2人のいなくなった後で、甲児は2度と全裸では寝ないようにしようと誓い、ジャージに着替えるのだった。
◇ ◆ ◇ ◆
午前中から訓練に入るかと思いきや、この時は学校で行われている通常の授業であった。
お役目のせいで遅れた分を取り戻させようという安芸先生の計らいだったが、勉強から逃れられると思っていた銀は軽くガッカリしていた。
歴史の授業では甲児も少女たちに混ざって教科書に目を通している。
西暦の時代の出来事は甲児の世界と同様であり、神世紀に入ってからも現存する世界が四国しか無くなったことで、大きな事件などは起きていないようだった。ただ1つ、バーテックスの襲来を除いて。
午後からは前日と同じ、チームワークを高める訓練が始まった。今回から甲児も加わり、4人での共同訓練となる。
須美が後方から矢で敵──ここではバレーボールだが──を狙撃し園子が前面に立ち防御、銀がその後ろで待機し、甲児は須美と園子が撃ち洩らした敵を叩くというポジションだ。
「甲児さんの武器って腰の剣だけ? 何かさぁ、飛び道具とかはないの?」
銀がたずねてきた。特に後半は期待を込めてのものだったが、残念ながら現状のZにはその類の武装はない。
「Zは精神力で動かすものだから、俺が強く念じれば何かできるのかもしれないな。現に変身も短縮できたし」
「今は時間が限られているし、それについては後でゆっくり考えましょう」
須美の言葉で一同は特訓を開始した。
が、やはり一朝一夕では上手くいかないようだ。
用意されたバレーボール発射台の数は、どこから揃えて来たのか数10台もあり、連続して発射されるボールの多さには須美の弓も対処が追いつかない。
撃ち漏らしたボールは園子の傘で防がれているが、それでも左右から飛んでくる球を避けるために動きが大降りになってしまい隙もできる。
傘でも防ぎきれずに飛んでくるボールをZが切り落とし、何とか銀には1発も当たらずにある程度の距離までは近づくことができた。
ゴール地点である山道には廃バスが置かれている。これをバーテックス本体と見なしてそこまで銀を無傷で送り届けることが特訓の目的だ。
バスまで残り100メートル地点。浜辺はここまでであり、ここから先はゴールに向かうためには銀単独でジャンプして行くしかない。
「今度こそ!」
銀が飛び上がる。バレーボールが飛んでくる。須美がそれを撃ち落す。
しかしあとわずかという所で、須美が撃ち漏らした1発のボールが銀の後頭部に当たり、惜しくも訓練は失敗となってしまった。
このようにいい所まではいくのだが、何度繰り返しても毎度惜しい所で失敗してしまうことが続いていた。
「やっぱり、後方支援が私1人だけじゃ力不足なのかしら……」
須美が肩を落としながら言う。
「そんなことないって、元気出せよ須美」
「そうそう、わっしーはとっても頑張ってるよ~」
銀と園子が須美を励ます。
「素人の俺から見ても、須美ちゃんの弓の腕前は大したものだと思うよ。自身を持っていい」
本当に力不足なのは俺の方だ、と甲児は思った。
(無限の可能性を秘めたZの力をまったく使いこなせていないんだからな……)
想像力がZの原動力と一言でいうが、体験したことも無いことを想像するのはかなりの苦労を伴うものだ。
「あ~あ、勇者なんだから空くらい飛べればいいのになぁ」
銀は残念そうに言った。その言葉に甲児はヒントをもらう。
「空か……試してみる価値はあるな」
日は傾き夕暮れとなり、これが最後の特訓の時刻となった。
一同位置に付き、訓練が開始される。
これまでと同様に、飛んでくるボールを須美が狙撃し、外れた球を園子と甲児で防ぐ。
そうしてバスまで100メートルの所まで到達し、銀が飛び上がるが再び弓から外れたボールが銀に向かって行く。
その時、Zが同様にジャンプすると、そのまま銀を抱えて高く飛び上がることで飛んできたボールを避けることができた。
しかしこのままでは次の球を避けることはできない。
銀を抱えたままZは重力に従って落下し始める。
「甲児さん、このままじゃ……!」
「大丈夫だ。俺は空を飛べる……飛べる、飛べるんだ……!」
兜甲児は空を飛んだ経験はない。しかしそれは現実の話であり、夢の中ではその限りでは無い。
何度となく夢で見た生身で飛行する感覚を思いだし、体が宙に浮くイメージに意識を集中させる。
そうして膨らませた想像力が、ついには実現した。
須美が撃ち損じたいくつかのバレーボールが甲児たちに向かう。
それらが当たる直前、Zの背にバサッと1枚の赤いマントが出現した。
「飛べーッ!!」
言葉と共に落下から一転、銀を抱いたZの身は空に向かって中空で飛び上がった。
迫るボールを避け、Zはグングンと上昇していく。
「わ、わ、わ! 甲児さん、飛び過ぎ飛び過ぎ!!」
「す、すまない。まだ上手くコントロールできなくて……!」
天に昇っていくZはピタリと静止すると、今度は急速に落下していく。
かと思えばまた止まり、上昇。
「くっ……こうか!?」
まるでUFOのようなジグザグとした不安定な軌道を描いたのち、飛行することに慣れたのかZはゴールである廃バスに向かって真っ直ぐに飛んでいく。
「ここまで来たら大丈夫。ありがと、甲児さん」
バスの上空まで来た時、銀はそう言うとZから離れその身を宙に躍らせた。
「これでゴール!!」
銀の大斧が廃バスに叩きつけられ、バスは紙細工を潰したようにあっけなく破壊された。
「やったねミノさ~ん!」
「甲児さんも、お疲れ様です」
再び銀を連れて、空を飛びながらこちらにやって来るZを見た園子と須美が声をかけてくる。
銀を降ろすと甲児は変身を解き一息ついた。
少女たちはハイタッチをしてお互いの健闘を称えている。
特訓2日目の終了ギリギリにおいて、どうにか一同は訓練の成功を収めることができたのだった。