「フォウ
フー…、フォーウ…」
何か、また頬を舐められたような……。
「あの、起きて下さい。マスター。
起きないと、殺しますよ」
!?
い、いま何か物騒な台詞出なかった!?
がばっと起きる。
「あ、良かった。
目が覚めましたね先輩。何よりです」
「今、殺しますよって…」
「すみません、言い間違えました。
正しくは殺されますよ、でした」
どっちにしろ物騒だ。
目の前にはマシュがいた。
「あれ? ……ってマシュ!
体は大丈夫なのか⁉」
「はい、私の方はなんとか」
「いや、でもその恰好」
彼女の体を見る。
体のラインがくっきりと分かるボディスーツ。
一部には、鎧のような装備が展開されている。
何より、目を見張るのは彼女が持っている、盾―――のようなもの。
彼女の身長以上もある盾。
「……というか、ここは?」
辺りを見渡す。
ここは中央管制室ではない。
それどころか、外――それも、街中にいるようだ。
敢えて同じ点を挙げるとすれば―――ここでも世界は、赤く染まっているということか。
「…想定外のことで、私も混乱しています。
落ち着きたいところですが、今は周りをご覧ください」
「GAAAAAA!」
「な」
骸骨だ。
剣やら弓やら、武器を持った骸骨が、がしゃがしゃとこちらに襲い掛かってくる。
「言語による意思の疎通は不可能。敵性生物と判断します。
マスター、指示を。私と先輩の二人で、この事態を切り抜けます!」
「し、指示って言われても……」
「お願いします。マスター。あなたの力が必要なのです。
どうか、私を信じてください!」
「っ……わ、分かった」
「では、戦闘を開始します!」
「GAAAAAA!」
「ふっ!」
剣を振りかぶろうとした骸骨の1体に、マシュは盾ごと体当たりする。
がしゃん、と脆い人形のように骸骨は崩れ去った。
「お、おお」
ま、マシュってこんなに強かったんだ……。
「GI―――GAAAA!」
「! マシュ! 右前方から弓矢が! ガードして!」
「はい!」
キン、とマシュは盾を展開し、弓矢を防ぐ。
「こ、今度は左から槍! 避けて!」
「っ!」
突き出された槍を、マシュは跳んで避ける。
「はぁっ!」
空中で体を回転させ、盾を骸骨に叩きつけた。
「これで―――終わりです!」
残った弓兵の骸骨に、マシュは一気に近づき、盾をかちあげる。
「―――ふう。不安でしたが、何とかなりましたね。
先輩、お怪我はありませんか? お腹が痛かったり、腹部が重かったりはしませんか?」
「う、うん。俺のほうは何とか……。
ていうか、マシュってそんなに強かったの!?」
「……いえ、戦闘訓練はいつも居残りでした。
逆上がりもできない研究員。それがわたしです。
わたしが今、あのように戦えたのは―――」
『ああ、やっと繋がった! こちらカルデア管制室だ、聞こえるかい!?』
「あ、ドクター」
目の前に、彼の姿が映し出されたホログラムが表示される。
「こちらAチームメンバー、マシュ・キリエライトです。
現在、特異点Fにシフト完了しました。
同伴者は彼一名で、心身共に問題ありません」
『ああ……やはり君もレイシフトに巻き込まれたのか。
マシュ。そちらの状況を教えてくれる? というか、その恰好はどういうコトなんだい!?
ボクは君を、そんなハレンチな格好の子に育てた覚えはないぞ!?』
「確かに、すごい恰好してるよね……マシュ、俺の上着でよかったら、羽織る?」
「こ、これは変身したのです! カルデアの制服では先輩を守れないので」
『変身? 君は何を言って……いや、待って。
お、おおおぉぉお!? こ、この身体状態! マシュ。君はまさか!?』
「はい、サーヴァントそのものです。消滅寸前の英霊が、わたしに契約を持ち掛けてきたのです。英霊となる能力と宝具を譲る代わりに、この特異点の原因を排除してほしい、と」
『英霊と人間の融合……デミ・サーヴァント。
カルデア6つ目の実験だ。
……そうか、ようやく成功したのか。では、キミの中に英霊の意識はあるのかい?』
「いいえ、彼は私に戦闘能力を託して消滅しました……真名も告げずに。
ですので、私は彼がどの英霊なのか、自分が手にした武器がどのような宝具なのか、現時点では判明できません」
『そうか……でも、マシュがサーヴァントになったのは喜ばしいことだ。
なにしろ全面的に信用できる』
「あのー、もしもし?」
正直、俺はなにがなんやらで、頭がついていってないんですが。
『おっと、ごめんね、藤丸君。
何も事情を説明しないまま、こんな事になってしまい、君を巻き込んでしまった。
わからないことだらけだと思うが、安心してほしい。
キミには既に、強力な武器がいる。マシュという人類最強の兵器がね』
「マシュは兵器じゃないですよ?」
『あーいや、サーヴァントとはそういうものなんだって、理解してもらいたくね』
「サーヴァント」
たしか、日本語名は従者って意味だっけ?
『ああ、そういえば、先ほど言いそびれてしまったね。
うん。サーヴァントとは、マスターに仕える使い魔のようなもの。
サーヴァントとマスターはセットで成り立つものであり、マシュがそのサーヴァント、君がそのマスターになったってことさ。
詳しく説明するとね……』
「ドクター、通信が乱れています。途絶まであと10秒」
『む、シバの出力が安定してないのか。
二人とも、そこから2キロほど移動した先に霊脈の強いポイントがある。
なんとかそこまでたどり着いてくれ。詳しい話はその後で―――』
ぷつん、とドクターの画像が途切れた。
「………」
「……じゃあ、行こうか」
「はい、頼もしいです、先輩」
「フー、フォウ!」
「そうでした。フォウさんもいてくれたんですね。応援ありがとうございます」
ざっ、と歩みを進めようとしたその時。
俺は、ひとつ伝え忘れたことがあったのを思い出した。
「ああ、そうだ……マシュ」
「はい、なんでしょう先輩?」
「うん。君が無事で本当によかった」
「―――」
マシュは一瞬、驚いたような顔をして、
「はい、ありがとうございます。先輩」
笑顔で、そう答えた。
◇ ◇
歩くこと数十分、目的地に近づいていたところ、
「キャアーーーーー!」
女性の悲鳴が聞こえた。
駆けつけると、一人の女性が骸骨たちに追われている、あれは確か…
「オルガマリー所長!?」
「あ、貴方達。何でここに!? も、もうなにがどうなってるのよぉ⁉」
「マシュ! 前見て! 敵は2体!」
「はい! 速攻で片付けます!」
マシュの盾から放たれる衝撃波で、敵は一気に片付いた。
「お怪我はありませんか? 所長」
「…………マシュ。どういう事? それ、デミ・サーヴァントでしょう?
どうして今になって成功したのよ。
いいえ、それ以上に貴方‼」
「え、俺ですか⁉」
「なんでマスターになってるの!? サーヴァントと契約できるのは優秀な魔術師だけ‼
アンタなんかがマスターになれるハズないじゃない! この子にどんな乱暴を働いていいなりにしたの‼」
胸倉をつかまれ、がくがくと揺すられる。
「いや、そんな、人を暴漢みたいに……!」
「ご、誤解です所長! 強引に契約を結んだのは、むしろ私の方です!」
「……なんですって?」
「とにかく、状況を説明します」
◇ ◇
「……なるほどね。認めたくないけど、どうしてそいつと私が冬木にシフトしたのか、理由が分かったわ」
「生き残った理由に説明がつくのですか?」
「ええ、私達3人ともコフィンに入っていなかった。生身でのレイシフトだと成功率が激減するのだけどゼロにはならない。一方、コフィンに入っている状態だと、成功率が下がると自動的にブレーカーが落ちる仕組みになっている。
レイシフトできたのは私達3名だけになるということでしょうね」
「成る程。流石です所長」
「……あれ?」
でも管制室に彼女いたっけ? 見逃してたのかな…。
「フン。状況は理解できました。
緊急事態だけど、あなたとキリエライトとの契約を認めます。
まずは、ベースキャンプの設立ね。
いい? こういう時は霊脈のターミナル。魔力が収束する場所を探すのよ。そこならカルデアとの連絡が取れるから。この街の場合…」
「このポイントですね。所長の足元です」
「うぇ⁉ あ……そ、そうね、そうみたい。
わかってる。わかってたわよ。そんなコトは!」
「………」
大丈夫だろうか。
彼女、オルガマリー所長には、なんだか得体のしれないポンコツ臭がするというか……。
「……貴方、いま不遜なこと考えてなかった?」
「い、いえいえ。まっさかー!」
「はぁ。マシュ。貴方の盾を地面に。宝具を触媒にして召喚サークルを設置するから」
「はい、では始めます」
◇ ◇
『もしもーし! よし、通信が戻った!
ふたりとも、ご苦労様。空間固定に成功した。これで通信も補給物資も―――』
「はぁ⁉ なんで貴方が仕切ってるのよロマニ⁉
レフ、レフはどこ⁉ レフを出しなさい!!」
『うひゃぁあ! しょ、所長! 生きていらしたんですか⁉ あの爆発の中? しかも無傷で!? どんだけ⁉』
「どういう意味よソレ⁉ いいからレフはどこ⁉
医療トップの貴方がなぜその席にいるのよ!?」
『……それを言われると、ボクも困る。でも他に人材もいないんですよ、オルガマリー。
ボクが作戦指揮を任されているのは、ボクより上の階級の生存者がいないからです』
「……なにそれ、どういうことよ? そっちの状況はどうなっているの!?」
ドクターは、カルデアの状況を説明した。
生き残ったカルデア正規スタッフはロマンを含め20名にも満たない。
レフ・ライノール教授は管制室で指揮していたため、生存は絶望的。
マスター適正者は俺を覗いた47名、全員が危篤状態ーーーこれには、オルガマリー所長が冷凍保存を強行させた。
カルデアは機能の八割を失った状態。その状態で、設備の修理、現状位置に努めている。
現在、外部との通信を修理中。回復次第、補助の要請、カルデアの立て直しを行う予定―――と。
「二十名だけで、そんな大作業をまかなえるの?」
『それは大丈夫です。今は『彼女』が復旧作業の指揮をとっています。
時間はかかるけど、確実に修復はできるものかと』
「……ああ、そうだったわね。
それじゃあ、こちらは彼らを連れて、特異点Fの調査を開始します」
『了解です。健闘を祈ります、所長』
「さ、行くわよ二人とも」
「所長、よろしいのですか? ここで救助を待つという案もありますが」
「そういう訳にもいかないのよ。事態が落ち着いたら、責任を取らされるのはこちらだもの。
手ぶらで帰れるわけないでしょう。
悪いけど付き合ってもらうわよ、二人とも」
堂々たる様子で、所長は歩く。
………けれど、どこか彼女には、今にも泣き出しそうな雰囲気を醸し出していたように見えた。