「はぁ…」幾度目かに吐いたため息は再び凍るような空気に溶けて消えた。大都会の雑踏はすっかりクリスマス気分で浮かれていて、彩度の高い飾り付けが電灯の明かりを反射する。折しも、今夜は満月で夜空も薄明るい。
「なんでこうなったんだろう。」
わずかに膨らんだ胸に視線を落として自問自答。私はこの体を客観的に見れる程度には残酷な現実を受け入れることに慣れてしまっていた。私「くろぐだ」の性別が変わってからそろそろ半年のはずだ。「はぁぁ…」すっかりため息が癖になったようだ。陰気臭いと言われようが知ったことではない。
すれ違いざまカップルを一瞥した。
私も何事もなかったのなら今頃パートナーに恵まれただろうか。
いや、でも今の姿なら相手は彼氏か…と考えたところで頭を振る。いけない、ネガティブになりすぎた。完全にこの状況に呑まれる訳にはいかない。それがアイデンティティの失った私に残された数少ない心の依代だ。
私はマフラーに顔をうずめて遠回りする裏道に入った。表通りは眩しすぎることもあったが、それ以上に重大な意味があるからだ。
私のチーム内での役回りは新たな「被災者」の早期発見と保護だ。実際にこのあたりで何人か被災者を発見している。自身が女体化した時もそうだったが、当人が叩き落とされた境遇への狼狽さは見るに耐えない。
「今晩はいないでくれよ…」
ただでさえ最悪な気分だ。これ以上負担になるものを見たくない。祈るように路地を進んだ。
「ぅぁぁぁぁっ!!」
不意に悲壮な声が聞こえた。
あまりに幼い女性の声だ。だが声音に女性らしさがない矛盾を含んでいた。
最悪だ。芯から体が冷えて身震いした。暴行事件ならすぐに助ければいい。どうか勘違いであってほしい。そう思いながら悲鳴が聞こえたほうへ駆け出した。なんとしてでも奴らより先に保護しなければならない。私が助けなければ、まだ見ぬ彼女はより残酷な運命へと至ってしまうから。
十字路に差し掛かると左から小柄な人物が勢いよくぶつかって来た。
「おっ…と!」多少体勢を崩されたが、倒れるほどの衝撃でもなかった。けれどもぶつかって来た子は見事に尻餅をついた。「きゃっ」と可愛らしい声が聞こえた。
「大丈夫か、君?」
と、咄嗟に手を差し出してすぐ気づいた。この子の服は全くサイズが合ってない。それに男性向けの服装だ。
間違いない。しかし、こんなにも幼い被災者が生まれるなんて…。
唇を噛んでこれからこの子が歩まなければならない人生を運命を呪い、しっかりとその姿を観察した。
小柄な体躯で、肩にかからない程度の癖がかかった金髪。メガネは不釣り合いに大きい。何より大きく見開かれた綺麗な赤眼が薄暗がりの中で映える。
私はなんて綺麗な子だろうと反射的に感じた。
しかし、少女が声にならないうめき声を出して怯え始めたので、はっと我に帰り「大丈夫…私は貴方の味方よ」と話しかけた。
心中は察するに余りある。被災者は性転換する前の記憶が一切なくなるからだ。少女は首を振り、なおもあとずさる。
「大丈夫。大丈夫だから。」多少強引だけれども膝立ちになって彼女を抱きしめた。小刻みに震えている。
「怖かったよね?寂しかったよね?もう大丈夫。私がいるもの」そうして今持てる精一杯慈愛を込めて囁いた。すると、少女は絞りだしたかのように声を出した。「で、でも。わた、私…!誰かわからないの..!」だから私には構うな。と彼女の発言には絶望からくる諦観を含んでいた。
「大丈夫。わかっているわ。あなたは誰なのか、これから知っていけばいい。私がずっとそばにいてあげる」
はっきり断言した。これ以上になく。もう後には引けない。
私は自ら発した言葉の責任の重さをずっしりと感じた。勿論、パニックに陥った少女を宥めるためだけに約束したものではない。被災者を真に理解できるのは被災者だけだ。私が人生を捧げてもこの子の面倒を見てあげなければならない。途方もない苦労があるのだろうが…。
金髪の少女は安心して緊張の糸が解れたのか、ボロボロと泣き始めた。
私はつられて溢れてくるものをぐっと堪えながら、しばらくはこの子の背中を摩ってあげることにした。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「くしゅん」
私は随分と可愛らしいくしゃみだなぁと思いながら、マフラーを泣き止んだ彼女と半分こにして巻き、垂れた鼻水拭き取ってあげた。
「ありがとう。」と彼女は泣きはらした顔で見つめる。
うう、あまりに痛いけで純真な顔だ…。照れくさくなって満月を見上げた。綺麗な夜空だ。
そういえばあの晩も同じ満月だった。あまり思い出したくない。私が持っている最初の記憶。
「私もね、あなたと同じなのよ。最初は自分が誰かわからなかったの。」
「えっ…そうなの」
少女は驚いたように聞き返した。
「そうよ。同じように男の服着ててね。最初はもう何がなんやら。」と肩をすくめてみせる。そう、私たちと同じ境遇に陥った人たちはたくさんいる。彼女たちは巧妙に社会に溶け込むことでなんとか生活をしているのだ。
失うことによって得た絶大な能力を隠して。
とにかく、この子には前向きになってくれないといけない。せめて自分一人だけがこうなっているわけじゃないことを知ることで大分安心できるのではないだろうか。私は冷え切った小さな手をつないで歩き始めた。行き先はいつもの隠れ家。
「元の体や記憶を取り戻せるかはわからないわ。でも何が起こってこうなっちゃったのか、私は知りたい。あなたもそう思うでしょ?」
少女の表情はより柔らかくなり、「うん」と小さく頷いた。
そういえばこの子には名前がまだなかったな。いつまでも名無しじゃあまりに可哀想だ。ここはひとつネーミングセンスの見せ所だろうか。「ねえ..あなたの名前は…」
そう言いだしたところで背後に不穏な気配を感じた。それも複数だ。不自然に会話が止まったことで、少女は不思議そうにこちらを覗き込んだ。
やはり奴らに見つかっていた。得物を構えてこちらに襲いかかろうとしている。殺気も消せない素人たちだ。造作もないだろう。
「いい?私が合図したら伏せて」
「えっ…?」
「伏せるだけでいいの。すぐに終わるわ」バッチリウインクを決める。これが大人の余裕ってやつだ。この子にいいところを見せないと。
それから十数歩歩いたところで建物の上からも殺気を感じた。ここがキルゾーンなのだろう。ならば返り討ちにするまでだ。
ついに後ろの連中が動く、その瞬間。
「伏せて!!」私はそう叫びつつ振り向きざま腰のリボルバーを引き抜き、立て続けに放った。狙いは正確だ。なにせ私の能力はそれに特化しているから。
4人全員を鎮圧した直後、両側の建物の屋上からさらに二人が襲いかかってきたが地面に足が着くまでに一発ずつお見舞いした。
「ふふ、こんなものよ。」全弾打ち切って全て命中。これが私が失ったモノの代償に得た能力「戦女神の加護」だ。戦いに関する勘が効くうえに、扱う武器の狙いを外すことはない。
もうあたりに人の気配はないようだ。少女も大人しく伏せてくれていたし、大事はないはず。
「よく我慢してくれたね。もう大丈夫だよ」
先ほどではなくとも怯えている少女に手を差し出して立たせてやる。彼女は「さっきの...大きい音はなに...?」と説明を求めてきた。
「あー...まあ悪い人をやっつけたんだ。もう大丈夫。安心だって!」
無理やりにでもにっこり笑って安心させる。そういえば私のかっこいいとこ、伏せてるから見てないよなあ...そう思うと私は急にきまりが悪くなって目をそらしつつ舌をだした。
そうして目を離した瞬間、少女は呟いた。
「ぁ...」
そして
「危ない!!!!」
初めて聞いた声で私を突き飛ばした。
その反動でグラッと視界が傾く。
周囲の風景が急に遅く見え始めた。
倒れ行く私の目に映ったのは、さっきまで自分がいたところを凄まじい一撃が駆け抜けたことと、そこに飛び込んできた少女の夥しい鮮血が視界を覆い尽くすところだった。
続く
初投稿です。仲良くさせてもらってるフォロワーさんを女体キャラ化してSSにする狂気の作品を執筆していきます。拙いですが頑張りますね。