詳しい知人に電話したところ、パソコンの不調は秒で直ったので、とりあえず前編公開です。
学生の方は学園祭・文化祭シーズンですね。今しかできない体験だと思うので、精一杯楽しんでください。
静かな森の中、時折響く小鳥の歌声をかき分けるように落ち葉や枯れ枝を踏む音が聞こえる。
やがて背の高い草むらから姿を現したのは、周囲に溶け込む深い緑色の髪をもさもさと揺らす少年だった。
誰が見ても平凡な印象を持つ少年は、長い道のりでそばかすの上を流れる汗をグローブに覆われた手でグイッと拭う。
今日が誕生日である少年は、ご馳走をつくると申し出た母親の為に昨日の内に仕掛けておいたウサギ用の罠を調べに来ていた。
「あ、あれ?罠が壊れてる……」
よくよく辺りを観察してみると、大きな肉球の足跡が柔らかい地面に残っていた。
「狼が持って行っちゃったのか。どうしよう」
悩んでも仕方ないと背中に背負った弓を手に持ったイズクは、周囲を見回す。狼は匂いを辿ってきたはずだ。この辺りに巣穴があるのかもしれない。
弓がそれほど得意ではないイズクとしては巣穴に居てほしいと願う。足が速く小さなウサギを射抜くのはとても難しいのだ。
しかし巣穴は見つけたものの、狼に掘り返されたのか既にウサギの姿は無かった。
その後もギリギリまで粘ったのだが結局捕まえられず、意気消沈とした様子で帰って来たイズクを母は優しく迎えた。
なぜ彼がこんなに必死になったか?それは今日がただの誕生日ではないからだ。
この国では15歳になると、大人の仲間入り――つまり成人という扱いになる。そう、今日はイズクの記念すべき15歳の誕生日なのだ。
先日開かれたこの国の王子の成人誕生日には盛大なパーティーが開かれたということはこの辺境の村にも知らされ、母がそれに羨望の気持ちを持っているのを知っていた彼は自分なりに母を喜ばせようと努力したのだが、結果は御覧の通り。落ち込むイズクだが、しかし料理上手な母は保存用に加工された肉をうまく調理して、質素ながらとてもおいしい夕食だった。
二人きりのとても小さなパーティーは夜も更ける前に終わり、イズクは静かに床に就いた。
「やあ」
「ん、!!?!」
聞きなれない呼びかけに目を開けると、見知らぬ女がイズクの枕元に立っていた。
「だ、だれ!?」
「私は預言者。お告げをしにお前の夢に来たのだ」
「っていうことは、これは夢?」
「そういうことだな」
どう見ても自分の部屋にしか見えない周囲をきょろきょろと見回すイズクに、預言者はおかしそうにくつくつと笑った。
「さて、さえない村人イズクよ」
「さぇっ!?う、はい…」
「お前は勇者となり、魔王を倒すのに必要な存在だと女神からご神託が下った。仲間を集め、人々を苦しめる魔王を倒す旅に出るのだ」
「僕が、勇者……?」
顎に手を当てて考え込むイズクを余所に、今にも消えそうな預言者を慌てて呼び止める。
「ちょっと待って!魔王を倒すって、どうやって?」
「おお、忘れてた。ほら、勇者の剣だ」
カラン、
虚しく響く軽い音に視線を落とすと、ありふれた形の短剣が落ちていた。
「……」
「お前の気持ち次第で強くなる。強い気持ちを持ち続ければ、その刃が折れることは無い。勇者の旅に幸がありますように」
最後の最後に預言者らしく締めくくった女を唖然と見上げていたイズクだったが、だんだんと意識が遠のいて行った。
いつも通りの代わり映えない朝かと思いきや、枕元には初めて見る……正確に言えば夢で見た、あるはずのない短剣が置かれていた。
バタバタと騒がしい足音に、イズクの母は料理をしていた手を止め顔を上げた。見ると、イズクが朝から冷や汗を流して部屋から飛び出てきたところだった。
「か、母さん!大変だ、夢に預言者様が…枕元に、短剣が!それに、勇者だって」
要領を得ないイズクに母が落ち着いてと席に着かせ、一から離すように促した。
「ご、ごめん。昨日見た夢なんだけど……」
イズクは自分でも突拍子のない文字通り夢のような話を母に言って聞かせると、彼女は何故か納得したように息をついた。その顔はどこか悲しげでもある。
彼女が言うには、自分は生まれた時から勇者としての運命を背負っていたのだと言う。そして成人となったその時、勇者として魔王を倒す旅に出るだろうと。
「じゃあ、僕はこれから旅に出なきゃいけないの?」
母は不安そうに瞳を揺らすイズクの肩を優しく撫で、あなたならきっと出来ると、そういつもの笑顔で言った。その笑顔に勇気付けられるように頷きを返したイズクに、彼女は少ないけれどこれを持って行きなさいと皮の巾着袋とこの日の為に用意していたのだろう旅装を持たせた。
「これって、100円…?そんな……大金じゃないか!」
返そうとするも頑として受け取らない母にイズクも諦めて懐にしまった。
服の上から旅装を重ね着、腰のベルトに短剣をさす。
感慨深げに涙ぐんで己を見つめる母に強い眼差しを返して、今までになくはっきりとした口調でイズクは家を飛び出した。
「母さん…行って来ます!」
見送る母に手を振って分かれたはいいものの、旅は過酷だった。
まず、一人ではできることが少ない上、イズクの住む辺境は回りに村がないので基本野宿だ。野営の知識などないイズクには火を
心身共にボロボロになってたどり着いたのは、途中で出会った旅人に教えてもらった国を一望できる高台だった。そこからなら魔王城が見えると聞いて、魔王城の場所さえ知らなかったイズクはまずここにやってきたのだった。
ようやく開けた視界を堪能する間もなく膝に手を付いて呼吸を整えると、額に流れる汗を拭いて顔を上げる。
しかし最初にイズクの目に入ったのは、絶景でも魔王城でもなく、白馬に乗った端正な容姿の青年だった。
「あっ」
紅白の髪が風に靡く幻想的な様子に思わず漏れてしまった声を殺すように口を押さえるが、時既に遅し。憂いを帯びた顔で遥か遠くを見ていた青年はこちらに気付いて振り向いてしまった。
「お前は……?」
「あのっごめんなさい!イズクです。勇者イズク……」
言ってからイズクは赤面する。
こんなくたびれた自分を誰が勇者だと思うだろう。普段から見た目が軟弱だと村でからかわれて来たと言うのに、こんな上等な服を着て立派な白馬に乗っているような人が信じる訳がない。寧ろ彼の方が勇者にピッタリではないか。
しかしイズクがうじうじと悩んでいる間に、青年は「そうか」と一言呟いてあっさり納得してしまった。
驚き目を瞠るイズクをじっと見た青年は馬上から降りると己の胸に手を当てた。
「……お前が勇者か。初めまして、俺はショート。この国の王子だ」
「あ、初めまして―――って、王子様!?ごめんなさい!そうとは知らず、僕…」
「畏まらなくていい。魔王を探す旅人という面ではそう大した立場の違いじゃない。普通にしてくれ」
「普通…えっと、うん。分かったよ」
ショート王子は戸惑いつつも了承するイズクに満足そうに頷くと、今度は馬の手綱を引いて美しい毛並みをした白馬を撫でた。
「こいつはエリザベスだ」
「よろしくね、エリザベス」
村にこんな立派な馬は居なかったが、動物好きのイズクはにこりと人好きのする笑みでエリザベスの鼻面を撫でる。すると、エリザベスも心なしか嬉しそうにぶるると鼻を鳴らしたのだった。
それから、同じように成人の日に夢で預言者に使命を告げられたと言うショートは、イズクの魔王城への旅路に同行することとなった。
優秀な王子を仲間にしたイズクの旅は、当初に比べ大変楽になった。ショートは剣も魔法も得意で、魔王が現れてから増えた魔の者との戦いは勿論、火を熾すのも魔法で何とかしてしまう王子に感心するイズク。
数日共に旅をして打ち解けた二人だったが、ある日の野営中にふとショートが語り始めた。
「この国には俺の上にもう一人王子が居たんだ」
「お兄さんがってこと?」
「ああ。年は近かったが、俺よりずっと聡明で、大人な考え方をする人だった」
「"だった"って……今は居ないの?」
恐る恐るイズクが聞くと、ショートはいつか見たような憂いを帯びた目で揺れる火を見つめた。
やはり聞いてはいけない事だったかと焦るイズクに気付いたショートは、首を振って否定する。
「いい。……俺のせいなんだ。不甲斐ない俺が兄の優しさに甘えていたせいで、城を出て行った」
「そう、なんだ。心配だね」
「だが、俺が必ず連れ戻す」
篝火の炎がショートの目の中で燃える様子が彼の決意を表しているようで、イズクは息を飲むとそれ以上聞くことはできなかった。
翌日、2人は栄えた街にやって来ていた。
屋台を見て回っているとき、100円ではちょっと小腹を満たせるかどうか…という食べ物がギリギリ買えるか、と言う事を初めて知ったイズクは衝撃を受けた。
やむなくイズクは頭を下げ、ショートが旅に出るときに持ってきた資金から買い物をさせてもらう事になった。その時王子の財布から見た事も無い輝く貨幣が見えて目を逸らしたのは言うまでもない。
2人は宿泊した宿屋で噂を耳にする。
何やら、街の近くで最近ドラゴンが目撃されているらしい。ドラゴンは魔の者ではないが、炎で近くの森林や作物があらされて困っているという。
元来お人よしで困っている人が放っておけない性質のイズクはドラゴンを何とかしに行こうと提案するが、ショートは乗り気でない。
「彼らの口振りから察するに、人に被害が出た事は無いようだ。俺らは先ず魔王をどうにかするべきなんじゃないのか」
「確かにそうかもしれない。けど、ここで放っておいたら僕は勇者じゃなくなる気がする。それに、人に被害が出ていないとは言っても、"まだ"の話だよ」
「……」
「――君のお兄さんだったら、どうするかな?」
イズクが挑発するように彼の兄を引き合いに出すと、ショートの目からスッと迷いが消えた。
「言ってくれるな。……分かった。だが相手はドラゴンだ。強さは分からないが油断すんなよ」
「うん!」
ドラゴンの居場所を突き止めるのは簡単だった。
被害のあった場所を順に回っていくと、次々新しい痕跡が見つかる。やがて唸り声が聞こえたかと思うと視界が晴れ、森を抜けた先では大きな赤いドラゴンが咆哮を上げていた。
「うわあ」
「あ、」
想像よりもずっと大きなドラゴンに震えるイズクに気付かないショートは逃げ出した白馬を引きとめようと中途半端に手を伸ばすも、思い虚しく彼女は去った。
白馬の背中を見送るショートを他所に、イズクはじっとドラゴンを見上げていた。よくよく見れば、その背に人影のようなものが見える。やがて降りてきた青年は蛮族のような格好をしていて、ドラゴンの鱗と良く似たその赤い目をギラギラと光らせている。
「てめえら俺の縄張りに来たって事は、カクゴできてんだろうな!?」
じろりと睨みつける青年にイズクが萎縮してしまうと、ようやくエリザベスを諦めたらしいショートが代わりに怖気づく事もなく返事をした。
「近くの街の住人から聞いてきた。このあたりを荒らしまわっているドラゴンはそいつか?」
「知るか!丁度良い魔の者が居たからこいつの餌代わりに狩ってただけだ。ついでにこいつの炎が畑を燃やしたかも知れねえが、知ったこっちゃねえなァ!」
あんまりな言いようにショートは
彼の話によると、どうやらこのドラゴンは彼の召喚獣だという。
「それなら都合がいい。街の者が怯えているんだ、住居を人里離れたところに移動してくれ」
「はあ?何でお前等に指図されなきゃなんねえんだよ」
「えっと、まず自己紹介からしようか。僕は勇者イズク、こちらはこの国の王子のショート」
「勇者に、王子だぁ?」
「うん。僕らは魔王を倒しに行く旅の道すがらに街の人が困っていたから、君達を探しに来たんだ」
蛮族の青年は暫く何やら考え込むとニヤリと笑い、イズク達に指を一本立てて見せた。
「こっから動くのはいい。この辺の魔の者は大体狩りつくしちまったしな。だが一つ条件がある」
「条件?」
「お前らの旅に俺を連れてけ」
「……それって、仲間になってくれるって事?」
「おい、まて。あいつを連れて行く気か?」
渋るショートにイズクはドラゴン使いの彼が仲間になれば心強いという。
だが青年は顔を歪めた。
「仲間?んなもんに誰がなるかよ。お前は俺が魔王にたどり着くまでの案内人だわボケ」
「ほら見ろ」
「あはは……」
こうしてカツキと名乗った蛮族の青年とドラゴンが半ば無理やり勇者一行の仲間になったのだった。
「仲間じゃねえ!」
お察しの通り人気投票で堀越先生が描かれたイラストやアニメEDを参考にしてます。