【完結】この佐藤さん、バグってね? ~ムキムキ佐藤翼のリアル鬼ごっこアナザールート~   作:ふぁもにか

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佐藤翼「いくぞ馬鹿王。筋肉の貯蔵は十分か?┗(⌒)(*・`д・)(⌒)┛」
王様「ま、慢心せずして何が王か!(((( ;゚Д゚)))ガクブル」

 どうも、ふぁもにかです。この作品も此度で終了となります。最後までどうかお付き合いくださいませ。ところで。12月と言えば、リアル鬼ごっこ! 当然ですよねぇ!?



後編:ムキムキ佐藤翼、成し遂げる

 

 

「お、王様! 大変です! 一大事です!」

 

 側近として優秀であり、王様に重宝されているじいは焦っていた。

 老体に鞭を打ち、ぜぇはぁ息を荒らげながら王様の待つ玉座の間へと転がり込む。

 普通ならば、こんなにも騒ぎながら王様の前に姿を現しなんてしない。王様の機嫌を損ねれば、即刻処刑されるからだ。実際、声がでかいとの理由で処刑された側近もいた。

 だが、今は王様の機嫌などを気にしている場合ではなかった。それほどの一大事が発生しているからだ。一刻も早く王様に報告しなければ。じいはその一心だった。

 

 

「何だ、じい? 騒々しいぞ」

 

 対する王様はいつになく慌てた様子のじいを前に疑問を投げかける。口調こそ落ち着いているが、王様はあまりのじいの慌てっぷりを前に、不機嫌になるより先に、思わず目を丸くしていた。

 

 

「王様、大変です! 収容所の佐藤たちが脱走し、宮殿内で暴動を起こしています!」

「……は?」

 

 じいの告げた内容に王様は唖然としていた。

 王様の側に控える側近たちや王弟も同様に、つい己の耳を疑った。

 

 

「じい、それは誠か?」

「はい!」

「収容所は、人力で壊せるほど柔なものなのか?」

「いえ! そんなはずはありません! 中でどれだけ佐藤たちが暴れようと壊れないよう堅牢に作ってあります! 壊れるはずはないのですが、それでも実際に佐藤たちが脱走しているのです!」

「……収容所の兵士が脱走を手引きしたのか?」

「その可能性は否定できませんが、真実は未だわかりません。とにかく、宮殿内の佐藤たちは周囲の収容所から佐藤たちを解放し、暴動の規模を膨らませています! このままでは王様の命が危なくなりましょう! じいは、じいは王様の亡命を進言いたします!」

 

 じいはコヒューコヒューと荒い呼吸を繰り返しながらも、王様の立て続けの質問にしかと返答する。そして、じいは王様の身を案じ、王宮から王様を逃がすことを提案する。先王から王様のことを頼まれているじいは、王様が命の危機に晒されかねない宮殿から速やかに離れることこそが重要だと判断したのだ。

 

 

「――いやじゃ」

 

 が、王様はじいの案を一蹴した。

 

 

「王国は王様の物だ。私の物だ。奪われてはならん。同じ佐藤の姓を持つ連中ごときに奪われるなど、許さんぞ! 許されてなるものか! ふざけおって、私の命に大人しく従い、殺されておけばいいものを……!」

 

 王様は激しく声を荒らげる。わなわなと怒りに打ち震え、人を殺せそうなほどの眼光をぎらつかせながら、暴徒と化した佐藤どもへの憤りを盛大にぶちまける。

 

 

「じい! 私はここから絶対に動かんぞ! 玉座は誰にも渡さん! 私を殺させたくなければ、佐藤どもを全員抹殺し、暴動を鎮めろ! やれるな、じい!」

「は、はい! 必ずや!」

 

 王命を受けたじいは玉座の間に控えていた側近たちの半分を引き連れ、玉座の間を後にする。玉座の間に残ったのはひたすら苛立ちを募らせる王様と、内心で王様にびくびく震える側近たちと、ただうつむくばかりの王弟のみだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 収容所の佐藤さんたちと別れた後。宮殿内の広々とした庭園にて。

 佐藤翼は宮殿の正面入り口の見える位置から様子をうかがっていた。

 

 宮殿は佐藤さんたちが宮殿内から起こした暴動によりてんやわんやの様相を呈していた。

 慌ただしく兵士たちが行き来をし、本来なら外の脅威から宮殿を守る門番の役目のはずの衛兵の多くが、暴れ回る佐藤さんたちの鎮圧に駆り出されているらしい。そのため、本来なら厳重な警備を敷かれているはずの宮殿の正面入り口や、正門が非常に手薄となっている。

 

 

(これなら上手くいけそうだ。皆、ありがとう)

 

 翼は心の中で勇気ある佐藤さんたち全員に感謝すると、動き出した。

 ググッと膝を落とし、両手を地面につき。クラウチングスタートの体勢を取った翼は。直後、弾かれたように駆け出した。

 

 翼は全身がとんでもなくムキムキだが、本業はあくまで陸上部員である。

 彼が筋肉をフル稼働させて走る時、彼は疾風と一体となる。

 

 

「うごッ!?」

「ほげッ!?」

 

 結果。翼の猛接近に気づけなかった、宮殿の入り口を守る兵士2名は、翼の猛烈なラリアットを胴体に受け、背後から地面に倒れ、速攻で意識を闇へと手放した。

 

 

「よしッ!」

 

 翼は宮殿内部に侵入する。ここからは時間との勝負だ。玉座の間に到着するまでにもたもたしていれば、勘の鋭い兵士に佐藤さんたちの暴動が陽動であると見破られかねないし、もたつけばもたつくほど囮として頑張る佐藤さんたちの命が1人、また1人と失われていく。翼に呑気に時間を費やすことなど許されてはいないのだ。

 

 玉座の間は最上階。ゆえに、翼は階段を求めて宮殿内を全力疾走する。途中、兵士と出くわした際は流れるように掌打、ボディブロー、アックスボンバーなどを繰り出して兵士を無力化させ、宮殿の最上階を目指す。階段が見当たらないなら拳で天井を突き破り、ジャンプで上階へと跳び上がる。翼は己の規格外っぷりを存分に活用して上階へ上階へと上り詰めていく。

 

 

(ここみたいだな!)

 

 そして。翼の視界に、金で装飾された大きく豪華な扉がそびえ立つ様が入った時、この先が玉座の間だと翼の直感が確信を抱いた。ゆえに、翼は扉への距離を瞬時にゼロにした後、当然のように扉を蹴り飛ばした。

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 ドギャアアとの爆音。ひらひらと空高く舞い飛ぶ金製の扉。玉座の間の中央にズシンと落下する扉に、王様、王弟、側近はそろって思考停止していた。一方。翼の両眼は王様の姿を捉えていた。あの世の中を舐め腐ったような顔。玉座にふんぞり返る姿。素材からしていかにも高級そうな服装。頭の王冠。間違いない。奴が王様だ。奴が世の佐藤さんたちの、父さんの仇!

 

 

「死ねぇえええええええ馬鹿王――ッッ!」

「ひ、ひぇ。だ、誰か、じい! 助け――」

 

 翼は獰猛な肉食獣のごとき怒号とともに王様へと一直線に距離を詰める。

 翼の気迫に腰を抜かした王様は震える手で玉座にしがみつき、助けを呼ぶ。

 

 

「ぽぎゅ!?」

 

 だが、王様に助けが入るよりも早く、翼の拳が王様の横顔を捉えた。

 翼の強烈な右拳の結果、バキッとの致命的な音が玉座の間に響く。この瞬間、首の骨が手遅れなまでに折れてしまった王様は、遺言すら残せず、即死した。

 

 

「お、王様あああああああああああああああ!?」

 

 刹那。玉座の間の入り口からじいの絶叫が轟く。じいは王様が逃げないのならば玉座の間の警備も固める必要があると考え、武勇に優れた兵士たちを玉座の間へと手配している最中だったのだ。

 

 

「こやつを撃て! 撃ち殺せ! 撃ち殺すのじゃ!」

「う、撃て!」

 

 王様の死を目の当たりにして、じいは錯乱状態のまま連れてきた兵士たちに翼の殺害を命じる。兵士たちも手練れゆえにすぐに我を取り戻し、じいの命令を受けて翼を殺すべく銃を構える。

 

 

(俺、死ぬのか……?)

 

 複数人から殺意とともに銃を向けられる。そのような初経験を前に、思わず翼の頭が真っ白となる。いくら筋骨隆々だろうと、所詮翼は一般人。実際に命が明確な危機に晒された時に、全く動揺しないなんてことはあり得ないのだ。

 

 視界に移る景色がぐにゃりと歪み、スローモーションとなる。兵士たちは今にも銃を撃ちそうだ。なのに、翼の体は動けない。ここで、終わりなのか。他人事のように、翼が己の死を自覚しようとした時、脳裏に声が響いた。

 

 

『負けるなよ!』

 

 それは、父さんの同僚の森田さんの声。父さんがただの飲んだくれでないことを教えてくれた森田さんは父さんの死の無駄にしないでくれと激励の言葉をかけてくれた。

 

 

『君もだぞ。自分の命と引き換えに王様を、なんて早まらないでくれ。君が生き残れて、なおかつ王様を確実に殺せるタイミングを狙ってくれよ』

 

 それは、収容所で出会った壮年の佐藤さんの声。あの人は俺の尋常でない身体スペックを目の前にして、それでも俺の身を心から案じてくれた。

 

 俺は、期待されている。望みを託されている。

 裏切れない。俺はここで終われない。終わるわけにはいかない!

 

 

「ッ!」

 

 連続した発砲音が轟くと同時、翼の体は咄嗟に動いていた。近場に倒れる王様の体を持ち上げ、銃弾の盾としたのだ。もはやピクリとも動かない王様の体に次々と銃弾が着弾していく。

 

 

「お、おうしゃまああああああああああああ!?」

 

 王様の体がどんどん傷ついていくことにじいは発狂の声を上げる。

 顔を王様から背け、両手で顔を覆い、トラウマな光景をかき消すように叫び続ける。

 兵士たちも遺体とはいえ自分たちが王様の体を傷つけてしまったことに酷く動揺する。

 

 今こそ脱出の好機だ。翼は玉座の間の入り口へと駆け出し、兵士たちをジャンプで飛び越え、王様の遺体を床に投げ捨てた後。目の前の壁を殴り飛ばしつつ、宮殿の外へと跳び出した。

 

 

「王様、討ち取ったりぃぃいいいいいいいいいいいい!!」

 

 重力に伴って空中から落下する最中。まるで武将のように、翼は叫んだ。同じ佐藤の姓を持つ同胞に王殺しの成功を伝えるために。王様の命令で佐藤さんたちの暴動を鎮圧しようとする兵士たちから戦意を折るために。

 

 そして、難なく地面に着地した翼は得意の足の速さを大いに活用し、手薄となった宮殿正門を強引に突破する。かくして、翼はリアル鬼ごっこなんぞを開催するような馬鹿王を殺し、なおかつ自身も生存することに成功したのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 佐藤翼の王様殺害により、リアル鬼ごっこはただちに中止され。

 多くの佐藤さんたちが鬼に追われる恐怖を二度と味わなくて済むようになった。

 

 が、しかし。王様殺害の翌日。自宅にて。翼はベッドに腰かけ、どんよりオーラを放っていた。昨日のいかにもカリスマなオーラを放っていた翼とはまるで別人である。

 

 

「人、殺しちゃったな……」

 

 翼が沈鬱な表情を浮かべている原因は、己が殺人を犯した事実ゆえだった。

 己の筋肉は、人を傷つけ、ましてや殺すためのものではない。筋肉を鍛え始めたのだって、父さんに怯えたくないからであって、父を返り討ちにしたいからではなかった。そのはずだった。でも、此度。翼は筋肉を凶器として、一人の人間を殺してしまった。

 殺害対象がクズかどうかだとか、王様を殺さなければ愛や自分が殺されていただとか、そんなことは関係ない。翼という人間が筋肉で人を殺したことに変わりはないのだ。

 

 王様を殺すまでは一種の興奮状態だったように思う。

 スレッドの、王様殺害のアイディアに飛びつき、すぐさま実践したが。全てが終わって。自宅に帰って。洗面台の鏡で、王様を盾にした際についたであろう、多量の王様の返り血を見た時、興奮は一瞬にして冷めた。人殺しの罪の意識で翼の頭は塗りつぶされたのだ。

 

 

(これからどうしようか……)

 

 王様を殴り殺した時の、あのグロテスクな肉の感触を、今でも鮮明に思い出せる。もはや、己の筋肉は。血にまみれた、穢れたものとなってしまった。もう、筋肉を鍛えたいとは思えない。だが、筋肉を最重要視した人生をもう十数年も歩んでいる。今さら方向転換しようにも、どう生きればいいのか、わからない。

 

 と、その時。ピンポーンとチャイム音が鳴る。翼はふらふらとした足取りながら、無意識にドアを開ける。訪問者は軍服を纏っていた。

 

 

「こんにちは、私は王国兵です。佐藤翼さんですね? 宮殿に招待せよとのお達しです。何か不都合なことがなければ、ご同行願いたいのですが、大丈夫ですか?」

「……はい。大丈夫です」

「よかったです。それではこの車にお乗りください」

 

 兵士はやけに丁寧な物腰で翼の許可を求める。

 翼はポツリと返事をし、兵士に導かれるままに派手めな車に乗った。

 

 

 そうだ。そうだった。忘れていた。王国の捜査能力は飛び抜けている。特に変装なんてしていなかったし、王様を殺した犯人を捜し出すことなど、造作もなかったはずだ。俺は宮殿で、テロリストとして、公開処刑でもされるのだろう。筋肉のない今後の人生を考えるまでもなく、俺に明日はなかったわけだ。

 

 

(それも、いいか……)

 

 罪の意識にさいなまれた翼は、罪を罰してくれるのなら殺されるのも悪くないとの心境に至っていた。そんな翼の精神状態のことなどいざ知らず、車が宮殿に到着する。

 翼を出迎えたのは絞首台でもギロチン台でも電気椅子でもなく。数百人の楽器演奏者の奏でる、晴れ晴れとした音楽だった。宮殿内で、楽器演奏者たちは王様の暴政が終わった喜びの感情をそのまま音に乗せて、周囲に浸透させている。

 

 

「え? 何、これ……?」

「先王の虐政が終わったことを祝うパーティーです。リアル鬼ごっこの被害を被った佐藤さんたちへのお詫びを兼ねて、宮殿全体を一般に開放し、なるべく多くの佐藤さんや佐藤さんの関係者を招待しています。貴方の知る人もきっと、ここに駆けつけていることでしょう」

 

 翼が目を見開いたままキョロキョロしている中。

 兵士は翼の疑問を払拭するべく、言葉を綴る。

 

 

「翼さーん!」

 

 と、そこで。嬉しさがにじみ出ているような声色で翼の名前を呼ぶ女性の声が聞こえた。こんな風に名前を呼んでくる異性に心当たりがない。声の元に翼が振り向くと、いかにもお嬢さま然とした少女が喜色満面な様子で翼の元へ駆け寄ってきた。

 そこで、翼は少女の正体を思い出す。佐藤恭子。リアル鬼ごっこ1日目で偶然出会った少女だ。家族に愛されていないと思い込み、リアル鬼ごっこで死ぬのもアリなんじゃないかと悩んでいた少女に、俺は世の中1人だけが不幸などではないとか、生きてさえいれば必ず良い事があるなどと励ました覚えがある。

 

 

「えへへ、また会えましたね」

「恭子ちゃん……」

「翼さんの活躍、ここにいる佐藤さんたちからたくさん聞きました! 翼さん、ありがとうございます! 翼さんは私の命の恩人です!」

「え?」

「リアル鬼ごっこ3日目の時、私、鬼に追われ続けて体力が限界で、もうダメだ、捕まるってなった時にリアル鬼ごっこが中止されたんです! 翼さんが勇気を出して頑張ってくれたおかげで、私は生きてます! お父さんもお母さんも元気です! 本当に、本当にありがとうございます!」

「恭子、ちゃん……」

「あ、私だけが翼さんを独占してたらいけませんね。今日は翼さんが主役なんですから、いっぱい楽しんでくださいねッ!」

「あ……」

 

 翼の活躍の目撃した佐藤さんたちから翼の武勇伝を聞いたためか、恭子は興奮冷めやらぬ様子で翼に深々と頭を下げ、去っていった。翼の様子のおかしさには終ぞ気づかなかったようだ。違う、違うんだ。俺は恭子ちゃんにそんなに感謝されるような良い人間じゃない。俺のやったことは、ただの人殺しだ。そう、否定したかった。だが、実際に言葉に出したら、失望されるかもしれない。それが怖くて、翼は恭子の名前を呼ぶことしかできなかった。

 

 

「えっと、どうしよう?」

 

 いつの間にか、側にいたはずの兵士がいなくなったため、翼はその場に立ち尽くす。

 眼前で庭園やバイキングを楽しむ佐藤さんたち。楽器演奏者たちの明るい音楽。何もかもが翼と乖離しているようで、翼がこの場から浮いているようで。

 

 

「いやいや! なに帰ろうとしてんねや、翼!」

 

 家に帰ろうか。翼がきびすを返そうとした時。バンッと翼の背中を馴れ馴れしく叩く同年代の男が現れた。なぜ、この男は俺の名前を知っているのだろう。そして、どうしてこうも親しげな笑みを俺に晒しているのだろう。

 

 

「お、おい? まさか俺のこと忘れたんか? 『ダブル佐藤』って言われとったろ!」

「――あ」

 

 と、ここで。男の示したヒントのおかげで翼は男の正体を悟った。佐藤洋。中学時代によくつるんでいた親友、というか悪友だ。違う高校に入ってからは連絡こそ取っていたものの、片やサッカー、片や陸上に打ち込んでいたがために今まで中々会う機会がなかったのだ。その佐藤洋が今、翼の目の前にいる。何だか信じられない気分だった。

 

 

「洋? 洋、なのか?」

「そうや! 佐藤洋や! 酷い奴やなぁ、翼は。俺は一目見ただけでも翼やってわかったのに」

「洋は俺を筋肉で認識しただけだろ」

「あ、バレてもうたわ。わかりやすい筋肉してて助かるわ! ははははッ!」

 

 洋は何も人生に悩みがなさそうな朗らかっぷりでニコニコ笑う。中学の時とまるで変わらない洋を見ていると、あたかも自分自身が中学生の頃に回帰したような、そんな懐かしさが翼の胸に去来する。

 

 

「いやぁ、それより! お前のおかげで俺助かったんや! ホンマ、ありがとな! やっぱ持つべきものは親友だよなぁ!」

「洋、俺は……」

「……大方、人を殺したってことを気にしとるんやろが、翼のおかげで助かった『佐藤』がここにいっぱいおるってこと、絶対忘れんなよ!」

「洋?」

「もしこのまま王様が生きてて、リアル鬼ごっこが続いとったら、きっと佐藤は全滅してた。翼の決断が、300万人もの佐藤を救ったんや! お前は人殺しやない! 王国を、佐藤を救った伝説の英雄や! ――だから、そう苦しそうな顔すんな。そんな顔は、翼には似合わねぇよ」

「洋……」

 

 翼の表情から翼の内心を読み取った洋は、人殺しの罪ばかり気にするのではなく、己の行いで救われた佐藤さんたちに目を向けろと主張する。暴虐の限りを尽くした王様を殺したことは単なる罪ではなく、誇るべきことだと主張する。そんな洋の精一杯の励ましのおかげで、翼に巣食う罪悪感の一部が取り払われた。そんな感覚を翼は抱いた。

 

 

「その人の言う通りだよ、お兄ちゃん。だって、お兄ちゃんのおかげで、私も生きてるんだから」

「えッ?」

 

 いきなり背後からお兄ちゃんと呼ばれた翼はつい困惑の声を漏らす。

 俺をお兄ちゃんと呼ぶのは妹の愛だけだ。なら、本当に。愛がここにいるのか。

 弾かれたように背後に振り向くと、見るからに活発そうな少女が視界に移った。

 愛と別れたのは14年前、愛が4歳の時だ。当然ながら、今の少女は当時と様変わりしている。だが、写真の愛の面影が確かに残っている。間違いない。愛だ。妹の愛だ。

 

 

「愛!」

「お兄ちゃん!」

 

 翼が両手を広げると、愛が翼の胸に飛び込んでくる。翼は感動でいっぱいだった。ずっと会いたいと思っていた愛しい妹にようやく会えたのだ。嬉しくないわけがない。それは愛も同じようで、愛は翼の胴に精一杯両腕を回して、ギュギュッと抱きしめてくる。翼も愛の背中に腕を回し、優しく抱き止める。愛の温かさを、家族の温かさを翼は確かに感じ取った。

 

 

「にしても、よく俺が兄だってわかったな。あの時、愛は4歳だったのに」

「だってお兄ちゃん、将来はムキムキのボディービルダーになるって言って、筋トレ頑張ってたじゃん! だから、他の佐藤さんたちからお兄ちゃんの武勇伝を聞いた時に、私の直感が、お兄ちゃんだってビビッときたの!」

「俺、昔そんなこと言ってたかな? よく覚えてるなぁ」

「だってお兄ちゃんのことだもん」

 

 ひとしきり抱き合った後、翼がふとした疑問を愛に投げかけると、愛は破顔しながら、己の感性に従って兄を特定した旨を口にする。そうだった。愛は俺の前だとよく笑う妹だった。14年前も前のことなのに、今こうして愛を目の前にすると、不思議と14年前が昨日のように錯覚してしまう。

 

 

「お兄ちゃん。その、大きくなったね。凄く。――かっこいいよ、お兄ちゃん!」

「そ、そうか。何か照れるな」

「でも、お兄ちゃん。1人で苦しまないでね。体が頼もしいからって、心まで1人で頑張らないとだなんてルールはないからね。……立ち直るのは簡単じゃないかもしれないけど、私たちだって、お兄ちゃんを支えられるし、支えたいって思ってるんだから」

「……愛。ありがとう」

「どういたしまして♪」

 

 愛は改めて翼のムキムキ極まりない全身に視線を向けつつ、翼を褒める。その後、愛は翼の精神状態を案じ、心配そうに翼を見上げる。愛もまた翼の心境を察し、少しでも翼の気に病む心に寄り添おうとしてくれている。翼は心から愛の優しさに感謝した。

 

 

「王様、こちらです」

「ありがとう。下がっていいですよ」

「はッ」

「少し、翼さんと話したいのですが、いいですか?」

「は、はい。もちろん」

「あ、どうぞ王様」

 

 と、その時。1人の青年が兵士(※翼を宮殿まで連れてきた後、いつの間にか姿を消していた例の兵士)とともに翼たちの前に姿を現す。当の青年は派手さを抑えつつも高級な素材で作られたであろう服を着ている。そんな青年が愛と洋に許可を求めると、愛と洋はすぐさま翼から少々離れ、翼と青年、もとい王様の様子をうかがうこととした。

 

 

「え、王様?」

「はい。今朝、151代目の王様となりました。先王の弟にあたります。お見知りおきを」

「は、はい」

「……私は兄の暴政に常々心を痛めていました。だが、王の権力に逆らおうものなら、即刻消されてしまいます。その例を何度も目の当たりにした私は我が身可愛さに兄の暴政を看過するのみでした。だからこそ、翼さん。国民を、数多くの佐藤さんを助けた英雄たる貴方に心から感謝を――」

「――え!? 王様!? 顔を上げてください! 王様の気持ちはわかりましたし、先王の暴走に加担していない王様は何も悪くないんですから!」

「そう言ってくれると、助かります。ですが、私はその言葉に甘えません。そう、決めましたから」

 

 新王たる青年は自己紹介の後、己の心境を翼に告白した上で、翼に深々と頭を下げる。対する翼が慌てて新王に頭を上げるようお願いをすると、新王は素直に応じ、話を続ける。

 

 

「それはそうと、翼さん。貴方に聞きたいことがあります。翼さん、貴方は国中から英雄扱いされたいですか?」

「どういう意味ですか?」

「今、私は王として、マスコミ各社に対し、先王を殺した貴方に関する報道を全面的に規制しています。だから、貴方の活躍を知っている人は現状、限られています。……マスコミ各社は貴方を先王の暴政を終わらせた英雄として取材したがっています。彼らの取材を受ければ、貴方はこの国で誰よりも有名人となります。国内で貴方の顔や名前を知らない人はいなくなることでしょう。ですが、あまりに有名になると、良い意味でも、悪い意味でも、貴方は今までのような人生を歩めなくなる可能性があります。……翼さん。貴方には選ぶ権利があります。貴方はマスコミの取材を受けたいですか? 受けたくないですか?」

「……そうですね。取材は遠慮します。俺は英雄なんて大層なものじゃありませんから。俺はただ父さんの仇を討ちたくて、妹を守りたくて、そんな人並みの意思で動いただけの、ただの大学生ですから」

「(え、ただの大学生……?)わかりました。報道規制は今後も継続させますね」

「よろしくお願いします」

「私からの要件は以上です。引き続きパーティーを楽しんでいってくださいね、翼さん」

 

 翼の意思を確認した新王はニコリと翼に笑いかけたのを最後に翼の元を去る。今朝王様になったばかりだというのに、すっかり王様の気品を備えているように翼には感じられた。あの王様なら、大丈夫だろう。先王のように、先王の個人的な感情に国がひたすら振り回されるなんて悲劇は起こらないだろう。

 

 

「おっしゃ! 王様の真面目な話は終わったし、飲むで翼! せっかくやし、バイキングで宮殿の高そうな酒全部挑戦しようや! こんな機会、早々ないで!」

「ちょッ、洋!? 俺、酒は飲まないんだけど!」

「いいやん、気にすんなって!」

 

 翼が新王の背中をじっと見つめていると、洋が翼の背中を押しながらバイキングの行われている宮殿の広間へと向かおうとする。父が飲んだくれだった影響で今まで酒を避けてきた翼が洋の提案に抗議するも、洋は翼の主張を気にしない方針のようだ。

 

 

「えっと、お兄ちゃんにお酒を飲ませても大丈夫なんですか?」

「大丈夫大丈夫。翼はこう見えて酒豪やから! 見た目通り、酒に強い上に例え酔っても笑い上戸やから! 親友の俺が保証する! 安心しいや、翼の妹さん」

「そ、そうですか。よかった」

「おい、人の妹になにウソ言ってんだ!?」

「はははははッ!」

「笑ってごまかすんじゃねぇ!」

 

 翼は父と同様に酒癖が悪いのではないか。そのことを心配して愛が洋に問いかけるも、洋のいかにもテキトーな主張を愛は素直に受け入れ、ホッと安心する。一方、平然と愛を騙しにかかる洋に翼が物申すも、洋は相変わらず笑ってごまかしていく。

 

 かくして、宮殿でのパーティーの時間は賑やかに過ぎていく。翼はバイキングで豪華な食事を楽しみ。高級な酒を少しだけ試し。昨日、収容所で団結した佐藤さんたちと次々と再会し、話に花を咲かせ。翼は目一杯、今日を堪能するのだった。

 

 

 

 ―― リアル鬼ごっこアナザールート 完 ――

 

 




 というわけで、リアル鬼ごっこの圧倒的ハッピーエンドでした。といっても、佐藤翼にとっては圧倒的ハッピーエンドでも、結局リアル鬼ごっこで200万人ほどの佐藤さんが殺されてますから、全体的に見たらノーマルエンドなのでしょうが。とりあえず、やりたい放題に執筆できたので私は大満足です。ここまで閲覧していただき、ありがとうございました。


 ~おまけ(没会話)~

新王「翼さん。私は151代目の王様として、この王国を以前のような平和で暮らしやすい国にするよう全力を尽くす所存です。ですが、もしも私が暗愚となってしまった際は、先日の兄のように私を殺してください。貴方ならできるはずです」
佐藤翼「え゛ッ!?」
新王「ふふふ、冗談です」
佐藤翼「……シャレにならないんですけど」

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