俺、マサラタウンのカズヒコ! 相棒のゼニガメと一緒に、ポケモンマスターを目指して旅をしている!
故郷のカントー地方を旅するのも楽しそうだったけど、どうせなら全く知らない土地を旅したい! そんなわけで、独断でお小遣い叩いて遥か遠くのガップ地方にやってきたぜ! 財布の中身がすっからかんになった!
「ゼニガッ!」
「痛い!」
ゼニガメに思いきり足を踏まれた。ポケモンの言葉は分からないが、怒っていることは分かる。
「……分かってる、相談せずガップ地方に来たのは悪かったよ」
「ガメガ」
分かればいい。そんな雰囲気でゼニガメは頷いた。
「さて。気を取り直して、冒険の始まりだ!」
「ゼッニガー!」
こうして俺達の冒険は始まった。
◇◇◇
俺達の冒険は数分で終わった。
理由は単純。次の町へ行く道中で出てくるポケモンが全て草タイプだからだ。
草むらを回避し進もうとしても、立ち塞がるのは草ポケモントレーナー達。
俺のゼニガメの覚えている技は……
・あわ
・たいあたり
・しっぽをふる
これでどうしろと?
しかもお小遣い全額使ってここまで来たから、モンスターボール1つ持っていない。新しいポケモンをゲットして乗りきることも出来ない。
「かくなる上は、ポケモン図鑑を売ってモンスターボールを買う金を作るしか……!」
「ゼニッ!? ゼニガッ! ガメカメガッ!」
ゼニガメが全力で首を横に振った。
そりゃそうだ。近年、裏で劣化したものが流通し始めているものの、ポケモン図鑑とは本来各地方に3つしかない逸品。俺が今持っている本物のポケモン図鑑は、劣化版とは比べ物にならないくらいの性能を持っている。
何より、そんな貴重なものをオーキド博士は俺に託してくれた。ポケモン図鑑は売るということは、その信頼を裏切ることにもなる。
しかし、しかしだ。この状況を乗り越えるにはもう金目のもの、ポケモン図鑑を売るしか……!
「あっれー、それもしかしてポケモン図鑑ッスか?」
不意に、ガスマスクの男に話し掛けられた。
飛行機の中で聞いた話だが、このガップ地方にはロンド団と名乗る組織が存在する。組織と言っても、カントー地方のロケット団のような危ない組織ではなく、ただのチンピラ紛いの集まりらしい。
だが、近寄らないに越したことはないから気を付けろとキャビンアテンダントが言っていた。
ロンド団の構成員は皆ガスマスクを付けているから分かりやすいとも。
「え、いや、違いますよ!」
慌てて、持っていたポケモン図鑑をリュックに仕舞ったが、時既に遅し。
「あはは。別に奪ったりしないッスよ、悪の組織じゃあるまいし!」
ガスマスクの中から楽しげな声がする。
「図鑑持ちなら、ポケモン屋に行くことを勧めるッスよ」
「……ポケモン屋?」
「よくキャンペーンやってるんスけど、図鑑持ちなら確か今……そうそう、好きなポケモンの卵譲ってくれるんスよ」
「……!」
好きなポケモンの卵を……!?
「そのポケモン屋って、何処でやってますか!?」
「ここから見える、デボーンス山ッス」
ガスマスクの男は遠くに見える山を指差した。
ここから歩いてすぐ行けるわけがない山だった。
「……」
「どうしたんスか?」
「……実は、俺ゼニガメしか持ってなくて……」
「あー、ここ草ポケモンばっかッスからね」
ガスマスクの男はケラケラ笑う。
「今から俺デボーンス山付近まで行くんスけど、一緒に来るッスか?」
「い、いいんですか!?」
知らない人について行ってはいけませんとはよく聞くが、緊急事態だ。知ったこっちゃない。
「いいッスよ。一日一善が、俺達ロンド団の信条ッスから!」
「お願いします!」
ゼニガメが心配そうに俺を見ていた。なんかややこしいことになりそうなので、モンスターボールに戻した。
「んじゃ、お手を拝借して……」
手を握られる。ガスマスクの男はもう片方の手でモンスターボールを放った。
「フーディン、テレポート」
「フー……」
モンスターボールから出てきたのは、フーディンだった。
フーディンはやれやれと言った様子で、スプーンを天へ掲げる。
その瞬間、世界が暗転した。
◇◇◇
気付いたときには、俺達はもう森の中にいた。日の光が届かない、鬱蒼とした森林。
さっきまでいた街とは温度差ががあり、思わず身震いした。
「ここがデボーンス山の樹海ッス。えっと……あ! いたッスよ!」
ガスマスクの男が指差す先には、1匹の赤い襷を巻いたピチュー。湖を覗き込んでいる。
「あの子がポケモン屋の看板娘ッス。ピチュー!」
「ピチュ? ……! ピァチュ!」
ピチューはガスマスクの男を見ると嬉しそうな顔で駆け寄り、ぴょんぴょん跳び跳ねた。
「ピァチュ、ピッチュー!」
凄く喜んでいる。
「久しぶりッスね、今日はお客さん連れてきたッスよ」
「ピチュー? ……チュー!」
ピチューは大きく頷いて、何処かへ走っていく。
「あのピチューに付いていけば、ポケモン屋に着くッスよ」
「あ、ありがとうございました!」
「いやいや。そんじゃ、良きポケモンライフを……ッス」
ガスマスクの男はもう一度フーディンを呼び、テレポートで何処かへ行ってしまった。
「……っと、急がないと!」
俺は慌てて、走っていくピチューを追い掛けた。
◇◇◇
意外と速いピチューを追い掛けて数分。鬱蒼とした森を抜けると、そこは草原だった。
草原には見たことあるポケモンから初めて見るポケモンまで、多くのポケモンが柵の中にいた。
柵の中に、ポツンとあった小さな家。ピチューはそこに入っていく。
追い掛けて入ると、中は酷く散らかっていた。なんだかよく分からない紙の資料が足場を埋め着くし、棚には今にも溢れて落ちそうなモンスターボール、机の上はパンや飲み物、本や洗濯物まである。
俺もよく母さんに部屋片付けろって言われたけどさぁ……ここまで酷いのは、うん、無いわ。
「ピチュ……」
ピチューはゴミの山を掘り返す。すると、1人男が埋まっているのを発見した。
Tシャツとジーパンを着た、俺より年上そうな男。ぐっすりと寝ており、目の下には隈ができている。
「……ピチュ!」
ピチューは手をポンッと叩くと腕を組み、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。かと思うと止めた。
ピチューはこれを数度繰り返した。そして……。
「ピッチュゥウウウ!」
「ぎゃああああああ!」
バチンと、ピチューから火花が散ったかと思えば、電気が放たれて男に直撃した。
男は悲鳴をあげ、飛び起きた。ピチューの姿を見ると頭を抱えた。
「ピチューお前、わるだくみ限界までやってからのでんきショックは止めろと何回言ったら……」
「ピォチァ! ピッチュー!」
ピチューは俺を指した。そして男は俺を見た。
「……勘弁してくれ、最近ロクに寝てないんだよ……」
ぶつくさと文句を言いながら立ち上がり、男は机の上の質素な紺のエプロンを手に取り身に付けた。
「どんなご用件で?」
「えっと、ロンド団の……ガスマスクの男にここを紹介して貰って……」
「ロンド団?」
「ピァチュ!」
「ラズの野郎か。次来たときフーディン買収して刑務所にテレポートさせよう」
「チュー!」
「あでっ!」
さらりととんでもないことを呟いた男の向こう脛を、ピチューは尻尾で思いきり叩いた。男は向こう脛を押さえ呻く。すげぇ痛そう。
男は数分悶絶すると、フラフラと椅子へと歩いた。椅子の上には本が乱雑に置かれていたが、その全てを床に落として自身が座った。
「あの男の紹介とのことですが、一体どういう関係でしょうか」
「今日会っただけです。ポケモン図鑑を持っていたら、ポケモンの卵を貰えるって」
「あぁ、堅気の人ですか。良かった、またその道の人に目を付けられたのかと……」
堅気? その道の人? あれ、もしかしてこの店、ヤバイ店?
「一応、ポケモン図鑑を確認させて頂いても?」
「はい、どうぞ」
俺はポケモン図鑑を男に渡す。男はポケモン図鑑を起動し少し操作すると、返してくれた。
「本物のポケモン図鑑ですね。いらっしゃいませ、ポケモン屋へ。私は店主のトワです」
「初めまして。俺は──」
「申し訳ありませんが、当店ではお客様の守秘義務の為、お客様の個人情報は一切聞かないようにしています。ご協力ください」
「はい」
個人情報を一切聞かないということは……名前も喋るなということかな?
「当店では、ポケモン図鑑持ちの方は現在たまごを無料で配布するキャンペーンを行っております。そちらを利用で宜しいでしょうか?」
……”配布”?
「……はい」
「分かりました。では、ご希望のポケモンはあるでしょうか?」
「えっと……特に無いんですけど、俺の相棒がゼニガメで……」
「では、弱点をカバーできるタイプのポケモンがオススメです。みずタイプの弱点はくさ、でんきタイプですから、この2つの弱点を突くとしたら、ほのお、じめん、こおり、どく、ひこう、むしタイプですね。個人的にはでんきタイプの唯一の弱点であるじめんタイプをベースにした方が宜しいかと」
男こと、店主トワは面倒そうな顔をしつつもペラペラ説明する。
じめんタイプか、カッコよさそう。
「じゃあ、それで」
「分かりました。では、当店の在庫を確認してきますので、少々お待ちください」
……在庫?
……なんだろう、彼の言葉の所々に妙な違和感を感じる。
店主トワは店から出ていった。
ピチューも彼について行き、俺はポツンと1人になる。そうなると、益々彼の言動について考えてしまう。
まるで彼の発言は……ポケモンを物みたいに扱っているようだった。嫌な予感がする。
リリリ、静かな空間に突如音が鳴る。俺はびくりと体を跳ねさせてしまった。
鳴っているのは固定電話だ。勝手に出るのもどうかと思うので、放置する。暫くすると留守電に切り替わった。
「おいこら、ポケモン屋! てめぇどういうことだボケが!」
留守電は罵声から始まった。
「全然言うこと聞かねぇポケモン売りさばきやがって! ロケット団舐めてんじゃねぇぞ、今度そっちに……」
ここで、留守電は途切れた。
ロケット団。その単語に背筋が凍りついた。ロケット団とは、カントー地方で活動する悪の組織だ。俺達は、奴等に関わるなと言われて育ってきた。
この店、やっぱりそっち絡みの店か? しかも今、ポケモンを売りさばいたって言わなかったか?
……こうしちゃいられない。
俺は店主が戻ってくる前に、急いでその場から立ち去った。
◇◇◇
「お待たせしました、伝説及び幻のポケモン以外はほぼ揃っている状態ですので……ん?」
倉庫で在庫を確認し戻ってくると、そこには誰もいなかった。
「お客様?」
呼び掛けても、返事は無い。勝手に帰ってしまったのだろうか。
念のため部屋の中を見て回る。盗まれた物は何もない。
だが、その際に電話に留守電が入っていることに気がついた。再生してみると、最近ポケモンを買っていった客からだった。
「……」
直ぐにダイヤルを回して、彼に電話する。
「お電話ありましたので、かけ直しました。ポケモン屋店主のトワです」
「てめっ……!」
「数日前にバンギラスを購入なさった方ですね?」
「そうだよ、テメェよくも粗悪ポケモン売りやがったな! 全然言うこと聞かねぇじゃねぇか!」
客のクレームを聞いてうんざりしてしまう。またこのクレームか、と。
「失礼ながら、お客様はバッジを1つも持っていませんね?」
「あん!?」
「知りませんか? 他者が育てたポケモンはバッジが無いと言うこと聞かないんですよ」
ゲームと違いこの世界にはレベルという概念が存在しない。しかし他者がゲットしたポケモンはバッジを1つ持っていなければ言うことを聞かない。因みに島巡り形式の地方の場合、試練を1つクリアする必要がある。
……だが、多いのだ。バッジや試練にそのような効果があると知らずに買う奴が。それで言うことを聞かないと言ってクレームが入る。
勿論売る前にこれらの説明はするのだが、頭からすっぽり抜けてしまっている。
「いや、それは……つーかそれくらいどうにか対策立てろよ!」
「当店では卵も取り扱っております」
「育てるの面倒くせぇ!」
「孵したら育て屋に丸投げで問題ありません」
「金が掛かる!」
「ですから、卵は育成費を差し引いた安い価格で販売しております」
「お前が今すぐ来てバンギラスをなんとかしろ!」
「それよりも、お客様の1番上の上司に相談した方が早いでしょう。彼ならバンギラスも言うことを聞きます」
ロケット団のトップはジムリーダーでもある。バッジ1つは確実に持っている。
「ハァ!? わけ分かんねぇ……」
「それでは、どうぞ今後もポケモン屋を御贔屓に」
「おいこら待ちや」
電話を切って、さっさと着信拒否設定する。もう慣れた作業だ。
多分、さっきの客はこの留守電を聞いて帰ってしまったのだろう。
「こんにちはーッス」
扉が開く音と共に、聞き覚えのある声がした。
ガスマスクの男と、苦々しげな顔のフーディン。お得意様のラズだ。
「あれ? ゼニガメ持ちの子来なかったッスか?」
「ロケット団からの脅迫留守電を聞いたらしくて、気付いたらいなくなってた」
「あちゃー、やらかしたッスね」
「久々に堅気が来たのに、勿体無いことした」
「ん? 俺は?」
「お前はどう見ても堅気じゃない」
「えー」
ガスマスクの下から不満そうな声が聞こえたが、こいつ……もといロンド団は堅気じゃない。
チンピラ紛いだと誤解されることも多いのだが……その辺りはまた別の機会に。
「それより、ラズ。お前暫く暇か?」
「暇ッス」
「じゃあ数週間だけ俺のSECOMやってくんねぇ? 金は払うから」
「……SECOM?」
「護衛」
「最初からそう言ってほしいッス」
SECOMという言葉の方がなんとなく信頼できそうだからしょうがない。
「別に構わないッスけど、なんでまた? ロンド団はポケモンバトル激弱がデフォなんスけど」
「近々ロケット団の客がクレーム言いに来そうだから。ロンド団が護衛だって分かったらある程度牽制できる」
こいつにトレーナーとしての技量は求めていない。ロンド団のネームバリューだけで十分、あとは自分の口でなんとかする。
「そうだトワ、新しいポケモン来たりしてないッスか?」
「何体か売られているが、それがどうした?」
「最近ポケモンの誘拐が多いんスよ。その売られたポケモンが誘拐された子達の可能性があるんで、確認させてもらってもいいスか?」
「構わんよ。ちょっと待ってろ」
売られてきたポケモンは棚の3段目で管理している。俺は立ち上がり、棚から最近売られたポケモンを探す。
「ピァチュ!」
「おぉ、ピチューッスか! 相変わらず可愛いッスね」
「チャ~」
ピチューがラズに頭を撫でられて嬉しそうに笑う。
あのピチューは人懐っこいが、何故か俺にだけ懐かない。俺のポケモンなのにと思うがまぁいい。俺はトレーナーではないのだから。
「……あったあった」
最近売られてきたポケモン数体のモンスターボールを見つけ、俺はラズに確認するべくそれらを手に取ったのだった。
ポケモンの世界に転移して早数年。俺──都とはことトワは、ポケモン売買で生計を立てていた。
ピチューの襷は、○と○尋の○隠しの主人公千尋ちゃんが肩・背中に巻いて蝶々結びにしていた白い紐のイメージです。