転生者である「時雨沢 千奈」という人物が私の所に訪ねてきてから10年程が経過した。
私が眠っていた5年間よりも、そう変わったことはなかった。
神社にお参りに来る参拝客も、海を治める神である海神の様子も、人里の様子も……
強いて言うならば、紫が四重結界を作れるようになったこと位?
気になるのが人間である千奈の身体的成長が無いこと。
……リミッターを掛けた状態にて、私が千奈に勝負で負けたこと。
衝撃だったわよ。私はリミッターを掛けているだけで、手加減したつもりなんて一切無かったんだもの。
数億年前にあった、人妖大戦にて結花と初めて戦った時に、結花に引き分けにまで持ち込まれた原因としては、自分の実力をほぼほぼ大妖怪と同じレベルにまで落としていたから。
まぁでも、良い思い出にはなった。
千奈とも良い友達になれたし、人里の人間たちとも上手くやれているみたいだしね。
私としては嬉しい限りだわ。
……ちなみに、牛鬼はあれっきりだ。
私に意味深なことを言ったきり、訪ねてはこなかった。
まぁ、一生会わないことを祈るんだけれども!
そして、願わくば勝手に消えてて欲しいわね。
「まぁ、無理か……」
私は、神社にある鳥居に腰掛け、1人晩酌をしていた。
日本酒に、塩辛く焼いた
ここに現代の日本の警察がいたとするなら、私は非行少女として1発で補導されていたでしょうね。
見た目だけで言うと10代前半の少女なんだもの。
でも、この時間帯……もう皆が寝静まった位に呑むお酒が1番美味しく感じるのよ。
「……私は、わざわざ来て下さる主を無下にしたりはしませんよ?」
私は、誰もいないはずの真横を向いて、話しかける。
そうすると、私が話しかけた数秒後、どうしてだろうか、恥ずかしそうな顔をした主様が現れた。
……共に呑みたいなら、言って下されば良いのに。
神琉「……そうか、それなら遠慮無く」
私は、主様の分の猪口をスキマから取り出し、日本酒を注いで肴と一緒に渡した。
主様は、おずおずと受け取り、味わい始めた。
恥ずかしそうにしていた主様だったが、美味しいといった表情に変わったので私は安堵する。
神琉「あの人間は、最近どうしている?」
「順調そうに人里での生活を送っているそうです。時々、支援もしますが」
神琉「……友達思いで良いな」
「ありがとうございます」
ちなみに、千奈の監視役として、私が選ばれた。
千奈を人里に送り、神社に戻ってきた時に、主様から命令を受けた。
あの人間は危険な能力持ちではあるが、転生させた時にある程度リミッターを掛けさせてもらった、と。
それなら、私でも十分対応出来るはずだ、と。
神琉「実はな、闇に言わなければならないことがある」
「何だって仰って下さい」
神琉「実は……近い内に、牛鬼が何か行動を起こすかもしれないんだ。とある念話でその旨が本人から届いてな」
何てことかしら。
この前、牛鬼が私に似たようなことを言ってきたばかりだというのに。
でも、主様にそれを伝えるメリットって何なの?
不意打ちですら、主様を倒すことなど出来ないに等しいことなのに。
「それでは、気をつけておけばよろしいのですね?」
神琉「あぁ。そして、何か行動を起こせば神界の奴らにも伝える……普段、会議に出席していない者も強制的に、だ」
「……畏まりました」
"強制的"なんて言葉、普段仰らないのに使うということは、本当に非常事態なのだ。
宇宙界まるごと変えてしまえる程の。
神琉「大丈夫か?」
「私とてただの女ではありませんから。主様に敵わないとはいえ、1つの世界を治める神ですので……頼りないかもしれませんが、お任せ下さい」
神琉「そうか、じゃあ……頼んだぞ」
私の力が敵わなかった時……それ即ち、宇宙界終焉と私の死を意味する。
地球に住む皆も、月に住む皆も死んでしまうだろう。
きっと、牛鬼は私を殺した後、地球を壊し、破壊の限りを尽くすだろうから。
異空間にいるへカ……ヘカーティア・ラピスラズリはどうなるのかしら。
何とかして神界へ連れて来れないかしら……
神琉「何やら悩んでいるようだが、大丈夫だ。もしもの時は俺が何とかしてやる。それが、闇……お前を転生させた者としての最低限の努めだろう?」
主様は、そう言って持っていたお酒をぐいっと飲み干し、ふぅと息をついた。
その横顔は、全ての世界を統治する王としての責任感から来る疲れにも見えた。
普段、毅然とした態度を崩さない主様が、私の前では唯一見せる顔だった。
「自分の身は自分で守りますし、何かあった時は責任を取ります。ですからご心配なさらずに……」
私は、座ったままであるが深くお辞儀をした。
主様は、そんな私を見て困ったような顔をして、少し苦笑いを見せた後、私の頭をポンポンと撫でた。
神琉「……実は、これは俺の願いでもあるんだが」
「はい、何でしょう?」
神琉「いや、これは……牛鬼を滅した後に言うことにする」
「?……はい」
何を言おうとしたのかと思いきや、突然言うのを止めてしまった。
『牛鬼を倒した後に言うことにする』だなんて……フラグを建てないで頂きたいものですね、主様。
……死亡フラグであって欲しくないわね、本当に。
「きっと消滅させられますから」
神琉「ありがとう。俺はいつも、闇から元気を貰ってしまうな……」
「いえ、そんなことを言って頂けるなんて……本望ですわ」
お互いの手を取って、お互いの気持ちを分かちあった。
相手が自分の主であるから、謙遜したり立てたりするのは当たり前だけど、今の気持ちは本当に本当。
はぁ、もう、本当に……死ぬ訳にはいかなくなったじゃない。
どうしてくれるんでしょう、主様……
"生きていたい"だなんて、心の底から思うなんて……私らしくもない。
神琉「……酒が無くなったな」
「注ぎましょうか?」
神琉「いや、いい……それよりも、今夜は闇と共に布団に入りたいと思う」
「ふふ、構いませんよ……」
私は、残った皿と猪口を綺麗にする術を掛け、スキマに収納した。
私たちは鳥居を降り、寝室へと向かった。
私は元々寝巻であったので、先に布団の準備をして待っておく。
すると、着替え終わった主様が寝室へと入ってきた。
「お待ちしておりました……っ」
神琉「どうした?」
私は、思わず息を飲んでしまった。
服の上からでも分かる、豊かに育った腕の筋肉。
はだけた胸元から見える、立派な胸筋と腹筋。
「い、いえ……」
神琉「?」
何だか恥ずかしくなってしまい、目を逸らす。
主様は、不思議そうな顔をして私の隣に敷かれた布団に入った。
い、いけない。見とれてしまった……
神琉「触ってみたいならそう言えば良いものを」
「!?」
主様は、私の手を取って自分の胸元へやる。
一瞬、びっくりしてしまったが、心地よい温かさ。
あぁ、この方にも心臓はあって、絶えず血が流れてるんだな……と当たり前のことを実感してしまう。
神琉「どうだ?」
「凄く……硬くて温かい、です」
神琉「……そうか」
次の瞬間、私の視界は真っ暗になっていた。
一瞬、状況が把握出来なかったけど、上から呼吸音が聞こえてきたので、抱き締められていることに気がついた。
とても、温かい……温度だけじゃなく、生命そのものの温かさを感じるというか。
……このまま身を預けていると、眠ってしまいそう。
神琉「少しこのままでいてくれるか?1人では眠れなさそうだから……」
「良いですよ。いくらでもどうぞ……」
今夜は1人では眠れないらしい。
でも、どうしてか嫌な気はしなかった。
主を前に断ることなど出来ないが、この場合は私の意思なんだもの……
私は、傍で感じる温もりに身を預け、そっと目を閉じた。