紫side
外はすっかり暗くなっており、虫の鳴き声が車の中にまで微かに聞こえる。
今日は満月……綺麗ね。小一時間でこんなにも日が暮れるだなんて、1日はあっという間だわ。
後部座席には晩御飯の為の食材たちが。
そして、隣からは規則正しい呼吸……師匠の寝息が聞こえる。
このまま眺めているのも悪くはないとは思ったけど、師匠が起きない内に晩御飯の用意をしてしまいたい。
私は、師匠を横抱きで抱え、食材は能力を使って浮かしながら移動する。
そして、駐車場の地面を蹴って師匠の住んでる階まで上昇し、部屋の前まで来たところで、鍵を取り出して開ける。
近隣住民に見つかったら大変だけど、今はほぼ夜だし良いだろう。
それに、見つからなければ能力は使い放題なんだ。
幻想郷に戻ったら、嫌という程仕事が溜まってるんだろう……あぁ、また藍に叱られるわ。
「……お邪魔します」
私は、そう言いながら靴を脱いで部屋にあがる。
師匠は毎日、この部屋に寂しくただいまと言っているのだろうか。
私がいれば、毎日でもおかえりなさいと言ってあげられるのになぁ……
まぁ、今は無理でもいずれは本当のことになるんだし、ね。
そういえば、師匠の部屋って本当に物が無い……
あったとしても、家電、机、ソファ……生活必需品以外はほとんど無い。
師匠が飼育しているカメの為の飼育用具が、水槽の横に置いてあるのが見える。
その用具の多さに、師匠のカメ愛が伝わってくる。
あと、壁に日常の中で撮ったであろう写真が沢山貼られている。
「本当に、好きねぇ……」
師匠をソファに寝かせ、ブランケットをかける。
料理は得意な方だし、師匠に食べて貰えるなら毎日でも作ってあげたい。
正直、人間の姿の師匠を見ていると、幻想郷の賢者という立場を忘れてしまう。
私がそばにいて、いつまでも守りたくなるような雰囲気だ。
「さっ、お任せでって言われたし……張り切るとしますか!」
私は、買い出ししてきた食材を出していく。
やっぱり、外の世界のものは溢れかえるくらい豊富ね。
料理が作りやすかったり、生活が楽になったりするのは良いけど、そのぶん大気汚染とか食品ロスとかが酷くなったりするのよね……
ま、師匠はどっちみち幻想郷に連れてくるし、もう少しの辛抱だからどーでもいいけど?
さーてさて……できたッ!オムライス!
そんなに時間はかからない料理だったから、楽だったわ……
そう。おまかせでって言われて、師匠が好きだった卵料理が思い浮かんだの。
そして、師匠は半熟が好き。
それはもうトロットロに仕上げたわよ!
「みぃさ〜ん……」
私は、師匠を呼ぼうとして、固まった。
どうしているのよ……!
神琉「いや、何だか美味そうな匂いがしたからつい……」
「……へぇー……ソウデスカ……」
龍神王が……いた……
しかも、師匠の頭に気安く触れてッ!
何よ、美味そうな匂いがしたからつい……なんて言っちゃって!
あんた神でしょ、ご飯なんて食べなくたって生きていけるでしょ、ていうかそもそもあんたら神に、生死なんて正直言って無いようなもんでしょ!
……という言葉をぐっと抑え、オムライスの乗ったお皿を机に置いた。
「あら……龍神王様がどのような御用でこちらに?」
神琉「ふむ。お前が考えている言葉も面白いが……まぁ良い。時折、様子を見に来たくなるんだ」
心の中を見透かされていることに息を飲む。
龍神王はそういう人、いや神だ。
神は、上に生きる者は、下界に生きる者の気持ちなんて分からない……
人間の社会でも妖怪の社会でも、元からそうじゃないか。
神琉「ふむ……お前は考えすぎだ。俺は別に何かを支配したいとかじゃない。全てが自分の思い通りになったらつまらないだろう?」
「ふふ……人の心の中を頻繁に見るのはお辞めください……」
私は、固まった表情のまま、必死に笑顔を取り繕う。
てゆーか、その考え方がそもそも私たち普通の生物とは違うって言うか……
えーい、考えてたら余計にややこしくなってしまいそう!
とりあえず師匠を起こして、晩ご飯を食べてもらわなきゃ。
「みぃさん、晩ご飯が出来ましたよ〜」
心七「ん、んん…………あれ、家だ……すみません、紫さん。随分と寝てしまってたみたいですね」
えへへ、と頭をかく師匠。
龍神王はいつの間にか跡形もなく消え去っていた。
一体何をしに来たんだろう、と思いながらも、私は師匠にご飯を食べるよう促した。
心七「わ、頂きま〜す!…………ん、おいひぃでふ(美味しいです)♪♪」
「うふふ、お口に合ったようで良かったですわ♪」
オムライスを食べながら喜ぶ師匠の顔を見て、私も釣られて顔が緩んでしまう。
普段は藍にご飯を作ってもらうのだけど……師匠が神社にいた頃、私は元々ご飯担当だった。
香織と交代はしたりしてたけどね?
心七「ん〜♪♪………………?紫さん、どうかしましたか?」
師匠が、食べる手を止めて私を心配そうに見つめる。
あらやだ、私ったら少し考えごとをしてしまってたのね……いつもは笑顔を貼り付けて崩さないのに。
師匠に会いに来てる時は、どうしても緩んでしまう。
どうした、私……
心七「紫さん、自分のご飯は食べたんですか?」
「えぇ、みぃさんが起きる前に自分の分を……どうしました?」
心七「はい、あーん♪♪」
紫「!?」
予想外の出来事で驚き過ぎて声も出なかった。
あーん!?あーん、って人生で1回も言われたことが無いし、ましてや、その言葉を師匠から聞くと思わなかった。
た、食べさせてくれるのかしら……?
心七「ふふ、美味しいですか?」
「もぐもぐ…………え、えぇ。それはもう……」
自分で作ったやつだけど、まぁまぁ美味しい。
というか、師匠に食べさせてもらったら100倍美味しい……という言葉を言いそうになったが我慢我慢。
師匠が食べ終わると、私は食器を洗って片付け、タネ無しマジックを見せていた。
幻想郷じゃああんまり珍しいことじゃないけれど、外の世界でやったら大盛り上がりだ。
例えば、私だったら指の先にスキマを作って、そこから旗を沢山出したり。
髪の毛の束の中にスキマを隠して、そこから鳩をバサバサーっていっぱい出したり?
あ、そうそう、某人形使いが人里で人形劇をやっていたような……師匠にも見せてあげたいわ。
心七「すっごーい……!どうやったんですか!?」
「うふふ、いずれ教えて差し上げますわ……今は秘密です」
口に人差し指を当てて秘密、と言ったら意外にも素直に聞いてくれた。
勿論、いずれは本当に教えるつもりである。
いずれ……ね。
「また今度、もっと凄いものを見せますね♪♪」
心七「ありがとうございます!嬉しいなぁ……凄いなぁ……」
この少女が、かつて宇宙を治めていた先代龍神だと知ったら、皆はどんな反応をするだろうか?
皆が住んでるあの神社に、師匠のことを受け入れない者はいないけど……
しかし、よ。
"香織"が……"香織"が師匠の存在を知ったらどうなるかしら?
師匠がいなくなって、まるで人が変わってしまったかのようにやつれていたから。
他の人の前では流石に、威厳溢れる龍神でいるんだけど。
たまに、泣いてるから……心配になるのよ。
死に対してそこまで関心を持つわけじゃない妖怪……鬼子母神のあの子でさえ、師匠のお墓に毎日のように花を手向けにやってくる。
あんなに離れた山から……
「あら、もうこんな時間」
心七「え?あ、ほんとだ」
ふと時計を見てみると、もう良い時間になっていた。
どうやら、かなり長く楽しんでしまったみたいね。
「今日は用事に付き合って頂いてありがとうございました♪♪またよければ、遊びに行きましょうね!」
心七「勿論ですよ!いつでも言ってください!」
私は、なんて言って師匠を幻想郷に連れてこようか、と考える。
というか四六時中考えている。
なるべく、今私の目の前で見せるこの笑顔を崩したくは無い……
となれば、直接幻想郷を好きになって貰えるよう、私は努力するのみだ。
私は、玄関で師匠と話した後、師匠に見送られて家を出た。
ちなみに、話していなかったが、師匠の家には害ある者が出入りできない結界を張ってある。
そして、師匠を傷つけようとその結界に触れた者がいれば、直ちにそのことが私に伝わるようになっている。
私は、車に戻り、エンジンをかけたところで横を向き、
「本当に盗み聞きが好きなお方。師匠に嫌われてしまいますよ?」
神琉「ハハっ!盗み聞きとは酷い言い方だな。それはそうと……闇は俺のことは嫌いにならないさ」
「それは自惚れというものでは?」
神琉「手厳しいな、幻想郷の賢者は……そうだな、自惚れではなく、確実に、
隣で語る龍神王の恐ろしさに、普通なら震え上がるところを、ただただ冷静になれる私は異常だろうか。
あっ、恐ろしい程根回しが早い龍神王に若干引いてる感はあるけれど。
「それで……師匠を幻想郷に招き入れる計画は、いつにするんです?」
正直のところ、今すぐにでも連れてきたいけど。
そんなことをしたら、師匠が悲しむだろうからやらない。
私が返答を待っていると、龍神王が口を開いた。
神琉「あぁ、そのことなんだが……その件はお前に任せることにするよ」
「えっ……」
予想だにしない返答だったので、若干驚いた様子を見せてしまったが冷静になる。
もし任せて貰えるなら、明日にでも師匠にこのことを話したいんだけどな……
1回話しただけで分かって貰えるかしら。
神琉「ただ、幻想郷に連れていく……ということは、外の世界で闇がどういう存在になるか、勿論知っているんだよな?」
「……勿論、です」
そもそも幻想郷という所は、外の世界で幻想になったもの……忘れられたものが集まる所。
例えば、外の世界で信仰を無くした神が幻想入りすることもあるし、存在を忘れられてしまった外来人が来ることもある。
まぁ、つまり、簡単に言うと……師匠は、外の世界で
幻想郷に連れてくるということは、師匠を殺すも同然の行為だってことは重々承知だ、けど…………
「だからこそ!幻想郷を好きになって貰いたい!」
神琉「ほう?」
「私が愛した幻想郷を、師匠に、貰いたいのです……!」
私は、心の底から思っていることを龍神王に告げた。
これは、力で解決できる問題じゃあない。
理解して貰えるまで、何度だって伝えに来るつもりだ。
神琉「……まぁ、良いだろう。幻想郷に連れてくるまでのことは、お前に任せたぞ」
「……ご助言、感謝いたしますわ」
別に何もしていない、と言って龍神王は消えてしまった。
本当に神出鬼没なお方……と思いながら、ため息をついた。
ま、そうとなったら話は早い。
明日にでも話をしよう。
意外にも早く来たその時に、私は楽しみでいても立ってもいられなかった。