「え? え、えええ!? う、嘘…本物…? 本物の…チーム『インカーネイション』のリーダー……ユイ様!?」
「…うん。その通り、だけど…」
「……きゃーっ!! 嘘! 嘘!? きゃーっ! サインッ! サインが!あー、持ってないっ!! どうしようっあーとりあえず握手ください! あーだめ幸せで死んじゃう!」
スカルマスクを口元につけた、アクアマリン色のゲソのガール…サイクが、甘くて黄色い声を出しながらユイに詰め寄っていく。なんていうか、テンションの上がってる様子はユイさんのとそっくりだなとソウは思った。
それに対応するユイはというと、タジタジ状態である。恐らくは、出会う前に抱いていた「毎朝三時間も練習する真面目で勤勉な自分のファンのイカ」というイメージがひっくり返され、「毎朝三時間もロボットボムを眺めて興奮している自分のファンのイカ」と相対することになり、念願のファンを前にしても動揺が隠しきれないのだろう。
それでも、ファンであるサイクの期待に応えて握手したり、極度の興奮であまり体をなしていないサイクからの質問の群れに対応しているうちに、ユイの方から質問を発せるようになるくらいには落ち着いてきたようだ。
「ね、君。…ユイ達の……チーム『インカーネイション』のファンなの?」
「え、ええ! ええ、ええ! そりゃもう大ファン中の大ファンですよ! 特に、メンバーの中でもイチオシのユイ様と…本物のユイ様とこんなところで出会えるなんて…感無量ですっ!」
「そ、そう? メンバーの中で、ユイがイチオシ…なの?」
「もっちろんですよーっ! 私の人生の中で、ユイ様の存在は大いなる信仰ですよ!
私にとって
「────」
その瞬間、ユイはメデューサの目でも見たかのごとく、固まった。
メデューサの目のごときセリフを放った本人は「…? どーしたんですか?」と無垢な瞳で首を傾げているため、おそらく悪意はないと思われる。
だが、肝心のユイといえば「ボムより下…ボムより下…」と呟き続けている様子からして、ロボットボムの下に順位づけられたショックは大分大きいようである。
仕方ない、と思ったソウが、固まっているユイの前に出てサイクと対面した。
「…えーっと……あなたがサイクさん…ですよ、ね?」
「あ、うん。そうだけど…君は?」
先程までの興奮しきった様子は一旦引き、青色の瞳は純粋な疑問を表しながらソウを見つめる。
ソウはゴホンと軽く咳払いして、先程まで呆然としていたために乾いていた喉の調子を整えると、素に近い口調で言葉を切り出した。
「俺の名前はソウ。実は、ユーロっていうイカから紹介されてきたんだけど…」
「…えっ? ユーロ…が?」
意外そうな顔をして、目を見開くサイク。ユーロの名前を聞いて驚いている様子ではあったが、それ以外の感情は読み取れなかった。正直、ユーロから「前にフレンドを解消した」と聞いていたから、二人には何か複雑な事情があるんじゃないかと微かに心配していたために、負の感情を見せてこなかったことに少し安堵していた。
その代わり、サイクは強い疑問を抱えているようであり、矢継早に質問を繰り返してきた。
「あなた、ユ、ユーロに会ったの!?」
「そ、そうだけど…いや、つい最近、友達に…」
「え、友達? ユーロと?」
「…う、うん」
「……怖く、なかった?」
「怖い…?」
「いや、ほら…外見とか、雰囲気とか」
サイクから尋ねられる質問は、ソウにとって全く要領を得なかった。
ユーロが、怖い雰囲気? ソウに言わせれば、むしろユーロの方が怖いものを苦手としてそうなくらい、弱気な物腰のイカだった記憶しかない。まるで、この世界に来たばっかりの頃の自分みたいに。
「いや、全然。…大人しくて優しいイカだったけど」
「…そ、そう…なんだ。ご、ごめんね、急に。今の質問、全部忘れて」
「は、はあ…」
そんなこと言われても無理がある、とソウは思った。ここにきてユーロの謎が増えるとは思わなかった。怖い…ああ見えて、実は何か裏が…と、そこまで考えた時点で、ソウは小さく首を振って考えを追い出した。自分がユーロと友達でありたいと思うならば、余計に詮索するものではないだろう。
「でも…その話を聞いて、安心した。ユーロ、元気してるみたいね。あ、それで…どうしてユーロが私を紹介したのか、まだ聞いてなかったよね」
「あ、そうそう。そのこと、なんだが…えーっと…」
どうやって切り出そうかと一瞬迷ったソウだったが、遠回しに伝えられるほどソウはイカ語を上手く扱えるわけではない。ここは率直に用件を伝えることを選んだ。
「その……実は、チーム『インカーネイション』の新しいメンバーを探しているんだけど」
「へー……え……え?」
何かの可能性を察したのか段々とサイクの体と表情が、固まってくる。
言って大丈夫かな、という心配がソウの脳裏に浮かんだが、言葉を止めるには間に合わなかった。
「で、まだ決まった訳じゃないんだけど…もしよかったら、興味ないかなって…インカーネイションの仲間に、なってくれないかなと思って、今日会いに来た訳なんだ、け、ど…」
「────」
たどたどしくソウが放った言葉は、おそらくは途中から彼女に聞こえていなかったようだ。
サイクの脳は、「自分が」「チームインカーネイションのメンバーに」と言う二点の言葉を受け入れた時点で、ユイと同じようなループ状態に陥った。
「私がインカーネイションに…私がインカーネイションに…」と恍惚の表情で呟き続けるサイク。
その向こうでは未だ「ボムより下…ボムより下…」と俯いて呟き続けるユイ。
ソウは心神喪失状態となった二人のガールを交互に見て、ちょっとした不安を覚えた。
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とりあえず、必死に体を揺らすことでなんとか意識を取り戻させた二人のガールと共に、ソウはカンブリアームズを後にした。
「ねえねえ、あなたってガチマのウデマエどれくらいなの?」
「はい! ユイ様! 私はエリアA+で、ヤグラSです。 アサリはまだAですが…ホコはこの間S+になりました!」
「へー、すごいじゃない! 私ホコは苦手だからね…でもアサリとヤグラならユイ得意なの! 今度ペアリグマで一緒にやらない?」
「は、はわっ…ユイ様と、二人っきりでリグマなんて、私幸せで昇天…い、いや例え死んでも昇天しても全身全霊でやらせていただきますっ!」
後ろの二人のガールは、すっかり意気投合してしまっているようだ。これはもう、ユイの中ではサイクのインカーネイションへの内定が確定しているのだろうか。ユイがその気なら…と一瞬ソウは思ったが、クロに言われた「自分の意見をしっかりもって判断しろ」と言われていたことを思い出す。
だが正直、今のところサイクというイカについて、まだ表面上でしか知り合えていない。クロから「直感でもいい」とも言われているが、せっかくだからやはりできる限りお互いのことをより深く知り合っておくべきではないかとソウは考えた。とりあえず、だいぶ前にクロと一緒に行ったオシャレな喫茶店の元へ行こうと、二人に提案しようとするソウだったが、
「…あ、あ、あれ、は…あそこに、いらっしゃるの、は…」
「?」
「?」
何やら、サイクが別の方向を見て震えている。それにつられて、ユイとソウもそちらの方向を確認すると…
「あそこにいらっしゃるのは! チームインカーネイションにおける圧倒的キラー! まるで魔法のように鮮やかな軌道を描き、敵を撃ち抜くあの方の.96ガロンはまさに魔弾のごとく! 幾度もの窮地に陥ったチームを、敵をキルすることによって道を切り開いてきた白き死神! 救世主! ああ間違いない! 幾度ものインカーネイションの試合を欠かさずに確認してきた私の目に狂いはない! あれは、あの方は…!」
「あっ、クロくーん」
「え、クロさん?」
もはや平常運転と認識されたサイクの興奮ぶりは置いておくとして、その視線の先にいたのは確かにクロであった。
クロもこちらの方を見て、片手を軽く挙げて応じる。
「クロさん、今日の仕事っていうのは…もういいんですか?」
「夜までかかる予定だったが、上司…いやちょっと適切な言い方ではないか……ま、とにかく今日は早めに終わっていいと言われてしまったからな…それで」
歩み寄ってきたクロが、サイクの前に止まる。興奮で震えていたサイクが「ひうっ!?」と声をあげ、口につけていたイカスカルマスクがずり落ちる勢いで跳ねた。
「君が…話に聞いていた?」
「は、はぃ!! 私、サイクと申しますです! この度、チームインカーネイションに入社いたしましたです!」
「そうか…もう知っているかも知れんが、俺の名前はクロ。よろしくな、サイク」
「はいいっ! 不束者ですが、どうか、どうかよろしくお願いしますっ!」
どうやら、ユイと同じくインカーネイションの旧メンバーであるクロに対しても強い敬愛の念があるらしく、ガチガチの緊張状態で対応するサイク。入社だの、「不束者ですが」という結婚式じみた挨拶だの、ツッコミたいポイントは多々あるけれども。
「そうか…これで一旦は揃ったと、言うわけだな」
「うん! これでチーム『インカーネイション』! 完全復活だよー!」
「おお…まさか再びこの日が訪れようとは…しかも私が…私がその一員に…うう、夢なら覚めないで…」
小躍りして喜ぶユイに、外れたスカルマスクをハンカチ代わりにして熱い目頭を押さえるサイク。
感情の起伏が激しいチームの二大看板が、カンブリアームズに出入りするイカの視線を引きつけており、ソウは正直ちょっと恥ずかしい気持ちになった。
「静かにしろユイ。あまり目立つのは困る。場所を変えるぞ」
「えー、いいじゃんクロ君。チームインカーネイションの復活なんだよ! むしろ大々的にアピールしていかなきゃ!」
「…それはまだ早い。
「ぶー」
「…?」
ソウは首を傾げた。
クロの「勝つためにも」という言葉が引っかかる。ソウのように目立つのは恥ずかしいから静かにしろというのならば分かるが、「勝つためにも目立つのは避けろ」とは…どういうことなのだろうか。
「話は後だ。…ロビーへ行こう」
「え、ロビーで話すの?」
「そうだ。…話の後は、タワーの施設を使いたいからな」
クロがチームインカーネイションのために何を考えているのか。
ソウ達の心に疑問が浮かばないわけではなかったが、少なからずのクロに対する信頼から、三人のメンバーはクロと共にデカ・タワーの扉をくぐった。
*
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ロビーの端の二つのソファーに、四人向かい合う形で座る。クロが「さて…」と呟いて話を切り出した。
「三人とも自己紹介は…済ませてあるみたいだな。なら…ユイにまずやってもらいたいことがある」
「え、ユイに? 何?」
「大事なことだ。…メンバーが決まった以上、対戦相手…チーム『絶対制圧』と試合の打ち合わせをしなければならんだろう」
「あ、そっかー! それ大事だね!」
クロの言葉を受けて、ポンと手を叩いたユイがいそいそとスマホを取り出す。未だ詳しい事情を知らないらしいサイクが目をパチクリさせて「え? …『絶対制圧』…試合…?」と呟いていたので、ソウはサイクに今回の簡単な事情を耳打ちして教えた。
「そっか…あの『絶対制圧』と…」
「知ってるのか?」
「もちろん! 私、初期からのインカーネイションのファンだったから! 当然、あの伝説の試合である『絶対制圧』との戦いもリアルタイムで観てたんだからね! …あの試合、どっちも本当にレベル高くて、凄かった…から。はは、そっか、あのチームとこれから戦うんだね…ちょっと、緊張してきたかも」
サイクは数分前までの高テンションは何処へやら、体をブルリと震わせている。それを見たソウも釣られて、少しだけ体が強張るのを感じた。自分はその試合とやらを見てないが、一見盲信的に思えるサイクがあの絶対制圧のチームをも「レベルが高い」と称して緊張している様子を目の当たりにすると、これから赴く試合に対する緊張感も高まってしまう。
一方、勢いよくスマホを操作しようとするユイだが、ふとその手が止まり、眉根を寄せた表情になってクロの方へ向き合う。
「ねークロ君。いくらメンバーが集まったって言っても、ユイたちまだ何にもチームとして練習してない状態なんだよ。私達がチームとして完璧な状態になってから試合の日取りを決めるべきじゃないの?」
ユイにしては…というのはちょっと失礼だが、ユイの示した懸念は確かに一理あると言えるものであった。というよりも、普段楽観的でもいざ何かを取り組む際には用心深く行きたい性格のソウからしても、どっちかといえばユイに賛成したい身である。それに加え、ソウの隣のサイクも、軽く頷いている。
だが、クロは小さく首を振った。
「一般的にはそうだが…今回は事情が違う。『絶対制圧』は俺たちよりも早くチームとしての練習を重ねていて、一歩リードされている状況といえる。こちらがじっくりと練習を重ねているうちに、向こうは更に練度を上げ続けていくだろう。差を埋めるのは難しい」
「でもでもでも! だからってとっとと試合の日取り決めても、『れんど』の低いユイ達じゃますます勝てないんじゃないー?」
「いや…こちらにも策がある。練度の差を埋めるための…一種の『賭け』がな」
「…賭け?」
首を捻るソウをクロが少し一瞥した後、またユイに向き直った。
「ユイ、今から『絶対制圧』のリーダーへ電話して、試合の詳細を決めて欲しいんだが…その際に、いくつかの条件を向こうに伝えてほしい」
「じょ、条件…? そんなもの、あっちが受け入れてくれるのかなー?」
「なに。試合に有利不利を齎すような条件ではない。それに、元々向こうからふっかけてきた勝負だ。ある程度の条件は受け付けてくれるだろう。最悪、受け入れないのなら戦わないと言い張ってもいい」
「うわー、クロ君強気ー」
「チームリーダーたるもの、強気であって欲しいものだからな」
「わかるー! じゃ、ユイ頑張って強気に行くから、条件教えて!」
ユイが身を乗り出してクロに迫る。クロは冷静にその体を押しのけると、少し声を潜めて話し始める。
「まず一つ。試合の日取りは『11月01日から11月05日』のいずれかということ」
「うんうん」
「次に…試合のステージは、『ランダム』で選出すること」
「ほうほう」
「最後に…『この試合は完全に非公開で行い…試合をしたこともその内容も、決して外部に漏らさないようにすること』ということだ」
「うんう……へ?」
最初は大人しく条件を聞き入れていたユイだが、最後の条件には思わず首を捻ってしまったらしい。もっとも、ソウとサイクに至っては最初っから首を捻りっぱなしだったが。
「最後の条件は特に重要だ。当日、誓約書も書いてもらう必要がある」
「えー! クロ君、今回の試合非公開にする気なのー!? せっかくユイ達が『高み』に返り咲いて、再デビューを華麗に飾る試合なのに! まさかクロ君、ユイ達が負けた時のことを考えて、恥をかかないようにするつもりじゃないでしょーね!?」
「違う。そもそも今回の試合に勝ったところで『高み』には返り咲けん。正式に『高み』へ挑むためには、条件が必要だっただろう」
「え、あ、あー…そう、だったっけ?」
腕を組んで唸るユイ。ソウも前に聞いた記憶を頑張って取り出そうとしたが、先に手を挙げたのはサイクだった。
「私、知ってます! 確かリーグマッチのチーム戦である程度の試合数…直近50戦で勝率が『高み』のチームと同等以上になった時に、初めて挑戦権が得られる…ですよね!」
「その通りだ。それを満たさない俺たちが挑むということは、どっちにしろ単なる非公式的な試合だ。…そして、だからこその『賭け』ができるんだ」
「…一体、どういうことですか?」
首を傾げるソウ。細かい日程指定。ステージのランダム指定。そして、試合の徹底した非公開。必ず何か意図があるものだと思うが、今のソウには全く想像がつかなかった。…無論、クロの言う『賭け』についても。
「その話については後だ。ユイ、連絡を頼む。まずは向こうが素直に条件を飲んでくれることが前提だからな」
「おっす! りょーかい! 任せて! …あ、でも、試合形式って指定しなくていいの? ほら、何のガチルールで勝負するかってさ」
「それくらいは向こうに任せていいだろう。…ま、予想はつくがな。今の『絶対制圧』が何の『高み』にいるかを見ればな」
「あー、そうだね! ほんじゃ、電話するねー!」
ユイは一度ソファーから立って、スマホを持ってトテテテとロビーの隅へ走っていった。
*
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*
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思ったよりすぐ、ユイはソファーに戻ってきた。
「...終わったよ。なんか、すごいスムーズに話進んだ」
【試合日程:11月04日 14:00にロビーにて集合 15:30に試合開始】
【試合形式:ガチエリア】
【ステージ:当日ランダムにて設定】
【試合は完全非公開。試合内容の口外も禁止】
【当日はお互いにその旨を記した誓約書を作成すること】
「どうやら、条件は受け入れてくれたようだな」
「もう完全にイエスマン状態だったよー。ねーねー、それよりこんな条件わざわざつけた理由を教えてよー」
「そうだな…。順番に説明…と言いたいが、まずは二つ目の条件から説明していくか」
ソファーに体を預けたクロは、軽くロビー内を見渡して敵チームである『絶対制圧』のメンバーの姿がいないことを確認すると、一息吐いて語り始めた。
「二つ目の『ステージをランダムに指定』というのは...『絶対制圧』の対策パターンを安定させないための条件だ」
「対策パターン…ですか?」
「そうだ。チーム『絶対制圧』はその名の通り、どんどん前線を押し上げて突破の難しい強固な陣形を組んで、制圧にかかるのが主戦法のチームだ。かつては、並みのチーム相手ならばリスキル直前まで制圧できるほどの完成度だった」
「そこまでの完成度を誇っていた理由の一つは、徹底した『ステージごとの対策』だ。ステージそれぞれにおいて効果的な動き方とフォーメーションを予め研究、実行していたからこその強さが、『絶対制圧』をかつての『高み』に登らせていたと、俺は分析している」
「…なるほど、だから…ステージをランダムにすることで、その『ステージごとの対策』をできる限り絞られないようにした、と…」
「ああ。…だが、向こうがあっさりと条件を飲んだということは、向こうも想定内だったということだろうな。少なからず全てのステージの対策は訓練しているのだろう。…気休めかもしれんが、予めステージを指定してガチガチに対策を練られるよりはマシだろう」
「そして、一つ目と三つ目の条件だが…この二つの理由は繋がっている。…最初の日付指定だが、より俺たちが練習するための時間を稼ぐためなら、11月06日を指定すれば一番良かったのだがな。そこまで細かく指定すると、向こうに勘繰られるかもしれんからな。念の為、日程調整の意味も兼ねて、少しだけ幅をもたせた」
「…?」
「…?」
ユイとソウが首を捻るなか、サイクがポツリと呟いた。
「ひょっとして、『11月07日のアップデート』と関係が?」
「え?」
「…あ!」
「その通り。『アップデートの前に試合をすること』そのための、日付指定だ」
クロがサイクに言い渡した正解。
一つのピースが当てはまったことにより、ソウの脳内において次々と必要となるピースが思い浮かび、当てはまっていく。
──…月初めに実装でしたっけ。
──正式実装となるまで、使用は試し打ち場、もしくはプライベートマッチだけでお願いするでし!
──じゃ、ソウ君もついに持ちブキ手に入れて本格始動ってこと!?
…ひょっとして。
「『イカネサダ・心』のために…?」
「そうだ」
クロが、ソウの目を見据えた。
「チーム『絶対制圧』に対して、練習期間や練度で負けている俺たちが、唯一明確に持っているアドバンテージ。敵のイカに決して知られることのない、対策の取りようのないブキの使い手が、俺たちチーム『インカーネイション』に、一人いる」
「ははーん…なるほど、ねー」
「…? …?」
ユイの輝く瞳とサイクの疑問の瞳からの視線が集ってきて、ソウの体はよりカチンコチンに緊張して固まった。思わず喉が渇き、唾を飲み込む。「使い手」だなんて中々過大な言われ方をされている気がする。
これは…自分は、『期待』されているんだ。一見異常のないように見える自分の体にのしかかる重さ、体の節々の動きを阻害する何か、これこそが目に見えない『期待』…もとい、『プレッシャー』なのだろう。人間時代、ソウは剣道部に所属していた。だが、自分に才能があったとは言えない程度の腕前であり、顧問や家族からも『期待』なんてされたことはない。強いていうなら、テストの点数などでは家族から期待されたことはあったけれども…ここまで『プレッシャー』を感じるほどの『期待』は初体験だ。
苦しくない…と言えば嘘になるが、この重い感触の中で微かな高揚感が体に満ちているように感じた。
重い期待だが…やってやる、というチャレンジ精神もあるのだろう。だが何より、大恩あるユイ達の期待に応えたいという思い…が一番だろう。ソウは、心のうちでやる気と決意に燃えていた。
「向こうが条件を飲んでくれたことで、ソウを切り札とする準備は整った。…そして、俺たちインカーネイションが勝つための鍵はもう一人…サイクがいる」
「あっ、は、はい! 私ですか!?」
突然指名され、疑問の表情が一気に驚きに変わるが…またすぐ一瞬で表情を引き締めたサイク。
「俺とユイのブキ、それに基本の立ち回りに関しては既に相手に割れている。相手に割れていないインカーネイションの新しいメンバー二人…ソウとサイク。お前達二人に、インカーネイションの勝利がかかっていると言っても過言ではない」
「ふふふーん。ソウくん、サイクちゃん。期待してるからね〜」
「…はい!」
「はわっ! もち、もちろんでございます! 全身全霊で頑張らせて頂きます! はい!」
頬に拳を当ててニコニコのユイから期待の言葉を投げかけられ、ソウは固くなりつつも元気よく、サイクは半分空回りになりながらも、ある意味ソウを上回る気合を持って、返事をした。
「とはいえ…俺たちはまだソウのブキの立ち回りとその力を見ていない…サイクについても、ユイやソウはその動きを少し見たかもしれんが、俺はまだ見ていないな」
「あー、はは…そーだ、ねー」
少し乾いた笑いを漏らすユイ。実際サイクについてユイとソウが見たのは、大分アブノーマルな性癖の一端だったのだが、それをクロが知るのはいつの日か。
「そこでだ。簡単でもいいから、把握しておきたいんだ。ソウとサイク。二人のブキとその立ち回り。バトルの癖に至るまで、できる限り細かく、な」
「はい……ということは」
ソウの視線が、自然とロビーの奥へ逸れる。バトルをするためのステージへ誘う上階へのエレベーターに。
「プライベートマッチで、ソウとサイクで1on1をやってみてほしい。…そこまで気を張る必要はない。あくまで普段通り、1対1で敵と対面した時を想定して戦ってみてくれ」
クロから下されたミッションを受けて、思わずソウとサイクは顔を見合わせた。
クララ
性別:女
ゲソの色:スカイグリーン色
毎朝の日課:表情筋トレーニング
毎晩の日課:のど飴13個舐め
座右の銘:芸が身を滅ぼす直前までを極めるのが楽しい。