でもつい書いちゃう。こんなに長くする予定はなかったんです! 信じてください!
例によって、バトルの理論は実際のゲームとは差異があります。ご了承ください。
サイクには、特技がある。それは、ロボットボムを愛するあまり身につけた技能の一つ。
とは言うものの、普段のナワバリバトルではほとんど役に立たない。この技能は強く気を張って集中することが必須なのだ。ナワバリバトルもガチマッチもそこまでの余裕は与えられない。
役に立つとすれば…今のような1on1の戦闘においてだ。
ホクサイを滑らせて速やかに中央へ到達したサイクは…【Bバスパーク】の中央高台に背中をつけると…インクタンクから素早く小さな足のついたロボットボムを思いっきり高台の反対側へ投げた。サイクの着るキングパーカー グレープについたサブギアパワー『サブ性能アップ』の効力によって、通常よりも高い軌道を描いて、高台の向こう側に着地した。
着地した瞬間、不思議な音と共にロボットボムが立ち上がって起動する。そしてサイクが一層集中を高めるのは、この瞬間。
(…動いた! ということはこの範囲内にいて…音的にロボムちゃんが壁に突っかかってる! なら、ソウは高台に登っている最中か…もしくは既に高台に潜んでいるということ…)
ロボットボムは、着地して起動した際に一瞬だけ移動範囲を示すサークルを展開。そのサークル内に敵のイカがいれば歩いて一定時間追い掛けた後に爆発。いなければその場で爆発する能力を持ったサブウェポンだ。そしてロボットボムは着地の際、そして歩いて移動する際にもそれぞれ独特の音を鳴らす。通常、この音はロボットボムに狙われた側が察知するための判断材料となるのが普通だが、ロボットボムを愛するサイクにとっては、別の意味を持たせることができる。
すなわち、敵の正確な索敵。ロボットボムの起動から、それがどちらへ向かって歩いているかまで、音のみで正確に把握できるのは、集中が必要とはいえ、特殊能力といっても過言ではないほどの特技である。
さて、とサイクは思考を巡らす。高台に陣取っている敵をこのホクサイで仕留めようとなった時、選択肢は二つ。一つはロボットボムで敵を高台から引きずり下ろし、降りてきた所を追撃で仕留めるか。もしくは自ら高台に登って、狭い足場での一対一の戦いと洒落込むか。
安定策を取るならば前者だ。だが前者の策にもそれ相応の欠点がある。高台にロボットボムを投げ込まれれば、十中八九降りてくるだろうが、問題はどっちの方向に降りてくるかが分からないということだ。自分の予想と違う所に降りて逃げられたら、また見失う羽目になり、索敵からやり直しだ。
一瞬の思考の流れを経て、サイクは決断した。すなわち、高台の上での1対1という決断を。
サイクには自信があった。手元に持つホクサイは近距離でのキルには自信がある。キルタイムこそ若干長いが、インクを振りまきつつ筆を当てるという独特な攻撃方法から、敵は視界を遮られ物理的な衝撃を受けてしまい、反撃が難しいのだ。それでも基本的には高台に先に陣取られた方が有利なのは事実。普通の試合ならば、サイクはこのような決断はしなかっただろう。今回の決断を後押ししたのは、プライベートマッチの待機部屋で自分のことを見ているであろう憧れの存在…チームインカーネイションのリーダー、ユイと副リーダー(的立場)のクロに、いい所を見せたいという無意識でのハリキリがあった。
ここに到達した時に、素早く高台の壁面は塗っておいた。今サイクがいるこの場所から登れば、1秒もかからず到達できる。
サイクは、目をキッと光らせると、イカ状態になって壁面に突撃した。
ここからはスピード勝負。だが、それでいてできうる限りのフェイントを。
ただ壁面をまっすぐに登るのではなく、微妙にカーブして到達する場所をずらす。
そして、サイクは勢いよく高台の上へ到達した。
倒すべき敵、いる。それは当然ソウのことなのだが、一度到達した以上それを確認する時間すら惜しい。
サイクの目にはただの倒すべきイカとしか映っていない。そのイカ影に向かって、サイクはホクサイを振るった。射程ギリギリまで離れている場合はホクサイを四発振らないと倒せないが、この狭い高台の場ならば、三発以内で敵をキルできる範囲に収まっている。
一発。二発。こちらに向かってさしたるインクの抵抗もない内に、サイクは先制攻撃を決めた。サイクの口元が微かに弧を描く。経験上、ここまで先制を決めたら『勝ち』だと。
無意識の笑みを湛えたままトドメのホクサイの一発を振るうサイクの体が_____
爆散した。
高台の上に広がったのは、サイクに与えられた紫のインクではなく、緑のインク。
サイクの身につけていたギアが緑のインクに沈んでいき、自らのインクのほとんどを失ったサイクはイカ状態の幽霊のような状態となり、リスポーン地点に吸い込まれていく。
確信の勝利から、一気にデスヘ叩き込まれ…半ば呆然としたままリスポーンへ向かうサイクの眼下には、刀を鞘に収めるイカの姿があった。
_人人人人人人人人人人人人人人人人_
> イカネサダ・心できられた! <
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「な、なんなのあのブキー!? 見たことないんだけど!? 何、クマサン印の何かなの!? ソウはクマサンの手の者だったの?」
「…ク、クマサン…? い、いや…ちょっとワケアリなもので…」
ガクガクとソウの胸元を掴んで揺らすサイク。ソウには半分理解できない言葉を投げかけられ、曖昧な言葉でソウは応対した。
ちなみに、今チームインカーネイション達がいるこの場所はもはやデカ・タワー内部のプライベートマッチ部屋ではない。ぴったり三分間の1on1の模擬戦を終えたソウとサイクは、クロから「見たいものは見れた。ご苦労だった」と労いの言葉をかけられた後、四人揃ってユイの自宅へ移動したのだ。
到着当初こそ、サイクが感慨のあまり五体投地のような崇め方をユイの自宅の前でしてたために時間はかかったが、いざ落ち着いてクロが議題を切り出そうとすると、ソウが持っていた謎なブキに対しての詰問をサイクが行ったのだ。
「ソウが持っていたのは『イカネサダ・心』というブキ。…『11月07日のアップデート』で正式実装されるブキだ。今週末にでも情報は出るだろう。…縁あって、ソウはこうして実物を手に入れている」
クロが代わりに返答するのを聞いて、サイクはようやくソウから手を離して大人しく椅子に座った。
「そんなことが…でも、正式実装されていないブキで戦う気なんですか? それ、大丈夫なんですか…?」
「無論、正式試合ならダメに決まっている。だからこそ、試合は完全非公開のプライベートマッチで行うんだ」
「…なるほど。だからあの条件付けだったという訳ですね! 流石クロ様です…!」
全ての事情を把握したサイクは、尊敬の眼差しでクロを見つめる。そんな視線を受けながらも、クロは特に動じることなく何やら使い込まれた様子のノートを取り出してめくり始めた。
「さて…と。ソウの『イカネサダ・心』とサイクの『ホクサイ』の大まかな扱い方は確認した。それを踏まえた上で少し確認したい。…サイク」
「は…はい!」
「先ほどの1on1ではホクサイを使っていたが…それがお前の本ブキなのか?」
「…えっと、ですね」
一瞬、奇妙な問いだとソウは傍らで聞いていて思った。最初に出会った時も(ロボットボムばっかり見つめていたとはいえ)ホクサイを持っていたし、その後の1on1でもホクサイを使い続けている様子から、てっきりホクサイをメインとするイカかとソウは思っていた。だが、クロはソウより多くのイカを見てきた分、少し違和感を覚えていた。この三分間を経て、近距離キル特化型ブキを使い込む者特有の、潜伏接近の行動がイマイチぎこちないように思えたのだ。
果たして、クロの予感は当たっていた。
「本ブキ、というには少し違いますね…。私は、ロボットボムを持つブキは全て練習してますけど…一番使っているのは『もみじシューター』ですね。なんといっても、ロボムちゃんを一番多く投げれる上に、普通は貧弱なメインブキを使って、ロボムちゃんとの連携で敵をキルするのが楽しいのなんのって…」
少しばかり、うっとりとした様子のサイクだったが、すぐに姿勢を正して言葉を続けた。
「でも、今のインカーネイション…ユイ様とクロ様がいて、リル様とツン様がいないという現状を顧みた結果…自分はもみじシューターではなく、二番目に使い慣れてるこのホクサイを使うべきだと判断いたしましたです!」
「...なるほどな。よく俺たちのことを見ているようだ」
「はっ! お褒めに預かって光栄です!」
サイクの言葉を聞きつつ、ノートにメモを取るクロ。このやりとりを聞いてるソウは、首を傾げるばかりであった。過去のインカーネイションを知る者たちにしか分からない会話なのだろう。ユイも何かを理解したのか、ニコニコニヤニヤしている。後でどういう意味か聞いてみよう、と考えたソウだったが、後回しにできるほど軽い問題ではなかった。
「ふむ。ならソウ、せっかくの機会だ。チームのことを知ってもらうために、一つ質問だ」
「は…はい!?」
「ユイは…強いと思うか?」
今さっきのサイクとのやりとりとは全く脈絡のないように思える質問に、ソウは目を白黒させた。問いの真意が分からない。周りを見れば、ユイが非常にワクワクした期待の目線。サイクのニヤニヤした顔。
ソウは、口を引き結んで考える。正直普段のわちゃわちゃしたユイさんを見てるだけでは、とても強そうには思えないのが本音だ。毎日家に帰ってきたユイはバトルの愚痴を吐くのが日課のようなものであるし。だが見ただけの印象ではなく、あくまで客観的な事実だけを踏まえてソウは判断することにした。
「強い…と思います。何せ、あのナワバリの『高み』にいたチームのリーダーなのですから」
「へへへ〜、ソウ君に褒められると嬉しいね〜」
「なら、次の問題だ。ユイは『何が』強いと思う?」
「な、何が…ですか」
デレデレしてるユイはスルーして、続けざまに発せられた第二問。今度はYesかNoのクイズではなく、Whatを問うクイズなのだ。
ユイの『強み』とは何か? これのヒントとなり得る既存情報は少ない。ソウがユイの試合を見たのは一度か二度しかない。その時の自分は、ブキの知識こそあれどまだバトルについての知識は乏しく、漠然とした思いでしか試合を見ていなかったため殆ど記憶に残っていない。他に残っている情報といえば、ユイの持ちブキがデュアルスイーパーであるということくらいか。
ブキの知識だけは豊富なソウのことなので、当然デュアルスイーパーのことは知っている。赤いボディに長い銃口が特徴的な「マニューバー」と呼ばれる二丁拳銃式のブキだ。その一番の特徴といえば、マニューバーの中でも最長の射程だろう。他のマニューバーより危険を犯して接近する必要もなく、それに加えてマニューバーの特徴である「スライド」を駆使する事で「攻め」にも「逃げ」にもより柔軟に対応できるメインウェポンだ。
ただし、長い射程の代償として単発威力の低さ、キルタイムの遅さ、通常射撃での精度の低さなどが重なっているため、他のマニューバーに比べキル性能には少々難がある。マイナーチェンジ版である「デュアルスイーパーカスタム」では、それを補うサブウェポンとしてスプラッシュボムが付属しているが、ユイの持つ通常の「デュアルスイーパー」の持つサブウェポンはポイントセンサー。味方の補助としては有能だが、自らの弱点を補うには少々力不足なサブウェポンだ。
これだけの情報でも大分絞れそうなものだが、そうは問屋が卸さない。あくまでブキの特徴がソレというだけで、使い手によって個性は様々。味方のアシストが劇的に上手いのかもしれないし、塗りに特化した運用をしているのかもしれない。もしくは、キルが苦手気味なブキでもあえてキルをするのが得意ということもありえなくもないのだ。
頭を抱えて深く悩み始めたソウを見かねたのか、クロが声を発した。
「ヒントは、もう出ている。さっきのサイクが言ってたことを思い出してみろ」
「サイク…が…」
そういえば、何か言っていた。確かあれは、サイクが自らのブキについて聞かれた時。
──今のインカーネイション…ユイ様とクロ様がいて、リル様とツン様がいないという現状を顧みた結果…
──自分はもみじシューターではなく、二番目に使い慣れてるこのホクサイを使うべきだと判断いたしましたです!
クロが言うヒントとは、おそらくこの言葉を置いて他にあるまい。彼女は、もみじシューターを持つべきではなく、ホクサイを持つべきだと言っていた。見方を変えれば、「このチームインカーネイションにもみじシューターはいらない」という推論が導きだせる。
もみじシューターといえば、わかばシューターのマイナーチェンジ版。拡散してインクを発射する故にキル性能は低いが、何と言ってもそのインク効率が非常に良いが故に、長時間塗り続けられることが何よりのウリとなるメインウェポンだ。それに加えてもみじシューターは、スペシャルウェポンの「アメフラシ」を有しており、わかばシューターよりもなお塗りに特化したブキと言える。
そんな塗りブキを、今のインカーネイションには「いらない」とサイクが判断した。それがヒントになっているという、ことは…
「ユイさんは…『塗り』が強い…と思います」
「…正解だ」
頷いてみせたクロを確認して、ソウはホッと一息ついた。確かにユイのイメージからすれば、キルが得意というより塗りが得意と言われた方が納得できる。だが、クロから「しかし」という言葉が続けて出たことで、またソウの体が硬くなる。
「100点満点、というわけにはいかないな。…ま、これまでのヒントだけで満点の答えを導き出すのは難しい。だからこそ、うちのチームリーダーのことを知るための、最後の問題を出そう」
「は、はい」
「ふっふふ〜ん。ソウ君わかるかな〜?」
頬杖ついて非常に楽しそうにしているユイ。どうも自分の題材についてソウが一所懸命に考えてくれている様子が嬉しいらしい。クロはしばらく視線を宙に彷徨わせた後に、手に持ったノートの最初の方のページを開いた。
「俺たちチームインカーネイションは、結成してからの試合の結果をずっとデータとして記録してきた。解散までに行った試合は何百に登るが…試合数が三百に達した時点で、一度総合的な成績の集計を行ったことがある」
「…はい」
「そこで問題だ。…三百の試合数を経て、ユイの『デス数』は合計で一体いくつか?」
「デス数…」
「そうだ。ぴったり当てろとは言わん。10程度の誤差なら正解とするから、予想してみろ」
これはまた、予想外の質問を向けられてソウは一瞬戸惑った。だが、誤差も許容範囲内だとフォローもしてもらえたことで、少し落ち着いて考えられるようになった。ここは、少なからず経験している自分の試合から推定してみようとソウは試みた。同時に、サイクも何やらブツブツと呟いて同じように考えているようだ。
まだまだイカとしては未熟な身である自分の場合、1試合で3~5デスはする。できるだけ死なない立ち回りを心得るべきスパイガジェットですら、ソウにとっては2デス以内に収められれば大健闘と言っていいほどだ。最近、『イカネサダ・心』の特訓の一環としてボールドマーカーを使用していたが、その時はデス数が6やら7やらと嵩む事もあった。
自分のデータをそのまま当てはめれれば、1試合で平均4デスすると考えて、300試合でおおよそ1200デスはするという計算になる。無論、これは自分のデータの話であって、求められるのはユイのデータだ。ユイは果たして1試合で平均何回デスするのか? 流石に自分より多いということはないだろう。ならば2デスか? 1デスか? だが…自分が試合を経験していく中で、自分よりもランクが高い相手とも何度も相対したが…1デス以内で試合を終えたような相手とは、これまで片手で足りる回数しか見たことはない。だが、かつて存在したことは事実。
ならば、ユイならば300試合に渡って、1デスを平均とするほどの素晴らしいリザルトを叩き出している可能性が高い。ならば答えは300デスとなるわけだが…ソウはここでもう一声必要なのではないかと考えた。こうしたクイズというものは、得てして受け手側を驚かせるために、多少オーバーな答えを用意しているものだ。ならば、ここは思い切ってさらに半分削って…
「150…だと、思います」
「ふむ、なるほどな」
一つ頷いたクロ。正解とも間違いとも取れないような反応なため、ソウはまた緊張してきた。クロが答えを発表するために再び口を開くより早く、サイクが手をあげた。
「はいはい! 私計算終わりました! ユイ様のデス数、25です!」
「………………えっ」
お隣のサイクから信じられないような数字が出てきて、ソウは驚愕のあまり固まった。
そして固まったソウの耳に、さらに信じられない言葉が襲いかかってきた。
「うーん、サイクちゃん惜しい! 正解はねー、27なんだよー!」
「はわっ! そ、そうでしたか! どこか計算間違ってたみたいです…すいません!」
「いいよいいよー。むしろ少なく見てくれてユイ嬉しいよー」
「…………」
全ての時間が止まったソウを、クロが30秒間たっぷり揺らすことでようやく戻ってきた。
それでも、サイクとキャッキャしてるユイを、今までとは違う畏怖の念で見ているソウの様子を見て、クロは軽く苦笑してソウに語りかける。
「普段のユイの様子からは想像もつかんだろうが…伊達に『高み』まで登りつめたチームのリーダーではないということだ。ユイにはイカ外*1と言えるほどの才能がある。つまり、敵の攻撃を避けつつ、塗り続けられるという才能。ユイは異常な程の察知能力を持っていてな。背後を狙うリッター4Kの射程すらも察知して、敵が攻撃するよりも早くスライドによる回避行動に移れる。ユイをキルしようとするのは俺でも容易ではない。リッター4Kスコープの最大射程の先でキルするか、もしくは狙いを含まない偶然の射撃で倒すかくらいしか、方法はないだろう」
「うーむ…ユイさんって、本当に凄いイカだったんですね…」
「でしょー!」
自慢げに胸を張るユイ。だが、今のソウから見れば胸を張るだけの人物…もといイカとしてふさわしい程の実力を持つ人物であると認識していた。それと同時に、これまでの軽い言動や態度から知らぬうちにユイの実力を疑っていた自分を恥じた。クロは、続けて言葉を発する。
「しかし、だ。今目前に控えている対『絶対制圧』戦。これにおいては、こうしたユイの才能はむしろ問題点となってしまうということに注意がいる。…実際に、以前の戦いではその弱点が如実に表れてしまった」
「弱点…ですか?」
「うむ。ユイの才能はナワバリバトルにおいてはこの上なく有能だ。だが…これから控えているのは、ナワバリバトルではない。『ガチエリア』の戦いとなる。そうなった場合、何が問題か……分かるか?」
なんと、さっき最後の問題に答えたばっかりだと言うのに、思いがけぬ第四問が生まれてしまった。半分クイズ大会になってしまっているが、しかしチームの理解を深める上でもそうだし、何といっても問題に関して真剣に考えたいと思えるだけの面白さがある。ガチエリアというのはルールだけは大雑把に聞いたことある。ナワバリバトルとは違い、指定されたエリアを一定時間確保できるか否かを争うルールだ。ナワバリバトルよりも、塗るべき場所が限定されてる時に、回避の才能があるユイが抱える問題とは……何か。
ユイは…敵の攻撃を何よりも素早く察知して逃げ、塗り続けることができる。エリアでも同じように塗り続ければ、問題なんてないように思えるが…いや待て。当然相手も警戒すべきエリアの場所は分かっている訳で…警戒もしてるに決まっている。そんな時、ユイが塗ろうとしたら…
「…エリアを塗ろうとしても、敵が警戒している以上、強行突破して塗りに行くのが難しい…とかですかね。ユイさんは敵の攻撃を察知して避けるのが得意ということですが…そんな中で敵の元へ塗りにいっても、避けるのに精一杯で塗りに専念できないのではないのではないかと」
「…今度の回答は、100点満点だな」
お墨付きをもらって、ホッとするソウ。一方で先ほどまで胸を張っていたユイが段々と萎縮し、バツの悪い表情になってくる。
「敵のいるところは避け、敵のいないところを見定めて塗り続けていく。ナワバリならばそれは有効な戦術だが、ガチエリアは違う。敵がいるところ…すなわちエリアを防衛している敵に対して積極的に向かっていかなくては勝ち目はない。かつてのユイのように、敵に狙われたら即逃げるのではなく、敵に狙われつつも前に出て塗る。それがガチエリアの鉄則だ」
そんなクロの評論を聞いて、ソウは口を引き結んでムスッとしてるユイにちらりと視線を向けた。なんというか、今の話を聞いて、ソウはユイに対して少しだけ親近感を覚えた。
『攻撃を受ける覚悟で敵に向かうこと』が課題となるソウと、『敵に狙われつつ前に出て塗ること』が課題になっているユイ。おそらくどちらにとっても必要なのは敵に対する恐怖心を振り払うこと。奇しくも二人して似たような課題を抱えていたことに、ソウは微かな驚きもあった。これなら、いっそのこと最初からユイと一緒に特訓していればよかったのか、とも思えてきた。
「う〜、それ言われると辛いけどさ〜。ユイだってクロ君に言われた通り、ここ前からずっと頑張ってきてるんだからねー!」
「ユイさんも、特訓しているんですか?」
「そのとーり! ユイだって負けてらんないからねー!」
ソウからすれば初耳であった。するとクロがノートを閉じて机の上に置き、今度はポケットからイカ型のスマホを取り出して起動する。確認しているのは、最近の試合成績表のようだ。
「ユイのここ最近行ってきた試合数の平均デス数は3.6。一見するとパッとしない数字だが、あのユイがこれだけのデス数を重ねているということは、敵をひたすら避けて塗り続ける従来の動きではなく、敵の懐に潜り込んで塗っていくという動きができているという証拠だ。この動きの癖をつけたまま、イカにデス数を減らして塗り続けられるか。そこが肝になってくるだろう」
「パッとしないは余計ー! …でも任せて! 何とか敵に向かっていけるようにはなったし、その上でうまく躱せるコツを気がしないでもないから! きっと試合当日までにはモノにしてみせるよっ!」
「ユイ様かっこいいですー!」
確かに自信たっぷりになったユイはカッコいいといえばカッコいい方だ。言葉の内容に若干の不安は残っているが。しかしそれでもユイは自分の弱点をしっかり理解した上での特訓をやっていたというのもまた意外だった。やはり自分は、ユイのことも、チームインカーネイションのみんなのことも、知らなさすぎるということを改めて知った。
「大分話は逸れたが…つまり、チームインカーネイションはユイに塗りを一任する。無論、臨機応変に他のメンバーも補助していく必要はあるがな。ユイがエリアを塗り、俺たちがそれを全力でサポートする。それが俺たちチームインカーネイションの基本戦術となる」
「みんなお願い! その分ユイも頑張るからねー!」
「もちろんです! このサイクにお任せを! ユイ様にはインク一滴触れさせません!」
「は、はい。サポート…つまりユイさんが塗りに専念できるように、俺たちが敵を倒していく…ってことですよね」
「そうだ。それができればベストだな」
頷いたクロはスマホをしまうと、再びノートを手に取った。そして複数の色ペンを用意したかと思えば、おもむろにノートに何かを記し始めた。
「ある程度のイメージとしては……こんな感じだ。例として『エンガワ河川敷』のステージにおける、俺たちインカーネイションの簡単な基本配置案を考えた」

クロが開いて示したノートを、残り三人のイカが身を乗り出して見つめた。オーソドックスな四方向配置のようだ。が、ソウは見た瞬間少しだけ疑問に思った。近〜中距離ブキ持ちである自分は、より前の方に配置されるべきなのではないかと思っていたからだ。
「前線は俺とサイクで行く。サイクのロボットボムと俺の遠距離射撃で敵の誘導と混乱を狙いつつ、隙あらばサイクが敵の懐に潜り込んでキルを狙う。ユイはエリアの塗りはもちろんのこと、俺たち前線の塗りの補助も担ってもらう。そして…ソウは後方で、裏取りの警戒と防衛の役目だ」
「……」
裏取りという言葉はソウにとって聞きなれないものだった。言葉だけでもなんとなく分かるような分からないような……。そんな感情を持ったソウの顔をちらりと見たクロは、ステージ図へ新たに書き足し始めた。
「裏取り、というのは通常の戦線とは別のルートから隠密的に侵入して攻撃することを言う。この『エンガワ河川敷』の場合で言うと、敵が攻める通常ルートが青だとすると、裏取りとして使われるルートはこの赤いところになるな」

「なるほど…………いや、でも…」
「どうした?」
思わずソウはぎくりとした。今の「でも」は無意識に出てしまった言葉だ。クロに拾われることはちょっと想定してなかった。それに加え、クロは生来の無表情というか真剣な表情…のおかげで、ちょっとした問いかけでもソウはびっくりしてしまう。疑問に思ってることがあるのは確かだが、自分ごときの疑問とかクロさん達にとっては取るに足らないものかもしれない。ただ、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とも言う。ここは思い切って一言。
「あの、クロさんが仰っていたように…イカネサダ・心が勝つための鍵になるのなら…自分は前線に出た方がいいんじゃないかって思ったので…。け、決して前に出たいからというわけじゃないんですケド…」
「なるほどな。それもまた、一理ある」
クロは腕を組み、上体を椅子の背もたれに預けた。ふう、と一息つくと再び言葉を続けた。
「ソウの言う通り、ある意味で切り札とも言えるイカネサダ・心を前線で戦わせて、敵の混乱を誘うのもまた手。だが俺は、ソウが切り札だからこそ、あえて後方の裏取り対策を任せたいと考えた」
「えー? ユイ、どちらかといえばあいつらにうちのソウ君見せびらかしたい派なんだけどなー!」
声高なユイの主張を普通にスルーしたクロが次に向いたのは、サイクの方。
「サイク、敵が通常攻めてくるルートと、裏取りルート。この二つの違いは、なんだと思う?」
「は、はいっ!? わた、私ですかっ! えっと…その…」
完全に、サイクは不意をつかれた形となった。今の今までソウに対する講義が主だったことをいいことに、ずっとユイにぼーっと見とれていたサイクは、大慌て状態になった。それでも一所懸命に適切な答えを導かんと、頭のエンジンをフル回転させるサイク。
「えーっとですね…私が思うに、その…裏取りルートは、普通は使ったりしないようなルートだからこそ、裏取りと呼ばれるものだと思いまして…」
「そうか。ならば、なぜ裏取りルートは普通に使われないんだ?」
「な、なぜ……ですか。そーですね…ちょっと待ってください、えっとお…」
なかなか深くまで突っ込まれた質問に少しギョッとした様子のサイクだったが、キッチリ30秒指をくるくる視線をうろうろしているうちに、求められている答えを探し当てた。
「なぜ普通に使われないかといえば…例えばこの『エンガワ河川敷』ですと、この赤いルートは他に比べて明らかに遠回りですよね。エリアに早く向かうためには普通は青いルートを使った方が良い。つまり、裏取りルートは通常よりも遠回りだから使われない…これが答えだと私は思い…ます」
「ふむ。まあ実際は様々な理由こそあれど、今の答えで概ね正解だな」
ホッと胸をなで下ろすサイク。クロは再びノートをみんなに見せるように広げ、先ほどサイクが述べた赤い裏取りラインを指でなぞった。
「サイクの言う通り、裏取りのルートは基本的に遠回りで、普通に攻めていこうと思うならばまず使われないルートとなる。だからこそ『いざ』という時に使えば敵の不意をつける訳だが…少なくとも、そのルートをメインとして使うのは非効率であり、避けるべきことなのは間違いない」
「だからこそ、俺はそのルートの封鎖をソウに頼みたいと考えた。その理由は、敵にソウの対策をとらせない為。この一言に尽きる」
「えー? それってどういう意味ー?」
少々不服そうなユイに対し、クロの仮定を交えた丁寧な解説が始まる。
「例えば、だ。先ほどソウが提案した通り、ソウを積極的に前線へ赴かせたとしよう。確かに敵は未知のブキを前に最初は混乱するだろう。だが、チーム『絶対制圧』だってバカじゃあない。その場で対応策を考えることくらいはしてくるだろう。…と、なってくると前線で戦っているソウは相手にとって観察しやすい。つまり、それだけ対応策を練られやすいということだ」
「ふーん…? 確かに…?」
「なるほど…言われてみればクロ様の言う通りです!」
クロに言われ、ソウも考える。イカネサダ・心は確かに情報が割れていない分、チームインカーネイションの切り札と言える存在だが、かと言って特別に強いブキというわけでもない。他のブキと同様に、相性が悪いブキもあれば、弱点だって当然ある。クロが懸念しているのは、そういう点を早期に見抜かれてしまっては、もはやイカネサダ・心に切り札と言えるほどの力はなくなってしまうことを意味する。
「対して、ソウを裏取りルートの警戒に当たらせた場合…この時の一番大きなメリットは、ソウの手の内を極力晒さないようにしつつルートの封鎖が可能な点だ」
「もし、敵が対抗策を考えるためにソウを狙いにくるとするならば、それは即ち敵にとって非効率な裏取りルートを使って何度もソウと戦闘を行わなくてはならないということ。そうした選択を敵がしてくるとするならば、俺たちにとっては僥倖。相手が非効率な手を打ってきている間、俺たちの戦闘を有利に進められるはずだ」
「逆に相手がソウの攻略を諦めたとするならば、それもまた僥倖。『いざ』という時に不意をつかれる裏取りルートからの侵入を懸念せずに、本ルートからの防衛に集中することができるからだ」
クロの理論はソウにとっても理解しやすく、また納得もいくものだった。つまり、クロは切り札であるソウを切り札のままにしておくために、あえて後方での堅実なルートの封鎖を任せたということだろう。敵にとって未知なる存在であるからこそイカネサダ・心は脅威となり得る。ならばできるだけ未知の存在として置いておこうということだ。そう考えてみたら確かに、と頷ける話だ。自分で言っといてなんだが、バシバシ前線に出ろと言われるよりは後詰めでいてくれ、と言われる方が気が楽ではある。
「よって、俺としては最初の布陣案…サイクが最前線。同じ前線に置いて俺が前後のカバーを兼任し、ユイは全体的な塗りを行う。そしてソウが裏取りルートの封鎖。この案で行きたいと思うが…異論はあるか?」
「はい! 異議なしですクロ様!」
「うーん、まあクロ君がそういうならいっかー。異議なーし」
「…はい。俺もそれでいいと思います」
三人の同意,,,それも心から理解した上での同意を得て、クロは頷いた。これでようやく議論が一つ前に進んだ。クロはちらりと壁にかかった時計を見ると、ノートを閉じて立ち上がった。
「一つ、議論が進んだな。ところでサイク、今日はあとどれくらいまで付き合える?」
「き、今日ですか…。えっと、もうすぐ夜中になっちゃいますけど…」
「うむ…すまない。もっと明確に質問しよう。今日、ここに泊まれるか?」
「泊ま…る…?」
「ああ、試合の日まであまり余裕がない。こうした集まれた日には、対インカーネイション用の作戦会議をみっちりやっておきたいと思うんでな。もちろん、無理にとは言わないが…」
今日の何度も見た、サイクの惚け顔。ここまでくると、ソウもサイクの脳内でどのような恍惚が広がっているか想像がついてしまう。多分、憧れのユイの家に宿泊する喜びを噛み締めているのだろう。だが、実際のサイクの脳内では、そこからさらに派生して「憧れのユイとの添い寝」まで妄想が膨らんでいることまでは想定できてなかった。
「…ああ、是非…! 是非お願いします…! 私を、ここに泊まらせてください…! なんでもします! 頑張ります!」
「そうか。それは何よりだ」
そんなサイクの感情の起伏を知ってかしらずかクロは素っ気なく頷いた。そして、今から休憩ついでに夕飯を済ませて、また対策ミーティングを始めようと、クロは今日この後の予定を語った。それを聞いてユイが腕を振るうべく喜び勇んで台所へ駆け込み、同じくサイクも料理の腕を見せようとばかりにユイへ追随して駆け出す。
ソウも一瞬台所へ手伝いへ行った方がいいかと思ったが…ふと、ここまでの会議で生じた欲求を解消したい気持ちが湧いてきた。会議の中で初めて知った、ユイの戦闘スタイル。今までの自分は、そういうことを知ろうともしてなかった。そんな自分は、このままでいいのかと思ったのだ。試合に向けた作戦会議も重要だが、チームインカーネイションの一員になるということは、まずチームメンバーを知ることがスタート地点なのではないだろうか。ましてや、自分はリーダーであるユイの戦い方を知らなかった。このままではいけないと、ソウは考えた。
「クロさん、あの…」
「ん、どうした?」
「昔のインカーネイション……ユイさんやクロさんがどんな風に戦っていたのか、もっと詳しく知りたいです。おしえてくれませんか?」
「…ふむ。勉強熱心だな」
感心したような声を出したクロは、チラリと台所の方を見て…軽く伸びをしつつ答えた。
「まあ、まだ焦るな。休憩の時はしっかり休め。…その話も、夕飯後にすることにしよう。勝つために、な」
チームインカーネイションとして過ごす、四人の夜はまだ長い。
勝つために、彼らは語り尽くす。
ナラユ
性別:女
ゲソの色:撫子色
好きな色:ピンク
初めてピンクが似合ってると言ってくれた人:リツコ
座右の銘:やるならば、徹底的に。