この小説もアレ系な設定だけ入れときました。
一応言っておくと、アレな展開にする気は全くありません。
怪しい描写はするやもしれませんが、健全な小説を目指しています。
人間の文明は、一万二千年前に全て滅んだ。
その事実を聞いただけで、正直今日の彼は限界だった。
思いっきりぶん殴られたような衝撃で頭がクラクラする。
視界が滲んでボヤける。息が苦しく、もう何も情報を得ることを体が拒否している。
傍の紙に震える字で、『すみませんが、きょうはどうかやすませてください』と書いて
目の前の火星人型生物(宇宙人は撤回)に伝えた。
あの生物は、『わかりました。またあした おうかがいします』という返事を書いた。
それを見た瞬間、彼は再びベッドに倒れこんだ。
意識が、闇に閉ざされていく。
こんなことになる前の、最後の晩のことを、夢にみた。
剣道部の練習でヘトヘトになった俺に、母さんは焼きそばを作って迎えてくれた。
また、俺より遥かに疲れた表情で帰ってきた父さんは、それでも笑顔で俺の誕生日プレゼントの話をした。
きっとびっくりするだろうから、期待してくれていいぞと、自信満々の笑みを見せてくれた。
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結局、俺の誕生日は来ることなく、父さんのプレゼントはこの手に届くことはなかった。
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無意識のうちに流れた涙が頬を濡らした感触で、目を覚ました彼が見たものは
最初に出会ったあの女性型生物の顔であった。
こちらが突然目を覚ましたことで、びっくりして仰け反った。
というか驚いたのは彼の方でもある。めっちゃ顔近かった。
そしてなぜか頬が赤く染まっていた。その理由は後に彼も知ることになる。
彼にとっては知りたくもないものだったが。
で、その顔を赤くした女性生物は何やらわちゃわちゃ言葉を残して足早に部屋を去ってった。
今一度部屋で一人になった彼は上体を起こす。体の方は普通に動く。心の方はボロボロである。
あんな目覚めを経験した以上、もはや夢だったんじゃないかと頬をつねることすら無駄だ。
(これから…どうなる?)
プニョプニョする頭に触れながら眉を顰める彼。
正直何も考えが浮かばない。というより考えるも何も、自分はこの世界について何も知らない。
おそらく、自分は天涯孤独の身。今こうしてここにいるのも一時的なものなんだろう。
自分の常識が通じるなら、この後は保護施設みたいなとこ行き?
いやいや、昨日のクラゲ型生物との軽い会話の内容から考えるに、
まだ俺の言うことを信用してくれるとは限らない。
向こうは、俺が人間の言葉を喋る理由を知りたがっていた。しかしかと言って、
それで「いやーじつはおれってにんげんなんですけど」なんて言って、信じてくれるか?
自分の常識が通じるなら、こういう奴は普通精神病院とかそういうとこへ…
なんだかお先真っ暗な想像しかできずに、彼は頭を抱える。プニプニの反発が手にかえってくる。
七分近くヌンヌン唸っていたが、やがてキッパリと顔を上げた。
─もう、なるようになれだ。
─自分は死んだと思うんだ。
─どんな目にあっても、死ぬよりマシだ。マシなんだ。
─どうなったって、構うもんか。
腕を組んでフンスッと口を結ぶが、その体は微妙に震えていた。
こうして(震えながら)覚悟を決めた彼の前で、ガチャリと扉が開いた。
中に入ってきたのはあの女性型生物と昨日の日本語が書けるクラゲ型生物。
はっと目が合ったので彼は軽く会釈する。
…が、この別生物達に頭を下げるこの行為が
挨拶のジェスチャーとして通じるか分からないと気づいたが、
幸運なことに二人の生物は特に戸惑いもなくスムーズに頭を下げた。
女性型生物がうんしょうんしょと机と椅子をベッドの隣に横付けし、
紙とペン二本をセッティング。
椅子に飛び乗ったクラゲ型生物(今日は白衣っぽい物を着ている)が、
昨日と同じくその一本の触手を器用に使い、紙に文字を書いた。
『おはよう ございます』
流石にもう、むやみに驚くようなことにはならない。
彼もゆっくりペンをとって、返事を書いた。
『おはようございます』
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それ以降の筆談は、比較的スムーズに進んだ。
とは言ってもやはり筆談は時間がかかる。
そして何より、交わし合いたい情報がお互いに多すぎた。
正直彼としては一刻も早くこの世界のイロハを教えて欲しかったのだが、
向こうとしても、何故彼が古代語の一部…つまり、日本語を喋れるのか知りたいらしい。
だから彼も「わかりました。できるかぎりこたえます」と返答した。
こんな状況で、下手に我を張ってもしょうがない。
彼らにとっては自分の方がイレギュラーな存在なのだから、自分は下手に出るべきだろう。
質問にも、とにかく全て正直に話すことにした。
こんな状況で黙秘したり嘘をついたりしたほうが余計エラいことになりそうだし、
第一この世界の住人が納得できるような嘘を吐く自身がない。
常識一つとっても何が違うのか分からないから当然である。
自分には、「人間」としてのハッキリとした記憶がある。
ただし、それ以外何も覚えていないし、分からない。
そう伝えると、「それは おどろきました」との返事がきた。
尤も、驚いているようには見えない。というか、顔部分に目しかないもんだから
感情表現が全くもってわからないのが困りものである。
そうしたらクラゲ生物は『それは おこまりでしょう ちからに なります』と書いてくれたので、彼は目を疑った。
『しんじてくれるのですか』と慌てて返事をしたら、
『もちろん です』と答えたので、正直(´;ω;`)ブワッっとなりかけた。
とりあえず、こちらの力になってくれるのであれば、その厚意に甘える他ない。
あとでいくらでも質問に答えるから、まず先にこちらから質問させてくださいと頼むと、
それにも快く応じてくれた。
なので、彼も遠慮なく質問を書き連ねた。とりあえず、目下知るべきことは
「一体彼ら(自分を含めて)はどういう生物なのか」と言ったことだ。
今考えてみれば、された側からしてみれば馬鹿馬鹿しい質問だったに違いない。
それでもクラゲ型生物君は丁寧に説明してくれた。
非常に驚いたことに、クラゲ型生物は本当に自分のことを「クラゲ」と名乗った。
太古に存在した同名の水生生物が長い年月で進化した存在が自分達の一族である、と。
まさかクラゲ型生物と揶揄していたが本当にクラゲの進化体だとは思わなんだ。
さらに、クラゲ型生物改めクラゲさんは教えてくれた。
海面上昇でごく僅かになった陸地には、水生生物から進化した
あらゆる種族たちが暮らしていると。
つまり彼らも立派な地球生まれ地球育ちの生き物だったというわけだ。
宇宙人扱いしてゴメンと思う彼。
しかし、そこで彼は疑問を思い浮かべた。
何を隠そうそれはこの世界で最初に出会った女性型生物や男性型生物のこと。
このクラゲさんは確かにクラゲの進化体と言われれば納得できるほど
クラゲの面影バリバリだが、あの女性型生物は、完璧な人型だ。
そりゃあ初見で宇宙人だと思っちゃうほどには人からかけ離れているが、
かと言って、水生生物の進化体と言われても首を捻らざるを得ない。
だがその瞬間のグッドタイミングで、クラゲさんが彼の疑問に先取りして答えた。
『かのじょのしゅぞくは このこだいごでかくなら
「いんくりんぐ」 われわれは 「いか」 とよんでいます』
いか…
イカ……?
烏賊!?
彼は、右側をみた。矢印型のスマホらしきものを弄っている女性生物を見た。
頭の中で自分のイメージするイカを思い浮かべる。
何一つ重ならない。
いやいや、と彼は首を振った。生命の進化の形態に口出しできるほど彼は進化論に詳しくない。
ここは無駄に疑問を呈したりせずスルーを決め込むのがお利口に違いないと彼は自らに言い聞かせた。
『ちなみに、じぶんは』
『かのじょと おなじ いか です すくなくとも みかけのうえでは』
はいそうですよね。ぷにぷに髪のお陰で鏡がなくても八割察しはついてましたとも。
現実を再確認した彼は再び頭痛を覚えた。
しかしもはやこれから先はこの程度で頭痛を覚えている暇は無いほどの驚きが待ち受けてるに違いないのだ。
世界の基礎の基礎くらいだろうか。とりあえず軽い現状確認はできた。
しかし、世界を知ればそれでいいという訳にはいかない。心配なのは、今後のことだ。
『ありがとうございます。とりあえず、しりたいことは、すこしりかいしました』と、彼は前置きした上で『しかしながら、ふあんです。じぶんには、なにもありません。どうやっていきていけばいいのか』と書いた。
正直、彼は結構ドキドキしてる。このクラゲさんには色々教えてこそもらっているが、
はたしてイカ一匹(一人?)の世話までしてくれるかどうか。
というか正直な話、なんだかここまで一応順調に進んではいる。いるのがちょっと怖い。
『塞翁が馬』『禍福は糾える縄の如し』を座右の銘(暫定)としている彼にとっては
そろそろ不幸が訪れてもおかしくないと身構えているのだ。
諺抜きにして真面目に考えても、普通の人間家庭基準でいえば、
いきなり現れた人一人を養うことをヨシとする家庭はなかなかないだろう。
ひょっとしたら、「しらねえよ どこかひとり たびにでも でろ」とか書かれるかもしれないのだ。
内心のガクブルを必死に押さえつけている間に書かれたクラゲの返事は、
「そのこと なのですが」と変に言葉を濁している。
「?」と首を傾げていると、急にクラゲさんはスマホを弄る女性生物改め女性イカに
水生生物言語(暫定呼び名)で話しかけた。
そのしばしの会話の間、「そういえば、クラゲやイカの間で言語の違いってないのかな…」などと彼は考えていた。
やがて、会話が終わったクラゲさんが、再びペンを手にとった。
『かのじょが このいえにすんでも いいと いってます』
え?
彼女?
彼は、右側をみた。女性イカはこちらを見た。綺麗な笑顔でサムズアップを返してきた。
あ、サムズアップもそういうジェスチャーとして定着してるのね。
いやいやいや、そうじゃなくて。
『い、いいのですか。その、ひとりふえるとせいかつひとか』
『そのぶんのかね であれば わたしが ふたんしても かまいません』
えっ。と一瞬思った彼だったが、クラゲさんの言葉には続きがあった。
『ただし じょうけんとしては ぜひあなたに てつだってほしい のです』
『わたしの こだいごの けんきゅうのため あなたから いろいろと こだいげんごについて おしえてほしいです』
『は はい! そのていどなら おやすいごようです!』
思わずビックリマークを付けてしまうほど慌てて返事を書く彼。初期に想定していた人体実験系に比べればなんて優遇処置なのだろう。日本語教えるだけで衣食住が保証されるとは。
…ん。待て。俺が心配しているのは果たしてそういうことだけなのか?
彼は、右側をみた。女性イカはこちらを見た。満面の笑みでピースサインを返してきた。
あ、ピースもそういうジェスチャーとして定着してるのね。
いやいやいや、そうじゃなくて。
『こういうことをきくのは しつれいかもしれませんが、』
『にんげんのせかいでは、その、だんせいとじょせいが、いっしょにくらすのは』
『かなり したしいなかでないと』
ちょっとしどろもどろな感じだが、とりあえずニュアンスは伝わったようだ。
これを見たクラゲさんは、30秒ほどペンを持ったまま動かなかった。不思議に思う彼をよそに、
クラゲさんはようやくゆっくりとペンを動かし始めた。
『つたえるべきか すこしまよいましたが』
なんか不穏な書き出しだと、彼は少々不安を覚えた。
『かのじょは あなたをきにいっているようです』
ん、俺を気にいる…? 会話すらまともにできていないんだが…。
『もっというなら かのじょは まちがいは おこさないと いってますが
しょうしょう あなたに こうふん しているように みえます』
はい…?
こうふん…?
あなたに、興奮…?
俺に、興奮?
「はああああああ!?」
何、何何何何何!? なんだよ興奮って!? なに!? そういう気に入ってる!?
女から男にそんな感情あるの!?
しかも「間違いは起こさない」ってなんだよ!? 余計に怖いわ!
間違いが起こりかねないの!?
…いやいやいや。落ち着け俺。と彼はかぶりを振った。
意味深な書き方のせいで勝手にそっち方面だと思い込んでいたが、
そう決めつけるのは早計である。
これはきっと水生生物同士の隠語みたいなものに違いない。
きっと興奮ってのはまた別の意味を表すに違いないんだ。
『あの……その こうふん というのは どういうこうふんなのですか?』
『そっちょくにいえば せいてきな こうふんです』
_人人人人人人人人人人人人_
>せいてきな こうふんです<
 ̄YYYYYYYYYYYY ̄
この瞬間、彼の座右の銘に『知らぬが仏』という諺が追加された。
もう俺、あの女性イカを直視できない。
女性から性的な興奮を得られてしまうなんて、男からすれば大半の場合ご褒美みたいなもんだが、
残念ながら俺が性的興奮を向けられているのは女性の「イカ」なのだ。
正直不気味でしょうがない。
震える腕を奮い起こし、彼は文字を書く。毒を食らわば皿までと、真実を知るべく。
『こういうことは、めずらしくないのですか…?』
『われわれくらげは せいべつがそんざいしないので りかいしがたいのですが
いかたちは きほんてきに せいにかんしては おおらか だといわれてます』
大らかすぎない!? 初対面の人(イカ)に性的興奮を覚えるって!?
大らかどころか性教育不足だよ!
『きほんてきには だんじょのかっぷるですが おとこどうしや
おんなどうしの かっぷるも めずらしくない らしいです』
あーそーですか。それ、凄くいいことだと思います。俺にとって以外は。
この世界において、大事な掟を一つ学ぶことができたようだ。
それは『下半身大事に』ということだ。
クラゲさんは続けて紙に『ほかに ききたいことは ありますか』と書いた。
彼は死んだ目をしながらも、とりあえず『いまはいいです』とだけ返事をした。
とにかく、少々危険な世界ではあるものの。生活の心配はしなくてもよいことが明らかになった。
この世界を、俺はどう生きていこう。何を目標にしよう。
元の世界へ帰ること? どうやって?
タイムマシンでもあれば、帰れるかもしれない。果たしてあるのか?
無いとは言い切れない。しかしそこまで考えて首を振った。
大体、タイムマシンなんて出来ていたら
目の前のクラゲさんが古代語の解読のために俺を必要とするわけがない。
ということは、基本的に元の世界へ帰るのは諦めたほうが良いという訳である。
未練は山ほどある。だけれども、ここまで絶望的な状況を見せつけられたら、
もういっそ開き直りかけてる。その代わり、彼にはとある意地が生まれた。
─生きてやる。
──もうこうなったら、何が何でも生きてやるのだ。
───元の世界で生きれなかった分、いや、その倍以上の時間を、生きてやる。
────何があったって、死ぬもんか。絶対。
腕を組んでフンスッと口を結ぶ。もう、体は震えていなかった。
そんな彼を前に、クラゲさんは『そうですか それでは こちらのしつもんを
さいかいしていいですか』と聞いてきた。
ああそういえば、本来クラゲさんの質問のターンだったと思いながら、『はい』と書いた。
『とても だいじなことを きいてませんでした』
『あなたの おなまえは なんですか』
『おれのなまえは、やまうち そうや おれのことばできちんとかくなら、山内 聡也 です』
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天国のお父さん、お母さん。
俺は、なんとしてでも生きます。イカとしてでも。
だから、もうちょっと待ってて欲しいんです。
もう1万年以上も待たせちゃってるけど、本当にごめんなさい。
ただ心配なのは、俺が天国に行くときは、人間に戻れるのでしょうか。