イカの惑星   作:り け ん

3 / 17
もうちょっと言語習得シーンとかの詳しい描写したかったよ。
誰かイカ語の辞書をくれ。


改行が雑で読みにくいかも知れません。
ご了承ください。


イカの世界と苦難 ブキ開発編
烏賊 日常


目が覚めた。

寝起きは非常に頭がクラクラぼんやりする。

が、なんとか気力を振り絞り頭を二、三回振れさえすればスッキリ目が醒める。

そのスッキリした頭のまま、耳を澄ます。彼女はまだ起きていないようだ。

彼と彼女は起きる時間が大体一緒だ。きっと彼女もすぐ起きてくるに違いない。

 

 

 

しかし、正直彼女に構っている暇はない。

一度構ったらその構いが終わるのはいつになるのやら。

 

 

 

頭の『ゲソ』を後ろに纏め、とりあえず部屋を出れば、そこはリビング。結構広い。

毎度の習慣として、心の中で軽く感謝をしてから冷蔵庫を開ける。

小さなチョコパンと野菜ジュースだけ頂いて部屋に戻る。

 

そうして頂いた朝飯を食べながら、勉強机にてテキストと音楽プレイヤー、

それにヘッドホンを引き出しから取り出す。

このテキストも残り二割だ。文字の方はまだいいがこっちは…。

 

苦手なのは確かだが、自分には今更嫌だとワガママ言える立場ではない。

彼は無言でヘッドホンを装着し、音楽プレイヤーをセット。彼が『人間』であったころは、

どちらかといえばイヤホン派なのだが、『この世界』ではヘッドホンが全体的に人気らしい。

そして、彼はイヤホンを買ってくれと言える立場でもないことは自覚している。

 

 

 

そして、彼の日課が始まった。

軽い朝飯を食べながら、耳から流れる言葉を必死で脳内で分解し、理解する。

そして同時にテキストに眼を走らせる。

 

 

 

聞き取れなかった部分を何度もプレイヤーでリピートしたり、

時々テキストにペンを走らせること1時間30分後。

お隣の部屋から悲鳴が聞こえた。

 

 

ああそう言えば起きるの遅かったなと彼が思うのと同時に、

ドッテンバッタンガッチャンと大慌ての音がヘッドホンを超えて輪唱する。

 

 

今なんか割れ物落とさなかったかと、流石に心配になった彼は勉強を一時中断。

ドアを開けて部屋を出た先で彼が見たものは、寝間着のまま裸足をコップの破片から守りつつ散らばった『ギア』をなんとか集めようと奮闘している彼女の姿だった。

 

 

 

「って、ちょっと危ないですからっ! 俺がやるんで下がっててください!」

 

 

彼は慌ててリビングの端からミニ箒とチリトリを持って駆けつける。

 

 

「あ〜ゴメン〜! ありがとう『ソウ』君! あ、そのパイロットゴーグル取って!」

 

「え? パイ…? あ、いやゴーグル…はいはい、これですね? ていうかまずちゃんと着替えるのが先でしょ! ここはかたしておきますから!」

 

「ほんっとにゴメンね! あ〜もう今日こそはチョウザメエリアのリベンジしようと思ったのに! 時間終わっちゃう!」

 

 

悲鳴が聞こえた時から大体予想はしていたがやはり寝坊だったようだ。パタパタと自室に戻る彼女を見て、起こしてあげればよかったかなと、『ソウ』は破片を掃除しながら少々罪悪感を覚えた。

そして流石の早着替えと言うべきか、ものの二分で身支度を整えた彼女が部屋から飛び出してきた。

『ソウ』が彼女の早着替えを知っていなかったら、彼女は彼が片付け損ねた破片を踏む羽目になっていたかもしれないが、

それを予測した彼の手際のいい片付けによってなんとか悲劇はまぬがれた。

 

 

「じゃ、じゃあ『ユイ』行ってくるから! 夕方にはちゃんと帰ってくるからねー!」

 

「はいはい。行ってらっしゃいー」

 

 

ドタバタしてた喧騒も、彼女が扉を開けて飛び出していったことで収まったようだ。

破片をゴミ袋に収めて一息つくと、もうさっきまでが嘘のように静まり返った家に戻る。

彼にとっては、この家の状態が一番慣れており、長く過ごした時間である。

 

 

最後に、彼女が閉め忘れていったドアの鍵を内側から閉め、

もう一度ぐるりとリビングを確認してから、『ソウ』は自室へ勉強をしに戻っていった。

 

 

 

冷蔵庫の側面に貼ってあるカレンダーが指す日付は、9月19日。

彼がこの世界で目覚めてから、ちょうど三ヶ月が経過していた。

 

 

*

*

*

*

*

*

*

*

*

*

*

*

 

 

彼はこの三ヶ月、文字通りこの家に缶詰状態だった。

といっても、周辺の人物からそれを強要されたわけではなく、あくまで彼の意志で、である。

 

何が何でもこの世界で生き延びてやる、と決意した彼がまず始めようと思いたったのは、この世界の言語勉強である。

もはや元の世界へ帰る方法など微塵も思い浮かばない身。時間なんて山ほどある。

勉強は苦手。かつての英語の成績も正直良いとは言えぬものであったが、この世界においてそんな弱気は吐いていられない。

 

 

そんなわけで、この世界の良き理解者である古代言語学者クラゲさんやこの家の持ち主である女性イカ…『ユイ』の協力も得て、彼の挑戦が始まった。

子供用から学生用までの…日本語で言うならば『国語』の教科書をタダで調達してもらったり、イカの言葉はイカに学ぶのが一番であると、ユイにわざわざ会話練習に付き合ってもらったり…。

もちろんクラゲさんとした約束の通り、合間合間を縫って日本語──主に漢字や文法──を逆にクラゲさんに教えたりしていた。

 

 

未知なる言語のお勉強。いかに辛く険しい道であろうことは彼も重々承知していた。

…だが、意外なことに、彼が想像していたよりあまり大変ではなかった。

 

 

その理由の一つに、このイカ言語がかなり英語や日本語に『似ていた』というのが理由の一つにある。

明らかに日本語のカタカナらしき字や英単語らしき文字があり*1、大抵それらの意味は実際に人間世界の意味と同じだったりすることが多々あるのだ。

 

無論、あくまで『似ている』というだけであり、この特徴に気づくまではかなり解読と理解に時間を費やしたものだ。

しかし一度特徴を覚えてしまうことによって、文字学習の時間はかなり短縮された。

筆談ならば、普通のイカとも会話できるレベルまですでに到達済みだ。

 

 

しかし現実、そうそう上手くはいかぬものである。

確かに文法、文字はほとんど問題なかった。問題があったのは発音・会話である。

 

 

とにかく聞き取りにくい、喋りにくい。

どうも平均的に喋るスピードが日本語よりも早く、しかも一語一語の区切りが非常に分かりづらい。

どうやらこのやたら刹那的な発音がイカ族の特徴のようだ。

 

 

この三ヶ月間の勉強のうち、六割は発音・会話・リスニングの勉強時間と言ってもいい。

とにかくイカ族言語を聞きまくり、自分で脳内翻訳をノートに書き、答え合わせ。

合間を縫ってユイとも積極的に会話練習。ご飯を食べながらでも、発音やアクセントの訂正は続く。

最終的には静かな空間においてもイカ言語の幻聴が聞こえる副作用こそあったものの、

今現在においては、同居人との会話は支障なくできる程には進歩を見せている。

 

 

そんなイカとの同化勉強を続けていく中、その勉強以外にもう一つ。彼が欠かさず行っていることがある。

毎日の日記。それも日本語で、である。

 

 

彼は、人間の世界へ帰ることを既に諦めている。

しかし、彼はどうしても人間であることを諦められなかった。

 

 

 

この世界においては、イカとしての名前である『ソウ』を名乗っている。

それでも彼は、自分が『山内 聡也』であることを忘れたくなかった。

 

 

もし、自分の母国語を忘れる気持ちで勉強に打ち込めば、もっと早くイカ語を覚えられたかもしれない。

でも、でも、それでも。

 

 

 

俺は、人間でいたい。

例え今はイカでも、俺は、人間を、忘れたくはない。

 

 

 

 

*

*

*

*

*

*

*

*

*

*

*

*

 

 

 

 

夕方には帰ってくると言ったユイだが、空に星が瞬き始めても、彼女は未だ帰ってきていない。

もっとも、彼女が夕方に帰ると言って実際に有言実行する確率はせいぜい四割程度だ。

 

日が沈んだ後に「ごめーん! ついついバトルやりすぎちゃったー!」という軽い謝罪と共に

帰宅することが大半なので、多少遅くても彼は気にしない。

 

 

 

「…それにしても、遅くね?」

 

 

 

時計の針が示す時間は、夜の10時。これ以上夕飯を待っていたら夜食になってしまう。

いや、問題なのはご飯よりも彼女の方だ。今までどんなに遅くても8時より遅くなったことはなかったのに。

ひょっとして、事件か何かに巻き込まれたんじゃないだろうか…。

 

 

不安を覚えて探しに行こうかとも一瞬考えたが、すぐに脳内で却下する。

三ヶ月ずっと缶詰で、外の景色すら知らない自分がどうやって探しに行くのか。

一応イカ語は使えるから、手当たり次第にそこらのイカに頼むという手も無くないが、

ちょっとばかりリスクが高い。引きこもりかつイカ歴三ヶ月の元人間には正直キツい。

 

もはや自分が心配したところでできることはなさそうだ。

今はただ、無事に帰ってくることを祈るしかない。

とりあえず、こんな時間では彼女の夕飯を期待するのはやめておくべきだ。

冷凍食品ならいくつかあった。今日はそれを食べて…と考えて席を立ったその瞬間に、ドアの開く音が。

 

 

「あ、お帰りなさい」

 

 

ドアの方へ視線を向けると、確かにユイは帰ってきていた。

ただし、やっぱりと言うべきか普通に帰ってきている訳ではなかった。

 

 

「…て、あれ。『クロ』さん?」

 

「……ソウか。久しぶり、だな」

 

 

玄関にいたのはもう一人、少し色黒で鋭い目を持つイカ、『クロ』である。

そう、初めてこの世界に来たあの日。ユイと共にいたイカの一人だ。

後で聞いた話によると、古代言語学者のクラゲさんを連れてくるのを提案したのもクロらしい。

 

 

久しぶりという言の通り、この三ヶ月の間クロと会った回数は片手で足りるほどだ。

それでも来た日には彼の会話練習を一日中手伝ってくれたりと、大いに助けてもらっている。

口調はぶっきらぼうだが、発音やアクセントの教え方も優しく丁寧だ。

 

どうやらユイとはちょっとした付き合いらしいのだが、ユイ曰く最近は非常に付き合いが悪く

探してもどこ行ったか分からないしもうー!とか言ってプンプンしていたのを覚えている。

 

ユイは怒っていても、ソウにとってクロというイカは口数が少ないながらも、優しいイカだという印象だった。

 

 

玄関に現れたそのクロの肩に寄りかかって、だらりとなっているのは…ユイであった。

 

 

「え? あ、あれ! ユイさんどうしたんですか!?」

 

 

まさか本当によからぬ事件にあったのかと思い、慌てて近寄った。

すると、「ヒック」というしゃっくりの音が。

 

 

 

「…え?」

 

「………うぃぃ………ヒックゥ……」

 

 

 

顔が赤い。それにこの変な匂いに、だらしない顔。

…まさか。

 

 

 

「ユイが酔い潰れていたものでな……一人では帰れんだろうから、連れてきておいた」

 

「あ、そ、それはどうも……」

 

 

 

まさかの酒飲みが原因であった。心配してソンした。と彼は独り言ちた。

それにしても、見た目が子供向けアニメキャラクター的だったもので、てっきり勘違いしていたが

もしかするとユイはもう酒が飲める年齢なのかもしれない。

…聞くには少し勇気が必要であるが。

 

 

「うぁ〜…にゃ〜にがじゃ〜んとホコ持てぇだあ……

こちとら好きでぇ持ってると思うにゃよう…!」

 

「…とりあえず、このアホをベッドに寝かせておく」

 

「あっ、はい」

 

 

さらっとアホ呼ばわりする辺り、それほど親密と言うべきか、それとも案外毒舌というべきか。

いつもより三割くらい低い呂律の回らない声を漏らすユイを背負いながら、クロがユイの私室へ運んでいく。

…酔い止め薬とかないのかな、と薬入れの棚を探してみるが、それっぽいものは見当たらない。

クロはすぐに部屋から出てきた。

 

 

「あ、あの…大丈夫なんですか?」

 

「自業自得だ。酒に弱いくせにあんなに飲んで…二日酔いくらいがいい罰みたいなものだろう。

もし声が響いてうるさいようだったら、そこらの布で猿轡にでもしとけばいい」

 

「い、いや流石にそこまでは…」

 

 

猿轡て。どうしてこのイカはユイにやたら厳しいのだろうか。

しかし、もし嫌っているのであればわざわざ酔い潰れているところを家まで運んではこないだろう。

この二人の関係性は、自分が思うより複雑怪奇なのかもしれない。

 

 

 

「…それと、軽い飯を買ったからここに置いておく。もしもう夕飯を済ませていたら、明日の朝飯にでもしてくれ」

 

「は、はい。あ、ありがとうございます!」

 

 

 

まさか、ご飯まで買ってくれているとは思わなかった。

思わずピシッと固くなって頭を下げると、手をさっと挙げて家から去っていった。

去り方まで妙にクールだ。

 

 

 

机の上に置かれていたビニール袋からおにぎりを取り出してモグモグ。

シャケチーズというなんとも微妙な味わいのおにぎりを咀嚼しながら、ちらりとユイの部屋へ視線を向ける。

元高校生には二日酔いの辛さは分からないが、聞く限りだと相当な苦しみのはず。

大丈夫かな、と心配してのことだったが…

 

 

 

 

「あの野郎〜! 今度スライドぶちゅけて無理矢理にでもホコ持たせてぇやろうがあ〜!」

 

 

 

 

 

…マジで猿轡をつけようかなと、心の隅で検討し始めるソウであった。

 

 

 

 

*

*

*

*

*

*

*

*

*

*

*

*

 

 

 

 

 

次の日。

ソウは昨日より少々遅い時間に目を覚ました。

頭を振って目を醒ます儀式を行って思い出した。そういえばユイが二日酔いで苦しんでいるはずだと。

流石に昨日猿轡させるのは良心が咎めたが(代わりにソウの睡眠時間が1時間ほど犠牲になった)

それ抜きにしても、きっと今頃ヌンヌン唸っているに違いないと今日の勉強はとりあえず後回しで、

彼女の部屋を見に行こうと立ち上がる。

しかし、リビングの扉を開けると…

 

 

 

 

「あっ! おっはよー! ソウ君! 爽やかな朝だねー!」

 

 

「…おはよう」

 

 

 

そこでは冷蔵庫から朝飯の材料を取り出しているユイの姿が!

さらに昨日ユイと夕飯をこの家に運んでくれたクロの姿が!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あっれー?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? あ、お、おはようございます…っていうか、ユイさん大丈夫なんですか?」

 

 

 

うん、まず疑問を順番に解決しよう。ソウは早速尋ねることにする。

二日酔いって朝起きてすぐ回復するものなの?ていうか実はユイさん酒強い?

あれ、でも昨日クロさんは『酒に弱い』って…?

 

 

 

「いやー、実は昨日夜中一回起きてね。流石にベッドから出れなかったんだけど、

枕元に薬と水が置いてあってさ。 多分それ飲んだお陰だよ。クロ君、ありがとうねっ!」

 

 

「……ああ」

 

 

 

ああなるほど、クロさんが酔いの薬を…それのお陰で二日酔いせずに…

ってあれ、クロさん確か『二日酔いくらいがいい罰みたいなもの』って言ってた気がするんだけど…

 

 

首を傾げてソウがクロへ視線を流す。その視線を受けたクロが視線をソウに返す。

その視線の具体的な意味は分かりかねたが、とりあえずそのことについて言及するのは控えることにした。

きっと何か重大な何かがあったんだろう、何か。

 

で、次の疑問。

 

 

 

「で、クロさんは今日、どうして……」

 

「…呼ばれた」

 

 

 

黒い半袖に、何かの競技用みたいな手袋をはめたクロの一言で、大体理解した。この家にクロを呼ぶイカなんて、一人しかいない。

というか昨日は酔って寝ていたはずだから、まさか朝っぱらから電話して呼んだのか。

そしてクロさんはそれに律儀に応じて朝からこうして家に来たのか。

今までほとんどこの家には来ないほど、忙しそうだったあのクロさんが。

 

 

…やっぱりこの二人、思った以上に親密なのかもしれない。

 

 

 

「そうそう! 今日、ユイたちは重大な決議を行うべく、こうして集まったのであります!」

 

 

芝居かかった口調と共に、ユイはテーブルにご飯やら卵焼きやらサラダやらを滑り込ませる。

とりあえずいつものように感謝の気持ちを心で唱え、もちろん口でも「いただきます」は忘れず、箸に手を伸ばす。

 

 

しかし、さっきユイが言った「重大な決議」とやらが気になって、手に持った箸が止まる。

たった三人の集まりで少々大げさな響きに聞こえるが、よくよく考えたらここに自分が呼ばれている時点で

おそらく自分絡みの「重大な決議」に違いない。そう思うと、気になって仕方がない。

 

 

まさか今更この家から出てけ、とかではないだろう…とは思える程度には、

彼の楽観的思考感は回復している。

しかし、ならばどういう話なのかと言われると、予想がつかない。

 

 

 

ソウはユイに視線を向ける。その視線を受けたユイはにっこりと微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その決議とは! つまり! 我らがチーム、『インカーネイション』復活の決定でございますっ!」

 

「……え?」

 

「……」

 

 

 

間抜けな声が出てしまうソウ。一方クロは特に驚いた様子もなく、ただ小さくため息をついただけである。

 

 

 

「はいっ。じゃーチーム、インカーネイションの再結成に賛成の人ー! はーい!」

 

「え…えっと…」

 

「……」

 

 

これは果たして、手を挙げるべきなのであろうか。

しかしクロは視線を逸らして動かない。え、これはユイかクロかどっちに追従すべきなのか。

 

 

そんなソウの葛藤をよそに、ユイは一通りぐるりと周囲を見渡すと、満足そうに頷いた。

 

 

 

「よしっ! 賛成半数により、インカーネイション再結成、ここに決定ー!」

 

 

「…え、え、ええ?」

 

「……」

 

 

 

一体どういうことなのか。軽くツッコミどころが二つも増えた。

イエーイとクルクル回るユイを遠目に、クロが小声でソウに補足する。

 

 

 

「あいつの脳内では、常に自分自身が二票分だからな。チームリーダー権限とやらで」

 

「いや、あの…半数で可決って…俺ら二人が反対したらどうするんですか…?」

 

「票が同数の場合は、チームリーダー権限とやらであいつの票が入っている意見が優先されるとのことだ」

 

「は、はあ…」

 

 

 

マジかよチームリーダー権限すげえ。

…ていうか、ちょっと待って。

 

 

 

「あのう…チームって、何のチームなんですか?」

 

「え? そりゃあもう、チームって言ったら、それはもう『ナワバリバトル』のチームのことに決まってるんだよー!」

 

「バトル……って、ひょっとしてユイさんが毎朝行ってるやつ…?」

 

「そうそう、それ!」

 

 

 

 

 

 

 

ナワバリバトル。それについて、ソウはあまり詳しくない。

知っていることと言えば、ユイが毎日出かけて行うイカ世界のスポーツみたいなものということくらい。

文章問題の例文にもちょくちょく出ていた記憶がある。

ユイはバトルの話を夕飯時によくするが、八割専門用語らしき言葉なので、正直右から左に聞き流していた。

テレビでもよくやっているらしいが、ソウは本当に部屋に籠って勉強づくしだったので、

試合の様子も一切見たことないし、もちろんルールも全くの門外漢。

 

 

「えっと…まさかとは思うんですけど……俺、に?」

 

「そのとーり! 君こそが、ユイたちの希望! 三人目のホープなのですよ!」

 

 

ふんすっと腰に手を当てて偉そうである。さすがチームリーダーを名乗るだけはあるが…

 

 

「い、いやいやいや! ちょっと待ってくださいよ! そんな、いきなりスポーツのチームに入れなんて言われても…」

 

「ダイジョーブダイジョーブ! そんな難しいものじゃないし、すぐ慣れるって! 何より、ユイたちがついている!」

 

 

とても昨日酔い潰れてたとは思えないハイテンションで胸をはるユイ。

いや、そんな。と反論しようとしたが、うまく口が動かない。

 

 

正直、自分としては拒否したい。

まさか前世の剣道経験が役立つスポーツとも思えないし、

転んでボロボロ恥かき笑われ迷惑バリバリな気しかしない。

だが、果たしてそんなに素直に断れるか…何より、ユイには衣食住の恩があるのだ。

でも今君ニートだよね? とか言われたら、反論の言葉を失ってしまう。

 

 

それに…ユイだって、俺の…『ソウ』の事情は知っているはずである。

あの古代言語学者クラゲさんと話し合った結果、真偽はどうあれとりあえず

『前世の記憶を持つが、その代わりそれ以外の記憶を失ったイカ』という扱いになっている。

昨日のことのように思い出せるほど、はっきりとした覚えがある自分としては、

これが前世の記憶だなんて言われても正直納得はできない。

が、これは他のイカを納得させるための方便のようなものなので、それは今はどうでもいい。

 

 

そして、ユイは少々抜けているところがないとは言えないが、バカではないと思う。

記憶喪失である自分をわざわざ誘ったということは、そこには何か考えがあるのかもしれない。

 

 

 

…ないかもしれないと言われると、否定できないところが怖い。

 

 

 

その真偽を測りかねて思わず向かった視線の先は、とりあえずユイよりは信憑性の高そうなクロさん。クロは、ちらりとソウの方へ目を向けると、小さく自分の考えを口にした。

 

 

「…まあ、どのチームに入るか否かということは一旦置いておくにしても…だ。

バトルを経験すること自体は、悪くない選択肢だと、俺は思う」

 

 

「そ…そうなんですか?」

 

 

その疑問に、クロは体をソウの方に向けて説明する。

 

 

「さっき、お前はバトルのことを『スポーツ』と例えたが、それは半分正しく、半分違う。

…とは言っても、どういうジャンルかと言われれば、少々説明に困る…が、

あえて言うならば『お金がもらえる遊び』と言ったところか…」

 

「…遊び……?」

 

 

 

首を捻るソウに、クロは頷いて話を続ける。

 

 

 

「…確かにある程度の熟練者や、バトルのルールによっては、そこで行われる試合は真剣な戦い。つまりはスポーツのようなものだ。だがまた他のルールによっては、全くバトルを経験したことのない初心者同士でも、楽しく遊べるものもある」

 

「……な、なるほど…」

 

「…例え負けたとしても、初心者同士の遊びでケチをつけるやつなんていない。そして勝てればお金も手に入る。…合うか合わないかは、とりあえず一度体験してから…というのも悪くないと思う」

 

「う、うーん…」

 

 

 

なんというか、話を聞く限りでは自分が思ったよりも気楽なもののようだ。

…なんだろう。唐突にユイに言われたら不安でしかないのに、クロの倫理的説明を聞くと

なんかやってもいいかもしれないって気になってくる。当然と言えば当然だが。

 

 

 

「そして、将来は我がインカーネイションのニューエースに…」

 

「それは置いておけ」

 

 

ピシャリとクロに止められ、頰を膨らませブーたれるユイ。

しかし、気分高揚のユイは一瞬で気を切り替えると、バッとソウの手を取った。

 

 

「と、いうーわけで! ささ、早速ユイと一緒にナワバリでも…」

 

「ちょっと待て」

 

 

気を取り直したユイのアプローチも、いつの間にかユイの後ろに回り込んでいたクロの横槍が入る。二度目の邪魔に、ユイの顔が半分般若のようになる。

ちなみに、ソウの気持ちとしてはもうちょっと思考の猶予が欲しいなあと思っていたところのなので、気持ち的にはクロ寄りである。

 

 

「もう! クロ君ったらいちいち邪魔しないでよー!」

 

「…お前は少し、頭を働かせろ。ソウは、記憶喪失なんだぞ」

 

「そんなの知ってるよー! 記憶喪失でも糖質でも、まずはやってみてこそでしょー!」

 

 

ワーワー騒ぐユイを片手で押さえつけたクロがソウの方へ向き直った。

 

 

「で……ソウは、『イカ状態』になれるのか?」

 

「……はい?」

 

 

ソウは、その時聞き間違いだと思った。

もう一度言ってくれるようにお願いすること2回。だが、何度聞いても同じようにしか聞き取れない。

 

 

「あのう……『イカ状態』って、言いました?」

 

「…やはり、知らないのか」

 

「は…はい……多分」

 

 

向こうの方ではユイが「えー? 嘘でしょ?」とか言っている。

しかしソウからすれば、こっちの方が嘘と言いたい気持ちである。

何だよ『イカ状態』って。そもそも俺たちが既にイカなのではなかったのか?

イカがイカ状態になるって…?

 

 

と、その瞬間。ぽちゃんという、この場では到底聞こえないような音が

聞こえたと同時に、クロの姿が消えた。

 

 

「……え?」

 

 

「………こういう、ことだ」

 

 

姿は見えねど、クロの声が…聞こえた。

声が聞こえた場所…足元には……『イカ』がいた。

 

 

 

いや、厳密には。まるで水棲生物、『イカ』をアニメ風にデフォルメしたような、

可愛らしいとも不気味とも言える『イカ』のような生き物が、足元でソウを見上げていた。

 

 

「っっっっっ!!!???!???」

 

 

 

びっくりした。びっくりしすぎて椅子から転がり落ちた。

そして、ソウは床に頭を強打した。

 

 

 

 

「きゃー! ソ、ソウ君!?」

 

 

慌ててソウに駆け寄ったユイ。

クロもまた『イカ状態』を解除して『ヒト状態』に戻ると、ソウに近づく。

 

 

脱力したソウの体を抱えて死んじゃいやあとわんわん喚くユイをスルーし、クロは状態を確認する。

 

 

「…気絶しているだけだ。まさかあれほど驚くとは思わなかった…..悪いことをした」

 

「ほ、本当だよ……イカ状態を知らないなんて…そんなことあるの?」

 

「それが『記憶喪失』ってものだろう。…ナワバリをやらせるにしても、イカ潜伏無しは流石にきつい。教えるならそこからだ。…いや、とりあえず今はその話はいい。念のため、医者に見せる。ユイ、総合病院の方に連絡入れとけ」

 

「え、あ、うん……」

 

 

さしものユイも真面目なテンションになって、トテテと電話の方にかけていく。

クロは、未だ目を回しているソウの容体を軽く確認した後、昨日のユイのように、よっこらせと背中にソウを背負った。

 

 

*1
『カ』『マ』や『RADIO』に似た文字が実際のゲーム内において確認されている。




ソウ

性別:男
ゲソの色:水色
誕生日:11月20日
座右の銘:一撃必殺
イカになってよかったなと思う時:餅が上手く嚙み切れるようになっていた時


ソウを除く各イカの名前にはきちんと由来があります。
死ぬほど暇な時だけ予想ごっこしましょう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。