カンブリアームズ。
それは、ナワバリバトル総合本部から唯一公認を受けている武器メーカー。
バトルで許されるブキはこのメーカーのモノのみ。バトルを嗜むものなら必ずお世話になる
イカ達にとって馴染み深い名前であるのだ。
「じゃがのう……実は今、ブキ開発サポートの人員がちょいと不足しておるのじゃ」
「そう、なんですか?」
オーソドックスな味噌ラーメンを啜りながら、
十分ほど前に出会った老人口調で喋るイカ…スイトは、重い溜息をついた。
深刻そうな顔を横目に、ソウも目の前の醤油ラーメンを一口。
人間世界のものとほぼ変わらないその味に、懐かしみを覚えた。
ちなみにソウ横の席では、ユイがタワーのごとくデコレーションされたラーメンを前にはしゃぎながら写真をとっている。スイトが三人と一緒に話すついでにお昼も奢ってくれるという話を受け、ユイの機嫌は先ほどと一転してしまっているようだ。
「ふむ…ちなみに、そのブキ開発サポートには今何人が所属しているんだ?」
スイトの隣の席で中華そばを啜っていたクロが疑問を呈した。
「実はのう…現在はワシ一人なんじゃよ」
「ええっ。あの…それって、ちょいと不足どころじゃないんじゃ…」
「ふぉふぉ、そうかもしれんのう」
朗らかに笑うが、それは笑い事なのだろうか。
最初に聞いた印象からすると、マクドナルドとかユニクロとかの
超大手有名企業と同じくらい大きなものだと思っていたのだが…。
そんな会社が開発部の人員一人しかいないとか、にわかには信じがたいものである。
「…では、なぜソウの名前を知っていた?」
「なあに、本に載っておったからの。偶然知っただけじゃよ」
「え、え、えええ! 本!? 何、俺本に載っているんですか!?」
「クラゲ系雑誌じゃからな。イカの中ではあまり読まれんよ。
まあ、ワシは暇な時よく嗜むがのう」
さらなるクロの疑問の答えに、ソウは驚愕した。
確かにクラゲさんは資料用と称してソウの書いた日本語をよく写真に撮ってた。
その際、カメラがこっちに向いている気がしなくもなかったが、
まさか俺を撮る必要なんてあるまいと思い、無視していた。
しかしよくよく考えたら、「前世の記憶を持ち、かつ過去の出来事を記憶し、文明が滅んだ古代の文字を完璧に再現する男」なんて、日本基準で考えても記事にならない方がおかしいではないか。完全に油断していた。
まさか変なこと書かれていないだろうな。
今すぐラーメン屋飛び出して自分が載ってる本を片っ端から確認したい
衝動に襲われるソウだったが、なんとか自制の念を働かせた。
その横でクロが無言のまま、胸の内でその雑誌の検索と購入を検討しているのをソウが知る余地はなかった。
「前世の記憶を持つイカ……クラゲの中では、信じなかったり、批判する者もいるようじゃがのう。少なくともわしは、君の言葉や論理について考えてみても、信用に値すると思ったのじゃ。
そして、そんな君だからこそ、是非開発サポートとを手伝って欲しいと思ったから声を掛けた、というわけじゃ」
「…は、はあ……でも正直、開発とかそういうのは経験なくて……」
「心配なのは分かるが、安心せい。難しい仕事ではないからのう。
この仕事に必要なのは若さくらいじゃわい。ほっほっほ」
笑うスイトだが、その際さっき食べたラーメンが気管に入ったのかゴホゴホ咽せている。
大丈夫だろうか。
ソウが心配して背中をさすっている時、ようやく写真に満足したらしいユイが派手な色のラーメンを啜りながらスイトの言葉に突っ込んだ。
「ちょっとちょっと。なーにが「若さ」よ! ジジくさい言葉遣いして誤魔化そうったってそーはいかないんだからね! 若さだなんてあんたがいれば充分でしょ! ソウ君まで連れていくこたないでしょ!」
どうやらスイトがカンブリアームズの者だと知っても、ソウを連れていかれるのはいい気がしないらしい。確かに最初っからソウにチーム指南をする気満々だったから、その時間が減るのは好ましくないのはわかる。
ただ、敵愾心満々のユイの言葉に対し、スイトは笑いを堪えるのが大変といった様子だった。
「おお、そういえばまだ話しておらんかったのう。
実はの、わしは先日68回目の誕生日を迎えたばかりでな」
「は、あ、ああっ!?」
「っ!? ゴホッ……」
「ぶふっ! かっごほってええっ!?」
衝撃の事実を聞いたユイは素っ頓狂な声を上げたが、その時運悪くラーメンを食していたクロとソウは思わず口のラーメンを丼に戻す羽目になった。周りに吹き出してしまわなかっただけ幸運かもしれない。
というより普段寡黙なクロですらラーメン吹き出すくらい驚いたということは、やはり一応自分の感性は正しかったのだとソウはほんのちょびっとだけ安心感を覚えた。
男二人が咽せながら口元を拭き、ユイは信じられないという顔で固まっている。
その様子を見てスイトはますますニヤニヤ笑いを深める。
「疑うなら、いくらでも証拠は残っとるぞ。マイイカカードに保険証に年金手帳に運転免許証…はこの間返納したから無いがのう。ほっほっほ」
ずらずらとどこからか証明書を掲げてみせるスイト。他はともかく年金手帳なんかを持ち運んでいたり、こうして反応を楽しそうにみている辺り、年齢を言い忘れていたことを含めて確信犯(誤用的意味)だったのではないかと疑うソウ。
「ば、ば、ば、バカ言ってんじゃないわよ! そんな見た目でどこが68歳よっ!」
「そんな驚かんでも。ただ単にわしの趣味の一つが若作りだった。それだけのことじゃ。まあ少々やりすぎたお陰で、かかりつけの医者からは『寿命が20年近く縮んでいる』とまで言われてしまったがのう。ほっほっほ」
このショタジジイ……いやショタは言い過ぎにしても、この少年ジジイはよく笑う。だが問題は笑いですまないような事態になっているということだ。そのかかりつけの医者とやらの言葉を信じるのであれば、今のスイトの残り寿命は長くないのではないだろうか。しかも無理に体の寿命を縮めているのだから、下手したら突然ポックリも……ソウはちょっとハラハラした。
年上じゃが、呼び捨てでもフランクに話してもらっても構わんよ。より若い気分になれるからのう、と笑うスイトを見て、クロが呟く。
「…そうか……その若作り……スイト…思い出した。
だいぶ前、一時期雑誌で取り上げられていた」
「おや、見てくれていたとはのう。いやはや、恥ずかしいやら嬉しいやらじゃな」
「子供の頃にな。…正直、カンブリアームズ開発サポートというのは聞いたことがなかった…
だから最初は半信半疑だったが、どうやら間違いないようだな」
何か納得したらしいクロは、一つ頷いてラーメンのスープを啜る。
「こらクロ君何納得してるの!
このボーイが有名だろうがなんだろうが、私は納得しませんからね!」
「…無論、俺の納得もお前の納得も関係ない。結局のところは、ソウが納得するかどうか、だ」
「えっ、あ、そう、ですよね」
……とは、言ったものの。判断がつかない。
このスイトという青年ジジイ。クロによれば本当に怪しい人ではないらしいし、
それに…難しいものではないというバイト…ちょっと興味がある。
今日、バトルというものを経験…と言ってもイカとしてのスタートラインにも立っていないらしいが、
とにかく、ちょっと人間としての経験が通用しないもので、不安感が拭えなかった。
そんなナワバリバトルに今からいきなり練習を繰り返すよりも、そのナワバリバトルを支える仕事というバイト…それから始めてみて、まずはそのバトルについて勉強から始めてみるほうが良いのではないかと思っている。いきなりやるよりも、まずは予習から始める。これは人間の時からの癖である。
ただ、そもそもナワバリバトルは恩人のユイが喜んでくれるならと、始めようと考えたものである。そのユイが今スイトに対し否定的な態度なのがちょっと引け目に感じてしまうのだ。
「ダメよソウ君! 知らないおじいさんについて行くなんてお母さん許しませんからね!」
「いつからソウのお母さんになったんだお前は」
…あんなこと言ってるし。
「ほっほっほ。まあ具体的な仕事も分からないなら不安になるのも仕方あるまいて。
なら、このご飯の後は職場見学会へと洒落込むのはどうかの?」
「職場…」
「見学会?」
ユイとソウの声がハモる。スイトは味噌ラーメンのスープを飲み干すと、ニコリと笑った。
「やはり、何事も体験してみるのが一番じゃろう。決めるのは、それからでも遅くなかろうて」
*
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*
店は思った以上に小さかった。一見すると田舎の靴屋さん、といった感じであった。
だが、田舎の靴屋さんにしては、人…もといイカが多い。
狭い店内であるだけあって、なおさら多く見える。
ただそれにしても、最初の「ナワバリバトル総合本部から唯一公認を受けている武器メーカー」という説明からすると、これでも小規模な方に見える。店もイカの数も。
それに入った時にちょっと疑問に思ったのが、自分たちと同じく店に入ったイカのうち、居並ぶブキをスルーして直行で店の奥の扉へ向かうイカが多いことだ。トイレにしては結構な人数が向かってる気がするが…。
「いらっしゃいでし〜。ん、スイト君。今日は休みを取ってたはずじゃなかったでしか?」
「こんにちは店長。いやはや、今日は…若きイカにわしの職場を見せてあげようと思うてな」
ん? どこの誰と話しているんだとソウは一瞬勘ぐったが、スイトが道を開けたことで答えははっきりした。
どうやら身長の問題でソウ達からは見えなかったらしい。
「…君は初めてみるイカでしね! 初めましてでし!
ボクはカンブリアームズ二号店店長、ブキチでし!」
何の種族かはソウには分からなかったが、とりあえず出てきたのはイカでもクラゲでもない、
双眼鏡のようなデザインのメガネをかけた人型生物であった。
それにしてもどうしてイカ以外の生物はこうも背が低いのだろうか。
いや二つしか事例を見てないし、イカも人間基準からすれば小さいものだが。
ブキチと名乗ったその人(仮)は、じっとソウを見上げると、期待に満ちた眼差しになった。
「…うん、一見するとまだイカしてないでしが、
君の眼には他のイカとは違う輝きが宿ってるでし!」
「そ、そうですかねー…」
「もちろんでし! 君ならきっといい…」
「ブキチ店長〜! ランク上がったからこの武器買いたいんですけど〜!」
「はいはい! 今説明するでしー!」
「あ、え?」
気がつくと、ブキチは目の前にいなかった。
慌てて辺りを見渡すと、奥の方で別の女性イカ相手に販促を行っている姿が見えた。
待て、どんなスピードだコレ。
「ほっほっほ。仕方ないのう。ほれ、行こうかお三方」
「うん」
「ああ」
「えっちょっ……いいんすか店長さんにちゃんと挨拶しないで」
「いやあ、店長はああなると止まらんのじゃよ。今日はイカの出入りも多いようじゃし、店長も忙しくなるじゃろう。先に見学会を済ました方がよかろうて」
「ブキチ君の話って長いんだよね〜」
「あ、そうですか……」
なんか店長にしては客にも店員にも、微妙に呆れられてる気がする。ソウは思った。
「あれー? ここって試し打ち場?」
「そうじゃな。ただし、わしら職員専用の、な」
やってきた場所…つまり先ほど多くのイカ向かっていった扉の先…そのさらに奥の、よくある「関係者以外立ち入り禁止」の扉の向こうだった。ただし、その場所はユイやクロ達にとっても見覚えのある場所のようであった。
縦に伸びた倉庫のような部屋に、ちょっぴりイカ風味なアクセントがつけられた等身大風船が複数。ドア無しに続いている隣の大部屋には同じく等身大風船が三つ。ただしこの風船。左右にゆっくり移動を繰り返す妙にハイテクな風船である。
ちなみに、ユイやクロもよく利用しているという試し打ち場との違い。それは部屋の隅にある大きめの机と、椅子。そしてさらに言うならば、その試し打ち場の隣に併設された部屋…そこにはバトルの全ブキのみならず、各ブキのパーツと思しきもの、それになにやら見たことのないブキが所狭しと並んでいた。
「試し打ち場もよう使うが、まあ主な仕事場は…ここじゃな」
そう言って紹介したこのブキ部屋…単なるブキ倉庫のように見えるが、よくよく見ると部屋の机の前に…大きなガチャガチャの受け取り口のようなものがある。スイトはそこに近寄り、その場所を開いて確認する。
「おお、運が良いの。ちょうど今、修理依頼が一つ来ているみたいじゃな」
そう言って、よっこらしょっとスイトが取り出したのは…ソウの見たことのないブキ。
後方部の大きなタンクに細くて長い銃口が特徴的なブキだ。しかし、当然クロやユイは知っているようだ。
「…リッター4K、だな。しかし…修理ということは…」
「そうじゃ。名目上は開発サポートじゃが、
こうして修理の依頼もこなすのも仕事のうちなのじゃよ」
うんこらせ、と持ってきたリッター4K…それと、同じく受け取り口にあったらしい、小さなメモを机の上に置くスイト。
「えー、君が直してるの? ユイ、全部ブキチ君が修理してると思ってた」
「そうは言ってものう、ハイカラスクエア中のイカのブキ管理やお客対応を店長一人でしてたら過労死してしまうでの。ある程度の分担作業は必要と言うものじゃ」
スイトは机のメモを一瞥する。そして一つ頷くと部屋の右側に並ぶ棚の方へ向かった。
「それに…ブキの修理はそう難しいことではない。
まず、店長からのメモを頼りに修理部品を見繕うんじゃ」
そう言ってスイトは棚から取り出したのは、リッター4Kの後方部のタンクと同じもの。
それを持って席に戻り、机の引き出しから数本の工具を取り出す。
「次に、専用の工具で故障部分の部品を取り外し、新しいのと交換する」
その工具を用い、カチャカチャと弄ること数分。
後ろのタンクは取り外され、新しいものをとりつけた。
「ほれ、これで完成じゃ」
「…確かに、なんだか簡単そうですね」
「実際に簡単なものじゃよ」
タンクの接合部分を叩いて確認するスイト。と、ここでクロが疑問を呈する。
「しかし…その故障しているパーツの修理自体はしないのか?」
「うむ…修理はわしでもできないことはないが、万が一のことがあるからのう。わしが部品を取り替える方が早くて確実じゃ。無論、引き取った部品は後に店長が完璧に直してくれるがのう」
と、疑問を丁寧に解消したところで、スイトの目がソウに向いた。
「…これで問題はないはずじゃが、念のためきちんと動くか試すのは一応義務なんでの……
ソウ君、やってもらえるかね?」
「え、あ、俺…ですか?」
「うむ、職場体験ってやつじゃな」
そんなわけでちょっと緊張しつつ、武器を両手に最初の部屋へ。
このたくさん立っているイカ風船。どうやらマトに使うらしい。
きちんと等身大のマトを使う辺り、本当の競技らしさが出ている。
インクタンクを背負い、スイトに教えてもらったやり方で構える。
「ソウ君は右利きじゃな。なら左手でここを持って…右手のここが引き金じゃな。で、この武器はチャージして放つため…先ずは引き金を引いてチャージするんじゃ」
「は、はい……うわ、銃口から何か…光?」
「これは射線を表すレーザーサイト。これで狙いを定めて撃つのじゃ」
「はあ、なるほど……なんだかゲームみたい…」
そんな感想を持ちつつ、そのレーザーをイカ風船の一個に当てる。チャージしている間にしていたキュィーンという音が止まり、今度はピッっという音がなった。
「今の音でチャージ完了…じゃが、リッター4Kは反動が強いからの。初めは撃つ前に誰か…」
「はいはいユイが押さえておくからー!」
「あっうわちょっと」
突如後ろから抑えられて…というよりほぼほぼ抱きついてきたユイで危うく倒れそうになったが、何気にユイはきちんと体を抑えるという役目はしっかり果たしていたおかげで、倒れることはなかった。
そして、ずれてしまった狙いを再びイカ風船に合わせ…教えられた通り……引き金を、離す。
ドゴォン、という爆発音かと聞き間違うかごとき轟音。風船が割れる濃い音。
そして、両手に返ってくる反動。
スイトに言われていた通り、ユイに抑えてもらわなければ絶対こけてた。しかし、ユイのお陰で銃口から出てくるインクが斜線の通り、イカ風船に命中したのをしっかりと見た。
ただ、打った直後の衝撃はそれなりにあったため、ソウは一瞬放心状態になってしまった。
「…どうじゃ、初めてのチャージャーは?」
「あっ…ええ…っと」
スイトに話しかけられ、放心状態から帰ってきたソウ。
未だソウに抱きついたまま何故か緊迫感のある視線を背後から送るユイの視線を感じながら、
ソウは正直に答える。
「…凄かった、って思いました」
バトルのノウハウは今までいくつか教えてもらったが、正直まだ楽しさというものは掴み切れていなかった。
強いていうのであれば「イカダッシュ」が少々疲れながらも楽しかったくらいだろうか。
だが今の射撃。あの瞬間、ソウは今までにない感覚が体を走ったのを覚えている。
イカダッシュの『楽しさ』では表現に足りない。少々大げさな言い方をするならば、
それは『快感』もしくは『爽快感』
撃った瞬間の衝撃もさることながら、『強大なパワーで敵を一撃で倒す』という行為そのものに対する憧れからきたのかもしれない、とソウは後に自己分析した。
昔から、ゲームなどでソウは『一撃必殺』の文字に憧れを抱いていた。
というより、正確にはロマンを追い求めがちだった。
手数よりも一撃重視。性能よりもかっこよさ。そのこだわりは人一倍強かった。
「ほほう、どうやらリッター4Kを気に入ったようじゃな」
「ちょ、ダメよソウくん! リッターなんて!」
「…はい?」
ようやくソウから離れたと思ったら、ソウの前に回ってまくし立てるユイ。
「ダメダメダメ! リッターなんてソウ君にはふさわしくない! これとっても難しい武器なんだから、下手に使うと散々な目にあって野良だと周りからイジメられかねないよ!」
「えっ」
思った以上にユイの真剣な反発を喰らい、面食らうソウ。
「おやおや、お嬢さんはお詳しい割に、どうやらお気に召さないようじゃの」
「ユイは…まあ『あるチーム』のせいで嫌いになってしまったブキがいくつかあってな」
「ふーむ……なるほど、トラウマスイッチじゃったというわけか」
「ばっ、トラウマなんかじゃないわよっ!
あのガールがしつよーにユイばっか狙うのが腹立つってだけなんだから!」
なんだかよく分からないが、ユイにもなんか事情があるらしい。
「だがまあ…お嬢さんの言うことはあながち間違ってはおらんよ」
「そうなんですか?」
「うむ。リッター4Kは数ある武器の中でも最高クラスの射程を誇る。しかしその分インク効率が非常に悪いため、うまく敵をキルできなければ、試合に貢献できん。しかし、この超射程では…並みのイカでは動く敵に掠らせることすら難しいじゃろう」
「リッター4Kは確かに見た目がカッコよく、人気ブキの一つではあるんじゃが…いかんせん扱いが難しすぎるため、本当に使いこなせていると言えるイカは一握り。他のイカは諦めて別のチャージャーを持つか、上手くキルできない試合を重ねながら必死になって練習を続けるかの、どちらかじゃな」
「うぐっ……」
スイトからのご教授を受けると、急に手元のブキがずっしりと重く感じられる。
なるほどロマンは大事である。だが、ロマンを求めて全てを捨てるほどソウは愚かではない。
おそらく、このブキを追い求めるならば色んなものを捨てて取り組む必要があるだろう。
ソウはとりあえず大人しくスイトにブキを返した。
「おお、ありがとうの。…それでの、実はこの開発サポートの大まかな仕事はこんな感じじゃ」
「え、これだけ…なのですか?」
「いや正確に言うと、客の出入りが少なくなる夜になってから今度は店長のブキ開発サポートが数時間…こっちの方が本職みたいなものじゃが…昼間の仕事はこれだけなのじゃ」
「それも、今日みたいにブキ修理サポートが無ければ、暇な時間になるのう。もっとも、この店はブキの即日修理をウリにしているからのう。特定の曜日以外はこうして待機してないといけないんじゃがな」
「そして…ここにはバトルに使える全てのブキがあり、試し打ち練習にも使えるマトがある。
それに加えて長いヒマな時間…有効利用ができるとは思わんかね?」
「…!」
このセリフ…スイトの言いたいことが、スーッと身にしみて来るようにソウには感じた。
そしてそれは、ユイやクロにも同じだったらしい。
「ちょっと! ソウ君に関してはこの私が…」
「ちなみに、君はどの程度バトルを経験したのかね?」
そして、ここに来て初めて発揮された老人特有スキル「穏やかなスルー」により、ユイの主張は受け流された。哀れユイさん、と心の中で悲哀の感情を覚えながら、ソウは答えた。
「ええっとルールは大体…ただ、他はわかばシューター? だかでインクを塗って…今日はあとイカダッシュの練習をして…それっきりです」
「ほほう…なるほど。となると、あとはサブやスペシャル…スーパージャンプなど…まだまだ、学ぶことはいっぱいありそうじゃな。そしてそれらは、全てこの試し打ち場で学ぶことができるでのう」
「そう、ですか」
「おまけに、ここには全てのブキの試し打ちができる…本来ならナワバリバトルで経験を積んでいない未熟なイカには売ってくれないようなブキもあるが…ソウ君がブキの修理まで手伝ってくれるというのなら、それを理由に実際に触れて動かしても文句は言われまいて。ブキの修理には何よりブキへの理解が必要じゃからな」
「将来のうちから自分の相棒となるブキを品定めできる…
これは他のイカには決してない、大きなアドバンテージじゃ」
「なるほど…それは、いいかもしれませんね」
アドバンテージを得られる、という部分に心惹かれるソウ。
なんだかセンター試験を受ける予定の人間がセンター試験問題作成に関わる、みたいな反則スレスレ気分になってしまうが、自分は元々人間という時点でハンデを背負っているようなものだ。ここで先取り予習をしてようやくイーブンといったところではないだろうか。
だが、ユイは流石に納得してはくれなかった。
「ちょっとー! 今日会ったばっかのあんたなんかに、ソウの教育を任せてたまるもんですか! これは私たちのチームの問題なんだから、部外者には任せらんないわよ!」
「教育はおまけで、あくまで仕事のお誘いなんじゃが…まあ確かに、わしみたいな見知らぬイカからよからぬことを教えられはしないかと、不安になる気持ちもわかる。じゃから、最後に仕事の利点のアピールだけして、後はソウ君の判断に任せるとするかのう」
「利点…?」
「そうじゃ。利点というよりも、仕事において一番大事な…『給料』の話じゃよ。ソウ君は、ナワバリバトルにおいてどの程度お金がもらえるかは知っておるかな?」
「い、いえ…」
そういえば前にクロさんが「ナワバリバトルはお金ももらえる」と言っていたが…流石に具体的にどの程度の金額かは聞かされていない。
「では、説明するとしよう。ナワバリバトルは3分間。勝とうが負けようが、とりあえず三分間戦い抜けば300G*1は貰える。さらに、同じく勝ち負けに関わらず、試合の塗りポイントに応じておカネが貰える。多くて800、少なくても真面目にやれば600…平均すると700じゃな」
「つまり、最低でもナワバリバトル一戦で900Gを稼げると考えて…さらに勝てれば勝利ボーナスとして600Gが貰えるから、1500Gじゃな。ここは更に多めに考えて、ナワバリバトルの天才児設定のソウ君はナワバリバトルに全戦全勝してると仮定しようかの」
「え? は、はい」
なんだか現実的な話をしていたと思ったが、突然突拍子なくなったとソウは感じた。しかし、この無理な仮定をした意味を、ソウはすぐに思い知ることになる。
「さて…この数字をそのまま60分に置き換えるのは無理じゃな。マッチングの時間やら休憩やらあるじゃろうからな。よって3分の試合を1時間に15回するとした時…全勝の場合の時給は、1500×15=2万2500Gとなるのう」
「…はい」
飄々とした感じで宙を見ながら喋っていたスイトが、ここでソウに向き直った。
「そこで、じゃ。この開発サポートの時給、君に5万Gを出そう」
「……はい?」
「ほっほっほ、ちょっと多めに取り付けたつもりじゃが、若き君にはまだ物足りなかったかね? 仕方ない、多少わしの給料からも奮発して六万Gに…」
「ちょちょちょちょちょっと待って下さい! いや足りないとかそういうのじゃなくて…多すぎませんかっ!?」
「…そうかね?」
首をひねるスイト…その本当に不思議そうな顔……えっ、これ普通の反応なの?
慌てて後ろの二人を見る…
「ぐぬぬ……このジジイ、ソウ君をカネの輝きで釣ろうって魂胆ねっ!」
ユイはハンカチを噛んで引っ張りそうな表情をしているが、金額自体にそこまで驚いている様子はない。おまけにクロに至っては完全な無表情だ。判断つかない。
「元々この条件で新聞にも広告は乗せておるんじゃがなあ…面接に来るイカすらおらんのじゃよ」
「え…そんなこと……まさか、お金が問題な訳ではないですよね?」
まさかとは思うが自分の金銭感覚が間違ってはいないだろうか、
と不安になるけれども、杞憂だったようだ。
「もちろん、給料に関しては妥協を惜しまない破格の数字にしてるのじゃが、仕事内容がのう…」
「仕事……特に難しいことはないのではなかったのですか?」
「いやはや、イカ達にとっては簡単か難しいかは問題ではない、全て『楽しいか』どうかでの。イカにとってのナワバリバトルは、遺伝的に刻まれた生きる目的であり、本能なんじゃ。」
「給料は良いが、地道な武器の修理や試し打ちをする仕事か、貰えるおカネにばらつきがあれど、楽しい戦いを繰り広げられるバトルか…ほとんどのイカは、後者を選ぶ。ナワバリバトルだけでも充分生活を支えるだけお金は貰えるし、ハイカラスクエアは物価も安いからのう」
「この仕事に自ら打ち込もうとするのは、わしのような変わり種くらいじゃが…今のハイカラスクエアには、その変わり種のイカすら、いなくなろうとしている」
「今のイカ達からは敬遠される仕事…しかし、今のイカ達にとって確実に必要な仕事…それがこの、ブキ開発サポートじゃ」
「もちろん、いい意味でじゃが……人間としての前世を持つ変わり種の君は……ソウ君は、希望じゃよ。少々大げさかもしれんがの」
「だから、わしはお願いしたい……君に、武器の開発サポートの仕事を、な」
「分かりました。是非、俺にその仕事をやらせて下さい」
「……ありがとう」
「……そうか」
「ソウ君……そんなっ」
ユイが少し絶望を滲ませた声を上げるが、その言葉が続くより早くソウはユイに向き直った。
「…ユイさん、すみません。…でも、これだけは言わせて下さい」
「っ…」
ソウのまっすぐな視線を受け、ユイは頬を紅潮させ、息を詰まらせて黙る。
「俺、ユイさんのチーム…『インカーネイション』に、入ります」
「…!」
「そしてユイさんのチームで、ニューエースとして…胸を張れる存在になるために、ここで修行したいんです」
「お願いします……俺は必ず、ユイさんのチームメンバーとして
恥じない強さを持って、帰ってきます......だから、どうか」
「ずるいや……ソウ君」
ポツリと、ユイは下を向いて呟いた。
「…ソウ君と離れ離れになるの…とっても、とっても嫌なのに…」
「そんな顔で…言われたら……断れるわけ…ないじゃん」
「ユイさん…」
ユイは、くるっと背中を向けた。その時、一滴の涙が試し打ち場のライトの光に反射してキラリと映った。
「絶対……帰ってきてね。…約束、だからね」
ユイは、振り返ることなく、走り去っていった。
将来のチームメイトに、自分が大好きなイカに、自分の泣き顔を、見せたくなくて。
諦念を胸に燻らせながら、彼女は走った。
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「……スイト」
「なんじゃ…クロ君」
「この仕事……住み込みで働くのか?」
「いいや、終わりは確かに夜までかかるが、どんなに遅くても夜9時過ぎることはないはずじゃよ、ほっほっほ」
「なるほど……つまり、別にソウとユイは離れ離れにはならないということだな」
「…そうですね。でもあの雰囲気だと、なんか家に帰りづらいです」
「お前も結構、勘違いさせやすい言葉を言っていた気がするが……まさか無意識でか?」
「えーと…まあなんか、ユイさんを説得させるために真面目そうなこと言っとこうかなーってなったら…口が回って」
「…そうか」
クロ
性別:男
ゲソの色:クリーム色
誕生日:9月6日
持ち武器・名前の由来:.96ガロン
嫌いな色:黒
黒が嫌いな理由:子供の頃、故郷の街で怪しい団体に誘拐され、『マックロクロスケダンス』なるものを行う儀式に参加させられたから