普段に比べてめっちゃ長くなってますが、どうしてもこの引きで終わらせたかったから許してください。
あといつものことながら、スプラの設定に全力で喧嘩を売りに行ってます。
ハイカラスクエアでとあるイカが、鼻歌を歌いながら闊歩していた。
ただそれだけのことなのだが、そのイカはハイカラスクエアを歩く他のイカの視線の7割を引きつけていた。その理由は、頭の後ろに揺れる『真っ白な』ゲソ。
イカの中でも非常に珍しい色のゲソを持つスーツ姿のそのボーイは、集められる視線も気にせず上機嫌で歩いている。
そしてその白イカの後ろから付き添って歩く、同じくスーツ姿のボーイとガール。二人はそんな白イカを見て話し合う。
「課長ったら、ここしばらく見なかったほどご機嫌ね」
「よっぽど会うのが楽しみなんだろーな。例のブキ発案者に」
部下の言葉を聞いたのか、鼻歌を中断した「課長」がくるっと振り向いてニッコリ。
「そりゃーそーでしょ! なんてったって知る人ぞ知ると言われてる『伝説のショタ』と遂に対面できるんだから! ああ、今までは特定の時間でしか姿を現さず、その余りのレア度からいつしか話しかけるのもタブーとなり、草葉の影から「Yes!ショタ No!タッチ」の精神で見守るしかなかったあのショタと! 仕事上の役得で! 会話できる! 話せる! これが楽しみでなくてなんというの!」
「ああ、やっぱりそっち方面かよ…」
「むしろそっち方面しかないでしょうよ…」
呆れたようにコメントする二人に、課長はしっかり反論する。
「いやいや、そんなことないって。ちゃんとブキ開発者としても興味津々さ。新たなブキを発案できるほど、博識なショタ。うーん、すごくいいと思うよ。『ショタは無知だからこそいいのであって〜』というショタコンもいるがそれは言語道断。一見ショタらしくない要素でもそれを『ギャップ』として愛せていくほどでなければ真のショタコンとは言えないからね」
「結局そっち方面に戻ってる件について」
「その件に関しては分かりきってたことなので特にコメントはありません」
無表情で掛け合いする二人の言葉には、諦めと呆れの声色がよくわかる。しかし当の課長は分かってか分からずか、再び前方を向いて歩みを再開する。
「よっし! グズグズせずに行こう! 夢と希望のショタコンロードへ!」
「課長、向かうのはショタコンロードではなくカンブリアームズですからね」
「課長に会うショタにとってはどっちかというと悪夢と絶望になってますけどね、毎回」
付き添いの二人のイカのツッコミ気味の言葉は、快晴の空に飲み込まれていった。
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「お久しぶりでございますな。ナタ課長殿」
「スイト君、本当に久しぶりだね!
いやー、スイト君ったら初めて会った時から変わらないよねー。本当羨ましい! 」
店に入った直後、カウンターから出迎えたスイトに、ナタ課長は笑顔で挨拶する。その「羨ましい」という心からの賞賛にスイトも満更ではなさそうだ。
「ほっほっほ、寿命を二十年犠牲にする覚悟があれば誰でもできる手術ですからのう。よろしければ、わしからお医者様を紹介しましょうかの?」
「うーん、魅力的な提案だけど、それはまた追々検討するとして…スイト君は珍しく店番かい?」
「はい。わしとしてもブキ調整を手伝ってあげたいのは山々なのじゃが…
歳のせいで長くは手伝ってあげられないのじゃ…辛いものですわい、ほっほっほ」
そうやって朗らかなスイトだが、その理由が「歳のせいだけではない」ことくらいナタ課長も、後ろの二人のイカにも、よく分かっていることであった。
「そうか…じゃ、早速ブキ調整の方を見に行ってくるよ」
「いってらっしゃいませ…ただし、口説くのはほどほどにしてやってはくれませんかのう…ソウ君もきっと疲れてるはずなのでな」
「…………はっはっは。もちろんだよ。気遣いのできないボーイは嫌われちゃうからねー」
課長の返事に不自然な間があったことに関しては、
もはや付き添いのイカ達には突っ込む気すらしなかった。
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「ソウ君! これで試して見るでし!」
「はいっ! …っ!」
「……もう一回!」
「はい!」
「次、斜め上を狙って頼むでし!」
「はいっ! …おっ…と、わ」
「ん、今『アレ』がおかしな方向に作用したでしね! 修正するでし!」
「はい! どうぞ!」
「……今のはきっと…ここが問題でし…なら、こっちの角度を…よしっ、これで試してみるでし!」
「お盛んなところゴメンねー。ちょっといいかな、ブキチ課長…いや、今は店長の方が正確かな?」
テンション高めなブキチの頭を、ポンと抑えて、課長はブキチの興奮を冷ました。
「おっとナタ君、こんにちはでし! 思ったより早く来たでしね」
「えっと、どちら様でしょうか?」
突然の訪問者に応対するブキチと、見たことのないイカの登場に首を傾げて相手を伺うソウ。その白いゲソの課長の目が一瞬きらめいたと思った次の瞬間に、ソウの両手は課長の手に包まれていた。
「やあ、会いたかったよ! 伝説のショタ!」
「はい?」
「…ゴホン、初めまして。ソウ君だね。僕の名前はナタ。
今このハイカラスクエア中でもっとも殺害予告を受けるイカさ」
「は、え、え、ええ?」
「課長、本能を抑えたのはいいとして、その自己紹介はどうにかならなかったんですか?」
この謎の白イカの謎についていけないソウだが、部下のイカは慣れているせいかツッコミでフォローしていく。
「えー、でもさ。僕といえばこれじゃない? ほら、一番印象に残る自己紹介じゃん」
「いやいや、もっとあるじゃないですか。課長なんだから、まさにそこ説明しましょうよ」
「…課長、ですか?」
疑問を持ったソウの言葉には、課長はテンションを増し増しで応答する。
「そう! 実はね、僕は一応役職持ちなんだよね。
『バトルレギュレーション調整課』…聞いたことはあるかな?」
「…いいえ、すいません」
「うん、まあそーだよね。イカ達ってナワバリバトルは好きだけど、その裏方に関しては興味ないもんねー」
「そ、れは…」
自虐するような、どこか諦めの篭った言葉に、ソウは少し言葉に詰まった。だが、ナタ課長はニッコリ笑ってソウに説明を提供する。
「まあ平たく言えばね、メイン、サブ、スペシャル、ギア。
バトルに関わる全ての要素を出来うる限り平等に。それが、僕らの主な仕事さ」
「平等……ですか」
「そう。どのブキも、みんな違って、みんないい。このブキを持てば最強ってのはダメ。あのギアパワーあればこのギアパワー要らないってのもダメ。どのブキ持ってどのギア着ても、みんな平等に勝つ可能性が与えられる。その調整を日々検討しているのが、僕たち『バトルレギュレーション調整課』ってことさ」
「な、なるほど……そ、それじゃあ、あの…さっきの殺害予告ってのは…?」
「うん、それね。あー、ソウ君ってさ。バトルは…まだ未経験かな?」
「は、はい」
「そーだよね。そーだとね、ちょっと理解しがたいかもしれないねー」
苦笑いしたナタ課長は、指を立てて説明する。
「あのね…僕ら、結構やってるのよ。例えば、あるブキが他のブキより強すぎるせいでバランスが悪いから、そのブキを弱体化して調整する、みたいなことをさ」
「はあ……え、ま、まさか……殺害予告って……それで!?」
「ふふふ…バトルに命をかけてるイカってさ、案外たくさんいるんだよ。そんなイカからすれば、自分のブキが弱くなっちゃあ、面白くないよね。ただ面白いのはさ、当のイカたちは誰がどう弱体化を決めてるかを知らないから、その誰とも知らない『自分のブキの弱体化を決めたイカ』に殺害予告を送ってるのさ。もちろん宛先が分からないからナワバリバトル本部に直接ね! ハッハッハ!」
ワザとなくらい大声で笑うので、本当に面白いと思っているかどうかはソウには分からなかった。ただ、少なくともソウにとっては殺害予告がくるほど殺伐としている状況は少なくとも笑い事ではないことのように感じる。
「…と、僕の身の上話はこれくらいでいいとして」
ナタ課長は大笑いを引っ込め、ソウの右手にある『ブキ』と、背中のインクタンクの隣についている『長方形型の機械』に視線を向ける。
「今日ここに来たのは、あくまで仕事。ブキチ店長から聞いた、
新しく開発されるブキとやらを見定めなきゃいけないわけだけど…」
「…それ、かい? 君の新しい『ブキ』は」
「…はい」
ふむ、とナタ課長は何かを考えるように顎に手をあてる。
「ブキチ店長。調整はどのくらい?」
「ほぼ最終形に近づいてきてるでし! あとは『発射』中の姿勢制御のためのインク量調整さえ終われば、あとはちょっとした微調整を入れて完成でし!」
「なるほど…じゃあ今の状態でいいから…ソウ君、一発頼むよ」
「……分かりました」
ソウが、静かにブキを持ち直す。
それを受けて、ナタ課長の部下のイカのうちボーイが遠巻きにソウの左側に移動し、クリップボードとペンを構えた。ガールはソウの後方から確認を行い、肝心のナタ課長はソウの正面…ただしもちろん充分距離をとって、真剣な表情で真っ向からソウを見つめる。
ブキチ店長を合わせた合計4人の視線を一身に浴びつつも、ソウは静かに『ブキ』を構え…小さく、息を吐く。
キーン、という妙に鋭い、今までのチャージャーのどれとも違う、
金属音のようなチャージ音が静かな試し打ち場に鳴り響く。
バシュッ!
それは…まさしく『一閃』
「…へえ」
ナタ課長は、ニヤリと笑った。
ソウがブキを下ろして構えを解く。
その場にできたインク跡をボーイが丁寧にクリップボードに書き表し、見たままの情報もメモっていく。後方でソウの動きを確認をしていたガールが、ポツリと呟いた。
「背中の『アレ』……まさか、『ブースター』?」
「…ご名答でし」
してやったりの顔はブキチ。ナタ課長は心底楽しそうな表情でソウに近づく。
「…かっこいいけれど、その無駄のないフォルム。それゆえに、チャージャーとして不可欠なインク圧縮機構をどこに搭載するかという問題。そして、いくら『近距離型のチャージャー』というコンセプトとはいえ、最初の設計のままでは射程距離があまりにも短すぎるがゆえ、バトルでの使用は難しすぎるという問題。…その二つを同時に解決する案が、『インク圧縮機構と連動したブースターを、背中のインクタンクと一緒に取り付ける』…というわけだね」
そう、先ほどブキを使ったソウの立ち位置は…前方に大きく移動していた。
それは背負われているインクタンクの隣の銀色の長方形型機械…それからインクが勢いよく吹き出すことで推進力を生み出したのだ。それは、マニューバのスライドやスペシャルウェポン『ジェットパック』のインク噴出機構のような。
それと同時にこの機械はチャージャーのインク圧縮機構も備えており、それがブキと繋がっていることでチャージによる高圧力発射を可能にしている。
言うならば、ブキの一部を背中に背負っているとも表現できる。
「なるほど…ブキそのものにインク圧縮機構をつけるよりも、
体に装着するタイプにして後にブキと接続すればいい…と」
「うんうん。元々ブキの形がスリムなのもあって、
こうした方が違和感も少ないし、何よりカッコ良くていいよ」
ガールの呟きを捕捉する形でナタ課長が説明し、ソウの持つブキを触って確認する。ついでにソウの肌へのタッチを忘れていない。
「移動しながら攻撃、というのも斬新ですね。一応類例として『クアッドホッパー』系列の存在もありますが、あれは追撃と牽制の二つの用途を使い分けていくタイプ…こちらは、とにかく最初の一撃でのキルだけを目的に距離を詰めていく…まさに、殺意のブキですね」
「相手から見れば攻撃と同時に一瞬で距離を詰められる訳だから、マニューバーのスライドと同じ感覚での対処はダメだよね。攻撃後の位置関係まで念頭に置いて対処しないといけないのは、難しいだろーね。ただ、こちらはチャージしながら近距離で戦わないといけないって点を考えると、これくらいの強化要素は妥当だと思うよ」
「あのう……俺の体も触ってるのは、何か深い意味が?」
「ないないない。ないから、安心して触られててね」
「あ、安心できません…よ」
手が服の中まで及ぶ直前で流石に身の危険を感じたため、ソウは慌ててスルリとナタ課長から離れる。課長が非常に残念そうな顔をしているのがなおさらガチっぽくて震えた。
「で、さ……そのブキの方……もうちょい、射程伸ばしたらどうかな?」
「…いいんでしか?」
首を傾げるブキチに、ナタは付き添いボーイの書いたデータを確認しながら、一つ頷いて答える。
「まあ、環境バランスを考えてみても、まだ強化しても妥当なラインだと思うよ。チャージャーとしては
「一回見ただけでそこに気づくのは流石でしね、ナタ君」
「ブキチ店長の大まかな説明で、大体予想はついてたさ。ま、その点に関してはサブスペでフォローできるようにするか、あるいは…ってところかな」
「けど、まだ調整はあるんでしょ? もうちょっと僕らも付き合わせてもらうよ。仕事だからね」
「わかったでし! じゃ、ソウ君ブキを貸して欲しいでし! ブースターの出力を調整するでし!」
「は、はい!」
この怪しい白イカ、いや『バトルレギュレーション調整課』課長、ナタ。彼の言ったもうちょっとは全然『もうちょっと』ではなかったことを知ったのは、深夜になってからであった。
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表で店番してたスイトすらも退勤し、とっぷりと夜が更けた頃。
「ふー、まあ大分かかったけどここまで決めるべきことを決めたんだ。
これなら明後日には実装許可の出願にいけると思うよ!」
「いやー、久々の武器開発ともなると、テンション上がってしまったでしねー」
「………」
「大丈夫でしょうか? ソウさん」
笑い合うブキチ店長とナタ課長の背後で、パイプ椅子に座って燃え尽きたポーズ状態のソウを、ナタ課長の部下のボーイとガールが心配する。
「はっはっは、ソウ君ったらまだまだ若いんだから、僕がこんなに元気なのに君がこのくらいでへこたれてるのはよくないよ」
「うう……が、頑張ります…」
「ソウさん、ずっとブキの試運転してたあなたと、ただ指示と検討だけをしていた自分を同一視する課長の言葉は気にしないでいいです」
ヨロヨロと立ち上がるソウを抑えながら課長の部下ガールがフォローの言葉を吐く。
「とは言っても、こんなに夜になっちゃ危ないでしょ。
この店、緊急用に泊まるスペースあったよね、泊まっていったら?」
「……いいえ、今日は帰りたいと思います」
ナタ課長の申し出はもっともであったが、ソウは帰りたい理由があった。
というのも、先程から緊急用として貰っていたイカの形をしたスマホ(ユイとクロにしか繋がらない超簡易タイプ)がユイのメール着信を知らせて震えているのだ。
ユイはソウに対してやたら「過保護」である。こうして仕事としてカンブリアームズを通勤すること三週間。未だユイの心配は尽きることなく、職場への到着メール、仕事中問題ないかの確認メール、仕事場を出たという確認メールなど、とにかくソウの安全管理にいとまがない。
今日にいたっても、帰りが遅くなるということは事前に出かける前にも言っておいたはずなのに、スマホにはユイが自分のことを心配するメールと帰りを催促するメールが溜まるばかりである。
この上今日は職場に泊まるなどと連絡しようものならどうなるか。ソウの予想では、ユイなら自分を引きずってでも取り返すべくこのカンブリアームズまで乗り込みかねない。そうすれば、職場のみんなにも迷惑がかかる。
とにかく、そうしてナタ課長の提案を断るが、思いのほか課長は引き下がらなかった。
「いやいやいや、さすがに危ないって。外こんな真っ暗だよ?」
「だ、大丈夫ですよ。今までも夜に帰ってましたし、帰り道もちゃんと覚えていますから」
「でもこんな深夜に帰ったことないでしょ? 悪い奴らに襲われちゃうかもしれないじゃない!」
「わ、悪い奴ら? い、いや襲われるなんてまさか…俺なんかを襲う人はいないでしょう」
「…『俺なんか』って……いや、じゃあせめて付き添いをさ。僕じゃなくても、僕の部下が送っても…」
「大丈夫です! すいません、急いでいるので、失礼します!」
「え、ちょちょっと」
震えるスマホと脳裏に浮かぶユイの顔が段々大きくなってくる妄想に押されて、ナタ課長の制止も聞かず、ソウは弾けるように一礼して試し打ち部屋から退出した。
沈黙が流れること数秒。固まったナタ課長に部下のボーイが声をかける。
「課長。俺らも帰って、今日の業務報告書纏めなきゃ…」
「…急用ができた」
「は?」
予想外の返事に怪訝な顔になるボーイだが、そんな部下を気にせず、ナタ課長は回れ右をする。
「ごめーん! 今日の分の報告書は明日の分と纏めて出すよ! あ、君たちも今日はこのまま解散でいいよ! じゃーね!」
「あ、ちょっと課長!」
先ほどのソウと同じく、制止を聞かずに飛び出していくナタ課長。
この試し打ち場に残ったのは、課長の部下二人と、完成形の新ブキを抱えたブキチ。
「…課長ったら、こんな夜更けに何の用だよ…?」
「大方今日ソウさんに会ったお陰でショタコンパワーとやらの収まりがつかなくて、専属のショタでも愛でに行ったんじゃないかしら」
「なるほどなあ。しかし、あんだけ筋金入りのショタコンなのに、どんなショタにも絶対に手は出さないって大した紳士だよな」
「そういうのを俗に変態紳士というのよ」
好き勝手に感想を漏らす二人を尻目に、ブキチは手にブキを抱えながら、ぽつりと呟いた。
「うーん、悪い予感がするでしね…」
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「…やっぱ、歩いて帰るか」
結局1分もランニングが持たなかったソウは、広場を抜けた所で息を切らしていた。
ちょくちょく休みながらとはいえ、軽く100回は超すほどのブキの試射、それを深夜まで続けていたら、さすがに体は疲れる。それを抜きにしても、なんだか人間の時も疲れやすいとソウは思っていた。
(やっぱ体が小さいから、かな)
元々この世界のイカは人間に比べて小さい。その中でソウはさらにもう一回りだけ小さかった。
今のところ、小さいことでメリットを感じたことはほぼない。強いて言うならば足が速くなったような気がするくらいだ。
ソウは震える携帯を取り出す。
起動することでとりあえず震えは収まり、ユイからのメールが表示される。
相変わらずソウを心配する言葉が並ぶメールに対し返信。今から帰る旨を伝える。
「…ふう」
メールのを終えて、電源ボタンを押してスマホをスリープモードにした。
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ソウが気がつかなかったのは、疲れだの、携帯に注意を向けてただの、そんな理由の前にまず『油断』が挙げられるだろう。
まさか、自分を襲うやつなんて、いるわけないと。
まさか、自分をつけていて、後ろから忍び寄っているやつなんて、いるわけないと。
まさか、携帯を切った瞬間に後ろから口を塞がれて、羽交い締めにされるわけなんて……ないと。
「っっ!!」
最初は、脳が動かなかった。突然すぎることのせいである。
だが、手から離れたスマホが床に落ちる音で、ようやく今おかれている状況を理解した。
ただ、理解した所で…口を塞いで首を抑える一人と、ソウの両手を掴んで抑える一人が背後にいることがわかった所で……ソウの抵抗は一切の無駄だった。いくらもがいても、ただ襲撃者にそのまま引きずられていくのを止めるどころか、時間稼ぎにすらならなかった。
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ソウの体がようやく解放されたのは、とある路地裏の突き当たりだった。
解放されたとは言っても、抑えが解かれたというだけ。
自由の身になったというわけではなく、背後の壁と目の前の襲撃者二人によって完全に袋小路となっていた。
投げ出された体からなんとか起き上がろうとした瞬間、唐突な光によってソウの目はくらんだ。
襲撃者の一人から、突如発せられた光。恐らくは懐中電灯の類だろう。
真っ向から光を向けられ、目が慣れないうちに襲撃者がずいっと顔を近づける気配がした。頭突きでもかましてやろうとしたが、頭はしっかり手で抑えられているという徹底ぶりだ。
「…間違いねえな。写真の通りだ」
襲撃者の呟きが聞こえた。それと同時に、目立つことを避けるためか懐中電灯の光は消えた。せっかくの光だったが、目が慣れないうちに光が消えてしまったため、結局襲撃者の顔は見えなかった。
暗闇で目が慣れると、襲撃者の輪郭だけはようやく見えるようにはなったが、
顔はどっちにしろ見えない。
ソウは精一杯の勇気を振り絞って、体を起こしつつ口を開く。
「…なんで……俺を?」
「へえ。思ったより冷静なんだな、お前」
先ほど顔を確認してきた方の襲撃者が、面白そうな声を出す。
それに加えて、もう一人の襲撃者の方が冷たい声を出す。
「お前は知る必要はない。…もっとも、これから間も無く知ることになるがな」
「そういうことだ。さあて、静かなところに来た所で、ゆっくり簀巻きにして連れていくとするか」
「!」
ニヤリと笑った襲撃者の片方が、何かを取り出した。
ビビビという聞き慣れた音から、ソウはガムテープと推測した。
そして、さっきの「連れていく」というセリフ。
間違いない。何のためかはまだ確証はないが、こいつら誘拐犯だ。
そう確信した瞬間、ソウは動いた。
「おおおおおお!」
無意識に雄叫びをあげて、ソウは相手へ突進して強行突破を図る。少なくとも、両手でガムテープを広げている一人目を不意打ちで突破すれば、何とかなる。いや、何とかしなくてはならない。
しなくてはならない……はず、だったが。
余裕の表情の襲撃者は、両手が塞がっているまま器用にソウの突撃を躱し…
そして、後ろに控えていたもう一人の襲撃者が、一瞬でソウを地に叩きつけた。
「あっ、がぁっ…ああっ!」
胸に強い衝撃を受け、呼吸が一瞬止まって痛む。
顎にも衝撃が来たせいで、脳が揺れてグワングワンする。
ソウの脳は、また一瞬止まった。
「…こういう状況に置かれたショタがとる行動はなあ……大きく言って、二つだ」
相変わらず舐め切ったような、楽しんでいるような声が聞こえ、
ソウの心はスポンジのように絶望を吸って黒くなっていく。
「怯えて言いなりになるか……お前みたいに、無駄に抵抗するか。
…どちらも、それなりに、たくさん見てきたぜ」
襲撃者がガムテープでソウの手を縛る。冷たい感触がソウの手首を伝って…全身に広がって、心臓を凍らせる感触を覚えた。
先ほど働いていた「こいつらは誘拐犯」だと分析する冷静な思考。
「何とかしなくてはならない」という勇気。
それらは全部、叩きつけられた体への衝撃と一緒に壊れてしまっていた。
代わりに残ったのは、ただただ『恐怖』だけであった。
恐怖なら、今までも感じていた。具体的には、まさにこの世界に来た初日。
しかしあれはあまりの奇想天外、常識外れのことすぎたのもあり、思考が停止したことも多々あったり、恐怖と驚愕がほぼ半々に入り混じった感情が常だったと言える。
今のこの感情。それは純粋な『恐怖』だけである。
誘拐というソウのいる現実世界でも起こっている犯罪。
身近に起こり得て、その恐ろしさを充分理解できている犯罪。
…そして、それに対抗ができないと身を以て味わっている今。脳は全身で警告を鳴らす。危険だと。
その警告をもとに体を動かす。しかし、抑えつけられた今、抵抗ができない。好転しない状況の中、脳は警告を鳴らし続ける。危険だと、危険だと。
無理だと分かっていても、生物の防衛本能から、脳が警告を辞めることはない。危険、危険、危険。どうにもできない。危険。危険。危険。
そうして狂った脳の警告が、『恐怖』となってソウを襲った。
お化け屋敷だのホラー映画だの、偽りの恐怖とは何もかも違う、警告の嵐の恐怖。生物の本能に訴える、絶対に抑えられない感情。
その恐怖が決壊し、意味の分からない言葉として口から漏れ出すより早く、
襲撃者の手によって口にガムテープが貼られる。
そのガムテープを貼った張本人の襲撃者は、わざわざ懐中電灯でソウの顔を照らして、覗き込む。
「…おいおい、そんな怯えた目をするなよ。ゾクゾクしちゃうじゃねえか…ふふっ」
明らかに狂気染みた言葉と含み笑いを漏らす襲撃者。
そんな時ソウを抑えていたもう一人の襲撃者が声をかけてきた。
「……あまり遊ぶな。
「そりゃそーだ。じゃ、とっとと済ませちまうか」
女王様。
恐怖に支配された脳でも、その言葉だけはしっかりと刻み込まれた。
*
*
*
*
*
*
だがその時、その言葉よりもソウの耳に刻み込まれたものがあった。
ドゴォン、という小さな爆発にも似たような音。
それはソウにも聞いたことがあり、
そしてこんなところで聞くのはあり得ないはずの音であった。
「…誰だ!」
襲撃者が声を上げ、音が聞こえてきた路地の入り口の方へ懐中電灯を向ける。床に転がっていたソウは、何とか顔だけをあげて光が示した人影を見た。
「…ガールか」
ソウを抑えていた襲撃者が呟いた。
光に目が慣れてきたソウが見ると、確かにそこにいたのは無表情のガールのイカだった。ただし、ソウには見覚えがない。
唯一既視感を覚えたのは、頭につけているギア。あれは、ユイがいつもつけているのと同じパイロットゴーグルであった。
しかしそれ以外は全く知らない。
頭の左側に長く垂れた真っ青なゲソも、黒いジャケットと靴も。
いや、もう一つだけ、既視感を覚えるのがあった。
そのガールが銃口を上に向けて掲げているブキ…『リッター4K』
さっきの聞き覚えのある音は、リッター4Kの射撃音だった。そして銃口の向きと、彼女の足元にできた青いインク溜まりから、彼女が真上に向けてリッターを射撃したのがわかる。
「おうおうおう。いっちょ前にリッター構えてる嬢ちゃんよ、どうしたんだい?」
舐め切った態度の方の襲撃者が、ガムテープを放り出してリッターのガールに近づく。目の前まで迫られ、脅すように懐中電灯を向けられても、そのガールは一歩も動かず、表情を変えない。
「ひょっとして、俺らを撃とうとしてパニクっちったか? そいつは残念だったなあ。もうちょいナワバリで練習した方がいいと思うぜえ?」
「……」
煽るようなセリフを聞いても、ガールは上に構えたリッターを目の前に向けることすらせず、ただ静かに立ち尽くしていた。…が、数秒後に小さく呟いた。
「…全く、私を君たち犯罪者と一緒にするな」
「はあ?」
ガールにしては低い声。そして、襲撃者からは意味が分からなかったのか
怪訝な顔のまま首をひねる。
「バトルでもないのにイカをキルするのは犯罪行為だ。私は犯罪行為をするつもりはない」
「ほーう。思ったよりお利口さんじゃねえか。…だが、大人しく見て見ぬ振りして逃げてりゃ、もっとお利口だったかもなあ…ククッ」
懐中電灯を右手に持ったまま、襲撃者は左手で折りたたみナイフを取り出した。そのナイフを向けられても、リッターのガールは相変わらず怯まない。
「…犯罪行為はしないと言ったが、犯罪行為を見逃すつもりは毛頭ないのでな」
「ふん……面白いこと言うじゃねえか、嬢ちゃん。
だが、キルもできないで、どう見逃さないって言うんだい?」
「なに……答えは簡単だ」
「…上だっ!」
「……なにっ!?」
ソウを抑えていた二人目の襲撃者の警告により、リッターのガールと対面していた襲撃者が上を向く。
向けられた懐中電灯の光の先には一人のイカ。そして、そこから伸びる真っ黒な射線。
「
その言葉が放たれた瞬間、爆発音にも似たチャージャー特有の射撃音と共に、黒いインクの爆発が発生した。
懐中電灯が地面に転がり、無意味な所を照らす。
襲撃者の衣服や折り畳みナイフが黒インク溜まりに落ち……数秒でそのインクの中に沈んで消えていった。
黒インクを浴びたリッターのガールは、落ち着いた表情でハンカチを取り出し自らの体にかかった黒インクを拭き取って行く。
「……くそっ!」
もう一人の襲撃者が、ソウから手を離して弾かれたように駆け出した。
逃走を図るつもりであったのか、はたまた突然の乱入者を無力化しようとしたのか…だがいずれにせよ、彼が数歩動いた瞬間
ドゴォン!
二度目の、黒インクの爆発。『無駄に抵抗』した襲撃者の体はあっけなく黒インクの水溜りへと変わり、衣服はインクに沈んで消えた。
全て、一瞬であった。
恐怖に染まっていたソウは、未だ混乱の渦中にあった。
頭が正常に働いていないのだ。そのため、いま起こったこともほとんど理解できていない。
そんな恐怖の氷をソウの脳が溶かしたのは、ソウに近づく一人のイカを認識した時だった。最初は、分からなかった。懐中電灯の光もないし、無言で近づいてくるイカに未だ恐怖していた。
だが、優しく体を起こされ、口のガムテープがそのイカによって剥がされた時。奥のリッターのガールがこちらに懐中電灯を向けて来たことで、そのイカの顔が照らされる。
「……クロ…さ、ん」
「……じっとしていろ」
クロだった。
ゲソが黒いことと、持っているのがいつも使っているの96ガロンではなく、黄色と黒のコーディングが施された『ヒーローチャージャー レプリカ』であることを除けば、その顔も、声も、間違いなくクロであった。
(助かった……助かったん、だ…)
他のガムテープをクロが剥がしている間、ようやくソウは自らが助かったことを実感した。恐怖一色で体全体を凍らせていた氷が、溶けていく感触。そうして溶けてった氷は水という安心感として、再び体に満ちていく。
やがて、クロが全てのガムテープを剥がしたことで文字通り完全にソウの体は解放された。
「…立てるか?」
「…はい………あ」
全く意図せず、目元から一滴の涙が溢れ出た。
水という安心感が身体中に満ちたのみならず、涙という形で現実の自分にも現れてしまったのだ。この世界で目覚めてしまった初日ですら流さなかった涙。この世界に来て、二度目の涙であった。
ちなみに一度目は、ユイの料理を手伝うために玉ねぎを包丁で切った時である。
ソウの涙を見たクロは、突如ソウを抱き寄せた。
「…クロ…さん」
「助けが遅れて…本当にすまなかった。もう、大丈夫だからな」
すまなかった、というクロの言葉が、ソウの脳裏に反芻される。
この時、クロが責任を感じているということをソウは感じた。
そんな、とソウは思った。
今回のことは、完全に自分のせいだ。ユイの過剰なくらいの心配に、その意味を考えすらせず、鬱陶しさすら感じ始めていた自分。泊まった方がいいという職場のイカ達の勧めを振り切って、深夜に出てきてしまった自分。
俺を誘拐するやつなんて、いるわけがない。
そんなの、人間世界の常識じゃないか。
そんなの、人間の俺の話じゃないか。
自分の勝手な判断で、自分で勝手に危険な目にあって、
クロの手を煩わせた挙句、責任まで感じさせてしまった。
ソウは、強い自責の念に駆られた。
「全くだ。私が彼を見つけていなかったら、一体どうなっていたことだろうな」
「…それについては、感謝している。お前のリッターの射撃音のお陰で、迅速にここへ駆けつけることができた。助かったぞ、ピース」
「感謝もいいが、これからきちんと気を配ってやることだ。また狙われる可能性は充分にあるのだからな」
「ああ。無論、そのつもりだ」
こうして落ち着いたところで、クロの体から離れたソウは
ようやくクロが「ピース」と呼ぶもう一人のイカに注意を向ける余裕ができた。
肩に担いでいるのは、最初にクロが心を奪われたブキ、リッター4K。
ユイと同じパイロットゴーグルというギアを頭につけており、あとは黒いジャケットと黒い靴。
青いゲソのガールは、クロと親しく…というレベルかは分からないが、少なくとも初対面同士の会話ではないことは明らかである。
「クロもそうだが、君も君だ」
と、そんな風にソウが考えてるうちに、いつの間にか件のガール…ピースが目の前に来ていた。その低い声は妙に威圧感があり、ソウは内心ビビった。
「帰りが遅くなるのならば、事前に迎えを頼むなりなんなり方法はあったはずだろう。世の中、君みたいなイカを無理にでも自分のものにしようとするショタコンはいくらでもいる。周りがいくら注意していても、君自身が何より注意しなければ何も意味がないのだ。以後は充分に気をつけた方が身のためだ」
「は、はひ…」
ビビったままかしこまってしまうソウ。そしてこのガールの言葉によって、
ソウは今やっと自分が拐われそうになった理由を知った。
(そうだ……そういえば、俺、今はショタだったっけか…)
正直ここ最近、全然自覚することはなかった。
そういえば最初の頃、ユイがソウに性的興奮を抱いてたとか衝撃的な事実が聞かされたことがあった。あの時はイカのことをよく知らなかったのもあって、「イカやべえ」ってなったものだ。
が、その他のイカ…クロやスイトなどは全然そんな様子はなかったので、
ただユイが変なだけなのだと思っていた。不安の種であったユイも最初は怪しい目つきだったが、一緒に暮らして行くうち、やたら過保護で構いたがりなことを除けば至って健全な関係であった。
しかし、違ったのだ。というより、ソウの認識が誤っていた。
自分に興奮していたユイが変なイカなのではなかった。
あくまでユイはショタコンの一角であり、そしてショタコンにとってのソウは、興奮の対象であることが至って普通だったということなのだ。
そして、その予想が正しければ、というか今目の前のガールに言われている通り、ソウはその悪いショタコンに目をつけられたというわけだ。
「ふむ、分かったのならそれでいい」
ニヤッと笑ったことで、ガールの威圧感が薄れてソウのビビリが多少引っ込む。
「私の名はピース。クロの元同僚だ。…まあ、今は気ままにバトルとバイトをするただのイカだ」
「あ、どうもご丁寧に。俺はソウと言います」
「よろしくな。いつかバトルで戦う日が楽しみだ。…ところでクロ、証人聴取があるのだろう。私個人としては、できるだけ早く済ませておきたい」
「…ああ。ソウも済まない。すぐ終わるから、もう少しだけ付き合ってもらえるか」
「えっと、何かあるのですか?」
「今の誘拐犯、一応俺がアレストキル…まあつまり、現行犯で逮捕したことになる。…が、今回は事前調査なしの突発的な逮捕だ。誤認逮捕でないことを証明するため、証人に事情聴取を行う必要がある。」
「なるほど……でも、ということは……クロさんの職業って…」
「…
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それから、二日後の昼過ぎ。
「ほう、あのボーイがブキの発案者とはな…イカは見かけによらないものだな」
「…そうだな」
先日、ソウとクロが午後を過ごしたカフェ。今そこには、クロと…かの『同僚』 ピースが午後の時間を過ごしていた。
「ということは、今日も職場でそのブキを開発中…ってところか?」
「いや、その段階はもう過ぎた…今日は、ナワバリバトルを管理する重役達に、
完成したブキのお披露目をするらしい」
「…それは大役だな。一昨日あんな目にあっているというのに。精神的に疲弊してはいないのか?」
意外そうに目を見開くピース。対してクロはいつも通りの無表情だが、どこか影がある表情である。
「さすがに今朝は緊張していたようだが、昨日一日充分に休息させたお陰か、少なくとも一昨日の事件によるトラウマやショックはないようだ」
「そうか……その割には、何か思うところがありそうな顔をしているようだが?」
「…分かるもの、なんだな」
「君は一見、感情が掴みにくいのは確かだ。だが、多少なりとも付き合いがあるイカが観察力を働かせれば…逆に分かりやすい」
「……そうか」
感情が分かりやすいと言われ、複雑な感情を抱いてしまうクロ。
そして、それも目の前のピースにも何と無く感じ取られている。
「…ソウは適切な警戒心を身につけるようになった。ソウに関しては心配はない」
「心配しているのは、別な要素……例えば『女王様』とやらを信望している誘拐犯のこと……か?」
「さすが、察しがいいな」
「私もインクリング犯罪対策課に勤務していたあの頃は、無駄ではないということだ」
クロは納得したように頷くと、本題に移る。
「先ほど署に寄ったのだが……あの誘拐犯二人、既に釈放された後だった」
「…なんだと?」
ピースは、眉根を寄せて怪訝な顔をする。
「まさか、無罪放免になった訳ではないだろうな?」
「いや、罪自体は認められた…だが厳重注意の上、仮の釈放と相成ったらしい」
「馬鹿な。いくらなんでも誘拐未遂だぞ、処罰が軽過ぎるだろう。それに『女王様』という首謀者の存在について割れてもいないのだろう? そんな状況で重要な容疑者を釈放するなど…」
「ありえない。無論、署長とてそんなつもりは毛頭なかった。…だが、今回の釈放は署長の意向ではない」
「…どういうことだ?」
体を乗り出し、問い詰めるピース。
元警察官の彼女としても、不本意な犯人の釈放は気にくわないのだろう。そしてそれはクロも一緒である。もはや初対面の人でも分かるくらい苦々しい表情になっているクロは、半分吐き捨てるように答えた。
「ある人物からの口添えがあった。容疑者は充分反省しているだろうから解放するように、とな」
「…そんな馬鹿げた理由で容疑者を釈放できるほど…そして署長の意向すらも捻じ曲げる口添え……か」
「…そうだ。具体的な名前こそ伏せられていたが……間違いなく、このハイカラスクエアにおける最高権力…ナワバリバトル総本部の重役」
「おそらく…まさに今日、ソウが会いにいく連中のうちの誰か、だろうな」
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「うー…大丈夫ですかね…俺みたいなのが、そんな偉い人達と会うなんて…」
「何も心配はいらないでし! 何も取って食われる訳でもないでし! それに、説明はボクに任せて、君はただ一回か二回試し打ちするだけで、あとは立ってるだけで大丈夫でし!」
「そ、そうですよね……すーっ…はーっ…」
息を落ち着かせて、目の前の大きな両開きドアの前に立つ。
今のソウは、私服とは違うナワバリバトル用の『ギア』というオシャレとユニフォームを兼ねたらしい独自の服装に着替えていた。結び目が前に向けられた黒いハチマキ、タコにも似た薄いマークとロゴが描かれた黒のTシャツと、二つのベルトのようなもので留められている黒い靴。
最近の『アップデート』とやらで新しく追加されたギアらしく、本来ナワバリバトルを一戦も経験していないソウには到底買えない代物だが、せっかくのお披露目ということで今回は特別らしい。
全身真っ黒なコーディネートなのは、『無情な戦士』というのをイメージしているらしいが、ショタの自分がそういう服を着ても果たしてイメージ通りになるのだろうか、ソウは疑問に思っている。
そしてこの扉の先。
この向こうに、ナワバリバトルの全てを司るとも言える重役達がいると教えられているため、ソウは結構ビビっている。
しかし、ブキの認可はほぼ通っているためこれはハッキリ言って通過儀礼のようなものらしいし、実際この儀礼を経験したらしいスイトからもなんども教えてもらって予習している(本当に立って試し打ちするだけ)なので、きっと大丈夫だと自己暗示をかけていくソウ。
(…それに、一昨日の事件……あんな目に遭ったことに比べれば、こんなこと屁でもないっ!)
そう思うと、突然勇気が湧いてきた。
「分かりました……ブキチさん、行きましょう!」
「了解でし! それでは、いざ、お披露目!」
ブキチの手によって、大きな扉が開かれた。
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その向こうでコの字型の机に座って、ソウを待ち受けていたのは7人の重役達。このハイカラスクエアにおける、最高権力といっても過言ではない。
一人目。
ブキやギア全体を吟味し、流行に合わせた外見デザインを提案したり、この大陸全域のありとあらゆる場所を、ナワバリバトルの「ステージ」として新たに再構築し、イカ達に提供することを目的とした『バトルデザイン設計課』の課長を務めるクラゲ
『ハナガサ』
独特な模様のTシャツをきたこのクラゲは、興味深そうに扉の向こうに視線を向けた。
二人目。
バトルを求めるイカ達のマッチングシステム、ガチマッチにおけるオブジェクトの発注及び管理、『バトル用仮想ステージ』へイカ達を転送するワープシステム、バトル中におけるイカ達のリスポーンシステム、そして、塗り面積を一瞬で判断し、バトルの勝敗を判断するシステム。
バトルという競技を確立するために必要不可欠なシステムの常時点検と修復を専門とするのが、『バトルシステム管理課』 そしてこの場にいるのはその課長補佐を務めるクラゲ『オワン』
この課の真の課長であり、そしてこのシステムの発案及び開発者である『哺乳類』は、今は、いや今だけでなく常に、デカ・タワーの前で、迷えるイカ達を導いている。
三人目。
エスカベースに存在する、バトルのギアを扱う三つの公認店。アタマ屋「エボシ・エボシ」、フク屋「フエール・ボン・クレー」、クツ屋「ドゥーラック」そして特殊なギアを扱うオンラインショップである「ゲソタウン」。それに加えイカ達に対しクリーニングなどギアパワー関連の商売や取り寄せサービスなどを提供しているスパイキー。
これら5つに流通するギアの全管理及び、ギアの二重購入を防ぐためイカそれぞれが持つギアの管理を総括しているのが『バトルギア管理課』 そしてその課長 『ダウニー』
普段から本部ではなく、カフェでのんびり仕事をこなす自由人として知られている。
今いるこの場では一応唯一のウニ族である。が、今の所開いたドアの向こうに興味を示している様子はない。
四人目。
非常にワクワクした表情で扉の向こうを見守っているのは、一昨日ソウが出会った白いゲソのボーイ。
バトルにおけるイカ達の不平等を無くすためにブキのメイン、サブ、SP、またギアパワーの性能検討、調整を主な仕事として行なっている『バトルレギュレーション調整課』の課長、『ナタ』である。
先日のように新たなブキの性能を検討するのも、立派な仕事の一つであった。
五人目。
上記の重役達が綺麗に両端の机に着席してる中、それから離れた端っこに着席している…いや『置かれている』と言った方が正しいか。
本来なら着席しているはずの席は空白で、その椅子の後ろにはスーツ姿のボーイとガールが一人ずつ、無表情で控えている。
そしてその空白の席の机には……アンテナのついた木彫りの熊の置物。
それは通信機能のついた置物。
地上の生物からは『害魚』とされていた『シャケ』と呼ばれている生物を
イカ達に倒させる代わりに報酬を与えるビジネスを展開したことで、イカ達から多大な支持を得ており、職務内容上ナワバリバトルの総本部とも関係が深いため、個人企業でありながら唯一この場に列席を許され、それでいて通信機越しにしか話さないため正体不明の謎多き人物。
『クマサン商会』 会長の『クマサン』
こうした人物達が左右に列席する中、中央奥に二人並んで控えているのは
この面々の中でも特に重要な地位に立つイカである。
六人目。
頭部の右側が痛々しく白い包帯でグルグル巻きにされている、片目のガール。唯一垂れている左側のゲソを指で揉みながら、前を見据えている。
彼女こそ、ナワバリバトルに関する総括を行っている『ナワバリバトル総本部長』の『リサ』
七人目。
その隣、黒縁眼鏡をかけており左腕を失っているボーイ。
右手持ったペンを回しながら机の上の書類を眺めている彼はナワバリバトル本部だけでなく、このハイカラスクエア全体の自治と責任を預かる『ハイカラスクエア町長』の『イリグ』である。
こうした人物達が列席する中、扉の向こうからまず一歩踏み出したのは八人目の重役。カンブリアームズの店長であり、かつ『バトルブキ管理課』の課長、『ブキチ』が声をあげる。
「お待たせしたでしー! それじゃあみんなお待ちかね、ブキをお披露目に入るでしー!」
テンション高めのブキチの声を合図に、まずソウが一歩だけ踏み出す。
「みんなも知っての通り、今回のブキはとある一人のイカの発想から生まれたブキでし!」
「ブキ種は厳密にはチャージャーの亜種でし。…しかしナタ課長と協議した結果、あえてチャージャーとは新しい区分として登録することにしたでし!」
さらにもう一歩、ソウが踏み出す。
「確かに『チャージをする』という一点だけを注目すれば、チャージャーに属すべきかもしれないでし! しかし、攻撃範囲などブキそのものの性能及び用途、役割の差。そして何より見た目の斬新さを考慮して、新規のイカ達が分かりやすく直感的にブキを可愛がってもらえるようになると踏んでの考えでし!」
「それでは早速、みんなの目に公開するでし!」
その言葉が、合図。
ソウは奥歯を噛み締め、扉の向こうへ姿を表した。
ソウに集められる視線。ブキチの声が木霊する。
「そのブキ種は『セイバー』!
そしてこの『セイバー』の第一号となるブキの名前は『イカネサダ・心』!
サブウェポンは『カーリングボム』 スペシャルは『バブルランチャー』!きっとみんなに可愛がってもらえるでし!」
ソウは、背中のインク圧縮機構と繋がっている黒い『鞘』から『刀』を抜いてみせた。鈍い色の刀身が、部屋の電気に照らされ妖しく光った。
ナタ
性別:男
ゲソの色:白色
持ちブキ:??????
名前の由来:????
ショタコンパワーとは:ショタを愛することを極めた者に宿るパワー。
絶大な力を手にしているが、きちんと溜まった欲望を処理しないと暴走する危険性を秘めている。
ピース
性別:女
ゲソの色:真っ青
登場経緯:許可をもらってフレンドさんのイカを友情出演
筆者の自分語り:このフレンドさんとの鬼ごっこでリッターを相手に逃げ回ろうとするも
ボコボコにされる。