4人目の奉仕部員   作:リアクト

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時間がかかりました。
相変わらずおれの好みで人物を動かしてます。
チョロいかな。チョロいかも。


第2話。

〈1〉

 

 職場見学は高校生3人が保育園児にぼろぼろにされ、敗北感にまみれつつがなく終了した。

 

「ちっちゃい子のパワーってすごいなぁ…」

「…おぅ…」

「2人ともごめん、まさかあんなにキツイとは…」

「お前のせいじゃねえよ。…しかし、先生のちびっ子いなしテクはハンパなかったな。慣れてるはずの川崎さえこんなんなってんのに…」

「けーちゃんっておとなしい方だったんだね…」

「でも八幡は大人気だったね。僕ちょっとびっくりしたよ。子供の扱いすごい上手なんだもん。川崎さんはもう流石って感じだったけど」

「小町のおかげっちゃおかげだな。でも人気で言えば戸塚がダントツだろ」

「…クククッ」

 

 急になにかを思い出したように川崎が微笑う。

 

「…なんだよ」

「い、いや、あんた、男の子たちに大人気だったじゃん…ククッ」

「あー…あはは…」

「…うるせえよ」

 

 俺、川崎、戸塚はけーちゃんにより、それぞれ「はーちゃん」「さーちゃん」「さーかちゃん」という愛称を賜った。初めのうちは良かったが、慣れるとどこまでも悪ノリし始めるのが幼児のお約束である。そんな中、俺はいつしかガキンチョ達から「はーちゃんゾンビ」と呼ばれていた。いつ死んだんだよ俺。

 

 

「あれ、ヒッキー?」

「あ、結衣ちゃんだ、やっはろー」

「おつかれ」

「お前らも帰りか」

 

 保育園を後にし、駅に向かって歩き出して程なく、俺達は葉山グループの連中と遭遇した。どうやら向こうの方が少し早く終わったようだ。

 

「やあ、ヒキタニくん達も今終わりかい、お疲れ様」

「…うす」

「…ヒキタニ?」

「川崎さん?」

 

 やばい。川崎が葉山の俺への呼び方に引っかかってくれたのは正直嬉しくもあるが、今は向こうに由比ヶ浜がいる。ここでごちゃごちゃするのはあまりよろしくない。

 

「(川崎、今はいい)」

「(…そうかい)」

 

 葉山達との間の緊張した空気を読んでか、戸塚が口を開いた。

 

「葉山くん達は駅の向こうの会社だったよね?三浦さん達は?」

「ああ、打ち上げをしようと思ってね、こっち側に優美子のおすすめの店があるらしくて、今そこを優美子と戸部が抑えに行ってるんだ。…良かったら一緒にどうだい?」

「そうだよ、ヒッキー達も行こうよ!」

「あたしは帰るよ、家のことやったらけーちゃ…妹を保育園に迎えに行くし」

「俺も帰る」

「僕も今日は帰ろうかな、ちょっと疲れちゃって。誘ってもらったのにごめんね?」

「そうか、じゃあまた学校で。お疲れ様」

 

 俺達は再び家路につく。

 

「ヒッキー、ちょっと待って!」

「…帰りたいんだが」

 

 俺の呟きには応えず、呼び止めた由比ヶ浜は葉山達から離れ、近寄ってきた。

 川崎と戸塚も何事かと足を止める。

 

「ご、ごめんね急に。ちょっと話したいことがあって」

「急ぎじゃないなら明日にして欲しいんだが」

「急ぎ、じゃないんだけど、その、ちょっと2人だけで話があるというか…」

 

 え、何それ、告白でもしちゃうの?俺に?

 そんで色々話してるうちにフラれちゃうの?俺が?何それ理不尽。

ふと振り向くと川崎も戸塚も遥か遠くにいた。不意にスマホが震え、確認すると戸塚からだった。

 

「お先に!がんばってね!」

 

 ちょっと待て、いや待ってください。

 

 

 

〈2〉

 

 週が明けて月曜日。

 放課後になり、奉仕部へと足を向ける。

 

「…うす」

「…や」

「…こんにちは、比企谷くん、川崎さん。出来ればもう少しちゃんと挨拶して欲しいものね」

「…おう」

「…ん」

 

 いつものごとく雪ノ下が額に手をあて、おれと川崎はエコ返事をしつつ椅子に座った。

 

「紅茶、飲むかしら」

「ああ、すまん」

「ありがと」

 

 雪ノ下が紅茶を淹れている間に、川崎が話しかけてきた。

 

「ねえ」

「おう」

「由比ヶ浜は?」

「…さあな」

「…あんたさ、先週…」

「…どうぞ」

 

 ナイスだ雪ノ下。

 先週末、職場見学の帰り、由比ヶ浜に声を掛けられた。その後、言い淀んだ由比ヶ浜に対し、俺が代わりに答えてやった。

 

「事故のことは気にしてない。だからお前がわざわざ俺のことを気にかける必要もない」

 

 今日由比ヶ浜がここに来ないのは、恐らくそれが原因だ。雪ノ下とは友人関係になっているから来るかもしれない、とは思わないでもなかったが、気まずさの方が先に立ったのだろう。別に隠すような内容でもないのだが、俺と由比ヶ浜とのことなので、他人に気軽に話すようなものでもない。

 

「由比ヶ浜さんはしばらく休むそうよ」

「…そうか」

「比企谷くん」

「…なんだ」

「何があったかは知らないし、聞かないわ。でも、原因は知っているのでしょう」

「…」

「今週は様子を見るわ。でも、それまでに彼女が戻ってこなければ比企谷くん、あなたがなんとかなさい」

「雪ノ下は聞いたのか、理由を」

「詳しくは聞いていないわ。ただ、由比ヶ浜さんがここに来ない理由は限定される。私かあなたと何かがあった、くらいね」

「まぁ、あたしとは会話もほとんどしたことないからね。…比企谷、あの時何があったのさ。あんたと由比ヶ浜の話だしお門違いと言われりゃそれまでだけど、あの子教室でも心配されてたよ。元気ないしーとか」

「…解消は出来る。俺がここを辞めればあいつは戻ってくるだろ。問題は平塚先生が許可してくれるかどうかだが…」

「…あなた、由比ヶ浜さんに何をしたの?」

「…何もしてない。向こうが気に病んでることをなかったことにしただけだ」

 

 そう。俺が何かをしたわけじゃない。去年の入学式の前、由比ヶ浜が散歩させていた犬が道路に飛び出し、それを偶々俺が見ていて、それとは知らずに助けただけだ。

 その結果俺が車に撥ねられようと、結論を言えばそれは俺の運が悪かっただけで、撥ねた車も飛び出した犬も、偶々首輪が壊れているのを気づかなかった由比ヶ浜も、勝手に飛び出して勝手に怪我をした俺に恨まれる筋合いはない。正直、1年以上前の話を今更蒸し返されても困るのだ。当時はペットの管理も出来ねえのかと苛立ちもしたが、もう既に喉元どころか身体のどこにも残ってはいない。実際、ついこないだ小町から「お菓子の人」が由比ヶ浜だということは聞いたが、特に思うところはなかった。

 

 そんなことをぽつりぽつりと話していくと、雪ノ下の顔がどんどん青くなっていった。

 

「…つまり、由比ヶ浜は俺に対して気まずい気持ちがあるからここに来ない。なら、俺がいなくなれば…どうした、雪ノ下」

「……」

「雪ノ下?」

「…私よ」

「なにが?」

「…比企谷くんを撥ねた車。…私が、乗っていたの」

 

 

 

〈3〉

 

「…そうか」

 

 どんな言葉を掛ければいいか分からなかった。雪ノ下のせいではない。仮に車の方に責任があったとしても、ただの同乗者である雪ノ下にはなんの責任もない。現実には、交通ルールを守って走行していた車に、俺が突っ込んだ形になったのだから、行政上はともかく、心情としては被害者のそれに近いはずだ。だが、今の雪ノ下は、後悔の念にかられているように見える。責任感の強いやつだけに、撥ねられたの相手のことを初めて知り、それが同じ部活の人間だということで、尚更動揺しているのだろう。

 俺も少なからず動揺していた。事故の件はとっくに手続きやらは終わっていて、入院費やら治療費、慰謝料などもかなり受け取ったらしい。俺自身は相手の車のことは一切知らされていない。知ったところで責めるつもりもなかったが、黒塗りのリムジンだったことから、どっかの偉い人の車だ、程度の認識だった。

 それがまさか、中には同級生になる女子がいて、一年を経てそいつの部活に入れられるとは。

 しかも、犬の飼い主も同じ部活にいる。

 その関係は、ひどく歪なものに感じられた。

 

 いつしか雪ノ下は顔を伏せ、膝に置いた掌を固く握りしめていた。

 

「…雪ノ下」

 

 川崎が小さく呟く。ゆっくりと席を立ち、雪ノ下の前に立ち、優しく髪に触れる。雪ノ下はびくっと肩を震わせるが、川崎のされるがままになっていた。

 

「ね、あんたはどうしたい?」

「…どう、…て…?」

「1年前の事故に関わっていることを、あんたは今初めて知った。それも加害者側として。事故としてはもう解決してる。乗ってただけのあんたには何の落ち度もない」

「…でも、」

「うん。その被害者は、実はあんたの知り合いで、ほとんど毎日顔を突き合わせてる。知らなければそのままだっただろうけど、知ってしまった。あんたが嘘が嫌いで、馬鹿正直な人間だってのは、ここにいるやつは皆知ってる。あたしだって、ここに来てまだ日は経ってないけど、その程度は見てれば分かる。その上で聞くよ。…あんたは、比企谷に対して、まずどうしたい?」

「…ひ、きが、やくん…」

「…なんだ」

「ご、めんなさい…。私、知らなくて、ぜんぜん、しらなくって…」

 

 誰だこいつは。これは俺の知る、傲慢で、正直で、不遜で、自分にも他人にも厳しくて、どこまでも自分の正義を信じて疑わない、あの雪ノ下には到底見えない。

 

「謝られる筋合いは「比企谷」」

 

 川崎が俺を見ていた。責める様な目でも、まして同情の眼差しでもない。

 ただ真っ直ぐに。

 

「考えな。雪ノ下の謝罪の意味を。分かんないなら、あんたの妹に置き換えてみな。そうしたらあんただったらわかるでしょ」

 

 考える?何を?

 雪ノ下は俺に謝罪した。これまで事故について知らなかったことを。それを知り、自分が間違っていると考えたからこそ、謝ってきた。その行為そのものは間違っていない。だが、その実はどうだろうか。この謝罪は、去年の事故についてなのか。だとすれば謝罪は不要だ。雪ノ下は事故の詳細を知らされていなかった。それはまあ分かる。運転手付きで学校に通うようなお嬢様だ、全ては親が処理し、本人には気にしなくていい、位のことを言ったのだろう。雪ノ下の家族のことは知らないが、これまで親の言うことをよく聞く「良い子」であっただろうことは想像出来る。だが、親の窺い知れぬ所で、つまりこの奉仕部で、彼女は真相を知った。今の彼女の頭の中は、後悔と謝罪しかないのだろう。

 ふと、さっき川崎の言ったことが頭に入ってくる。小町に置き換えてみろと川崎は言った。もし小町が雪ノ下の立場だったら。俺はどうしたのだろう。小町はあれで、自分が悪いと思えば謝ることの出来るやつだ。普段の俺に対しての扱いが小町なりの甘えであることはとっくに分かっている。…雪ノ下の罵倒も甘えの一種…?

 そういえば姉がいると言っていたな。印象としてはあまり上手くいっていないようだったが、この際それはいい。要は雪ノ下は「妹側」だということだ。彼女は無意識に妹側に立ち、兄側の俺に対して罵倒という甘えをしていた…?

 いや、それはないだろう。俺と雪ノ下はそれほど親しい関係ではない。いくつかの案件を解消してはきたが、方法として褒められるようなことも特にしていない。俺を兄とみなす行為は存在しない。

 一方、川崎は姉側の人間だ。言動や第一印象はともかく、その中身は面倒見の良い、家族想いの長女だ。ある部分で俺とものの見方は近いものがある。その川崎が小町と雪ノ下を置き換えてみろと言う。それは、つまり。

 

「分かった?なら雪ノ下に答えてあげな。小理屈はいいから、答えだけ。雪ノ下はあんたに謝ったよ」

 

 …わかったよ。

 

「雪ノ下」

「っ…」

「わかった、許す。もう気に病むな」

「…え…」

「お前の謝罪は受け取った。言いたいことはあるが、それで気が晴れるなら、俺はお前を許す」

 

 ちら、と川崎の顔が目の端に入った。

 優しい微笑みが、そこにはあった。

 

 

 

〈4〉

 

「ありがとう、比企谷くん、もちろん川崎さんも」

「…ああ」

「あたしは外からやいやい言っただけだよ。事情もその時の心情も知らないから、無責任なこと言っちゃったかもしれないけど」

「そんなことはねえよ」

「…比企谷」

「ありがとな、川崎。小町に置き換えろってのはガツンと来たわ」

「あんたはシスコンだからね。そう言う方が分かりやすいかと思ってさ」

「…でも、どうしてかしら。私は比企谷くんを兄と思ったことはないし、そんな素振りもなかったと思うのだけれど」

「気質だよ」

「気質?」

「あたしん家はさ、あたしが一番上で、下に3人弟妹がいるんだ。両親は共稼ぎだから、自然と面倒を見る時間が増えてね。そういうのがなんとなくわかるんだ。あと他人と余り関わらずにきたから、余計に気づくことが多いのかもね」

「つまり、姉気質と妹気質ってことか」

「そ。あんたは典型的なダメ兄気質」

「うるせえよ」

「…を、演じてる」

「…は?」

「本当のダメな兄貴ってのは、妹のことなんか気にもしないし、何かあっても何もしない。でもあんたはそうじゃないでしょ」

「小町を気にしないなんて出来るものか。そんなことしたら親父にどんな目に合わされるか」

「ふ、そういうことにしとくよ。で、雪ノ下はあたしから見たらもう妹気質丸出しだからね」

「え、そ、そんなに?」

「この部に入ってから分かったんだけどね。どこを見て、てのは内緒にしとくよ」

 

 こいつ、すげえな。ただのブラコンじゃねえ。筋金入りのブラコンでシスコンだ。勘違いして告白して弟扱いされたあげくに相手にされないまである。

 今までの事を振り返ると良く分かる。最初こそ本気で拒絶されたんだろうが、戸塚のテニスコートの件あたりから、おれにぶつけてくる罵倒が変わってきたような気はする。何と言えばいいのか、例えば、少し楽しそうな。小町が俺にぶつけてくる罵倒にちょっとだけ似ている、そんな気がする。

 

「しゃべりすぎて疲れたよ。今日は帰らせてもらうね。…あ、あと比企谷」

「お、おう」

「由比ヶ浜は一人っ子だってさ。多分、『上がいないタイプの』ね」

「!」

「じゃ、お先に」

 

「そろそろ終わりにしましょう」

「おう、お疲れ」

「…川崎さんが帰る時の言葉、なんだったのかしら…」

「雪ノ下。…由比ヶ浜は俺が今週中に連れ戻す」

「…出来るのかしら?」

「ヒントはもらった。あとは答え合わせだ」

「そう。…彼女、すごいわね」

「だな。勝てる気がしねえわ」

「比企谷くんは判ったの?彼女の言葉」

「多分な」

「そう…」

「なんだよ?」

「比企谷くんも意外と侮れないのね。ちょっとだけ、ほんの少し、本当にゴマ粒くらい見直したわ」

「ゴマ粒とか随分評価高けえな。栄養価ばっちりじゃねえか」

「でも、彼女は一人っ子よ?私のことが参考になる気もしないのだけれど」

「…一人っ子にはな、『兄姉のいない一人っ子』と『弟妹のいない一人っ子』がいるらしいぞ」

「…なるほどね」

 

 下の子は、悪いことをして反省したら、上の子に許されたくなる子が少なくない。

 だから、上の子は下の子が反省していたら、許してやればいい。

 

 ほんと、すげえよ川崎。

 

 

 

〈5〉

 

 数日後。

 

「うす」

「…や」

「…こんにちは、比企谷くん、川崎さん」

 

 いつもの場所に座り、俺が読みかけのラノベを開いた時、そろそろと扉が開いた。

 

「や、やっはろー…」

「!」

 

 雪ノ下さん、顔が緩んできてますよ。

 

「…うす」

「…や」

「…こんにちは、由比ヶ浜さん。…おかえりなさい」


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