相変わらずのチョロい世界観ですが、幸せならいいじゃない。ね。
〈1〉
「……ん、メール」
「おれもだ。……嫌な予感がする」
「奇遇だね、あたしもだよ……」
前期夏期講習最終日。漢字が多いな。
今日の講習が終われば、あとは夏休みだ。とりあえず俺と沙希はこの後、小町、大志、彩加と合流して夕食を一緒に食べることになっている。
沙希と友人関係になって以来、一緒に行動することが増えた。付き合ってるのかと勘ぐられることもあったようだが、直接聞きに来るやつもいないので詳しくは知らない。まあ基本的に同じ講習を受けているので、ほとんど毎日顔を合わせることになる。いつしか俺達は気心の知れた仲、という感じになっていた。
一度、彩加と三人で出かけたことがある。その時、俺と沙希はいつもの様に名前で呼び合っていたのだが、彩加には大層驚かれ、
「僕のことも名前で呼んでよね」
と言われた。沙希も同じように言われ、三人は名前で呼び合う友達関係、ということになったのだが何よこの夏、俺リア充デビューじゃね?
などと思っていたらこのメールだ。届いた瞬間、ちょっとスマホが重くなった気がしたのは多分気のせいじゃない。なぜなら、平塚先生からのメールだからである。色々重たい。
「…CCで送ってきてるな」
「あたしとハチだけしかアドレス出てないね。雪ノ下達には届いてないのかな」
「内容が違うのかもな。……なっげぇ」
「……」
「ん、なにしてんだ?」
「返信」
「マジか、あれ全部読んだのかよ……」
速読ってレベルじゃねえぞ。
「読んでないよ。長いから読む気がしないので要旨だけ書いて送るようにって。いつも先生が言ってるじゃん」
「お前すげぇな……」
「あんた達がビビりすぎなんだよ……と、送信」
攻撃的なやつだな。でも間違ってはいない。先生から俺達にということは、まず間違いなく奉仕部絡みだ。今は夏休みなので活動自体もしていないんだが、そんな中でメールしてくるということは、それなりに急ぎの案件なのだろう。平塚先生のメールはいつも、すごく綺麗な日本語で、すごく綺麗な文章で、すごく後ろの方に要件が書かれている。それはそれでまあ悪いわけではないのだが、急ぎの案件の場合は困る。これで大した用じゃなかったりすると大変困る。つい返信が『そうすか』だけになったりしてもしょうがないんじゃないだろうか。
沙希が返信してものの数分で、先生からのメールが返ってきたようだ。
『今週末、千葉村に行く小学生の林間学校にボランティアとして参加する。奉仕部の活動の一環としてなので、極力参加するように。尚、自分で面倒を見る事が出来る限り、弟妹は連れてきても構わない。ちなみに旅費宿泊費等の費用は学校持ち』
「俺んとこには来てねえぞ」
「だってあんた返信してないじゃん。どうする、連名で返事しとく?」
「不参加で」
「言うと思ったよ……あ、またメール来た」
「今度は俺にも来たな……げ」
「ぷっ。完全に読まれてるねあんた」
再び俺にも来たメールには、こう書かれていた。
『比企谷は参加確定。予定は妹さんから聞き取り済み』
……あの独神、いつ小町の連絡先を。
〈2〉
「小町ー、いってくるなー」
「はーい、いってらっしゃーい。お土産は沙希お姉ちゃんでー」
「あほか。じゃあ講習頑張れよ」
結局林間学校のボランティアには参加させられることになった。渋々。決め手はけーちゃんの「さーちゃんとはーちゃんもいっしょならいくー」という一言だった。キラッキラした目で言われちゃったらそりゃ逆らえねえだろ。奉仕部4人にけーちゃん、それになんと彩加も来るらしい。なにこの充実感。一瞬自分がリア充かと勘違いしてしまうレベル。ちなみに大志は小町と同じく講習、次男坊は親戚の家にホームステイだそうだ。
川崎の家は、俺の家から割と近い。自転車なら15分くらいというところか。なので俺と川崎姉妹は、川崎の家で平塚先生に拾ってもらうことになっていた。
「おはようハチ。ちゃんと時間通りに来たじゃない」
「はーちゃんおはよー!」
「おう、おはような。小町が今日から講習だからよ、それに合わせて叩き起こされたんだよ」
「え、大志まだ寝てるよ?今日は午後からだって言ってたけど」
「え、マジか」
気を遣わせちまったかな。ボランティアとはいえ、俺が夏休みに出かける、しかも友人や知り合いと一緒と聞いて、小町は自分のことのように喜んでいた。けど小町ちゃん、おにいちゃんを「このぼっちが」とか連呼するのはやめよう?
「出来た妹じゃない」
「まったくだ。……来たみたいだな」
でっかいミニバンが川崎家の前に停まった。平塚先生が運転席から降りてきた。同時に後ろのドアが開き、雪ノ下、由比ヶ浜、彩加も降りてくる。
「おはよう。2人とも遅刻しなかったようだな」
「……ども」
「ねーねーはーちゃん、あのおばちゃんだぁれー?」
「「ぶふぉっ!!」」
俺と川崎は思わず同時に吹き出してしまった。見ると先生の顔が赤くなったり青くなったりしつつ、濃いめの灰色に落ち着く。駄目です先生、それは人間の顔色じゃないです。
「お……おばちゃん……ま、まぁそうか、幼児から見れば確かにおばちゃんだな。高校生も似たようなもんだけどな!はははっ!!」
「先生、それは流石に無理があるかと……」
「せんせー?おばちゃん、せんせーなの?」
「ごふっ……そうだよ、君のお姉さん達の先生で、平塚静だ。君はなんてお名前かな?」
「けーか、きみっておなまえじゃないもん。かわさきけーかですっ」
「お、ちゃんとご挨拶出来たな、えらいぞけーちゃん」
「ひらつか、しずか……しーちゃんせんせーだ!」
「おふぅっ!!」
先生は遂に膝から崩れ落ちた。けーちゃんの天使っぷりに完全にやられている。わかります、わかりますよ先生。けーちゃんのあだ名スキルは、付けられた相手を否応なしに癒す。癒してしまう。どっかの残念あだ名メーカーとはえらい違いである。
「……なんか今ヒッキーがムカつくこと考えた気がするし」
エスパーかよ。
「これで揃ったな。では行くとしよう。……ああ比企谷、君は助手席だ」
「えぇ……」
「何か文句でもあるのかね?道中独り寂しく運転する私の話し相手になってくれたまえ」
「けーか、はーちゃんとさーちゃんのおとなりがいい」
「ぐぅっ……」
「ほら、けーちゃんもああ言ってることですし。後ろは3人席が2列だし、丁度いいでしょう」
「くっ……し、仕方あるまい。では雪ノ下……はもう寝てるのか。しょうがないな」
いや、あれ寝たふりですからね。寄りかかられた由比ヶ浜がなんかあたふたしてるけど、顔の緩みがえらいことになっている。
ともあれ、千葉村林間学校ボランティア一味は、千葉市を後にしたのであった。
〈3〉
「ハチ」
「どした」
「けーちゃん寝ちゃったみたい」
「だな。……まだもう少しあるみたいだし、沙希も寝てていいぞ。けーちゃんは俺が見てっから」「……え、沙希ってヒッキー……」
「結衣ちゃん、ちょっと。けーちゃん起きちゃうから僕が話すよ」
すっかり癖になってしまった。そういえば俺ら3人以外は、お互いを名前で呼ぶようになったことを知らないんだった。沙希を見ると「やっべぇ」って顔をしている。まあな、お前が先にハチっつったんだからな。雪ノ下があのまま寝てくれて助かった。聞かれてたら俺の生命が。リアルで。
後ろの席では由比ヶ浜に戸塚がぽしょぽしょと説明している。ちくしょう由比ヶ浜め、オイシイ所持っていきやがって。途中「いいなぁ……」とか聞こえたけど気にしない。沙希の小鼻がちょっと膨らんだけど何それ可愛い。
そうこうしてるうちに、どうやら千葉村に着いたようだ。その頃には俺以外ほとんど寝ていたので、結局俺が先生の話し相手になるのは変わらなかった。みんなに声をかけて起こし、寝惚けたけーちゃんが俺に抱っこをねだってきたので抱っこしてやる。慣れたものである。沙希はと言えば、
「あ、ほら雪ノ下、これで口。ちょっと出てるから、よだれ」
「……にゃ?……に、え、あ、わ」
「うっわ、ゆきのん可愛えぇ……」
謝罪の一件以来、どうも雪ノ下の妹化が激しくなっている気がする。普段はいつもの雪ノ下だが、ちょっと油断するとさっきのような反応をする。大変可愛らしいが、照れ隠しに俺を射殺すような眼で見るのはやめて下さい。俺のせいじゃねえし。
そんな雪ノ下を大層可愛がっているのが由比ヶ浜だ。妹系一人っ子と評された由比ヶ浜だが、この状態の雪ノ下には思う所があるらしく、最近ではちょっとお姉さんぶってみたりすることがある。その度に雪ノ下は照れ、後に冷静になってから的確に急所にツッコミを入れている。
そういえば雪ノ下は、俺に対しても随分とアタリが柔らかくなった。相変わらず弄りはするものの、罵倒という感じがなくなってきている。以前は俺を備品と言って憚らなかったが、最近は「○○谷くん」的な物言いも余りしない。沙希への態度に至っては、もう完全に甘えていると言っていい。
もしかしたら雪ノ下は、面と向かって人に甘えたことがないのかもしれない。まだ高校生の箱入りだ、勿論甘やかされたり許容されて生きてきたのだろうが、それはあくまでも彼女が「受けてきたこと」であって、能動的に彼女から甘えることの出来る人が周りにいなかったのではないだろうか。
甘えることと甘やかされることは違う。
前者は本人が、自分にとって必要だからすることで、後者は他人が本人にしてあげたいからすることだ。そして甘やかされることを享受するだけの存在はやがて、傲慢な人格になっていく。本人の望む望まないに関わらず、依存し、それを自分では気づかず、自分の周りの環境を当たり前だと思って育つ。計らずもそれが表に出たのが、沙希のバイトの件だ。そして沙希の入部からの経緯で、雪ノ下は「甘える」ことを知り、俺や周囲への罵倒を「甘え」であったことを理解した。俺の勝手な推論ではあるが、ある程度当たっているんじゃないかと思う。
今の彼女にとって、沙希は「甘えさせてくれるお姉さん」、俺は「弄っても許されるお兄さん」、由比ヶ浜は「気の許せる友達」という存在になっている。これも俺の推論だが、恐らく雪ノ下の人間環境を考慮して創部されたこの奉仕部は、創設した平塚先生の思惑どおりの関係になっている気がする。そしてそれは、俺や沙希に「友人」という存在を、更に由比ヶ浜に「気の置けない仲間」という関係を与えた。
奉仕部ではないが、戸塚にも大きな影響を与えているらしい。これは本人から聞いたが、どうやら戸塚もまた、その天使としかいいようのない容姿や言動、性格などから、精神的な「ぼっち」を強要される状態だったようだ。俺や沙希と知り合い、友人として付き合うことで、初めて「対等な友達」を得た、と嬉しそうに話していた。
つまり、今の奉仕部とその周辺は、これ以上ないくらいに充実したものとなっているのだ。
「比企谷くん、妄想にふけっているところ悪いけれど、もうみんな荷物も下ろして集まっているわよ。早くなさい」
「お?おぉ、すまん、すぐ行くわ」
思考を中断させ、荷物を持って「みんな」の所へ行く。
めんどくさい。
でも、悪くない。
ごめんな材木座。おれぼっちじゃねえ気がするわ。