朝、765プロのアイドル達は思い思いの事をしながら暇を潰している。
真はマンガを読み、やよいは伊織とお菓子雑誌を眺め、小鳥はパソコンに何かを打ち込んでいた。
そんなとき、ガチャリと音を立てて事務所のドアが開き、みんなの視線が集中する。
春香がやってきたのかな?と思っていた真と伊織は目を見開き、あいさつをしようとしたやよいと小鳥は青い顔をして固まってしまった。
そんな反応も無理はないと思う。事務所に入ってきた男は明らかに異質な見た目をしていたのだから。
「おはようさん!ここ、765プロの事務所やんな?」
色の付いた眼鏡を掛けた中年らしき男。男性にしては身長が低いが、妙に筋肉質。そして一番目を引くのが左頬にある大きな傷跡だった。
明らかに一般人には見えないが、小鳥が冷静に対応する。
「あ、はい、そうです。要件はなんでしょう」
「高木のオッサンに呼ばれて来たんや」
ひょっとして借金の回収!?みたいに考えていた小鳥は内心胸をなで下ろし、同時に高木社長にこんな知り合いがいたのかと感心する。
社長からは一応「古い友人が今日来るからね」と聞いてはいたが、さすがにこれは小鳥の予想の範疇を超えていた。
「えーっと…お話は伺っています。こちらへどうぞ」
「すまんな」
とにかく後の事は社長に任せてしまおうと社長室に案内し、半ば閉じ込めるように扉を閉めた。さっきの男と社長が顔を合わせた瞬間笑顔になったのが小鳥の目にチラリと映る。
ふう、とため息を一つ。そして小鳥が振り向くとみんなの視線が小鳥に集中していた。
「ちょっと今の誰よ。借金取り?」
伊織のいう事もごもっともな見た目であった。
「さっきの人、雪歩が見たら絶対気絶しちゃうよ」
真はそんな失礼な感想を漏らした。
「ううー、お家に来る怖い人とそっくりですぅ~」
やよいは何か爆弾発言をしたが、小声のため誰の耳にも届くことは無かった。
小鳥は社長に友達が来る旨しか聞いていなかったためサッパリなので、みんなは作戦会議を始めた。
「さて、どうしましょう」
「盗み聞きしちゃう?」
「そうしよう」
伊織と真の阿吽の呼吸により2秒で作戦会議は終わり、やよいを除く三人で社長室のドアに張り付いた。その見た目はヤモリ三人衆といった具合である。
三人が集中し、中で行われている会話に耳を傾ける。
「順二ちゃん元気そうやな!またタッパ伸びたか?」
「ハッハッハ!キミも相変わらずそうで嬉しいよ。そっちは縮んだように見えるがね」
「縮むかアホ!減らず口まで順一に似おってからに」
「それはさておいて、頼みたいことがある。これを見てくれたまえ」
「あん?なんやこれ…」
この二人はずいぶん親しそうであった。これについて三人は顔を見合わせる。
「随分と仲がいいみたいね」
「長い付き合いなのかな?」
「ええー。私社長とは結構長いですけどあんな人知りませんよ」
小鳥の言葉により益々謎の男への疑問が増す。
社長と男の話は20分ほどで終わったが、本題の部分は何かの資料を読んだりしていたせいで伊織たちの耳には全く入らないままだった。
そしてこの事案はちっとも発展することもなく、いつしかぼんやりと忘れ去られていった。
──────────
そんなことがあった一か月後、一人の取材クルーが765プロを訪れていた。眼鏡を掛けた二十代前半の男で、その背丈はやや高い。
小さな事務所である765プロにとって取材が来るなど初めての経験であり、アイドル達は張り切って取材に臨んだ。一部はやはりというべきか、空回りしていたが。
取材期間は三日。その最終日にサプライズがあるとアイドル達は社長に呼ばれ事務所に集合していた。
「よし、みんな揃っているね」
高木社長はアイドル達と小鳥、律子が居るのを確認して切り出した。
「ついに、わが765プロに新しいプロデューサーが誕生する!必ずや765プロの救世主になってくれることだろう」
わっと小さな歓声が上がる。口々に色々な事を言ったり、ほっとした顔をしたりと反応は十人十色。それを一瞥した高木社長は続ける。
「あーそして、765プロの密着取材をしていたカメラマンなんだがね?」
社長がカメラマンの居る方、左手を手のひらで指す。
その高木社長の意味ありげな行動に、まさかこの人がプロデューサーでは?とアイドル達は察した。
「彼は特に関係なくて…」
「関係ないんですか!?」
その言葉にアイドル達は皆ずっこけた。ちなみにツッコミと入れたのは春香である。
高木社長とカメラマンは示し合わせたように悪戯っぽく笑い、社長はカメラマンのさらに奥にある社長室を指す。
「この部屋の中にプロデューサーがいる。まあ、見た目は怖いかもしれないが、とても優しい人だ。仲良くしてくれたまえ」
きい、と蝶番が擦れる音を鳴らしながら、社長室に居たプロデューサーは姿を現した。それを見たアイドル達はもとより、律子や小鳥までもが固まった。
現れたのは、色の付いた眼鏡を掛けた中年らしき男。男性にしては身長が低いが、妙に筋肉質。そして目を引く大きな傷跡が左頬にある、伊織が借金取りと評したその人だった。
「驚いたかね?彼は私の古い友人でね、プロデューサーをやらないかと話を持ちかけた所、快く引き受けてくれたんだよ」
アイドル達は当然驚いていた。ヤクザめいた強面がプロデューサー、しかもそれが社長の古い友人だというのだから。
だが、男の発言にアイドル達はさらに驚く。
「えーと、ほとんどの子が始めましてやな。今日からキミらのプロデューサーになる萩原っちゅうモンです。よろしゅう!」
社長に集中していた視線が萩原と名乗った男に移り、次に雪歩に視線が集中した。彼女の性は萩原。同性であるが故に関連を疑われるのは当然である。
そんな異変に気が付いたのか、萩原プロデューサーがアイドル達の視線を追う。その先には当然、雪歩。自然と雪歩と見つめあう形となり、彼は口をあんぐり開けながら驚いた。
「なっ…なんでお嬢がここに!?」
「おじさんこそっ!」
当の二人と社長とカメラマン以外の全員がどよめいた。大の男嫌いである雪歩が彼と普通に話している点もそうであるが、互いの呼び方が更なる混乱を招いたのだ。
そして誰かが言った。
「"お嬢"…"おじさん"…この二つのキーワードが示すのはズバリ!」
「エンコーってやつですな!」
その時、765プロはかつてないほどの騒がしさを見せたという。
そして数分後。プロデューサーはアイドル達にもみくちゃにされながらなんとか説明を行った。
いわく、雪歩は自分の弟の娘で姪にあたるということ。これで皆は一応、雪歩がプロデューサーをおじさんと呼ぶ件について納得した
「じゃあなんでプロデューサーは雪歩の事をお嬢って呼んだんだ?」
質問をしたのは響。確かに一般家庭では姪をお嬢とは呼ばないだろう。
その件についてプロデューサーは腕を組みながら言った。
「いやな、お嬢は建設会社の社長の娘なんや。つまり正真正銘お嬢様なんやで」
「へー、そうだったんだ」
「で、キミが響ちゃんやった?」
腕を組んだまま響の顔を覗き込むプロデューサーの姿はヤクザのガン飛ばしそのもの。だが響は気にすることなく話を続けた。
「あ、自己紹介がまだだったっけ。自分我那覇響だぞ!」
「元気やなー。飴くうか?」
「いいの?じゃあもらうぞ!」
どうも響はすっかりプロデューサーと打ち解けたようで、飴を食べながら頭を撫でられている。
次に前に出たのは貴音だった。
「わたくし、四条貴音と申します。これから手解きのほど、よろしくお願いいたします」
「これからよろしゅうな!…で、よだれ垂れてるけど」
「これはお見苦しいところを」
「飴欲しいんか?」
「是非」
貴音は飴をもらうと早速食べ始めた。そして振り向く。
「皆、どうしたのです。プロデューサーに挨拶をしなくてよろしいのですか?」
言ってることはごもっとも。だが頬に飴の形を作った貴音の顔が笑いを誘う。
それを見て、プロデューサーを警戒していた伊織が馬鹿らしくなったのか自己紹介を始めた。次にやよい、春香…と続いていき、この日の自己紹介は無事に終わったのだった。