「そういえばプロデューサーさんってなんで色の付いた眼鏡を使ってるんです?」
「ファッションや」
「えっ、ファッションだったんですか!?」
真が謎の飴にダウンを取られてから一週間後、萩原プロデューサーと小鳥は机に向かって事務仕事をしつつ雑談をしていた。萩原プロデューサーも慣れて来たのか年代的になじみが薄そうなパソコンを使って打ち込みを行いながら手帳にメモを綴る。
「そんな眼鏡を掛けてちゃヤクザ者にしか見えませんって!ただでさえ怖い顔してるんですから!」
「そうかいな?」
萩原プロデューサーは小鳥を見る。その顔はヤクザ者っぽく見られる心配というよりは眼鏡を外した素顔を見てみたいといった好奇の目であることが容易に見て取れた。
その時、不意に眼鏡が何者かに取り上げられる。
「その素顔、わたくし気になっておりました」
「おおっ!?なんや!」
いつの間にか背後に回っていた貴音が眼鏡をその手に収めている。驚いて振り向いた萩原プロデューサーの素顔を見て貴音は一瞬だけ目を見開き、「これは…」と一言漏らして眼鏡をもとの位置に戻した。
「小鳥嬢は見ない方が良いかもしれませんね」
「ええー…ワシそんなブ男やったか…?」
「いえ、わたくし個人としては大変男らしいと感じました」
「じゃあなんで見ん方がええんや?」
「男らし過ぎるのも玉に瑕…とだけ。ではわたくしはお茶を入れてまいります」
貴音はそれだけ言うとさっさと給湯室に引っ込んでしまう。そして入れ替わるように律子が外回りから帰ってきた。
「ただ今戻りましたー。小鳥さん、プロデューサー殿、頼んでいたお仕事終わりました?」
「もうちょいやでー」
「私もあと十分ほど待ってくださーい」
「もー。お喋りしても構いませんけどお仕事はきっちり終わらせてくださいよ?外まで聞こえてたんですから」
萩原プロデューサーと小鳥は、貴音を含めて大きな声で会話をしていない。つまる話、律子の耳は集音マイク並の性能であるという事だ。
「地獄耳や…」
「ですよねぇ…」
「聞こえてますよー二人とも!…ん?」
ぼそりと呟いた二人の言葉を拾うほどの性能を誇る律子の前にお茶の入ったコップが差し出された。差し出したのは貴音である。
「お疲れ様です、律子。冷えたお茶はいかがですか?」
「あ、丁度喉渇いてたのよね。お茶ありがと、貴音」
「礼を言われるほどの事ではございません」
律子は貴音の右手からお茶を受けとり、そのまま半分ほど口に含んだ。そのとき貴音の左手に「なま茶すぱぁくりんぐ」が握られていたとも知らずに。
雪歩いわく、「なま茶すぱぁくりんぐ」とは言うなれば焼肉にハチミツをブチまけるがごとく邪道でありお茶として到底認められるものでは無いとのこと。
牛の薄切り肉を使ったレモンステーキがステーキでないのと同じように、炭酸水を使ったなま茶すぱぁくりんぐもまたお茶ではないのだ。すなわち何も知らない律子が飲めば─
「ぉごふっ!?」
口の中で爆発を起こすのも止む無きことであった。
──────────
「ああーん!もう疲れましたぁ!」
小鳥は両手を投げ出して唐突に叫んだ。窓の外はすっかり暗くなってしまっているが、現在765プロには小鳥、萩原プロデューサー、貴音、雪歩の四人がまだ残っていた。
律子は貴音をこってり絞った後、外回りに戻ってしまった。直帰と言っていたので今頃は帰宅途中だろう。絞られた貴音はソファーでぐったりしており、それを心配そうに見ていた雪歩も向かいのソファーで船を漕いでいる。
萩原プロデューサーは。
「あのー、プロデューサーさーん?ひょっとして寝てます?」
そう、机に向かって腕を組んだまま微動だにせず寝息を立てていた。無駄に姿勢がよく傍目で見れば考え事をしているように見えるだろう。
小鳥は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の居眠り王を除かなければならぬと決意した。小鳥には政治がわからぬ。小鳥は、アイドル事務所の事務員である。適度にサボりつつ、妄想しながら仕事をして来た。けれども他人のサボりに対しては、人一倍に敏感であった。
小鳥は萩原プロデューサーを起こそうとして、あることを思いつく。
「そうだ、眼鏡の下見ちゃおうっと♪」
世の中知らぬが仏という言葉と、好奇心は猫をも殺すという言葉がある。この時小鳥は猫となった。
狭い765プロの事務所に小鳥の絶叫がこだまする。突然の悲鳴に雪歩は目を覚まし、貴音は文字通り跳ね起きた。跳ねすぎてソファーからずり落ち、床に叩きつけられたが。
「ひうっ!…な、なんでしょうか」
「今の声は小鳥嬢でしょう」
雪歩の問いに貴音がソファーの下から体を起こしながら答えた。貴音が脅える雪歩の手を引き、事務スペースに引っ張っていく。そこには謎の光景が広がっていた。
「面妖な…」
小鳥は色の付いた眼鏡を握ったまま壁にもたれかかって目を回している。一方、萩原プロデューサーは凄まじく寝起きが悪いのか腕を組んだまま居眠りをしていた。目を見開いたまま。
萩原プロデューサーの目は三白眼を通り越して四白眼をしていた。凶相を通り越して鬼の目と呼ばれる凶悪な目つきである。元の顔の素材も相まって、眼鏡を掛けている時とは比ではないほどのオーラを放っていた。
「おそらく小鳥嬢はプロデューサー殿の素顔を見て驚き、足を滑らせて頭を打ったのでしょう。ここにたんこぶが」
小鳥の頭には貴音の言うとおりたんこぶが出来ていた。雪歩はなぜかホッとした顔になり、貴音の手から離れる。
「雪歩?」
「おじさんを起こしてきますね」
雪歩はそう宣言し、小鳥の手から眼鏡をすくい取った。そしてそのまま萩原プロデューサーに装着し、肩を揺する。
「おじさん、起きてください。おじさん」
「…んお?なんや、お嬢?」
「なんや、じゃないですぅ。また目を開けたまま寝てましたよ?」
「おお、そりゃえらいすまんかった。あれ?なんで小鳥ちゃんこんなトコで寝よるんや?」
「おじさんのせいですぅ」
「はぁ?」
結局、小鳥が目を覚ますまでみんなで面倒を見ることになった。ソファーに寝かされていた小鳥が次に目を覚ました時、再び目を開いたまま寝ていた萩原プロデューサーを見て飛び上がりそうになり、彼に肩を寄せて眠る雪歩と貴音にほっこりしたのはまた別の話。