戸塚と出会って数日が経ち、再び体育の授業を受ける。
度重なる壁打ちの結果、俺は壁打ちをマスターしつつあった。既に一歩も動かずにラリーを続けられるようになり、明日からは暫く試合を行う。つまり今日で最後の壁打ちとなる。
壁打ちを始めようすると、右肩がちょんちょんとつつかれる。
俺に声をかける物好きは誰かと思い振り返るが、右頬に指が刺さる。
「あはっ、引っ掛かった」
振り向くとそこには戸塚がいた。戸塚は俺が悪戯に引っ掛かった事に少し喜ぶ。
戸塚は男なので、勿論男制服を着ているがいざジャージに着替えると男女共通なので一瞬勘違いしてしまう。
「どした?」
「いつもならペアを組んでいる子がいるんだけど、今日はその子が休みでさ。比企谷君と組もうかなって……、駄目かな?」
男のはずなのに何故か頬を染め、上目遣いを習得している戸塚。
そこまで上目遣いされると俺は断り切れないので、思わず了承する。まあ、別に構わなかったが。
戸塚はホッとした表情となり「緊張した…」と呟く。君本当に男ですかね?
戸塚とラリーを始めると思いの外ラリーが続く。
「比企谷君ってテニス上手だよね!」
少し戸塚との距離が離れているのか声が少し間延びする。
壁打ちの成果なのか、それとも俺がなんとか戸塚に打ち返そうと必死になったのかは分からない。
その後もラリーが続き、他の連中は打ちミスをする。
戸塚がラリーを止め、跳ねたボールをキャッチする。
「少し休憩しよっか」
「おう」
俺は近くにあったベンチに座り、戸塚も俺の隣にちょこんと座る。
ラリーで顔から出た汗をタオルで拭き取り、水分を補給する。
「あのね、比企谷君。相談があるんだけどさ」
戸塚が真剣な顔で口を開く。
相談はできれば誰にも知られたくはないからな、だから俺の隣に座ったのか。
「テニス部の事なんだけどさ、うちって物凄く弱いでしょ?今年の三年生が抜けるともっと弱くなると思うんだ。一年生は今年からテニスを始めた人が多くてまだあまり慣れてないし、僕達が弱いせいでモチベーションが上がらないらしいんだ」
なるほどねぇ、確かに上級生が強くないと部活全体の士気が上がらない。
「その…、比企谷君さえ良ければテニス部に入ってくれないかな?」
「は?」
戸塚は体育座りの姿勢でこちらをすがるような目で見てくる。
だが残念なことに俺は奉仕部に入っていて、更に軍の仕事もある。心苦しいが戸塚の頼みには答えられそうにもない。
「悪い戸塚、入れなさそうだ」
「そっかあ」
戸塚は本当に残念そうな声を出し落ち込む。
「まあ、その代わりに何か方法を探してやるよ」
戸塚を安心させようと苦し紛れに言った言葉と同時に今日の授業が終わる。
☆
戸塚に何か方法を探すとは言ったものの、何も良いがでないまま放課後を迎える。
「やっはろー!」
由比ヶ浜が教室に意味不明な挨拶をしながら入ってくる。
あの依頼以降何故か由比ヶ浜は奉仕部にくるようになってしまった。
俺としては関わりたくない奴が来て正直鬱陶しいったらありゃしない、早く飽きて元のグループに戻って欲しいものだ。
「ひ、比企谷君!」
突然教室のドアから俺を呼ぶ声が聞こえ、目を向けると戸塚が明るい顔で俺を見ていた。
「あたしだって奉仕部の一員じゃん?だから、ちょっと働こうとしたわけ。そしたら偶然さいちゃんが悩んでいたからここに呼んだの!」
そもそも由比ヶ浜っていつ奉仕部に入ったんだ?真に遺憾ではあるが、由比ヶ浜のお陰でなんとかなりそうだ。
「由比ヶ浜さん、あなたは別に部員ではないのだけれども」
「違うんだ!?」
どうやら由比ヶ浜は勘違いしていたようでショックを受ける。
むしろ何故、既に入部した気になっていたのだろうか?こいつの思考回路は一体どうなっているんだ?
「入部するには入部届けを貰っていないし、平塚先生能力承認がないからあなたは部員ではないのよ」
「書くよ!入部届けは何枚も書くから入部させて!」
由比ヶ浜は涙目で雪ノ下に訴えると、ルーズリーフを取り出し平仮名でにゅうぶとどけと書き始める。
入部してくんなよ、そして諦めて元のグループに戻れ。
「それで戸塚彩加君だったかしら、何かご用かしら?」
由比ヶ浜がシャーペンを走らせるのを他所に雪ノ下は戸塚に目を向け、戸塚は少し体を震わせる。
戸塚の依頼は恐らくテニスの事だろうな。
俺の予想どうり戸塚はテニス部を強くして欲しかったらしいが雪ノ下が奉仕部の理念に反すると言い、断ったが戸塚も退かず、自分が強くなれば他の部員も頑張ると言いなんとか雪ノ下を説得した。
由比ヶ浜が戸塚に奉仕部は何でも屋みたいな事を戸塚に吹き込み、その事で雪ノ下に注意されたが俺には関係ない。
「なあ雪ノ下、まさかこれをやるのか?」
雪ノ下が作ったトレーニング表はハード……、いや地獄と言って良い程の内容だった。
まず手始めに死ぬまで走り、その次に死ぬまで素振り、死ぬまで腕立て伏せをするらしい。
「何を言っているのかしら、勿論やるわ?」
「さいですか、せめて死なない程度でお願いしますよ」
こいつ絶対、人に何かを教えるのは向かないだろ。
☆
生徒会からテニスコートの使用許可を貰い、俺はテニスコートに向かう。
テニスコートに着くと既に俺以外全員が集まっていた。
「では、始めましょうか」
「よ、よろしくお願いします」
戸塚は雪ノ下に対し頭を下げる。
「まず戸塚君は致命的に足りてない筋力を鍛えましょう、まずは死ぬ一歩手前まで腕立て伏せをやってみて」
戸塚は雪ノ下の指示に従い腕立て伏せを始める。
初日だからもう少し楽なやつにしとけよ。
俺は内心そう思いながら戸塚の腕立て伏せを見守る。
「んっ…、くっ、ふぅ、はぁ」
戸塚は汗を垂らせ息を切らしながら細い腕を曲げる。
「俺もやるか…」
流石に俺だけ見ているわけにもいかず、腕立て伏せに参加する。
雪ノ下は俺の行動が意外だったのか少し驚いた顔をする。
由比ヶ浜はと言うと、基礎代謝を上げる為に腕立て伏せに参加していた。
戸塚の依頼を達成すべくトレーニングを始めてから数日が経った。
基礎トレーニングは先日終わり、今日からボールとラケットを使った練習に入る。
由比ヶ浜は始めのうちは戸塚と共に練習していたが、飽きたらしく雪ノ下の隣で寝息をたてている。
ボールとラケットの練習をするのは戸塚だけで壁打ちをするだけなのだが、雪ノ下が付いているため打ち方が悪いと何か言われる。
俺はというと、アリの行列を眺めていることしかなかった。
あまりにも暇過ぎたので戸塚へ目を向けると、いつの間にか起きていた由比ヶ浜が雪ノ下の指示のもとボールをかごの中に入れ、それを投げ捨てては戸塚が食い付いていた。
20球目あたりで戸塚は転び、膝を擦りむく。
雪ノ下は何も言わずに校舎の方向へ歩いていく。
「怒らせるようなこと、言っちゃったのかな?」
隣では何やら不安そうな顔で雪ノ下が歩いていった校舎を眺める。
「それはないと思うよー。ゆきのん、頼ってくれた人を見捨てないもん」
ボールを拾っていた由比ヶ浜が近づきながら戸塚を安心させようとする。
「練習の続きするか?」
「うん」
戸塚は頷き、立ち上がる。
俺は由比ヶ浜からかごを受け取ろうとすると、異変が起きた。
「あ、テニスしてんじゃん、テニス!」
振り向くと、縦ロールがなんかはしゃいでいており葉山とその縦ロールを中心としたグループがこちらに歩いてくる。
「ねえ、戸塚。あーしもここで遊んでもいい?」
「三浦さん、僕は別に遊んでる訳じゃなくて……練習を……」
「え?何?聞こえないんだけど」
戸塚の小さすぎる抗議が耳に入らなかったのか、縦ロールこと三浦の言葉で押し黙る。
「練習だから…」
「ふーん。でもさ、部外者混じってるじゃん。ってことは別に男テニだけでコート使ってる訳じゃないでしょ?」
縦ロールはそう言うと戸塚が困ったように俺を見てくる。
雪ノ下はどっか行ったし由比ヶ浜は使えそうにもない、俺しかいないかぁ。
「あー、ここは生徒会の許可を貰って使っているもんだから他の人は無理だ」
「生徒会……」
三浦はそう呟き、考え込む。あともう少しで、追い返せると思ったが、そこで思わぬ事態が起きる。
「まあまあ、あまり熱くなるなって」
俺達を黙って見ていた葉山が、別に熱くもなっていない雰囲気に割り込んでくる。
「ほら、みんなでやった方が良いじゃないか。こうしようよ、部外者同士で勝負。勝った方が昼休みテニスコートを使えるってことでどうかな?」
こいつ人の話聞いてた?俺達は生徒会の許可を貰ってテニスコート使っているのにあいつら別に許可を貰っているのではなく、試合しようとする。俺、怒っても大丈夫だよな?
俺が葉山に文句を言おうとしたとき、思わぬ奴が葉山に対して異論を言った。
「ねえ葉山、あんたのせいでややこしくなったし!そもそもヒキオが言ったよね?生徒会の許可を貰って使ってるって言ってたじゃん」
「優美子、それはだな……」
三浦が葉山に言うと、葉山は思わず黙りこみ三浦は戸塚を見る。
「あー、戸塚さっきはゴメン。生徒会の許可貰ってからテニスして良い?あんたの練習に付き合うからさ」
「え、あ、うん。ありがとう」
戸塚も呆気にとられており、返事をするしかなかった。
三浦が生徒会から許可を貰い、テニスコートに戻ってくる。
三浦以外の葉山グループは既に教室に戻っていた。
雪ノ下は医療箱を持ってきて戸塚の治療を行い、俺はさっきの出来事を伝える。
雪ノ下も最初は三浦が参加するのに戸惑ったが、次第に慣れていき何も言わなくなった。
三浦は中学生の頃、県大会に出場したことがあるらしくテニスは結構上手だった。
「ほら、こう構えて…そうそう。あんたやればできるじゃん」
更に三浦は面倒見も良く、戸塚にちょくちょくアドバイスする。
もう俺達必要無いんじゃ?と思いながら戸塚の練習に付き合う。
一端休憩をする事になり、俺はベンチに座る。
「なあヒキオ、隣空いてる?」
タオルで汗を拭き取り、スポーツドリンクを飲んでいたら三浦が俺の隣に座る。
「ヒキオってなんだよ」
「んー?比企谷って呼ぶのメンドイからヒキオって呼んでいるだけだし」
まあ、ヒッキーよりかは大分マシだな。今更だが、由比ヶ浜の命名センス無さすぎだろ。
「三浦は葉山と吊るんでいなくて大丈夫なのか?」
俺が三浦に聞くと、三浦は顔を暗くし答える。
「あーしさ、別に好きでグループに入った訳じゃないし。気が付いたらグループに入ってただけだし」
つまり出たくても出れない状況なんだな、リア充ってのはやはりよくわからん。
「まあ、久し振りにテニスやったから最近のストレスが発散できた」
そう言うと、三浦は少し笑う。
次は鎮守府の話になりますので楽しみにしてください。
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