負け犬達の挽歌   作:三山畝傍

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負け犬、亡霊の影を捉える

 予定外の休憩を終えて、あたしはマリエ庭園を立ち、ラナキラマウンテン南側の麓、カプの村にたどり着いていた。そう、村だ。故郷のマサラシティより規模が小さい。ポケモンセンターを中心に、西側に家が数軒と、南東の海岸近くにへばりつくように建っている――廃墟があるというべきか――商業施設だったものらしい何か、そして北西にある真っ白い建物、東側に設置されている土木工事関係施設が今のところこの村の全てだった。神の名を冠した村にしては活気がなさ過ぎる。ラナキラマウンテン山頂へと伸びる山道の整備工事がなければ、ほぼ死に体の寒村といっていいだろう。

 ネットで「カプの村」で検索するだけで原因らしき記事がすぐ出てきた。

『カプ神の怒りによりスーパー・メガやす崩壊』

 死者はなし、カプ神の聖地を使用したことが原因と思われる――か。当時の島キングは引責辞任、島キングが筆頭となっていた島巡り支援団体は解散、メガやすは移転している。なるほど、神の怒りを買った土地に住みたいとは思わないだろう。ポケモンリーグができれば、チャンピオンロードの入口になるここはそれなり以上に賑わうだろうが。

 関連記事を見て息が詰まった。『島巡り支援団体に残っていた人員がグズマ氏をトップにスカル団を結成したとみられる』という記事があったからだ。カプの罰を受けた団体に、島巡りを達成できなかったりした人間が集まる。余所者のあたしにもわかりやすい。仮に何も悪行を働いていない状態であっても地元住民からしたら白眼視されるし、多分されたのだろう。(偏見)(不良)のどちらが先か問題だ。別に首を突っ込むつもりはさらさらないので、この島の守り神、カプ・ブルル神に「これ以上スカル団とは関わり合いになりませんように」と祈ることにした。祈りなんてものは届きもしないのはわかった上でだ。

 

 ポケモンセンターで情報板を眺めている最中に後ろから体当たりを受けた。監視カメラや他のトレーナーの目もあり、これ以上安全な場所を探すのが難しい環境というのもあって油断しきっていたのだ。ボールかナイフを抜こうにも完全にホールドされている。格闘の心得は当然ない。あたしにできるのは情けない悲鳴を上げることだけだった。

「うわひゃお?!」

「うふふー、そんなに驚いちゃった?アセロラだよ!」

 心臓が飛び出るかと思った。何とか呼吸を整えて振り返ると、満面の笑顔のアセロラと、苦笑いするリーリエが立っている。

「調べ物をした後、買い出しのお手伝いをしてきたところなんです。調べ物はデータにして送っておきましたから」

「ありがとう。後で見させてもらうよ。まだ日が落ちてないし、先にこの村での試練に挑戦したいから」

「あっ、試練挑戦する?するなら早速、スーパー・メガやす跡地に行こ!」

「あの廃墟、誰か住んでるの?」

「誰も住んでないよ。大丈夫。アセロラがキャプテンだから」

 キャプテンは十一歳から二十歳まで、とどこかで聞いた気がする。あたしはアセロラを爪先から頭のてっぺんまで眺めて、後頭部を掻いて小声で呟いた。

「……十一歳以上だったんだ?」

「アセロラさん、先に買った物をエーテルハウスに運んだほうがいいのでは」

 ああ、床に山盛りの買い物袋がそれか。あたしは袋を全部持ち上げる。

「手伝うよ。エーテルハウスってどこ?」

「北西の白い建物です」

「じゃあ、アセロラ先導よろしく」

「任せて!」

 十一歳以上、ねえ。あたしよりも背が低い。あたしも体格的には一切人のことを言えたものではないが。

 

 北西にある白い建物がエーテルハウスという名前で、施設としては孤児院兼ポケモン保護施設らしい。ポケモン勝負を挑んできた子供達を容赦せず一蹴してから冷蔵庫に買い物を入れていると、ホールから悲鳴が聞こえ、慌てて飛び出した。

「やめてください!」

「バッグが動いたから何か気になるじゃん?お小遣い稼ぎもしたいしよ」

 リーリエがスカル団員に絡まれている。関わりたくないと思った矢先にこれだ。

「小汚い手で触るんじゃないよ」

「女の子を助ける騎士様ってか?そんなカッコいいことさせるかよ!」

 相手のポケモンは即堕ちした。

「バーカバーカ!」

 ガキか。しっしっと手を払うように振った。

「ユウケさん、ありがとうございました。ほしぐもちゃんが勝手にバッグから出ようとしたところを見られたみたいで……」

「気にしなくていいよ。まさか建物ん中まで追いかけてくるなんてね。戸締まりできる部屋を借りて、留守番を頼める?」

「わかりました」

 手早く済ませる必要があるかもしれない。仲間を呼ばれたら厄介だ。

 

 アセロラに従ってスーパー・メガやす跡地前にやってきた。廃墟は好きだが、神罰でそうなった建物となると悍ましく見える。試練で立ち入った人間があたし一人というわけでもなし、怯えるのは馬鹿げているが。

「ユウケ、ロトム図鑑持ってるよね。貸してくれる?」

 頷くとロトムが勝手に出てきてくれた。楽でいい。

「ロトムは元々ゴーストタイプだから、こういうこともできるんだよね。これをこうして、っと。では、アセロラの試練を始めまーす」

 神妙な顔を作って頷く。

「試練の中身は簡単。この中で、ミミッキュの写真を撮ってくるだけ!」

「一応聞いておくけど、あたしのミミッキュの写真じゃ駄目だよね?」

「言わなかったらわからなかったのに。でも、ちゃんと中にいるミミッキュね!」

 くすくすと笑いながら首を横に振るアセロラ。あたしのミミッキュが戦っている勇姿でも許されるかな、と思ったが駄目だったか。

「じゃあ、行ってくるよ」

「頑張ってね!」

 ぴょんぴょんと跳ねながら応援してくれるアセロラがまるで小動物のようで可愛らしくずっと眺めていたいと思った。しかし、あまり時間も無いし、眺めていたら試練が終わるのかというと勿論何も進展しないのできびすを返して廃墟へ足を踏み入れた。

 

 ゴーストタイプのポケモンは好きだ。「空の彼方に連れ去る」だの「人間の魂を燃やす」だの、一癖ある有害さが特に気に入っている。ポケモンを連れていない状態では絶対に出会いたくないものだなと思う。廃墟というのは、なぜかゴーストポケモンを引き寄せるらしい。ゴーストポケモンは、元が人間であったとされるものも多いから、墓地は産地直送なのかと納得しやすいが、廃墟に多いのはなぜだろう。元人間だから、人が作ったものに惹かれるのだろうか。などと考えつつ、奇妙な動きをするガラクタとゴーストポケモンをなぎ倒し、廃墟の一番奥、部屋の手前まですいすいと歩いて行く。

 ここに来るまで多分主であろうミミッキュがいなかったのだから、右手に見えている扉の奥にいるのだろう。あるいは、二階があるのかもしれない。さっさと扉を開けて先に行きたいのだが、その前になぜか外にいたはずのアセロラが立っている。

「アセロラ?いつ来たの?悪いけどさ、その扉の」

「デテイケ」

 ざらついた声。あたしは眉をひそめた。

「出て行けも何も、あなたが決めた試練じゃないの?」

「デテイケ」

 がりがりとあたしは後頭部をかいた。

「出て行かないって。通して」

「デテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケデテイケ」

 思わず一歩跳び下がる。今の今まで呑気に話していたこの子は一体誰だ?

「あ、え、あ、アセロラ……?」

 背筋に氷柱を突っ込まれたような感覚にちらと後ろに目線をやる。誰もいない。もう一度前を見る――と、誰もいない。

「さいみんじゅつの類でもかけられたかね……?ロトム、今さっき、アセロラに声かけてからどれくらい経った?」

「ユウケは誰とも話してなかったロト?今ここで立ち止まっていたのは、一分くらいロト」

 あたしの頭がイカレた可能性も否定できないわけだ。誰はばかることなく溜息をつく。

 

 震える右手を左手で押さえ付け、あたしは扉を開いた。ピカチュウの写真やら絵やらがベタベタと貼られた小部屋、行き止まりだ。倉庫か何かに使われていたのだろう。そして奥にはミミッキュがいる。ロトム図鑑をそっと引っ張り出し、写真撮影。音を消せればいいのだが、あいにくそうは行かない。おまけにフラッシュまで勝手に炊かれてしまう。ミミッキュが気付いて、振り返った。

「ミタァー?!」

 あたしもボールを取り出す。

「主が相手でも、あたしの子達は引かないよ。行け、ミミッキュ!」

 ミミッキュを倒すに一番なのは、同じミミッキュをぶつけること。次点はスキルリンクのポケモンで(さもないと、あたしのポケモンだと二~五発当たる技は二発しか当たらない)殴ること。前者の札をあたしは切った。

 

 あたしのミミッキュは期待に応えて主のミミッキュを仕留めてくれた。主が呼んだ随伴ポケモンを落としきることはできなかったが、次に出したガオガエンが随伴ポケモンを食ってくれた。

「よくやった、ガオガエン。ミミッキュももちろんね」

 あたしはガオガエンを撫でてやってボールに戻してから、ミミッキュの入っているボールを撫で、廃墟を後に、待っていてくれたアセロラに声をかけた。

「終わったよ。はい、写真」

「どれどれ。うん、ちゃんと写ってるね。あの子、写真撮るの大変なのに、よく撮れたね!」

「まあ、一番奥の部屋は狭かったから、被写体に振り回されずに済んだってのもあるかな」

「奥の部屋?」

 小首を傾げる姿が微笑ましい。

「何そらっとぼけてるの?あなた、扉の前にいたじゃない。『デテイケ』なんて言ってさ。何あのノイジーな声。出し方教えて欲しいわね」

「あたし、ずっとここにいたよ?それに、この建物の部屋って、一フロアしかないけど」

 どうにも話が噛み合わない。頭を打った覚えはないのだが。あたしはこめかみに右手を添えた。

「な、何か寒くなってきたね……。そうだ、ユウケさ、もう泊まるところ決まってるの?今日、エーテルハウスに泊まってかない?」

 露骨に話を逸らす彼女にあたしも乗ることにした。病院を勧められるよりはマシだ。

「部屋取ってないから助かるけど、いいの?」

「いいよ。それに、この後に試練を受けたいって、ハウくんから連絡もらってるから、晩ご飯作ってもらいたいな~なんて」

 なかなかちゃっかりしている。小さく微笑む。

「大したもん作れないけど、それでいいなら」

「決まりだね!あ、そうだ。一番大事なものを忘れるところだった。ゴーストZのクリスタルを授けるね!ポーズは、こうやって、こう!」

 まさしく幽霊という感じだな。これなら――いや、あたしには似合わない、気がする。

「それじゃ、行こっか!買い物はもう済んだし、そろそろハウくんが来るしね!」

 夕焼けにも染まりきらない黒い浜。ここの砂浜の砂は黒いのか、などと特に意味のないことを考えながら楽しげに歩くアセロラに続く。一気に人間関係の間合いを詰められるのも偶には悪くないなと思った。

 

 夕暮れの優しく静かな時間をぶち壊したのは、またもスカル団だった。エーテルハウス前での鉢合わせ。キャプテン目当てか、さもなくばあたしだろうか。あたしは思わず溜息をついて呟く。

「優しく迎えてくれるのは、海鳥達だけなのか?」

 アセロラを庇うように前に出る。多分だが、あたしのほうが年上だろう。ましてや女の子だ。

「またあんたかい。ユウケ」

「今度こそディナーのお誘い?」

 プルメリだった。夕焼けで少し朱に染まったような肌が美しい、と思う。もっとも、その美しい肢体を見せに来てくれたわけでもないだろうし、ましてや好意的なお誘いでないのは明白だ。

「んな訳ないだろ。二度も邪魔をするなら、本気でやっちまうしかないね」

 あたしは言葉では無く、ボールに手をかけることで返事をした。

 

 一蹴だった。何しろ、相性が悪すぎる。

「せめて一匹くらいは倒したかった。やになるね」

 ハガネールとサニーゴで、ゴルバットとエンニュートを押さえきったのだ。

「あんたら、引き上げるよ」

「でも、姐さん」

「無駄なことはしなくていい」

 あたしはこっちを見向きもせず去って行くつれない美人に肩をすくめた。残念至極だな。

「アセロラ、このエーテルハウスって大人がいるの?」

「一番広い部屋が村の学校も兼ねてるから、先生が平日来るよ。土日はエーテル財団の人が来るけど。何で?」

「あいつら、多分近いうちにまた来るんじゃないかなと思って。まあ、それなら大丈夫か」

 甘かったと言えばそれまでだ。都合のいい恐怖は、世界の常であるというのに。

 

 夕餉のよい匂いが部屋を席巻する。普段は携行糧食の類で食事を済ませてしまうが、あたしは料理くらいはできるのだ。作っているのは寒い地域での野宿でよく作った鍋料理。大人数に提供するのには一番だし、夕暮れの潮風に当たって冷えた体にもいいだろう。鰹節はないが、ニャースのおやつ用の煮干しがあったのでそれで出汁を取った。ジョウトで覚えた昆布出汁も使ってみたかったが、アローラ地方でも昆布を使う習慣があまりないらしく買い置きにも見当たらず、出汁の素の類を追加することで妥協する。隣にはリーリエが立って、あたしの指示通り野菜の皮を剥いたり切ったりしてくれている。手つきがやや危なっかしいが、包丁を取り上げるほどではない。博士の助手として家事をしていたからだろうか。

「ユウケさん、お料理得意なんですね。普段、ゼリーとかでご飯済ませていると聞いたので、何だか意外です」

「両親が共働きだったし、旅の途中で料理することもたまにはあったからね。人に食べさせるための料理なんて何年ぶりかわからないから味は保証できないけど」

 リーリエに頼んでいた野菜の残りを取って、手早く皮を剥いて乱切りにする。肉は最初から細切れになっているものだから、これで下ごしらえは終わりだ。

「野菜はくたくたになるまで煮るのが好きだから、結構時間がかかるよ。もう休んでいいよ」

 何しろ人数が多いので、鍋の大きさもあたしの頭より大きく、火が通りきるまで時間がかかる。あたしの言葉に、リーリエは首を横に振った。

「いえ、一緒にいます」

「そう?」

 あたしはぐつぐつと鍋が煮える音が好きだ。温かい食べ物を自分で作ることが滅多にないからか、自分で放り出してきた家庭の残滓を感じるからか、穏やかな気持ちになる。横で彼女がふふっと微笑む。視線だけで何かと問う。

「ユウケさん、すごく穏やかな顔をされてますから。何だか、初めて見たような気がします」

「いつも明鏡止水を心がけているつもりなんだけどね。鍛錬が足りてないか」

 しばしの無言。普段なら気まずくなりそうな時間だったが、いい匂いのお陰か、隣にいるのが彼女だからか、あたしは悪くない気持ちだった。

 

 穏やかな静寂を破ったのは、アセロラとハウ君だった。

「ただいま!いいにおい!ユウケ、リーリエ、ありがとうね!

……ってあれ?ひょっとしていい雰囲気の邪魔しちゃった?」

 あたしは肩をすくめて苦笑いした。

「別に、想像してたようなことはなかったよ。あったら嬉しかったけどね」

 隣のリーリエはほんのり赤くなっている。これ以上からかうと怒られるかなと、ハウ君に水を向けることにした。

「ヤングースに噛まれてるのは、趣味?」

「そんなわけない……と思ったけど、何だかだんだん気持ちよくなってきたよー」

「ずいぶん斬新な趣味に目覚めたね。ま、性癖は人それぞれだし、試練は上手く行ったんでしょ?ご飯にしようか」

「そうだねー。これ、ユウケとリーリエが作ったのー?」

「そう。初めての共同作業」

 なぜかリーリエにちょっと怒られてしまった。

 あたしとリーリエ、アセロラ、ハウ君、そしてエーテルハウスの子供男女一人ずつの計五人。鍋は意外なほど好評だった。普段そこまで手間をかけて出汁を取らないからかもとはアセロラの言だった。たまには大勢で囲む飯も悪くはない。

 

 ご飯を食べた後、風呂を使わせてもらうことになった。ハウ君、リーリエ、エーテルハウスの男の子と女の子とあたし、アセロラの順で入ることになった。なぜか子供達に懐かれ、一緒に入りたいということになったのだ。

「わかったわかった、入るから。先に片付け手伝いな」

「わーい!」

「やったー!」

「やっぱり年上のお姉さんのほうがいいんだ。アセロラ、捨てられちゃった」

 泣き真似をするアセロラをどやしながら皿やら鍋やらを洗って片付けた。人数も多いしさしたる手間でもなく、手早く済んだ。あたしが子供達を肩車したりして遊んでやっていると、ハウ君が戻ってきた。

「上がったよー。ありがとねー」

「では、次はわたしが入りますね」

 髪を下ろしたハウ君を見るのは初めてかもしれない。まじまじとハウ君の顔を見る。

「んー?何かついてるー?」

「いや、髪下ろしたハウ君が新鮮だなって」

「あー、それでかー」

「お兄ちゃんも肩車してよー!」

「あー駄目駄目、せっかく風呂入ったんだから。ほら、肩車交代」

「えー、やだー!さっき代わったばっかだよ!」

「二人同時になんて抱えられないんだから、わがまま言わない」

「ユウケが体力あって助かるなー。アセロラじゃ肩車とかできないもん」

「あたしも二人は無理だよ……」

 子供の面倒を見るのもいつぶりだろうか。自分自身、子供に好かれるほうではないと自覚していたので、少し意外ではある。一番信頼されているであろうアセロラが連れてきた客だからというのも大きいのだろうが。

 

 あたしは床にへばりつくように伏せた。潰れたというほうが正しいだろうか。

「もー無理!無理!」

「お姉ちゃんケンタロスが倒れたー」

「がんばれー!」

 ケンタロスごっこなら二人なんとかなるかと思ったが、甘かった。動かないならともかくとして。

「お風呂、いただきました。あら」

「あ゙ー、リーリエ上がった?んじゃ入るか。ほれ、ガキんちょ共、風呂の時間だから、どいたどいた」

「「わーい!」」

「ぃよっこらしょっと。アセロラ、この子達の着替えと、タオルある?」

「洗濯機の上に着替えは二人分、タオルは三人分置いてあるよー」

「ありがと」

 

 それなりに広い風呂場、小さい子二人とあたしならまあ入れるくらいだ。湯船は子供二人を入れて、温まったら交代しないと厳しいかもしれない。それにしても、旅は自分を鍛えるものだ。滑りやすい風呂場で暴れないよう子供二人をがっちりホールドして、片方の頭を洗い始めた時に、あたしは自分の体の成長を実感した。残念ながら、身長や胸と尻は目に見えて進歩がないのが悲しいところだが。

「ほらちゃんと目瞑って。あたしがいいって言うまで目開かなかったら大丈夫だから。はい終わりー。ほら次、坊主座りな。お嬢ちゃんはそっちの椅子から立たないように」

 風呂一つでも子供達はきゃいきゃいと騒がしい。箸が転ぶどころか、箸の影が出てきただけで笑い出しそうだ。女の子のほうもそう髪は長くないので、さっと洗ってやる。よし、次は男の子のほうの体を洗ってやろう。からりと何かが開くような音が聞こえた気がしたが、男の子は目の前に、女の子はちゃんと風呂用の椅子に座っている。

「前はいっつもどうしてる?」

「いっつもアセロラ姉ちゃんが洗ってくれてるー」

「この間から自分で洗うようにって言ったでしょ?」

「しょうがないな。今日は洗ってや……え?」

 誰かが後ろから抱きついてくる。肌と肌が直接触れ合う感触。胸の大きさはあたしと同じくらいかな。あたしの薄い胸が鷲づかみにされ、喉が引きつって勝手に悲鳴を上げた。

「んにゃあ?!」

「ユウケの胸……いや、裸の付き合いだよ!」

「アセロラ、あんたね。あたしの胸ただで揉んでおいて悲しそうにするのやめてくれる?」

 男の子の体を洗ってやる手は止めないまま、闖入者であるアセロラに嫌味ったらしく返す。

「大体、あんただって大して変わらないでしょ」

「アセロラはまだ成長の可能性があるから」

「あたしもあるよ!」

 けらけらと笑うのにイラッと来ながらもさっと男の子を洗い終え、百数えるように言って湯船に放り込み、次は女の子に。洗ってやる手際の良さは、ポケモンを洗う手際の応用に過ぎない。女の子を同じように放り込んで、あたしも髪を洗い始めた。

「ユウケお姉ちゃん、アセロラも髪の毛洗ってほしいなー」

「は?」

 がしゃがしゃと手早く髪を洗い、ざっと流す。リンスは面倒臭いのでしない。アセロラのほうを見ると、上目遣いでニヤニヤ笑っているのが見えた。くそ、可愛いのは得だな。

「……先に体洗って。あたしはガキんちょ共の体拭いてやるから」

 百数え終わった子供達を湯船から抱き上げて出してやり、そのまま脱衣所へ。男の子のほうを先に拭いてやる。思ったより外がひんやりしているので、湯冷めしそうだな。あたしはリーリエに子供達の面倒引継ぎを頼むことにした。なるべく頑張って、あたしの出せる一番大きい声を出す。

「リーリエ!ごめん、ちょっと手伝ってー!」

 がしょがしょと拭いてやって、仕上げにもう一度バスタオルで頭をぽんぽんと軽く叩く。男の子用のパジャマと下着を持たせて、出口際に行くように押してやる。

「はい、何ですひゃあ!?」

 顔を出した直後、真っ赤になって引っ込むリーリエ。

「悪いんだけど、子供らが湯冷めするとまずいから、服着せてやってくれない?体はもう拭いたから」

「わ、わかりました。でも、ユウケさんもその、前を」

 前?前が――ああ。なるほど。子供達の世話で手一杯だったから気付いてなかった。あたしも顔が真っ赤になる。

「あー、貧相なものを見せて悪いけど、あたしもまだ体は洗ってないから、タオル巻けないんだよね。気にせず入ってきて」

「そ、そうですか……?」

 女の子のほうを拭いてやって、下着と服を着せてやる。何だかリーリエがちらちらとこっちを見ているような気がするが、気のせいだろう。多分。

「よし、終わり。ありがとうね、リーリエ」

「い、いえ」

「ほら、リーリエお姉ちゃんとハウお兄ちゃんと遊んでもらって来な。あたしはまだ風呂終わってないからね」

 あたしも湯冷めしないうちにさっさと風呂に戻らないといけない。顔だけは火照っているが、体は冷めてしまいそうだ。

 

 振り返るとアセロラはあたしの体をガン見していた。遠慮という言葉が微塵も無い。

「ちょっとは遠慮か誤魔化すかしなよ。カネ取るよ」

「レディを待たせたんだから、ちょっとくらいいいじゃない。それにしても、ユウケ、毛が生えて」

 あたしはチョップでアセロラを黙らせた。あたしもまじまじとアセロラの体を見る。確かに、そこだけは勝ったのかもしれない。あまり嬉しくはないが。

「ほら、髪洗って欲しいんでしょう。レディ。ったく、どこの世界に髪の毛を洗わせるレディがいるんだか」

「だってほら、アセロラ、すごかった一族だから」

「はいはい、わかりましたよ、お姫様」

 無警告でシャワーのお湯をかけて、埃を払うために彼女の髪の毛に手をかけた。

 

 彼女の髪を洗い終えて、自分自身の体を洗ってから、あたしは湯船に漬かっていた。あたしより気持ち小柄なアセロラを抱きしめるようにだ。そうしないと小柄なあたし達二人でも流石に入りきれなかっただけで、下心はあまりない。いや気持ちよくはあるが。

「今日はありがとね、ユウケ」

「別に。一宿一飯の恩くらいは返せたかな」

「うんうん。楽しかったよー。友達と泊まるのも久し振りだし、子供達の面倒も見てくれたしね」

 にひひ、と笑う彼女の頬を軽くつまんで引っ張る。もちもち。

「にゃー」

「あたしも、悪くなかった」

 その後アセロラに尻を揉まれなかったらもっとよかった、と言い添えておこう。

 

 来客用の布団がたくさんあるので一緒に寝ようということになり、大部屋に人数分の布団を敷いた。子供達ははしゃぎすぎたのか既に船を漕いでおり、あたしとアセロラが寝かしつけた結果アセロラを巻き込んで早々に布団に沈み込んだ。リーリエとハウ君も疲れたのだろう、うつらうつらしている。「寝たいなら早く寝なよ」と小声で二人に声をかけて、あたしも布団に潜り込む。あたしも慣れないことをしたからか、睡魔に囚われつつあったので、スマフォに何も連絡が来てないことだけを確認し、仮の宿の枕に意識を放り出した。




ユウケは
身長:141cm 体重:44kg
B68 W58 H67
産毛程度ですが生えています。何がとは言いませんが。

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