負け犬達の挽歌   作:三山畝傍

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負け犬、人工島での休養を楽しむ

 先程までの敵地で入浴というのは、旅の中でも初めての経験だ。ポケモン入浴禁止の項目が明示されていないことを広々とした脱衣所で確認すると、あたしはミミッキュをボールから出した。

「ミミッキュ、悪いけど護衛よろしくね」

「ミミッ!」

 シャンプーをしている最中に刺されたりしたら敵わない。さりとて大浴場の魅力には抗いがたい。であれば、護衛を用意すればいいというのがあたしの結論だった。職員ではない人間がいることへの好奇の視線を払いのけるように勢いよく服を脱いで大浴場に向かった。

 大浴場は清潔で明るく、大変使い勝手がいい。窓が大きく海側に向けて開かれているのも気に入った。温泉ではないのが惜しまれるが、湯船は海水を熱して使っているらしい。早々に髪と全身を洗い終えてミミッキュも洗ってやってから湯船に漬かり、あたしは疲れを解放する喜びのうめき声を上げた。ミミッキュは手桶に張った湯に漬かってもらっている。本体が体の下の方なのでどちらにせよ湯船には入れないが、流石にポケモン入浴可と書いていないところで一緒に入るのは憚られたのだ。

「あ゙ー……やっぱ風呂は大事だね」

 小声で独りごちる。ほんのり潮の香りがする湯が大変心地がよい。ミミッキュもふりふりと頭を揺らして気持ちよさそうだ。あたしはミミッキュの頭を撫でてやる。まだ混雑する時間帯ではないらしく、好奇の視線もしばらくすると無くなったし、誰かが近づいてくる気配もないので、大浴場から見える夕焼けに染まった海を眺めながら、存分に風呂を楽しむことにした。

 

 あまりに気持ちがよく、いささか長湯してしまった。上気した肌を扇風機の風で覚ます。肩に乗ったミミッキュもほんのり顔が赤い。やや熱を持った状態で扇風機前を開けて、持ってきた黒のTシャツ(Motörheadのシャツ)とゆったりしたハーフパンツを着た。無料のマッサージ機でコリをほぐしながら、スマフォを見るとハウ君からあたし、リーリエ、知らないアドレス――多分グラジオだろう――宛に「自分の部屋で食事をしないか」というメッセージが入っていた。あたしは「四人分のご飯と飲み物、おやつを買って行く。全員参加?」と全員宛返信。返事を待たずにスマフォをポケットに放り込み、お腹の上に乗せたミミッキュを適当に軽く揉んでやりながらマッサージ機に身を委ねた。十五分のコースが終わるまで楽しむとしよう。

 

 マッサージ機に別れを告げ、エーテルパラダイス内をぶらつく。かなりの人数の職員がいるし、他の島まで遠いからだろう、生活用の店舗が中々充実している。スーパーがあったので全員の夕飯を見繕う。あたし一人ならゼリーでも構わないが、他の三人は嫌がるだろう。結局リーリエだけは参加しないらしい。先に屋敷の方に行って食事を差し入れてからハウ君の部屋だな。リクエストに従いご飯と飲み物、後はあたしのセンスは程々におやつを買う。あたしの食べたいもので固めると酒のあてばかりになってしまうのだ。

「あっ、ユウケさん。先ほどはありがとうございました」

 惣菜コーナーで皆で突けるものを探しているとビッケさんに横合いから声をかけられた。

「いえいえ、こちらこそ手配をありがとうございました。お風呂、気持ちよかったです」

「うふふ、それはよかった。ユウケさんは、これから夕食ですか」

「ええ。リーリエはちょっと考え事があるということで不参加ですが、三人でご飯を食べようかと」

 優しい笑みを浮かべるビッケさんに、あたしは一つ聞きたいことがあるのを思い出した。あたしはカゴを抱えたまま居住まいを正す。

「そうだ、ビッケさん。一つお聞きしたいことがあるのですが」

「はい、何でしょう」

 ビッケさんも心持ち真面目な話なのだろうと察してくれたようだ。

「エーテルパラダイス内では、アローラ地方の法律が適用されるのですか?海域上、アローラ地方政府の管理下なのかどうかです。それとも船舶扱いなのでしょうか」

「犯罪行為についてどうなるか、ということですね」

 彼女の顔がやや曇る。あたしにとってもこれは大事なことだ。船舶であれば大戦前と同じく、登録された地方政府の法律が適用される。

「そうなんです。というのはですね。お酒が飲めるのが何歳かなのか」

 そう、とても重要なことだ。ビッケさんが吹き出す。

「ユウケさんは、カントー地方から越してこられたのですよね。わたしも、カントーを旅したことがあります。カントーは十歳で成人でしたよね」

「そうです。アローラ地方だと二十一歳からでないとお酒が飲めないから、酒を飲むあたしは肩身が狭くて」

「ユウケさんには残念ですが、エーテルパラダイス内でも二十一歳以上でないとお酒が飲めませんし買えません」

 小さいいたずらっ子を咎めるような笑顔。あたしはがっくりと肩を落とした。

「アルコールは抜きですけど、お食事会楽しんでくださいね」

「はは、ありがとうございます」

 まだ仕事があるらしいビッケさんに乾いた笑顔で頭を下げる。酒、飲みたかった。

 

 馬鹿でかい白亜の屋敷。あたしは無粋なドアノッカーを何度か鳴らす。インターホンではないのは、所有者の拘りだろう。ルザミーネ代表なのか、名前すら知らないその夫なのかわからないが。ノックしてから数分待つと、ドアが軋む音と共に少女、リーリエが顔を出す。太陽の輝きのような髪の色に似合わない、泣き腫らしたのが一目でわかる腫れぼったい瞼、頬には涙の跡。余計なことを言わずに弁当とジュースだけを差し入れて帰るつもりだったのに、あたしは反射的に手を取ってしまっていた。ぎゅっと彼女の手を握りしめた。大丈夫かなどと意味の無いことを言いそうになるのを堪えて口を開いた。

「一人でいるほうがいい?一緒にいたほうがいい?」

 答えを急かす気は全くなかった。ご飯を待っているハウ君とグラジオには悪いが、返事次第では買ってきた弁当も明日の朝昼ご飯にしてしまえばいい。ひんやりした彼女の手に、歩いた後のあたしの体温が染み渡るまで、二人して玄関に立ち尽くす。ある意味でそれは無駄の極地なのかもしれないが、あたしはそうは思わなかった。

「一人で、大丈夫です。ありがとうございます」

 あたしは頷いて、当初の予定を差し出した。牛丼とインスタント味噌汁、オレンジュースのペットボトル。彼女のリクエストはそれだった。あたしの独断でサラダとチョコレートを足してあること以外は逸脱していない。

「日が変わるまでは起きてるから、もし何かあったら連絡して」

 小さく頷くリーリエ。名残惜しくなりつつある手を離して小さく手を振った。応える彼女が可愛らしい。あたしはとうに暗くなった夜空を見上げてきびすを返した。

 

 エーテル財団職員寮の507~509号室。それがあたし達に貸し出された一晩の宿だった。ハウ君、グラジオ、あたしがそれぞれ一室を借りている。507号室のインターホンを押す。

「空いてるよー」

 扉を開ける。スムーズに音も立てず開く。中は清潔感漂う、エーテル財団らしい無機質な白い部屋。シングルベッドと液晶テレビ、机と椅子が二つ。ビジネスホテルのようだ。

「遅かったな」

「リーリエのところに先に行ってきた。あんた兄貴でしょ。様子見てきた?」

 考えもつかなかったらしく無言になるグラジオを無視して、あたしは三人分の食べ物を仕分けて渡す。

「はい、これがハウ君の。こっちグラジオの」

「ありがとー。いくら?」

「今回は奢るよ。貸し一つね」

「わーやったー」

 ハウ君は幕の内弁当とお茶、グラジオは惣菜パンが幾つかとブラックの缶コーヒー。どっちもあたしの独断で野菜惣菜と水のペットボトルを足してある。あたしはロコモコ丼に野菜。酒は無しなのでノンアルコールビールだ。乾杯など必要無いだろうし、めいめい勝手に食べたり飲んだりするだろう。そういう気軽な面子だと思っている。プルタブを立てるとプシュ、と心地いい音を立てて缶が開く。アルコールのないビールはいつ飲んでもつまらないが、もうビールという単語に耐えられなかったのだ。グビグビとノンアルビールを呷り、飲み干して握り潰す。

「不味い」

 握り潰した缶をゴミ箱に投げ込むと、思い切り外れて床に転がった。舌打ちして立ち上がり、拾ってからゴミ箱にたたき込んだ。

「ご機嫌斜めだな」

「酒が飲みたかったのよ」

「十三だと飲めないだろう」

「カントーでもジョウトでもホウエンでも飲めたのよ。カロスだと十六からだから飲めなかったけど」

「お酒って美味しいー?」

「美味いし、現実に棹させる。現実への麻酔にもなるしね」

「ふーん」

 納得がいったようないかなさそうな顔をしているハウ君と、ブラックの缶コーヒーをしたり顔をしているつもりの顔で飲んでいるグラジオ。こういう時間も悪くない。いつ、どこだったかは思い出せないが、ドミトリーに泊まった時を思い出した。

 

 飯や水分、菓子と断片的なコミュニケーションが穏やかな夜を流していく。明日からのことは明日話そうという釘を予め刺しておいてよかった。ハウ君の欠伸が解散の合図になった。あたしはゴミを適当にゴミ箱に突っ込んで、食べさしの菓子を二人に押し付け、手つかずのものを希望を募って仕分けていく。片付けが終わった時点であたしは小さく手を振って部屋を後にした。

 

 もう寝てしまってもいいかと思ったが、日が変わるまではまだ時間がある。あたしは歯を磨いてから旅のお供であるゲーム機を取り出した。頑丈さに定評のある花札屋製ではなく、元東通工の背面タッチパッド付(使ったことがない)携帯機、毎度の如く下位互換性を投げ捨てた最新モデルだ。あたしのやりたいゲームがこれでしか出てなかったので持ち歩いている。壊れてもデータさえ何とかなれば買い直すのには支障はないし、歩きながらプレイなんてしないので旧機種も含めて壊れたことはない。メモリに入っている大量のゲームの中から、何度もやった馴染みのゲームを選んで起動した。

『「代表」、見ているか。貴様の望みどおりだ!だがそれでも……勝ったのは我々だ!』

 世界観はよかったものの、オンライン対戦が売りなのに全然繋がらなくて放り投げたあのゲーム。オンラインを捨てて続編とセットで携帯機に移植されたので買ったこれを何度も遊んでいる。これに限らず、ポストアポカリプスもののゲームは大抵ポケモンが出てこない。当然だろう。核やロボットより、ポケモンの方が安くて早い。ポケモンがいれば大体の創作物は解決するか、より大きな破綻かのどちらかを選ぶことになる。

 思考が逸れた。――そう、『代表』だ。あたしは今日、実在の代表に負けてしまった。

 我々は救済されねばならない。我々は、まだ生きているからだ。そして我々は戦うべきだ。世界は、まだ死んでいないからだ。

 今日は勝負に勝って意思を貫けなかったあたしの負けだったが、次は勝つ。あたしはそう思いながら、携帯機の中で復讐(ヴェンデッタ)に蹴りを叩き込んだ。日が変わるまであたしは携帯機の中で全てを焼き尽くしていたが、リーリエからは連絡はなかった。短針が一時を指す前に、あたしは寝ることにした。

 

 地方政府によっては、秘伝技の使用を禁止しているところがある。例えばアローラ地方政府は、いあいぎり、そらをとぶ、なみのり、たきのぼり、ダイビングの使用を禁止している。ライドポケモンとその調教師の雇用維持と景観保護、事故防止が目的らしい。ただし、ダイビングだけは事情が異なる。ダイビングの使用を許可する地方政府は数えるほどしかない。使用可能地域としてダイビング愛好家トレーナーに人気が高いホウエン地方でも、一部の地域では使用が禁止されている。なぜか。最初にして最大の理由は、事故発生率の高さ。ダイビングウェアをケチったせいで行方不明になるトレーナーは極めて多い。二つ目は航行船舶との事故防止のため。三つ目は軍事上の機密保護のため。つまり、潜水艦だ。第三次世界大戦を生き残った化石のような潜水艦――バラオ級の生き残りすらいる――や、極めて低調ながら建造されている大戦後潜水艦の航行海域は全てダイビング禁止となっている。地方政府によっては何と、どこと戦い何を吹き飛ばす気なのかはわからないが、政治家や軍、官僚、そして地方政府の有権者が認めたうえでの原潜の核パトロール実施すらしている。ホウエン地方政府の海軍も練習用潜水艦は持っていたはずだが、特定地域でしか活動しないことからそこだけを立ち入り禁止とし、ダイバーの収入を選んだそうだ。最後の一つは、この話と合わせて話そう。

 あたしが潜っているこの海域は、旧日本政府領海、現ジョウト地方政府管理海域だ。あたしは遵法意識がお世辞にも高いほうではないが、事が国家絡みとなると別だ。つまりは、これは政府、厳密に言うとジョウト地方防衛庁の正式な依頼に基づく合法なダイビングである。依頼内容は第三次大戦で沈んだ旧日本海上自衛隊艦艇からの装備回収。時刻は十三時丁度、陽光とジョウト地方海軍艦艇の支援を受けながら、スターミーと共にホウエン地方で買った一時間潜行可能なダイビングウェアで冷たい海水をかき分けて潜っていく。ダイビング要員はあたしだけではなく、海軍から三人、トレーナーが五人雇われているが、全員が同じフネを目指す訳ではなく、三チームでの任務となる。軍の要員があたしの横に、雇われたトレーナー一人があたしの予備として後方を泳いでおり、万が一のことがあればあたしを回収する手筈になっている。戦没した艦艇が多いこと、回収対象の艦艇が二つあることからこの処理が取られている。

 余談だが、沈没した軍艦・艦艇の所有権は所属国家にあり、正統後継である地方政府の領海内にあれば地方政府がその権限を受け継ぐらしい。他国海域や公海で沈んだフネで地方政府が分立している場合――例えば、旧日本艦艇がフィリピンで沈んでおり、ジョウトとカントーの地方政府が所有権を主張した場合――は話がややこしくなるらしいが、今やっている仕事では特に問題はない。

 さておき、この仕事は正当性があり、税金で行われていることから、発見不能や強力なポケモンの縄張りになっていて排除不能である等の説明可能な理由で引揚げ失敗するのは許されても、適切なバックアップ体制を取らずに委託したトレーナーが事故死しました、では困るため、しっかりした体制が取られている。はっきり言って依頼料は激安だったが、特に忙しくなかったことと普段潜ることができないジョウトの海に潜れる機会に興味をひかれたこと、政府の仕事を受けられるほどのトレーナーという箔がつく利点に釣られて仕事を引き受けたのだ。何を引き揚げるかのブリーフィングを受けた時に止めておけば良かったと後悔した。

 潜り始めてから十分少々、深度計は七十メートルを指しており、陽光の恩恵は既にほとんど届かないが、スターミーの光で海底を照らすことができる。海底は近く、軍艦の墓場が一望できる絶好のダイビングスポットと言っていいだろう。会話は咽喉マイクと防水イヤフォンがあり、シームレスに可能である。あたしは海水を震わせて声を出す。

「こちらA班トレーナー1、目標艦甲と思われる艦を確認。左二十度」

「A班マリーン、目標を視認できない。スターミーに照らしてもらえるか」

 スターミーに指で指示し、光をビーム状にして当てさせる。

「A班マリーン確認した。同型なのは間違いないが、該当艦かどうかはここからは確認できない。接近しよう。A班トレーナー2、見えているか?」

「A班トレーナー2、見えています。軌道修正しながら接近します」

「A班トレーナー1了解。照射を継続しながら接近する」

 番号で呼んでいるのは機密保持やらのためではなく、単純に呼び間違い防止と、海面で指揮監督している司令部で把握しやすくするためだ。自己紹介でお互いの名前は知っている。あたし達二人とそのポケモンが接近すると、恐らく対艦ミサイルを食らったのだろう、船体に大穴の開いた魚礁と化しているフネからポケモンが逃げ出していく。釣りで見られないポケモンがいないか目を凝らしたが、特に珍しいポケモンは目に留まらなかった。水中での交戦を想定してはいるが、別に戦闘目的ではないので回避可能であれば助かる。

「A班マリーンよりA班トレーナー1、2へ。目標艦甲と思われる。A班トレーナー1、後方甲板上部よりミサイルランチャーを確認しよう。先行を頼む」

「A班トレーナー1了解」

 船体にフックを引っかけてからミサイルランチャーに向かう。装填されているミサイルは発射済か脱落したのかなし。

「A班トレーナー1、装填ミサイルなし」

「A班マリーン了解、ミサイルランチャー内部を確認する。切開開始」

 海軍作業要員である彼の連れているポケモン、ランターンが鋼板切断作業を行うため、あたしは目を逸らす。閃光で暗い水中に慣れた目が駄目になるのを防ぐためだ。

「切開完了。内部にポケモンなし。これより進入」

「A班トレーナー1、A班マリーンの後方を掩護する」

 あたしとスターミーはミサイルランチャー根元に開いた穴を塞ぐような位置に移動。あたしのバックアップ要員のトレーナーが上の方に陣取ったのが見えたので、確認のために両手を振る。相手も振り返してきた。

「A班マリーン、回収対象物四つ全てを確認。脱落ミサイル捜索の要なし。これより引揚げ作業を開始する」

 A班の全員が安堵の溜息を漏らす。沈泥を掻き分ける作業が別途必要になるか、他のポケモンを準備して捜索するかしないといけないという事態は免れた。あたしは彼から電波と青い光を発するビーコンを設置してから、彼が曳航用ユニットをつけた上で内部から搬出する回収対象物を受け取る。艦対艦ミサイル用核弾頭。信管がついていないとはいえ、怖くないといえば嘘になる。浮力を加味しても十二分に重い。軍艦という墓場の上で、文明を葬り去りかけた道具を扱うこの行為は、酷く冒涜的なものに思われた。

「A班トレーナー1、甲板上に回収対象物四搬出確認。曳航作業はA班マリーンが行う。予定通り浮上までの後方掩護作業はトレーナー1が実施」

「A班トレーナー2了解」

「A班マリーン了解」

 こちらの班の回収作業自体はつつがなく終了した。他の二班はトラブルこそなかったものの捜索が難航し、あたし達の班も休憩を挟んで応援に入ったがその日は見つからなかった。結局三日かけて目標物乙――これも核弾頭だ――を全部回収し、後日政府公式発表の官報と協力の礼がしたためられた手紙が送られてきた。

 そう、ダイビングが禁止されている理由の最後の一つが、海中に山ほど眠っているこの手の「お宝」だ。気が狂ったとしか思えない生産量の核・生物・化学兵器。軍艦・艦艇、航空機、戦車や歩兵戦闘車、兵員装甲輸送車、火砲。現場の将兵が多数死傷し、おまけに戦闘詳報を管理すべき各国の官公庁があらかた核で吹き飛んでいる現在、今回のように生還者の証言や予定行動等に基づいた検証の結果、政府が核弾頭を回収できたのは僥倖以外の何物でもない。確実に使用したことがわかるのは弾道ミサイルだけで、爆撃機は途中で撃墜されたのか爆撃できたのか事故で墜落したのかもわからない。未帰還の潜水艦も然りだ。ましてや火砲や歩兵が使用する核兵器など、どれくらい残っているのか誰一人見当がつかない始末である。更に加えて言うと、核弾頭も爆弾の一種である以上、不発が発生する。通常の爆弾は二~五%の確率で不発が発生するらしい。仮に千発(実際にはもっと多い)の核弾頭が使用されたとして不発弾が五十発は世界中にあるということだ。数年に一度、核兵器をポケモンに括り付けて放つ核テロが発生するのは、こういった下地があるからだ。核生産技術そのものは当然のように流出しているし、放棄された原発も山のようにある。二十年ほど前に地下鉄で起きた化学兵器テロはゼロベースだったそうだが。

 世界には過去の誰かが丁寧に品種改良をした恐怖の種が山ほどばらまかれている。誰かがそれを拾い直して育てるのは簡単な時代だ。あたしはそれが怖い。交通事故よりも、飛行機事故よりも確率は低いとはいえ、第二の太陽で焼かれて死ぬことを想像すると恐ろしくて仕方がない。

 

 寝汗をかくほどではなかったが、悪い夢を見たような気がする。ダイビングに関する怖い夢だったような――。あたしはダイビングは好きだし、事故に実際に遭ったことはないのだが、中にボンベが壊れる夢か、空気が切れかけたタイミングでポケモンに襲われて溺死する夢はよく見る。ありがたくないことに基本的に夢見がよくない人種なのだ。頭が痛むし急いで起きる理由を寝ぼけた頭が見いだせなかったので、あたしは時計も見ずに寝直した。

 朝は何時に集合、という話を全くしていなかったのに気付いたのはメッセージの着信音で目が覚めた時だった。時計を見ると十時を回っている。まだ誰も起きていないなんて時間帯でも無さそうだ。メッセージはリーリエから「部屋の前で待っています」とだけ。あたしは呻きながら起き上がり、顔を洗う前にドアを開けた。

「おはよう……ございます?」

 ポニーテールにミニスカート、リュックサック。白を基調とした服装であるのは変わらないが、大幅なイメージチェンジに目を丸くした。肌の露出が多い活動的なスタイル。生足が眩しい。可愛い。可愛い。抱きしめたい。じろじろと太ももから下を見てしまいそうな自分を強いて視線と、喉に張り付いた舌を引き剥がし声を出す。

「…………ごめん、今起きた。準備するから、入って座ってて」

「はい、お邪魔します」

 ざぶざぶと顔を洗う。落ち着かないといけない。頭を冷やさないと。落ち着いた。

 

 部屋に戻ると、リーリエがベッドに座っていて思わず押し倒しそうになった。深呼吸、深呼吸。椅子ではなくてなぜベッドに座っているのか。思考と視界が桃色に染まりかける。そうか、椅子にはあたしが鞄と着替えを置いてあるからか。何度見ても生足が眩しい。

「荷物どけてくれてもよかったのに。ごめん」

「こちらこそ」

 入ってくれといったのはあたしだから、着替えるから出て行ってほしいというのも妙、かな。さっと着替えるとしよう。何だか視線を感じる気がするが、気のせいだろう。同性相手に下着を見られても恥ずかしくはない。多分。

 

 着替えて荷物を持ち、忘れ物がないかだけ確認。よし。職員寮の下でハウ君とグラジオが待っているのが見える。小さく手を振ってエレベータへ。

「それで、リーリエ、その……服装、どうしたの?」

「勇気がなくて、マリエで買ったままの服を着てみました。ユウケさんに助けられてばかりで、わたしも勇気を出さないとと思ったのです。これが、わたしの全力の姿です!」

 そう言ってZポーズのようなものを決めるリーリエ。可愛い。天使というものがいれば、きっとこういう姿をしているだろう。鼻血が出てないか思わず確かめてしまった。

「う、うん。その……すごく似合ってるよ」

「ありがとうございます」

 少し頬を染めるリーリエ。可愛い。駄目かも知れない。ハウ君とグラジオがこっちに来てくれるが、もう少しだけ二人でいたいと思ってしまった。

「わー、リーリエ、その服どうしたのー?!」

「勇気と全力を出さないと、と思いまして」

 大きく頷くハウ君。

「俺もー、ルザミーネさん達を見てて、強さが足りないなって思ったし、強くなりたいっていうパートナーの、ジュナイパー達の気持ちとすれ違ってるのも困るから、それに向き合って頑張ろー!自分と、ポケモン達とを見つめ直してくるよー」

「ユウケ、ハウ。俺達家族に巻き込んでしまって済まないな」

「いいや、構わないよ。少なくともあたしは、トラブル体質らしいしね」

「俺もいいよー。じーちゃんが言ってたよー。人との関わり合いで人間は変わるんだってー」

「そうか。そう言ってくれると気が少し軽くなるな……。リーリエ、コレクションルームで見つけた太陽の笛を渡しておく。『月の獣』に捧げるというアレだな」

 人間性を捧げる必要がないかだけは見極めないといけないが、恐らく――伝承を読む限りは――大丈夫だろう。

「ユウケ、お前にはこれだ」

 見覚えのあるMマーク、紫のボール。

「マスターボール。なるほど、相手がポケモンなら、これ以上の切り札はないね。しかし、いいのかい?」

「構わん。迷惑をかけたし、恐らくこれからもかけるだろうからな」

 マスターボール。理論上はどんなポケモンでも捕まえられるボールだ。市場にほとんど出回らないのは尋常でないコストが原因に過ぎない。事実上、伝説や幻のポケモンと等価であり、需要も高騰し続けており買おうと思うと一つ何千万円とする代物なのだ。あたしの切り札がもし通用しないとしても、これを使えば「かがやきさま」とやらを抑えることはできる。保険としては最高だ。

「島巡りにせよ、『月の獣』にせよ、ポニ島には行くんだろう。連絡船は用意させてある。俺は母さんが大事にしていた財団を守るための仕事をしないといけない」

「助かるよ。ハウ君はどうする?」

「俺ー、いったんウラウラ島に定期連絡船で戻るよー」

「わかった。気をつけてね」

「ユウケとリーリエもねー」

「ありがとうございます。では、ユウケさん、行きましょう」

 手を振るあたしとリーリエ、ハウ君と格好をつけるグラジオ。こういう日常も悪くはなかったと改めて思った。




Motörhead - "Ace Of Spades" (Official Video)
https://www.youtube.com/watch?v=pWB5JZRGl0U
"You know I'm born to lose, and gambling's for fools
But that's the way I like it baby"
『負けるのはわかっている。ギャンブラーは愚か者ばかり。だがそれがいいのだ』

虹色わんこさんに主人公ユウケの絵を描いて頂きました。とても美人なので是非ご覧下さい。

【挿絵表示】

虹色わんこさんのサイト・twitterはこちらです。
http://iridescentdog.seesaa.net/
https://twitter.com/iridescent_dog

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